(2017.3.8 Crux Staff)ドイツの有力週刊紙DieZeitが9日付けで掲載した教皇フランシスコのインタビューで、教皇が既婚司祭の問題について答え、(司祭になる条件として)独身制を自由選択にすることだけでは〝問題解決″にならない、としたうえで、’viri probati’(試練に耐えた既婚者)の叙階に門戸を開く可能性を示唆した。
教皇はこれまでも、カトリック教会で既婚司祭について検討すること、とくに’viri probati’と呼ばれる人を叙階する可能性について門戸を開くことを表明していた。インタビューで教皇は、「それで、私たちは、彼らが条件を満たすためにどのようなことをすべきかを考えなければならない。例えば、外界と切り離された共同体での生活とかです」と語った。
教皇に対する問いは具体的に’viri probati’を助祭として叙階することを念頭に置いたが、多くの神学者や何人かの司教は司祭叙階も可能という考えを示している。教皇はこうした前向きの姿勢を明らかにする一方で、「解決の道ではない」という言い方で、司祭の独身制の単なる自由選択化を否定した。
また、司祭職への召命の減少について「とても大きな問題」とし、まず祈らねばならず、「司祭職への進路を希望する若い人たちとともに働く」ことにもっと力を入れる必要がある、と強調。司祭不足は、教会を弱体化する。それは「ミサの無い教会は力を持たない、教会はミサを行うところであり、ミサが教会を作るからです」とした。さらに、教会が直面する問題に恐れることなく立ち向かう必要を強調して、「恐れは扉を閉じさせるが、自由は扉を開けさせます。自由の余地が小さくても、窓をあけるのです」と訴えた。
現在、カトリック教会では司祭のほとんどが独身だが、カトリック教会は23の東方教会とミサ聖祭で一致しており、その東方教会では司祭の結婚が認められている。米国には、カトリックに改宗し、司祭に叙階された後も結婚したままでいることを認められた既婚の元プロテスタントの牧師たちが何百人かいる。2014年4月、ブラジルのある司教が「私は教皇フランシスコとの個人的な会話の中で、’viri probati’の叙階について議論をし、教皇は前向きの姿勢を示され、それに沿った提案をするかどうかは司教たちの会談が判断すること、という考えを示唆された」いう話をした。
昨年秋、教皇は7家族の共同体と会いにローマ市内に出向いたが、その家族の主は全員が聖職を離れて結婚した人たちだった。そこで、教皇は2018年のシノドスのテーマに結婚した司祭の問題を取り上げるのではないか、との観測も流れたが、実際には若者、信仰、召命の識別がテーマになることが決まっている。
(翻訳・南條俊二)
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教皇就任後、問題の抜本的対処のために真っ先に発足させていた。)

教皇が教会の中で対話と声を聴くというプロセスがとられるための仕組みとして考えられた。そして、13日の準備文書発表の中で、世界の若者たちが彼らの考えをインターネットを使って直接、バチカンに伝える、というオンライン・アンケートの実施を明らかにした。このようなことは今までなかったことだ。会見した事務局長のロレンツォ・バルディッセーリ枢機卿は、両脇に、21歳と24歳の若者代表を座らせるという演出をしたが、このことは、世界の司教たちがただ「若者たちが教会に行かない」と嘆いてはいられない、積極的に若者たちの考えを聴こう、という姿勢を明確にしたものだ。