(2017 .6 .17 言論NPOニュース)言論スタジオ「北朝鮮危機と日本の有事体制」上)2017年6月13日開催
出演者:德地秀士(政策研究大学院大学シニアフェロー、元防衛省防衛審議官)神保謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)古川勝久(元国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員)香田洋二(ジャパンマリンユナイテッド株式会社艦船事業本部顧問、元・自衛艦隊司令官・海将)司会者:工藤泰志(言論NPO代表)
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発問題は1994年のIAEA(国際原子力機関)からの脱退宣言に始まるとされます。北朝鮮が核開発に拘泥し続ける最も大きな狙いは、同国を敵視するアメリカに対する「核抑止力」を持つことです。核開発では核爆弾(核弾頭)の小型化と、ミサイルの開発が車の両輪です。核爆弾を保有しただけでは抑止力にはなりません。それを載せて運ぶ運搬手段=ミサイルがなければ相手の国にとって脅威とならないからです。北朝鮮は2006年を皮切りに、すでに5回核実験を実施。金正恩体制になってからでも、50発以上もの様々なタイプのミサイルを発射しました。これによって核弾頭の小型化と、ミサイル技術が相当な水準にまで進歩してきたとみられているのです。
セッション1 危機の現状をどう認識しているか -依然として残る武力衝突の可能性。
冒頭、司会の工藤が「基本的に外交交渉の中で解決する可能性を模索すべきだと思っていますが、状況はそんなに単純なものではないことも分かっています」と述べたうえで、各氏に現下の北朝鮮危機をどのように認識しているかについて発言を求めました。
最初に発言を求められた德地氏が「改めて北東アジアにおいて、何らかの形で武力衝突に至るかもしれないという状況が起きているということではないか」との認識を示しました。毎年、春から夏にかけては米韓の共同軍事演習が行われるため、北朝鮮がミサイルを発射するなど騒がしい季節だが、今年は北朝鮮が10発以上ものミサイルを発射、一方、アメリカも日本海に2隻の空母を派遣するなど通常とは違った動きがあったからです。
次に香田氏が今回の危機の発端は、昨年の9月にあったと指摘し、次のように語りました。「9月の核実験とその直後の新型ロケットエンジンの試射。この2つはアメリカにとって何を意味したかというと、いわゆる(アメリカ)本土に届く核弾頭付きのミサイルが間もなく現実のものとなるということなのです」。それ以降、アメリカは北朝鮮に対する圧力を徐々に強めるが効果がありませんでした。この間、アメリカではオバマ大統領からトランプ大統領へと政権交代が起こります。そして中東では4月6日、トランプ政権はシリアのアサド政権をトマホークで攻撃、北朝鮮に対しては日本海に空母2隻を派遣して、軍事力の行使も辞さない姿勢を見せました。
香田氏は「トランプ大統領は前任のクリントン、ジョージ・W・ブッシュ、オバマの各大統領とは違うんだということを見せたのだと思う」としたうえで、現状をこう分析しました。「4月6日を起点とすると、もう70日経っているが、この70日間で問題解決にプラスの要因は全くなく、マイナスの要因しか起こっていない。実は事態としては極めて悪くなっていることを我々は自覚すべきなのです。今までと違うのは軍事行動の可能性があると見るべきでしょう」と、結論付けました。
未熟なトランプ政権の外交手腕
続いて古川氏と神保氏はトランプ政権の未熟さに焦点を当てました。
古川氏は核開発について「(北に対する)制裁圧力が強まる以上のスピードで、北朝鮮は核ミサイル戦力を増強させている。恐らく今後2年から5年のタイムスパンで、アメリカ本土を攻撃しうるICBM(大陸間弾道)開発が見えてきたという状況だろう」との認識を示しました。
加えて、トランプ政権の準備不足を厳しく指摘しました。トランプ大統領はオバマ前大統領から北朝鮮問題の引継ぎを受け、自らの政権でレビューを行った後、すぐに軍事的圧力を高める行動に出ました。「問題なのは、トランプ政権には北朝鮮政策のコーディネーターがいませんし、かつ大統領にツイッターで無責任なメッセージを出すのはやめてくれと進言できるような担当者もいません。つまるところ、せっかく高めた軍事的圧力を大統領の不用意なメッセージで一つずつくさびを抜いていったという状況があると思います。北朝鮮と向き合う前に、アメリカそのものの足腰が整っていない。トランプ政権内の少なからぬ混乱が垣間見える状況になっています」。
