2016年末から2017年始めにかけての教皇による宗教行事

(2016.11.25  バチカン放送) 教皇フランシスコによる2016年12月から2017年1月にかけての宗教行事が、バチカンの教皇儀典室より発表された。

 それによれば、典礼暦で「グアダルーペの聖母」を祝う12月12日(月)18時、教皇は聖ペトロ大聖堂でミサを捧げられる。

 12月24日(土)21時半から、教皇は「主の降誕」を祝う深夜ミサを、バチカンの聖ペトロ大聖堂でとり行われる。「主の降誕」の大祝日25日(日)正午、教皇は聖ペトロ大聖堂の中央バルコニーから、クリスマスメッセージとローマと世界に向けての教皇祝福、ウルビ・エト・オルビをおくられる。

 大晦日の31日(土)17時、教皇は聖ペトロ大聖堂で夕べの祈りを持たれ、その中で、過ぎた1年を神に感謝し、賛歌「テ・デウム」を捧げられる。

 2017年を迎える1月1日(日)午前10時、「神の母聖マリア」の大祝日と、「世界平和の日」を記念する教皇ミサが、聖ペトロ大聖堂で司式される。

 同月6日(金)「主の公現」の大祝日、教皇は午前10時から聖ペトロ大聖堂でミサを司式。

 8日(日)「主の洗礼」の祝日には、午前9時半よりシスティーナ礼拝堂で幼児の洗礼式をとり行われる。

 そして、25日(水)「聖パウロの回心」の祝日、17時半、教皇は城壁外の聖パウロ大聖堂で夕べの祈りの集いを持たれる。

(※日付時刻は現地時間)

2016年11月26日

 2018「若者」主題のシノドス、準備進む

 (2016.11.24 「カトリック・あい」)

2016年11月24日

 教皇、特別聖年閉幕受け使徒的書簡を発表(バチカン放送) 

(2016.11.21 バチカン放送) 

 教皇フランシスコは20日付けで、使徒的書簡「ミデリコルディア・エト・ミゼラ」を発表された。「いつくしみの特別聖年」の終了に伴い発表された使徒的書簡は、聖年の恵みを振り返ると共に、この体験を基に、神の無限の愛に信頼し、いつくしみの業をより広げていくよう招き、カトリック教会典礼暦で「王であるキリスト」の祭日を前にした「年間第33主日」に「貧しい人々の日」を制定し記念することを明らかにしている。

  また、教皇は、聖年開幕前の2015年9月、「いつくしみの特別聖年の免償についての書簡」で、堕胎の罪を犯したが心から悔悛して赦しを願う者に対し、聖年期間に限り、(赦しの秘跡をもって)赦しを与える権限をすべての司祭に許可されていたが、今回の使徒的書簡により、聖年終了後もすべての司祭がこの権限を行使できるよう定めた。

  教皇はこの使徒的書簡の「ミデリコルディア・エト・ミゼラ」というタイトルに、「イエスと姦通の女との出会い」(ヨハネ8,1-11)を観想する聖アウグスティヌスの言葉、「そこに残ったのは、憐れな女と、憐れみの、二人だけであった」を反映させられた。このエピソードは、姦通で捕らえられた女とイエスとの出会いを語っている。「姦通した女は石で打ち殺せと、モーセは立法の中で命じているが、あなたはどう考えるか」と聞かれたイエスは、長い沈黙の末に「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」と言う。人々が一人また一人と立ち去った後、イエスと女だけが残った。イエスは女に「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。」「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない」と言った。

 「イエスと姦通の女」のエピソードから来る教えを、「いつくしみの特別聖年」の終了を照らし、教会の未来への歩みを導くものとして提示された教皇は、「いつくしみは教会生活の一部ではなく、本質そのもの」、「すべてはいつくしみの中に啓示され、すべては御父のいつくしみの愛の中に解かれる」と述べている。「福音書のこのエピソードの中にあるものは、罪と裁きという抽象的なものの出会いではなく、罪に落ちた女と救い主との出会いである。イエスはこの女の目を見つめることで、理解され、赦され、解放されたいというその心を読み取った。罪の惨めさは、愛のいつくしみによって再び覆われたのである」と教皇はこのように記された。

 また、教皇はルカ福音書の「罪深い女を赦す」エピソード(7,36-50)を同時に引用。イエスがファリサイ派の人の家に招かれ食事をしていると、罪深いことで知られる一人の女がその家に入ってきて、イエスの足を涙で濡らし、自分の髪でぬぐい、香油を塗った。驚き、いぶかしがるファリサイ派の人に、イエスは「この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさでわかる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない」と語った。これについて教皇は、「悔悛した罪びとを前に、いつくしみ深い神が赦しの抱擁をしないことはない。わたしたちは神のいつくしみに対し、条件を設けることはできない。赦しは常に天の御父の無償の行為、無条件にして、わたしたちには過分な愛である」と記された。

 教皇は「いつくしみの聖年」が終わったこれからも、ミサや、ゆるしの秘跡、塗油の秘跡などを通して神のいつくしみを「記念」し、また聖書に親しみ、助けを必要とする人々に寄り添うことを通して、神のいつくしみの豊かさを体験し続けるようにと願われた。特にゆるしの秘跡をキリスト教生活の中心として再発見するよう招く教皇は、真剣に悔い改める人々が神の愛に立ち返ることを妨げぬよう、これらの人々の神との和解の歩みを支え奉仕して欲しいと、司祭らを励ましている。

 堕胎の罪を犯し、悔悛し赦しを乞う者に、赦しを与える権限を聖年中に限りすべての司祭に許可されていた教皇は、この権限を今後恒久のものとして行使できるよう定めた。これについて教皇は「無実の命を絶つ堕胎は大罪であると渾身の力を混めて主張したい」と強調。しかし同時に「神のいつくしみが及ばない罪、心から悔い改めた者の御父との和解を願う心を打ち壊すような罪は存在しない」とも明言されている。カトリック倫理において、堕胎は大罪とされ、通常、その罪に対しては、司教、または司教がその権限を託し任命した司祭だけが赦しを与えることができたが、今後すべての聴罪司祭にこの権限が認可されることになる。

