21世紀型トップ・リーダーのありようを体現する教皇フランシスコとトランプ大統領(CRUX)

Francis, Trump model ‘keep-em-guessing’ 21st century leadership

2017 年5月24日、トランプ大統領夫妻はバチカンで、教皇フランシスコと会見した。 (Credit: AP Photo/Evan Vucci, Pool.)

 (2017.8.3 Crux  Editor  John L. Allen Jr.)
 人生観、これまでの実経験、そして抱える課題に大きな相違があるにもかかわらず、教皇フランシスコとトランプ米大統領は、強力な一匹オオカミ的な特性と既存の秩序に対する懐疑的な姿勢を含めて幾つかの際立った共通点がある。最近の外交専門誌「Foreign Affairs」に掲載されたエッセイは別の共通点を強調して見せた。それは、二人が、既成の手続きを飛ばした非公式な政策決定を好み、‶不意打ちの統治”を進めていること、だという。
       (筆者のお断り*以下の文章はトランプについての批判あるいは支持を意図するものではない。それは教皇フランシスコについても同じだ。描写を心掛け、何かを規定するようなことはしないようにした。)

 米外交専門誌「Foreign Affairs」の最新号でリチャード・ハースは、トランプが抱える外交面での課題のリスクと機会についてエッセイで、この2人それぞれの統治の仕方について、こうした見方とは別の見方を書いている。ハースは米外交関係評議会の会長で米国務省の前政策計画局長で、世界的な問題に関する全米で最も賢明な観察者とされているのだが、トランプ政権の「アメリカ・ファースト」の連中から批判を受け、いくらか負け惜しみを言う理由があるにもかかわらず、彼のエッセイは、現政権に肯定的で、トランプはいくつかの重要な外交政策で高得点を挙げるチャンスがあることを示唆している。ただし、そのようなチャンスがどのようにして失わる可能性があるのか、それがトランプの決断の仕方とも関係することについても言及している。その要点は以下の通りだ。

「トランプがさまざまな発言、数多くの入り口、そして自分なりのやり方をするトップたちを伴う、非公式な政策決定過程を好むことは、はっきりしている。だがそのようなやり方は、長所であると同時に短所でもある。もし執行部が即興を伴う危険を避けたいと思うなら、公式の安全保障会議の政策過程が非公式なものよりも優位に立ち―重要な非公式協議が別個に行われるよりも公式な決定過程に最終的に合わせられる、ということを確実にする必要がある」

 当然ながら、こうした結論に賛成も反対もできるが、その診断結果に議論の余地はないように思われる―トランプは公式の手続きを回避するのを好むのだ。

 仮にバチカンの出来事に慣れたとしても、そこでの言葉は不気味なほど心安らぐように見えねばならない。フランシスコがさまざまな案件で自分の意見をまとめる際に、バチカンの公式な行政機構よりも友人や非公式な助言者たちのネットワークに頼りすぎる傾向があるのは、有名な話だ。仮に誰かが、例えば教理省が神学的な案件についての教皇の決定に大きな力を持っている、あるいは、典礼秘跡省が典礼について主たる役割を演じていると思っているとすれば、それは現実に対して注意を払っていないだけのことだ。

 バチカンに詳しい関係者たちは良く知っている。たとえば、神学的な問題の場合には、フランシスコは、教理省のトップが誰であろうと、旧友でヴェノスアイレスのカトリック大学の長、ビクトル・フェルナンデス大司教の判断の方を重んじていることを。フランシスコの信奉者たちにとって、‶既成の制度″からの彼の自主独立は、魅力の一つであり、批判的な人々にとっては、彼を不安定で危険にする要因の一つだ。だが、どのようなことにおいても、それが彼のスタイルの特徴なのだ。

  ハースはまたこう述べている。

 「大統領は自分の行動が予想できないことを好む。このことは、戦術的には意味があるが、戦略的にはそうではない。敵を不安にさせておくには役に立つが、友邦や同盟国を不安にさせるのは好ましくない―何世代にもわたって米国に安全保障を託している友邦や同盟国に対しては特にそうだ。これらの国々は、米国への信頼がら揺らげば揺らぐほど、自国自身の利害を優先し、米国の求めを無視し、自国の利益を守るためには二次的なもの、と判断するようになるかもしれない。頻繁な政策の突然変更は、それが歓迎されるような場合でも、米国の威信と信頼を損なうことになる」

  もう一度、目を閉じて、国家と教会の明確な違いを考慮に入れて、そして、ハースがフランシスコのことを言っているを考えるとしよう。教皇は、来年3月で、就任から5年目を迎える。仮に、教皇職の伝統的な‶同盟者〟を考えたとすると― 伝統的に教皇のために水を運ぶ傾向にあるカトリック信徒と、ローマと共通の動機を持つことに慣れている教会の部外者をともに意味することになるが―おそらく、最大のフラストレーションは、フランシスコが次に何を言い、何をしようとしているのか、全く分からない、ということに尽きるだろう。

 改めて言おう。長期的に見てそれが前向きか、後ろ向きか、議論することは可能だ。確かに、フランシスコが教会と世界のため圧倒的に前向きな力になっていると考える人々にとっては、彼が絶え間なく変革に手を付けることが力の一部となっている、ということだ。現在の体制はいつまでも続くことができない、これまで通りの仕事は終わった、と教皇は繰り返しメッセージを発している。誰がどう考えようと、教皇フランシスコの‶不意打ちの統治〟好みは、明白である。

 おそらく、ここでの結論は、イデオロギーは横に置いておいて、フランシスコもトランプも、21世紀型の指導者のありようを体現している―既存の制度と官僚組織に縛られず、味方と敵をともに不安にさせる指導者だ、ということだ。(プーチンを、フランシスコとトランプに次ぐ、世界の舞台で最も好奇心をそそる人物の一人、と考えることができるかもしれない。

 大きく異なった目的と目標を持った典型的な人物が注目度において劣るということはない、とこれらの人々が示している。むしろ、フランシスコとトランプの‶並外れた二人組〟の力学は、今日の世界の指導者たちが、粗野で、全く型にはまらない、ものごとを達成しようとするやり方を共有しているように思われる、究極の証明なのかもしれない。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2017年8月7日