続いて神保氏が三つの視点で今回の危機を分析・評価しました。一つ目が、我々は北朝鮮問題と長期的に付き合っていかざるを得ないと再確認したこと。中途半端な軍事的圧力や経済制裁では、北朝鮮の行動は変わらないということが再確認された一方で、本格的な強制措置=徹底的な経済制裁や軍事介入は、北朝鮮の崩壊が招く悲惨な結末が待っているため、事は長期的にならざるを得ません。
二つ目が北朝鮮は金正恩体制の下でいわゆる並進路線=核の開発と経済発展を同時並行的に進める路線を取っているが、この路線には変わりがないこと。アメリカ軍の介入を軍事的に阻止できることが証明されたと相手側(アメリカ)が認めるまで、徹底的に核およびミサイル実験を続けるということです。
三つ目がこの危機の中で思いの外アメリカと中国の間でディールが進んでしまったのでないかということ。「いずれもがトランプ政権の外交戦略のアマチュアリズムから導き出されたものです。最初のころは軍事行動さえほのめかしていたのに、4月の後半あたりから、ティラーソン国務長官が政権を転覆する意図はないと言ったり、マクマスター大統領補佐官が軍事行動を起こしたら悲惨な結果を招くと言ったり、おおよそアメリカが軍事的圧力を使って強制外交をしている中で、統一したシグナリングがそれぞれの人から出されていないと認めざるを得ない。
北朝鮮が何ら妥協しない間に、アメリカ側から勝手に折れる。しかもその過程で中国側に経済制裁をやってもらう見返りとして、貿易の不均衡問題の優先順位を下げるとか、様々なテコが外交交渉で使用された節がある」と、神保氏は見解を述べました。
これに対して工藤が「結果的に北朝鮮に対する抑止に成功していないし、トランプ政権に意思の不統一があるといった状況下で、純軍事的に見ていまの状況はどう判断できるのでしょうか」と、香田氏に問いかけました。
「マクマスター大統領補佐官、ティラーソン国務長官、マティス国防長官の3人が戦争は嫌だと言っているが、これは逆のシグナルかもしれないです」。香田氏は神保氏とは異なる解釈を披露しました。香田氏はこう続けます。「北朝鮮は先制攻撃でアメリカを潰せますよ、アメリカはあなたの先制攻撃の前にあなたの領土を潰しますよ、と言い合っているわけですが、(軍事行動に移るかどうかは)アメリカにこの計算が成り立つかどうかなのです。アメリカは世界の中で唯一こうした環境を自分で作れる国です。ですから、我々はティラーソンの発言よりもアメリカ軍の能力蓄積が実際にどうであるかを冷静に見るべきなのです。地上戦に入らないとすれば、アメリカの現在の能力は、先制攻撃を先に封じる環境を作れる段階に来つつあるというのが、一つの冷静な見方だろうと思います」。
さらにトランプ政権が南シナ海において、5月下旬に実施した初めての「航行の自由」作戦は、中国の顔に泥を塗ったものだったと付け加えました。それは中国が埋め立てた岩礁、中国が領海と主張する海域で行われたものだったからです、その含意は習近平政権に北朝鮮の暴走を止めることを期待していたが、やはり止められなかった、次は中国に頼らず単独でも行動するぞ、と」。
純軍事的観点から見ると、危機は去るどころか、軍事衝突の可能性は高まっているといえるでしょう。
第2セッション 外交交渉に移行できるか
第2セッションの冒頭、司会の工藤が、「北朝鮮危機の解決を軍事行動に求めないとするなら、経済制裁と外交プロセスをきちんと作ることができる可能性はあるのかが問われます。今の状況の中でどういう可能性がありえますか」と、問題提起をしました。
まず德地氏が「アメリカは北朝鮮に圧力を加える手段として軍事力の行使も否定はしないと言っているが、私は現状においてそんなに本気だと思っていないのです」との認識を示しました。その根拠として約20万人いるとされる在韓アメリカ人を避難させる動きがないことを挙げました。軍事行動がないとすれば、「短期で解決する問題ではないので、(冷戦時代に)アメリカが旧ソ連に対してきたように、長期で封じ込めていくしかないだろう。その前提は、アメリカを中心として北朝鮮の核ミサイル開発を抑えようという側が、しっかりした抑止力を持っていることだと思う。言葉だけではなくて力を持つ、結束する、実際にミサイルを撃たれた時に備えて、ミサイル防衛網を整備するなどが必要だと思います」と述べました。