 今日の家族の複雑な現実にも触れた教皇は、こうした家庭の人間的困難を、疲れることなく受け入れ寄添う神の愛の態度をもって見つめて欲しいと希望された。「聖年の終了と共に聖なる扉は閉じられるが、わたしたちの心のいつくしみの扉は常に大きく開かれている」「キリストの近くにいたいならば、兄弟たちの近くに寄添わなければならない。いつくしみの具体的なしるしほど、御父に喜ばれるものはないからである」

 このように記された教皇は、飢えに苦しむ人、移民、病者、受刑者、教育を受ける機会のない人などに寄り添うことを願うと共に、他人に対する連帯や責任の精神を失わせてしまう行き過ぎた個人主義に陥らないよう警告された。「今はいつくしみの時」と述べた教皇は、「年間第33主日」に「貧しい人々の日」を制定。小さく貧しい人たちへのイエスの愛を思い起こし、それに倣うことで、信者たちが、続く「王であるキリスト」の祭日をふさわしく迎えることができるようにと願われた。

*「カトリック・あい」注*堕胎をされた方に対して赦しを与える権限は、日本や米国ではバチカンの了解のもとに、すでに、全司祭に与えられています。今回の決定は、主としてこの問題が深刻な欧州の教会を念頭に置き、かつ保守派の抵抗が強い米国などの教会においても徹底を期する狙いがあると思われます。

2016年11月24日

 教皇書簡「教会は世界の現実に目を見開き、新たないつくしみの業を」(CRUX)

(2016.11.20 ジョン・アレンJr Crux editor)

   教皇フランシスコは、この使徒的書簡で、「いつくしみ」が行き過ぎ、と見る向きもあるのに対して、「赦しは神の愛の本質」であると強調。「私たちの誰ひとりとして、条件付きで赦す権利を持ってはいません。いつくしみは常に私たちの天の父による無償の行為、無条件、無制限の愛の行為なのです」「ですから、私たちは、神がひとりひとりの暮らしに介入されるときにお持ちになる愛の完全な自由に反対するリスクを犯すことはできません」と述べている。

また教皇は、いつくしみを強調する教皇の姿勢が神の法についての教会の伝統的な公式見解に馴染まない、との見方を否定し、「そのような法のレベルのみにとどまることは、信仰と神のいつくしみを挫くことに等しい」と言明。悩み苦しむ人とcompassion(思いを同じくする)ことは、いつくしみの特別の形であり、特別聖年の閉幕を越えて続ける必要がある、と力説した。

「涙を乾かすことは、私たちがしばしば罠にかかる孤立の悪循環を打ち壊す道」とし、「私たちが安心する言葉、私たちが理解されていると感じる抱擁、私たちが愛を感じる愛撫、私たちがもっと強くなる祈り・・これらすべてが、私たちの兄弟姉妹によってもたらされる慰めを通した神の親密さの表明なのです」と教皇は言明。

書簡の中で、教皇は、今年4月に公表した使徒的勧告「愛の喜び」の内容、とくに離婚・再婚者に聖体拝領を認めることを示唆する内容をめぐって起きている論争について直接触れてはいないが、間接的な答えとして、困難な状況にある家庭にたして神のいつくしみは特に必要であることを強調している。そして「今回の特別聖年は家庭生活の現実の複雑さを見過ごすことはできない。いつくしみの経験は、私たちが、受け入れ、ともに歩む神の愛の立場から、あらゆる人間的な問題を考えることを可能にします」と語っている。

そして幅広い見地から「21世紀の苦難と病理はいつくしみの伝統的な徳目を再評価する必要性を際立たせている」とし、「多くの人びとが、食料、仕事、避難所、そして平和を求めて、こちらの国からあちらの国へと移動している。様々な形の疾病が、助けと癒し、支えを叫び求める苦難の尽きることのない原因になっている」と指摘。「読み書きができない人々はいまだに世界各地にいて、子供たちは潜在能力を引き出すことが出来ず、新しい形の奴隷となる危険にさらされている」と指摘する教皇は「いきすぎた個人主義の文化は、特に西側諸国で、他の人々との連帯感、責任感の喪失につながっている」と警告。

このような問題の指摘をさらに広げて、「失業し、あるいは仕事はしていても十分な収入を得られない、住む家や土地を持つことができない、信教、人種、社会的立場で差別を経験する。これらは、人の尊厳を傷つけるたくさんの現状のほんの少しの例でしかない」「そのような脅威に直面して、キリスト教徒のいつくしみは、何よりも油断なく、連帯を伴って反応するのです」「私たちの世界は、人の尊厳を傷つける新たな形の精神的、物質的貧困を作り出し続けています」と指摘したうえで、「このような事ゆえに、教会は、常に目を見開き、いつくしみの新たな業を見出し、寛大さと熱意を持って実行する用意をしていなければなりません」と訴えている。

(南條俊二訳)

2016年11月24日

 教皇「世界青年の日」の今後3年間のテーマ発表(バチカン放送)

 (2016.11.22  バチカン放送)

  教皇フランシスコは、カトリック教会の「世界青年の日」における、向こう3年間のテーマを決定された。「世界青年の日」(ワールドユースデー、WYD)は、カトリックの若者たちの祭典で、「復活祭」の一週間前の日曜日、「受難の主日」に記念される。毎年教区レベルで行なわれ、数年毎に「国際大会」が開かれる。次回の「世界青年の日大会」は、2019年、パナマで開催される。

