・コロナ禍で就職活動を始める若者たちの前途は-IMFレポート

(2021.2.3 IMF(国際通貨基金) Report  )

 新型コロナウイルスの世界的大感染を生き抜いている世界の何百万という若者に、就職難という難問が待ち受けている。それだけではない。長期にわたる収入の減少、犯罪率の増加、家庭生活の満足度の低下という危険にさらされ、場合によっては命を縮めてしまうかもしれないのだー米ノースウエスタン大学のハイネス・シュワント氏とカルフォルニア大学ロサンゼルス校のティル・フォン・ワッチャー氏がIMF・Finance&Development最新号に掲載した研究レポート「職業の将来と機会」で警告している。

 両氏は、景気後退期における若者の新規就業への影響を米国の過去の長期不況時の関係データを詳細に分析し、こうした結論に達した。カナダ、ドイツ、イギリス、オーストリア、スペイン、ベルギー、ノールウエー、日本についても、同様の分析結果を得られたという。

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 レポートによると、1976年から2015年まで40年の米国経済の好況と不況の期間について、労働市場への新規参入者の動向などについて分析した結果、大不況の直前に職を得ようとした人と、大不況の最中に職を得ようとした人の間で、その後数年経っても、仕事の質と満足度に大きな差が出ていることが明らかになった。

 また、このような過去の分析結果をもとにすると、2020年に正規の就職口を求める約6800万人の米国の若者たちは、就職してから10年以上にわたって、好況時には得られたはずの収入よりも総額で4000億ドルも少ない額しか得られない可能性がある。しかも、これは2021年にコロナ感染が収束し、景気が急回復することを前提としており、”コロナ不況”が去らない場合、新卒の若者たちは、さらに大きな痛手を被ることになる、と予想している。

 世界はワクチン開発競争をしているが、新型コロナ感染拡大による経済危機に対処する政府の責任者たちは、これらの若者の苦境にも手を打たねばならない。対策としては、就業支援、臨時の就職先のあっせん、新規就職者に企業が支払う給与への公的補助など、中長期的には、特に不況の影響を強く受ける低学歴の人たちへの福祉政策の強化などが必要、とレポートは提言している。

 これまで経済の専門家たちは、景気の好況、不況を一時的な現象と受け止めることが多かった。だが、好不況が各国経済に与える影響を横断的かつ長期的なデータをもとに分析することで、不況時に就職しようとする人々が、高学歴者も含めて、景気回復後も長期にわたってダメージを受けることが明らかになった。卒業後、10年から15年あるいはそれ以上の期間にわたって、低い所得にとどまり、特に低学歴、非白人の人々は貧困、失業、あるいは臨時雇用の状態に置かれ続ている。

 このような現象は、性別、学歴などを問わずに見られるが、当然ながら、低学歴など不利な立場の人に影響が強く出る傾向がみられる。例えば、中程度の景気後退のときに新規就職した人々のうち、大卒者は当初の所得が不況以前に就職した場合より6%低かったのに対して、高校退学者は15%の所得減を体験している。

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 また、不況時に就職することの影響は、所得、賃金、仕事の質に限定されない。低い所得は、本人と家族の経済生活を制限し、住宅を購入する機会も限られ、高い技能を持たない労働者は貧困に陥る割合が高くなる。不況の中で職を得た配偶者と結婚する可能性が高くなり、これも所得減少の誘因となる。

 補助的栄養支援事業(the Supplemental Nutrition Assistance Program註:低所得者の食費の支援対策)やメディケイド(註:低所得者向け医療費補助制度 )のような福祉支援事業は、少なくとも不況による影響を部分的に緩和する効果がある。だが、今回の調査・分析結果では、不況時に就労した人々は、自尊心が低く、過剰な飲酒に陥りやすく、肥満率が高くなる傾向がみられる。こうした社会的、健康上の問題が労働者の生産性に影響すれば、経済的な影響がさらに長期化する可能性がある。

 米国の各種の経済統計を幅広く調査・分析した結果、不況時に就職した人々の、そうでなかった時に就職した場合と比べた所得の減少は、その後も完全に解消することはない。2020年年央の米国に失業率は10.5%だが、これはコロナ危機前の数か月に比べて7ポイント高い数字であり、2020年に新規就業する若者は、40歳になるまで、毎年、危機以前に就職した場合よりも毎年7%低い収入しか得られないと予測される。

 さらに明らかになったのは、不況時に就職期を迎えた人の死亡率は、好況時の人に比べて、40歳代の初めから上昇を始めていることだ。1982年からの景気後退期のデータによると、求職時の失業率は好況時より3.9ポイントも高く、平均余命は好況時よりも5.9か月から8.9か月短くなっている。これを2020年に当てはめれば、失業率は好況時のほぼ2倍で、平均余命は好況時に就職した人よりも1年から1年半短くなる計算だ。

 不況期に就職期を迎えた人の死亡率の上昇は、心臓病、肝臓病、肺がんなどが主な原因だが、これは就職環境の悪さからもたらされる不健康な生活様式やストレスと関係がある。薬の過度の服用も要因となり得るが、自死や事故による死亡など他の原因によるものは、死亡率の上昇に影響していない。

 また不況時に就職期を迎えた人が受ける健康上の影響は、そうした人の低い婚姻率、高い離婚率にも及んでいる。就業不能の比率、障がい者社会保険加入率も高く、結婚相手が障がい者手当の受給者である可能性も相対的に高い。

 以上をまとめると、不況時に就職期を迎える若者たちは、短期的には好況時に比べて所得が少なくなるだけでなく、家族生活や自身の健康にも負の影響を受ける。今回の調査・分析の対象となったのが先進国であったことから、データも豊富に入手でき、精度の高い分析結果と予測が可能になった。だが、不況の新規就労者への長期的な影響は、こうしたデータの入手が困難な中・低所得国において、さらに深刻で、長期にわたるものになると考えられる。

 世界は今、新型コロナウイルスの長期にわたる大感染による不況という、かつてない激震に見舞われている。就職期を迎えた若者たちが、長期にわたる経済的、精神的に深い傷を負うことのないように、各国、そして国際機関には、当面のコロナ撲滅への取り組みに留まらず、中長期的視野からの経済・社会的な対応が強く求められている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」田中典子・南條俊二)

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2021年2月10日