これに対して香田氏は「今の政権のメンバーは北朝鮮戦略をもう一回整理をし直してでも、本当に必要な時は軍事力を使うと思います」との見解を述べました。なぜならブッシュ(ジュニア)大統領は2001年の9・11同時多発テロではアフガン攻撃という刀を抜いたが、東アジアでは刀を抜かなかった。オバマ政権は色々文句をつけるが、刀を抜く気がなかったため、全く北朝鮮に対する抑止力にならなかったからです。「言いにくいことだが、在韓20万人のアメリカ人は、北朝鮮にとって人質とならない可能性もありうる。先制攻撃で北朝鮮の攻撃を抑えうる成算が90%以上となると、これは軍事行動がオプションとしてあり得る。90%から95%の成算がある環境を作った時には、在韓アメリカ人や在日アメリカ人を退避させずに、結果的に先制攻撃で韓国と日本を守る。アメリカ人を退避させてから、『明日攻撃します』というバカはいない。これが軍事作戦です」と、香田氏は軍事的視点から見解を述べました。「軍事行動があるというのではなくて、それを覚悟しておかないと、起きた時に狼狽します」(香田氏)。
北朝鮮の過小評価も過大評価もリスク
ここで司会の工藤が、第1セッションで「短期的な解決は難しく、長期になるだろう」と見通しを述べた神保氏に、「アメリカは北朝鮮が自国に届く核弾頭ミサイルを開発してしまうことを認めざるを得ないということか。その結果として、対北朝鮮外交政策を(北の核放棄から)本土の防衛という形に大きくシフトしてさせてしまうか」と、問いました。
これに対して神保氏は「北朝鮮の能力を過小評価することも過大評価することも大変なリスクを生みうる」と応じました。過小評価のリスクとは北朝鮮の技術はまだまだ大したことはないと侮ること。「核兵器をしっかりデリバリー(運ぶことが)できる能力を持つに至ったと覚悟すべきというのが、過小評価を戒めるべき大変重要なポイントです」(神保氏)。一方の過大評価の戒めとは、「核を爆発させて、それをミサイルに搭載させるということイコール抑止力の獲得とはいえないということです」(神保氏)。
アメリカの先制攻撃で無力化されたり、ミサイル防衛網を突破できなければ、抑止力を獲得したことにはならない。「それをあたかも、北朝鮮が核実験やICBM(大陸間弾道弾)の実験を行なったことイコール対米抑止力をつけた、と誤認をすると、北朝鮮はそれに自信を得て、より多くの小規模、中規模の軍事訓練やキャンペーンを行いやすくなる。そういう環境を我々の認識によって招いてしまう」と、警告しました。「アメリカファーストの問題解決である、ICBMだけ気にして交渉を始める態度をアメリカが取ったとすると、同盟国の傘の提供にアメリカはどこまで本気なんだ、というリスクを生みかねない。これが過大評価のリスクとなります。したがって、どうワシントンと東京、ソウルの認識を一致させていくのかが大変重要です」と続けました。
セッション1では古川氏は国連安保理の北朝鮮に対する制裁が、実は各国の国内関連法の整備の遅れから、実効性が伴っていないと指摘していました。そうであれば「制裁をきちんと強化することによって、外交交渉に戻していくことが一つの答えではないでしょうか」と司会の工藤が問いかけました。
古川氏によれば、例えば2015年のイラン核合意では、アメリカが国内法に違反した取引をしていた中国の金融機関に対して、財務省が単独制裁をかけたことが効いたということです。「国際通貨ドルが使えなければ、国際的な取引ができないからだ。それは非常に強烈な中国政府や中国の金融機関や一般企業に対するメッセージで、途端に中国は単独制裁を受けてアメリカの意向を汲み、イラン制裁に協力するようになった。しかし、今日に至っても北朝鮮に関しては、アメリカは同じようなことをしようとしていないのです」(古川氏)。
さらに古川氏はこう続けました。「制裁というのは実務的に非常に複雑です。法律も、海のことも、貿易、金融の実務も分かっていないといけない。実務的な面で各国が安保理決議を履行できるように、例えばまず日本が先陣を切って国内法を作って、中国、東南アジアに対して実務協力支援をしないといけません。そういう枠組みを構築しつつ、かつアメリカと協力して違反している悪質な中国の企業、金融機関、個人に単独制裁を課して、できればヨーロッパを巻き込む。具体的なリストも作って一体になって中国と交渉しないと、今みたいに外交レベルで習近平主席にアプローチしても、限界があるというのが私の理解です」。
経済制裁、軍事的圧力から外交交渉へという道も、なかなか開けてこないというのが実情のようです。
今後3年間のうちに最大の危機が訪れる
( 2017 / 06 / 18 配信)
第3セッション 危機は解消の方策はあるか
第3セッションのスタートに当たって、司会の工藤がアメリカでは「もはや北朝鮮が核を保有していることは事実なので、それを前提に対策を考えるほうが現実的だという議論が出ている」と、5月の訪米時の経験を報告したのち、各パネリストが考えるこれからの展開と解決策について聞きました。