教皇庁信徒・家庭・生命省の発表によれば、教皇はパナマ大会を頂点とするWYDの今後3年間の歩みを導くものとして、マリアを中心に置く次のテーマを選ばれた。2017年・第32回世界青年の日「力ある方が、わたしに偉大なことをなさいました」(ルカ1,49) 2018年・第33回世界青年の日「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた」(ルカ1,30) 2019年・第34回世界青年の日(パナマ大会)「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(ルカ1,38)

ちなみに、過去3年間(2014~2016)の「世界青年の日」は、イエスが山上で説いた「真福八端(八つの幸い)」を主題とし、2016年7月に行われたポーランド・クラクフ大会のテーマは「あわれみ深い人々は、幸いである、その人たちはあわれみを受ける」(マタイ5・7)であった。教皇はこの「幸いな者」に対する考察の継続として、「今から後、いつの世の人も、わたしを幸いな者と言うでしょう」(ルカ1, 48)と神をたたえたマリアを、今後3年間のテーマとされた。

「世界青年の日」クラクフ大会の折、教皇はボランティアの若者たちとの集いで、イエスの母マリアの態度を倣うべきモデルとして示されている。このように、来る3年間のテーマはマリアを強く意識すると同時に、過去(2017)から、現在(2018)、未来(2019)へと続く、若者たちの歩みを象徴するものになるという。

2016年11月23日

「いつくしみ」の心の扉は開かれ続ける、と教皇(CRUX)

 (2016.11.20 Crux バチカン特派員 イネス・サン・マーチン)

 ローマ発―いつくしみの特別聖年の閉幕にあたって、教皇フランシスコは「神には罪の記憶はありません」と述べ、神の赦しを与えたいという心は特別聖年の幕が下りた後も続くことを強調した。また教皇は、「権力と栄光を追い求める」罠に陥ることのないように、自由で信仰深く、富において貧しく、愛において豊かな暮らしを大切にするようにとの、教皇の願いを繰り返された。そのような暮らし方は、いつくしみの特別聖年の真の成果になるだろうと述べられた。そして「聖なる扉が閉じられても、キリストの御心である、いつくしみの真の扉は、これからも、私たちにいつも開かれ続けます」。

  さらに、「神は私たちの罪を完全に、永遠に取り消す用意をされています。神の記憶は、私たちと違って、なされた悪を残されない、経験された不正を記録されないのです」とし、「神は罪の記憶をお持ちにならない。私たちだけ、私たち一人ひとりを覚えておられる。私たちは神の愛する子供たち。新たに始めること、私たち自身が立ち上がることが常に可能だと神は信じておられるのです」と確信を述べられた。

  閉幕式のミサの中で、教皇は福音書の十字架に挙げられたキリストの場面を回想し、お前が本当に王様なら、その力を使って自分を助ければいい、と言ってイエスを嘲った人々のことを取り上げ、「これこそ最も恐るべき誘惑、福音書に書かれた最初で最後のものです」と語り、彼の生き方そのものへの挑戦に直面した時、「イエスは語らず・・愛し、赦し続け、父の意思―愛が実を結ぶという確信―に従って、裁きの時を生きられたのです」としたうえで、信徒たちに、『つつましやかな愛』の不名誉を包み込んだイエスに習うように強く促した。

2016年11月21日

 「いつくしみの特別聖年」終わるー教皇が閉幕ミサ(バチカン放送)

 カトリック教会がおよそ1年にわたり開催した「いつくしみの特別聖年」が、典礼暦で「王であるキリスト」を祝う11月20日、教皇フランシスコによる閉幕ミサをもって終了した。バチカンで行われた閉幕ミサには、およそ7万人の信者が参集した。閉幕ミサに先立ち、聖ペトロ大聖堂のアトリウムで「聖年の扉」の閉門の儀式をとり行われ、「聖年の扉」を前にした教皇は、聖年を通して無限のいつくしみの御顔を示してくださった神に感謝を捧げ、続いて、「真剣な心で探し求める者には『常に開いた門』であり、聖霊が、『天国へと導く唯一の門』である救い主キリストにおける希望を新たなものにしてくださるように」と祈りつつ、教皇は「聖年の扉」を構成する2枚のブロンズの扉を、左右一つずつゆっくりと閉じられた。

この後、聖ペトロ広場で行われたミサの説教で、教皇は「このいつくしみの聖年は、わたしたちに本質に戻るよう招いた」と述べ、復活の光の中にあるわたしたちの王の本当の御顔を見つめ、若く美しい教会の顔、人々を受け入れ、自由、忠実であり、清貧だが愛に富み、宣教的である時に輝く教会のその顔を、再発見しようと説かれた。そして、ミサの終わりに、使徒的書簡「ミゼリコルディア・エト・ミゼラ」に署名され、普遍の教会を代表する、世界の首都大司教・司祭・修道者・若い夫婦・家族・病者らにこの書簡を渡された。

「いつくしみの特別聖年」は、教皇フランシスコが自らの選出2年を迎えた2015年3月13日に開催を予告。同年4月11日、「神のいつくしみの主日」の前晩の祈りで特別聖年布告の勅書が公布され、「御父のように、いつくしみ深い者となりなさい」(ルカ 6,36)をモットーに、2015年12月8日の「無原罪の聖母」に開幕していた。開幕ミサで、教皇によりバチカンの聖ペトロ大聖堂の「聖年の扉」が荘厳に開かれたのに続き、ローマの他の教皇直属バジリカ(聖ヨハネ大聖堂、城壁外の聖パウロ大聖堂、聖マリア大聖堂)の「聖年の扉」も相次ぎ開門した。特別聖年の特徴として、中央アフリカ・バンギで行われたように、世界各地の大聖堂や巡礼聖堂、またローマ・カリタスなどの支援施設などにも「聖年の扉」が設けられ、巡礼者らに開放されていた。