まず徳地氏が「仮に北朝鮮がミサイルに搭載しうる核弾頭を持ったとしても、抑止力を獲得したことにはならない。北朝鮮の体制保証にもならないということを、彼らに分からせないとなりません。それがやはりゴールだと思う」と述べ、「少なくとも日本としては2つやることがある」として、次のポイントを挙げました。
一つ目が、北朝鮮が核ミサイルで脅してきても、それをはねのける「拒否力」を持つこと。そのためにミサイル防衛網を徹底して整備する。二つ目が日米同盟を強化すること。これはさらに二つに分かれ、一つは軍事行動を起こせる状態にしておく、つまり朝鮮半島の有事に備えた体制を整えておくこと。もう一つがアメリカが明確な北朝鮮政策を持てるように協議をすること。「アメリカが何をしようとしているかわからないと、中国に対しても北朝鮮に対しても同盟国に対しても混乱を呼ぶ」と指摘しました。
これを受けて工藤が「北朝鮮を長期的に封じ込めるということは、核開発の凍結や廃絶は難しいということですか」と、香田氏に質問しました。
これに対して香田氏は「アメリカは本当に米国本土に届く核ミサイル許すつもりはないと思う」と述べた後、今後の展開を次のように予想しました。オバマ政権時代と決定的に違うのは、オバマの時代には北朝鮮がそのような能力を持つまでに、まだ時間がかかると思われていたのに対して、現在ではあと2~3年でその能力を持つと見られていることです。
「この半年間の危機で明らかになったのは、3年程度の期間しか残されていないということです。この3年程度で何もしないのであれば、核保有国として認めざるを得ないということになる。私がアメリカは北朝鮮を核保有国として認めないという前提でいます。何をするか分からない国の存在を許さないという理念から考えると、北とアメリカがギリギリの軍事対立をして、刀を抜く寸前で両国のコンタクトが始まると思います。今回だけは残る3年間の最後のチャンスとしてコンタクトが始まるでしょう。あとは結果次第です。核兵器開発をやめるかやめないのかで、平行線になったときに、今後3年間でもっと大きな危機が起こる」(香田氏)
交渉開始の条件に大きな隔たり
続いて司会の工藤が古川氏に「制裁を徹底的に有効な形で機能させるということをベースにして実現する目標は、どういうところに置くべきなのでしょうか」と、問いかけました。
これに対して古川氏は「対話と圧力とお題目のように言うけれども、対話は中国に丸投げ、圧力も中途半端ですから、それをさらに強めなければいけない。北朝鮮が核爆弾やミサイルをつくるうえでは、外国の製品や資金が必要です。だから、物の流れも止めないといけないし、お金の流れも止めなければなりません」と、金融制裁の重要性を強調しました。
そのうえで「外交的アプローチもしっかりやらなければなりません。今は交渉するタイミングではないが、対話を始めるべきです。つまり北朝鮮が一番嫌がっているのは何か、そこを我々は重点的に突く必要があります」と述べました。さらに、実際は北朝鮮との対話の準備が整っておらず、「アメリカ、日本、韓国――ただでさえ足並みがまだ揃っていないのだが――北朝鮮とどういうタイミングで、どういう内容で話をするのか、つまりどういう条件で交渉を始めるのか。こういうところを実務的に考えなければならない」と、警鐘を鳴らしました。
これに敷衍する形で、神保氏が「現在、交渉の条件は相当かけ離れた場所にある」と指摘しました。対話の一つの前提となるのは、2005年の6者協議(日中韓米北ロ)の共同声明で、北朝鮮が核兵器並びに核計画を放棄する見返りに、体制保証と日米との国交を正常化をするというものです。ところが、いま北朝鮮が求めているのは「2005年の共同声明は既に死んだ、我々はもはや核保有国である。交渉するとすれば、その前提を受け入れた後に始めてくれというのです。こちらから見るととても大きな開きがある話で、この隔たりを詰める作業をしなければならないのです」(神保氏)と、解説しました。そしてこの隔たりを詰めるには、パワーでアメリカが北朝鮮を圧倒することで「北朝鮮が対話による体制保証を付け加えなければだめだと認識して、初めて意味ある交渉ができる」と、指摘しました。
最後に司会の工藤が、北朝鮮をめぐる東アジアの安全保障環境は新しい段階に入ったとの認識を示しつつも、「北朝鮮の核を凍結し、さらにそれをなくしていく交渉がどのように実現できるのだろうか。私はそのような可能性にもう少し賭けてみたいと思いました。この問題は現在進行形なので、適時議論していきたいと思います」と総括して、言論スタジオを終えました。