そしてこの一年、バチカンでは、神のいつくしみをテーマに、司祭や、助祭、奉献生活者、カテキスタ、ボランティア、信心会、病者、子ども、お年寄り、受刑者、ホームレスの人々など、様々な人々を対象とした聖年行事が行われた。毎週水曜に開かれる教皇一般謁見では、「いつくしみ」をテーマとした教皇によるカテケーシス(教会の教えの解説)が続けられたほか、今年7月、ポーランド・クラクフで開催された世界青年の日(ワールドユースデー)では、教皇と若者たちが共にこの聖年を記念した。9月には、「いつくしみの聖人」としてコルカタのマザー・テレサの列聖式がバチカンでとり行われていた。

2016年11月21日

「分裂と排除の”ウイルス”に感染するな」教皇が新枢機卿たちに訓戒(CRUX)

 (2016.11.19 イネス・サン・マーチン CRUX バチカン特派員)

 ローマ発―教皇フランシスコは19日、新たに17人を枢機卿団に加える式にあたって、彼らの教会のリーダーとしての心構えを厳しく説いた。増大する”分裂と排他”の文化に囲まれる中にあって、教皇は新枢機卿たちに対して、分裂を引き起こす”ウイルス”が彼らの思考と行動に影響を与えるのを許してはならない、内部抗争は教会の普遍性を歪めるからだ、と力説した。

 そして、「私たちは『分裂と排除』が大安売りされ、争いを解決する唯一に道だ、と考えられる時代に生きています」としたうえで、「移民や難民のような”よそ者”とされる人々が敵視され、脅威とされている。遠い地からやってくる、風俗習慣が違う、肌の色が違うという理由で、異なる信仰を持っているという理由で、敵、と決めつけかれているのです」「そして私たちはそれをはっきりと理解せずに、違いに根を持つ反目が敵対、脅威そして暴力に転じていくのです」「その結果、”反目と暴力の伝染病”によって傷はどんどん深くなる。それは、声をあげられず、無関心の病理によって黙らされる無力な人々に甚大な被害を与えるのです!」と強く指摘した。

 教皇のこうした言葉は、カトリック教会内部の反目をはるかに超えて発せられていたが、それにも関わらず、彼が率いているカトリック教会内部の緊張状態を念頭に置いて、受け止められるのは避けがたい、と言えるだろう。ごく最近、教皇が4月に公表した家庭問題を扱った使徒的勧告「愛の喜び」をめぐって、司教たちの間で激しいやりとりがあり、さらに保守派枢機卿の小グループが教皇に”修正”を迫る考えをほのめかしている。

 「膨れ上がる反目によって、なんと多くの不確実性と苦しみが人々の間で、そして私たちの間で振り撒かれているのでしょうか。そうです、私たちの間でです。そして私たちの共同体、司祭、集まりの中でも」と厳しく非難し、「分裂と反目のウイルスは私たちの考え、感じ、そして行動する仕方にしみわたってしまっている」としたうえで、教皇自身と同じように新たに枢機卿になった人々にも、そのウイルスに感染しないという保証はない、と警告し、教会の豊かさ、普遍性に反する分裂を起こす傾きを「心の中に持ってはならなりません」と注意を与えた。

 200人を超えるカトリック教会の最高位である枢機卿は南北両極を除く全世界から選ばれているが、19日に正式就任し新枢機卿17人の出身は米国3人を含めて11か国。「私たちは違った土地の出であり、伝統、肌の色、社会的な背景を持っており、異なる考えをし、多様なやり方で信仰を表わします」「それが私たちを互いに敵にすることはない。最も偉大な豊かさの一つなのです」と教会の普遍性の素晴らしさを強調した。

 さらに、神は、弟子たちに、そして「私たち」に歩むべき道を示されたとし、それは「いつくしみ深くありなさい。あなたの父がいつくしみ深いように」だ、と念を押した。そして、いつくしみへの招きは、四つの訓戒とともにある。それは日々の状況の中で使徒達のなすべきことを作り、形にし、使徒としての道が感じられるようにするもの―愛し、善をなし、祝福し、祈ること―であり、この四つは「私たちの友、近しい人々、好意を持つ人々、好みや習慣で共通する人々」には、たやすく実行できるが、イエスは「敵を愛しなさい。あなたを嫌う人に善をなしなさい。あなたに悪態をつく人を祝福しなさい。あなたを虐げる人のために祈りなさい」と言われた。「この四つの訓戒は、私たちが対向者あるいは敵対者と考える人々に、たやすく実行できるものではありません。まず、するのは、除外し、疑う、呪うことでしょう。悪者あつかいし、彼らを除外することを”聖なる”正当化しようとすることもしばしばです」。神の心の中には「敵はいない」。なぜなら、彼には息子たち、娘たちがいるだけだから。「私たちは、壁を立て、障害を作り、人々にレッテルを貼っている」と自省を込めて語った。 

 最後に、新枢機卿たちが目指すべき目標は、「赦しと和解」の人となるために「神の民とともに」努力を重ねることだ、と述べ、「困難に出会ったら、『イエスとの友情から生まれる力、光、慰めを持たず、支えてくれる信仰共同体を持たず、人生の意味も目標も持たずに日々をおくっている兄弟姉妹が数多いという現実を思い起こすようにしなさい」と強く促した。

2016年11月21日

 公開枢機卿会議:教皇による新枢機卿たちの叙任式(バチカン放送)

 バチカンで11月19日、公開枢機卿会議が開催され、教皇フランシスコは、この中で最近任命された17人の新しい枢機卿(有権枢機卿13名、非有権枢機卿4名)の叙任式を行われた。「いつくしみの聖年」の閉幕を翌日に控え、聖ペトロ大聖堂でとり行われたこの公開枢機卿会議には、枢機卿団をはじめ、司教・司祭・修道者、そして新枢機卿の出身国を中心に世界各国の信者たちが集い、新しい枢機卿たちの叙任式を共に祝った。 教皇は新枢機卿たちに向けた言葉で、新しく与えられた使命を支え、形作るために、熱心に「愛し、善を行い、祝福し、祈る」よう励まされた。続く叙任の儀式で、教皇は新枢機卿一人ひとりに、枢機卿の帽子である、赤いベレッタを被せられ、次いで指輪と任命状を渡された。新枢機卿たちは、枢機卿団に温かく迎えられ、互いに喜びの抱擁を交わした。この日、教皇フランシスコによって叙任された新枢機卿たちは次の通り。(敬称略・括弧内は出身国・所属修道会)

有権枢機卿(教皇選挙の投票権を持つ80歳未満の枢機卿)13名

1.マリオ・ゼナーリ、駐シリア教皇大使(イタリア) 2.デュドネ・ヌザパランガ、バングイ大司教(中央アフリカ・聖霊会) 3.カルロス・オソロ・シエラ、マドリッド大司教(スペイン) 4.セルジョ・ダ・ロシャ、ブラジリア大司教(ブラジル) 5.ブレーズ・J・キュピック、シカゴ大司教(米国) 6.パトリック・ド・ロザリオ、ダッカ大司教(バングラディッシュ・聖十字会) 7.バルタサル・エンリケ・ポラス・カルドソ、メリダ大司教(ベネズエラ) 8.ジョセフ・ド・ケセル、ブリュッセル大司教(ベルギー) 9.モーリス・ピア、ポートルイス大司教(モーリシャス) 10.ケヴィン・ジョセフ・ファレル、教皇庁信徒・家族・生命省長官(米国) 11.カルロス・アギアール・レテス、トラルネパントラ大司教(メキシコ) 12.ジョン・リバト、ポートモレスビー大司教(パプア・ニューギニア・聖心布教会) 13.ジョセフ・ウィリアム・トビン、インディアナポリス大司教(米国・レデンプトール会)

非有権枢機卿(教皇選挙の投票権を持たない80歳以上の枢機卿)4名

1.アンソニー・ソテル・フェルナンデス、クアランプール名誉大司教(マレーシア) 2.レナート・コルティ、ノヴァラ名誉司教(イタリア) 3.セバスティアン・コト・コアライ、モハレス・フーク名誉司教(レソト・オブレート会) 4.エルネスト・シモーニ、シュコドラ=プルト大司教区・司祭(アルバニア)

(「カトリック・あい」解説)  注目されるのは、新枢機卿17人のうち教皇選挙権をもつ80歳以下のうち13人のうち3人が米国から3人が選ばれたことだ。現教皇が就任して以来、2014年、2015年の2回の枢機卿任命で米国は外れていた。また、空席だったモーリシャス、バングラディシュ、パプアニューギニアから枢機卿が選ばれている。80歳以下の枢機卿新規任命は前任のベネディクト16世は56人、聖ヨハネ・パウロ2世は24人だったが、教皇フランシスコによる選任は今回で44人。

 枢機卿はカトリック教会における教皇の最高顧問。今回の新規任命で教皇選挙権を持つ80歳以下の枢機卿は121人となるが、この後80歳を超える枢機卿が出てくるので、11月19日時点では120人となるという。アジアでは、インドに5人、フィリピンに4人、香港、韓国、タイ、ベトナムにそれぞれ2人、インドネシア、ミャンマー、スリランカ、そして今回新任のバングラデシュ、パプアニューギニアにそれぞれ1人となる。日本はゼロが続いている。

 日本では明治以降、5人の枢機卿が選ばれているが、白柳誠一枢機卿が2009年12月30日に亡くなって以来、枢機卿は空席のまま、教皇選挙権もない状況が続いており、今回も選ばれることはなかった。アジアの国々の中で、日本よりもカトリック信者が少ない国でも枢機卿が次々と誕生しているにもかかわらず、なぜ日本から選ばれることがないのか。真剣に反省する必要があるのではないか。

2016年11月20日

「理解しようとしない人々がいる」―教皇が「愛の喜び」批判にコメント(CRUX)

(2016.11.18 CRUXバチカン特派員 イナス・サン・マーチン

教皇フランシスコはイタリア司教団の公式新聞Avvenire紙との幅広いテーマにわたるインタビューで、自身のキリスト教会一致への努力に対する批判に言及し、「そうした批判に悩まされることはないが、自分たちの不満を助長したいと望んだり、単に隠したりする人々は見分けがつくものです」と語った。

 ローマ発―教皇フランシスコは4月に発表した家庭を主題とする使徒的勧告「愛のよろこび」に対して出ている批判について、反論した。主として、欧米の4人の枢機卿が最近、教皇あての文書を送り、勧告が重大な混乱と当惑、修正のうわささえ出ている、とし、「イデオロギー的とも言える形式主義」に苦しめられている、とほのめかしたことに対するもので、教皇は「勧告への反応について考えると、それを理解しない姿勢を続ける方々がおられます」と述べ、そうした方々は、「人生の絶え間ない変化の中で識別が必要な場合にも白か黒かで考える」とした。

  教皇は、18日に発行されたAvvenire紙に、20日に閉幕する「いつくしみの特別聖年」と、その1960年代に開かれた第二バチカン公会議との関係についての質問に関連して答えた。教皇は「人々に神の慈しみの計画を伝える道具としてのみ、教会は存在するのです」と語り、教会は第二バチカン公会議で「父の愛の生きたしるしとして、この世に存在する必要がある」と感じ、とくに教会憲章 (「Lumen Gentium 諸国民の光」)で、教会の考え方の軸が「イデオロギー的になりうる、ある種の形式主義」から、人となられた御子を通して、神ご自身に移したのです、と指摘した。

そして、教皇は、この点を「理解せず」にいる人々の「愛のよろこび」に対する反応について、このような文脈で語った。そうした人々を名指しすることはしなかったが、彼は、米国のレイモンド・バーク枢機卿ら4人の枢機卿によって提示された使徒的勧告に対する「疑問」を、念頭においていたと思われる。教皇は高位聖職者たちに疑問に答えることはないと語り、それが、4人が彼らの教皇に対する質問場を今週初めに公けにしたかの理由となった。

 米国のNational Catholic Register紙による関連のインタビューで、バーク枢機卿は、自分たちは教皇に対して愛をもってそうした、とくに勧告の第八章が引き起こしている「はなはだしい分裂」を終わらそうと考えたのだ、と述べた。この章で、フランシスコは、離婚し民法上再婚した人々に聖体拝領を認める事に、ケース・バイ・ケースで扉を開いたように見えるが、教会法の専門家であるバーク枢機卿は「もし教皇が、我々が希望しているように『カトリック教会の教えでの明確化』を図ろうとしないなら、ローマ教皇を正す公式の行動を考える」と言い切った。

  だが、勧告に対する法律専門家の反応は、 Avvenire紙のインタビューで教皇が言及した唯一のテーマではなかった。三ページにわたるインタビューを通しての中心テーマは、20日に閉幕する「いつくしみの特別聖年」と「キリスト教会一致の推進」だ。教皇がキリスト教会の各会派と熱心に会合を重ねていることに関連して、質問者が「一致を進めようとする過程で、あなたがカトリックの教義を曲げていると批判する人の中には、カトリック教会を『プロテスタント化』しようとしている、と言う人もいるが」と聞いたのに対し、教皇は、そのような批判にあまり心配していない、としたうえで、「そのことで眠れなくなることはありません。わたしを推し進める人々の道を歩み続けます。第二バチカン公会議に従います」と言明。

  さらに、「さまざまな意見は、彼らが語りかけられている聖霊にしたがって見分けていかねばなりません。悪意のあるものでなければ歩みの助けになります。そうではなく、従来からの立場を正当化しようとする批判は、正直なものでないことがすぐに分かります。そのような批判は、分裂の種をまこうとする悪意によるものです」と強調し、「このような硬直的な態度は、何かが欠けたところ、鎧の後ろに不満を隠そうとするところ、から生まれます」と強く指摘した。

  キリスト教会の一致については、「それがイエスとともに歩む道、、神学的な相違にも関わらず現実的な一致が可能な、キリスト教徒が会派を越えて貧しい人びとを助けるように異なった形をとることもできる道なのです」とし、「一致は、ともに歩むことから作られます。求められるべきは神の愛なのです」と言明し、これ故に、キリスト教徒の間にある、あらゆる形の変節主義は罪深い。ベネディクト16世が書いておられるように『教会は変節主義からは決して育たない、引き付ける力によって育つ』のです。

  教皇はバーソロミュー・コンスタンチノープル総大主教との交友に触れ、「彼は、正教の協議会を率いる能力を持ち、高いレベルの神学的問題を語り、そして子供達とともにいる」と評価した。

 また、教皇は、誰しも、自分の仲間とともに歩むのは容易なことではない、としたうえで、教会は「欲望と権力の論理で動く、自己満足的な人間的な現実」である、ということを信じるようなカトリック教徒の一部がかかっている「霊的な病い」に言及し、「わたしは教会の癌は互いに栄光を与え合おうとしている、と思い続けている」。「もしも、イエスを誰か知らない人、あるいは会ったことがない人も、イエスにいつも会うことできるのです。しかし、もしその人が教会の中にいるとしても、権力と自己確信への飢えを満たそうとしていれば、霊的な病いに侵されているのです」。

 教皇は先日、マルチン・ルターによる宗教改革から500年を記念する行事に出席のためスエーデンを訪問し、ルーテル教会の代表らと親交を深めたが、このことによって、「主の恩寵を無視して、あるいはそれを当然のこととして前進する組織としての教会」というイメージを打ち消した、と述べた。「自ら指示を出す教会を作ろうとする誘惑は、反対を、そして分裂をもたらす。それは、いつも蘇るものです」と警告した。

2016年11月19日

 カトリック教会の女性司祭禁止は不変、と教皇(CJC通信)

(2016.11.1 CJC通信)

 教皇フランシスコは11月1日、カトリック教会における女性司祭禁止は永久不変との考えを示した。スウェーデン訪問からローマに戻る機中、海外からの帰国途上で恒例の同行記者団との会見で述べた。

 スウェーデンの女性記者から「スウェーデンで教皇を迎えたルター派教会のトップは女性だった。カトリック教会で今後数十年以内に女性聖職者が任命される可能性はあるか」と質問され、教皇は「これについては、聖ヨハネ・パウロ2世が最終的に明言されている。それは有効だ」と述べた。

 ヨハネ・パウロ2世は1994年の文書で、女性聖職者誕生への可能性を閉ざす発言をした。バチカン(ローマ教皇庁)は、この教義はカトリックの伝統のなかで不可謬絶対の部分との立場を示しており、記者が「それは永久のことか」と質すと、教皇は「聖ヨハネ・パウロ2世の文書を精読すると、そういう方向性になる」と述べた。□

2016年11月11日

 バチカンが司教任命方法で中国と合意か(CJC通信)

【2016.11.7 CJC通信】

 断絶している外交関係を復活させ、中国の教会と信徒への援助を願う教皇フランシスコは、特使を任命、司教の任命方法を巡る作業部会で合意草案をまとめた、との情報が流れた。

復交には、現在バチカンが外交関係を維持している台湾政府との断交を北京側は前提としていることからも、中国本土以外の中国語圏の教会からは、無神論政権にバチカンが屈したという懸念も表面化している。

 伝えられる合意の下では、バチカンは中国側が任命した司教のほとんどを認め、北京側は、バチカンの新司教任命権を認める、とされているが、その司教は公認の「天主教愛国会」が準備したリストから選ぶ。リストに載るのは政府の権威を認めるものだけだ。また現在、抑圧され、拘束もされている「地下教会」の司教や司祭の処遇問題は未解決のままだという。

 香港の名誉司教、陳日君枢機卿は、「合意に達するとの希望」に重要な原則で妥協するのではないか、と米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』に語った。「教皇は、共産主義について実態を知らない」と言う。教皇がアルゼンチンにいた頃、「共産主義者は抑圧するというよりは抑圧される対象」と見ていたが、「中国の教会は、共産主義者の抑圧に耐えている」と指摘する。

 「地下教会を犠牲にして協定が結ばれるとは、聖なる権威を無神論政府に委ねることになる。バチカンがそんな軽率な方法を取るとは思わない」と匿名を条件にしながら語る聖職者もいる。

  中国に無神論の共産主義政権が実現してからというもの、宗教も共産党の支配、監督下に置かれた。外国からの影響を排除することも強調される中で、カトリック、プロテスタント双方も「中国化」を迫られた。

 プロテスタント教会は、中国人自身の力で教会を支える「自養」、中国人自身で教会を運営する「自治」、中国人自身の力で伝道する「自伝」の「三自愛国運動」を打ち出し、政府の承認を受けて「中国基督教三自愛国運動委員会」が成立した。

 カトリック教会はバチカン(ローマ教皇庁)から独立した「天主教愛国会」を政府は公認したが、あくまでバチカンに忠誠を尽くす司教たちは、公認教会には加盟せず、非公認の「地下教会」を結成した。政府は厳しい抑圧を「地下教会」に加える中で、司教任命権を持つ教皇が任命した司教を拘束するなど「迫害」する一方で、独自に任命した司教を教皇も認めることを要求した。

2016年11月8日

中国での宣教活動を語る・イエズス会管区長(TABLET)

(2016.10.7 TABLET エレナ・カーチ)

 聖フランシスコ・ザビエルが中国大陸沖の島で命を終えて400年経った今も、カトリック教会と中国との良好な関係の確立はイエズス会士たちの夢であり続けている。それは,教会史上初のイエズス会出身の教皇、フランシスコにとっての夢でもある―イエズス会中国管区の現管区長、ジョン・リー・フア師はTABLETとのインタビューで語った。

 リー師は、10月にイエズス会本部で開かれた新総長選出のための総会に参加するため、ローマに滞在していたが、インタビューで、バチカンと中国政府の外交関係を打ち立てるための努力には多くの障害が最近でも見られているが、教皇フランシスコがこの夢を実現すると信じている、と述べた。

 現在最大の問題になっているのは、教皇か中国政府がいずれが司教の最終的な任命権をもつかだ。だが、リー師の中国での布教活動上の関心はこれと大きく異なる。彼のイエズス会士としての仕事は、「中国の人々を理解し、友とし、彼らに仕えること」に全力を尽くすことだ、という。

 彼が管区長を務める中国管区は、中国本土の他、香港、マカオ、台湾の170人のイエズス会士の活動を管轄する。青少年の教育を主体に、司牧、貧しい人々のための社会奉仕活動を行っているが、会士の半数は中国人、半数は世界30か国の出身だ。

 リー師自身は1966年に台湾で三世代続くカトリック信者として生まれ、大学に入ってイエズス会の創立者、イグナチオ・ロヨラの霊性に触れて、兵役を務め、社会人となったあとで、入会し、司祭となった。フィリピンで神学生の育成指導に当たったあと、中国管区に配属され、2012年に管区長となった。

 中国での会の活動は、他のカトリック修道会と同じように、現地の状況と中国政府の指示に沿って慎重に司牧を進める必要がある、という。地方の貧しい子供たちが学校に通えるように奨学金を、政府の許可を得て給付している。ハンセン病患者の生活・医療支援もしている。活動の狙いは、中国における貧富の格差、教育や地域格差の解消だ。「中国ではこうした格差が至るところにあります。市民社会における大きな格差は、怒りや憤りを醸成してしまいます。こうしたことは、中国政府も知っていると思う」と指摘している。

 彼によれば、中国での社会活動はとてもうまくいっているが、会としては、地域の様々な集団、機関の間の対話を作り上げることで、さらに質を高めようとしている。「私たちは人々が話をする機会を作ろうとしています。政府の職員、社会活動家、貧しい人びと、そして私たちのような部外者の間でです。全員が一緒になって、現状を見て、何をどのようにしたらいいのかを考える。そのような対話を通して、全員が徐々にほかの視点から問題点をより良く理解するようになるのです」。

 彼の大先輩のマテオ・リッチ(1552年~1610年)は中国での布教にあたって、他国の文化の前向きな側面を見出すという、フランシスコ・ザビエルの伝統を引き継いだ。「とても多くのイエズス会士が、失敗や知恵や経験を通して私たちに教訓を示してくれています。たくさんのイエズス会士が中国に来た。中国の人々に神を届けることが夢だったが、次第に、すでに神は中国にいる、ということを知るようになりました。中国の文化を通して、神を経験するだけで良かったのです。イエズス会士は今でも、東洋の知恵を西洋に紹介したいと思っています。わたしたち中国人イエズス会士は、中国の文化、哲学、そして知恵が教会全体を豊かにしてくれると信じています」。

 リー師によれば、イエズス会士は今も中国に来ることに熱心で、若いイエズス会の学者の卵たちに中国文化を体験させる努力をしている。教皇フランシスコは、フランシスコ・ザビエルの先例を受けていると信じている。そして、「教皇は中国に夢を持っておられます。この問題に取り組むために具体的な歩みをしておられ、教皇の周りにいる人々も関係改善に働いています。東西はしばしば互を誤解している。教皇は対話を始めることに熱心ですが、当然ながら、中国に居る人々の中には、一歩踏み出すことに安全が保証されない、と心配する人もいます。ですが同時に、中国人カトリック信者は、教皇に信頼を置いています。わたしたちは、教皇が精霊に導かれて、中国と中国のカトリック教会のために良い決断をする、と信じています」と語った。

 中国本土のカトリック信者の数は正確には分からないが、リー師によれば少なくとも800万人はいるといい、「教皇フランシスコの夢は、彼らの夢でもある」ということだ。 

(翻訳・南條俊二=以上は、イギリスのイエズス会が発行する世界的に権威のあるカトリックニュース週刊誌TABLETの発行責任者の許可を得て、翻訳・掲載しています。TABLETのウエブサイトはhttp://www.thetablet.co.ukです。こちらもご覧下さい)

2016年10月29日

「困難な場所へ」教皇、イエズス会総会で新総長らを激励(バチカン放送)

 教皇フランシスコは、イエズス会の総会参加者らとお会いになった。カトリックの修道会、イエズス会は、このたびローマにおいて36総会を開催。この総会で、10月14日、同会の新総長として、ベネズエラ管区のアルトゥロ・ソサ・アバスカル神父が選出された。ソサ神父はイエズス会の歴史で初めて、ヨーロッパ以外の国出身の総長となった。 10月24日、ローマのイエズス会本部に赴かれた教皇は、新総長はじめ総会参加者らに挨拶し、「教会は皆さんを必要とし、信頼していると教皇は述べ、特に霊的・物理的に他の人たちが行けない場所、行くことが困難な場所に到達するために、教会は皆さんに期待をかけている」と話された。そして、自由と従順のうちに、他の人々が到達しない辺境に向けて、イエスの眼差しのもと、地平を見つめ、神のより大いなる栄光のために共に歩むよう励まされた。

 教皇はこの出会いで、会員らの宣教への情熱を新たにするために、聖イグナチオの霊性に沿って、「神に慰めを絶え間なく求める」「十字架につけられた主に思いをはせる」「教会と共にいて、進んで善いことをする」の3つの助言を行われた。

2016年10月25日

バチカンで列聖式:新しい聖人7人を祝う(バチカン放送)

(2016.10.17  バチカン放送)

10月16日、バチカンで「いつくしみの聖年」の行事として列聖式がとり行われ、教皇フランシスコは、聖ペトロ広場で司式したミサの中で、7人の福者を新しく聖人の列に加えられた。ミサには、フランスやイタリア、スペイン、またメキシコやアルゼンチンなど新聖人にゆかりのある国々からの巡礼団を中心に、多くの信者らが詰め掛け、列聖の喜びを分かち合った。この日、聖人として宣言された人々は以下のとおり。

・サロモン・レクレール(フランス1745‐1792、修道者・殉教者)=本名:グリエルモ・ニコラス・ルドヴィコ。ラ・サール会(キリスト教学校修士会)の一員として青少年の教育と教師の育成に尽力、同会の発展に寄与した。フランス革命の中、会の解散を余儀なくされたが、将来の会の活動を守るために指導部が置かれた家に残った。1792年、逮捕され、国民議会が定めた聖職者基本法への忠誠を拒否し、殉教した。

・ホセ・サンチェス・デル・リオ(メキシコ1913-1928、信徒・殉教者)=1926年から始まった政府による宗教的迫害に対し、それに抵抗する信者たちの運動に兄弟たちと参加。1928年、逮捕され、拷問されたが、棄教を拒み、14歳の若さで殉教した。

・マヌエル・ゴンザレス・ガルシア(スペイン1877-1940、司教)=1901年、司祭叙階。1916年、司教叙階。ウエルバ、マラガ、ジブラルタル、マドリッドの各教区で「善き牧者」として生涯を捧げた。聖体のイエスを深く観想し、裏切られ、拒否されたイエスの悲しみを償うという霊性のもと、贖罪聖体会の諸組織とナザレの聖体宣教女会を創立した。

・ロドヴィコ・パヴォーニ(イタリア1784-1849、司祭)=1807年、司祭叙階。青少年の教育に情熱を注ぎ、貧しい子どもたちに教育と、仕事、信仰を与えた。勉学だけではなく、仕事の作業をも教育の場とするその教育法は、革新的なものであった。疫病流行時には親を失った子どもたちを保護し、聴覚障害者の学校を創設。さらに、無原罪の聖母修道会を創立した。1849年3月、ブレーシャで、オーストリアの支配に対する市民の反乱(「ブレーシャの10日間」)が始まった翌日、子どもたちを混乱と暴力から守るため、雨の中を奔走し、それが原因で肺炎となり、数日後死去した。

・アルフォンソ・マリア・フスコ(イタリア1839-1910、司祭)=1863年、司祭叙階。身寄りがなく、恵まれない子供たちのキリスト教的育成に励み、教育の機会を与えた。また、女性の教育の必要性を理解し、若い女性たちの教育に配慮。自立の手助けをすることで、女性の尊厳の向上に寄与した。福音宣教と貧しい青少年の教育を目的とする、洗礼者聖ヨハネ修道女会を創立した。

・ホセ・ガブリエル・デル・ロサリオ・ブロチェロ(アルゼンチン1840-1914、司祭)=1866年、司祭叙階。コルドバの広大な地帯の司牧を託され、道も学校もなく、貧しい村々を精力的に回った。行く先々で住民を励まし、教会や学校を作ることで、道や鉄道、郵便局などを地域にもたらすことに貢献。黙想の家を作り、信者たちの霊的指導に務めた。病者を訪問する中、自ら疫病にかかり、小教区の活動から引退したが、要望を受けて再び信者たちのもとに戻り、そこで帰天した。

・三位一体のエリザベト(フランス1880-1906、修道女)=本名:エリザベト・カテー。幼少に父を亡くし、母に育てられた。1891年、初聖体の日から、「愛のために」自らの気性に打ち勝つ闘いを始めた。キリストとの霊的親密さを深めるうちに、1894年、私的な誓願を立てた。ピアノの名手であり、明るく、教会や社会の活動に活発であったが、ディジョンのカルメル会に入会するために母の理解を待った。1901年、同会に入会、三位一体のエリザベトの修道名を授かった。至聖三位一体を深く観想し、聖母に倣い、生ける神の存在を守り、十字架のイエスの大きすぎる愛に思いをはせ、毎日を主の御旨のために捧げた。アジソン病のため、26歳で帰天した。

2016年10月18日