
(Credit: Tiziana Fabi/Pool Photo via AP.)
(2017.5.13 Crux バチカン特派員 イネス・サン・マーチン)教皇フランシスコは13日、ポルトガル・ファティマ巡礼からの帰国途上の機内会見で、自身が設置した弱者保護・対策委員会の聖職者による性的虐待被害者代表がバチカンの非協力に抗議して先日、委員を辞任した問題を取り上げ、「(彼女のとった行為は)しかるべき問題については正しいこと」と評価する一方、24日に予定するトランプ米大統領との会見については「バチカンとホワイトハウスの協力が閉じられないような扉が見つかることを期待している」と語った。
教皇はまた、1960年代半ばの第二バチカン公会議が決定した典礼改革に反対してバチカンから離反している伝統主義の聖ピオ十世会との関係修復のための対話継続を確認したが、拙速に修復を実現する考えはないことを明らかにした。教皇がこれまで示してきた、聖職者主義(教会内の活動で聖職者が信徒に対し全面的な力をふるうこと)を「教会の疫病」とする見方や、人々を選ぶのが下手であることも含めて自身の過ちについて聖母マリアに赦しを願ったことについては、さらに突っ込んだ言明はなかった。機上会見での発言の詳細は次の通り。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(トランプ米大統領との会見について)
「私は、実際に会ってその人の考えを聞くことをせずに、人を判断することはしません」と教皇は語り、初となる24日の会見前に大統領の人物評をすることを避けた。「私も、彼も、自分が考えていることを語ることになるでしょう。彼の考えを聞かずに人物を判断するようなことは、絶対にしたくありません」とし、「閉じられていない扉」は常に存在する、バチカンとホワイトハウスの関係を前進させるための共通点を見出したい、と抱負を述べ、「一歩一歩、平和は日々、作られていくものです」と着実な成果を期待していることを明らかにした。
トランプ大統領が教皇との会見後に、これまでの強硬な姿勢を軟化させる可能性があるか、との記者の質問には、「(政治的な分野は当然のこと)宗教的な分野でも、私は、相手を〝改宗〟させる者ではない」と言明。またポルトガル語を話すグループの記者からは、会談に具体的に何を期待するか、との質問があったが、「自分と話す人だれもが、教皇は平和について語ることを期待しているでしょう」と答えた。
(聖職者による性的虐待問題と被害者代表の委員の辞任について)
英語を話す記者グループから、教皇が設置した弱者保護・対策委員会に聖職者による性的虐待被害者の代表として参加していたアイルランド女性が抗議の委員辞任をした問題が取り上げられた。辞任の際、彼女は、バチカンの関係者の対応に強い不満を、その理由としていた。この問題について、教皇は「私は彼女と話をし、彼女が実状を説明してくれました。彼女は素晴らしい女性です」と述べ、彼女が、聖職者による性的虐待が繰り返されないようにする司祭育成の分野でバチカンに引き続き協力してくれる、との見通しを示した。
そして、彼女が委員辞任の理由として具体的に指摘したことについて、「いくつかの点で、彼女は正しい」「(バチカンの)対応が遅れている案件が多すぎます。処理が滞っています」と認めたうえで、「聖職者の性的虐待防止への取り組みの約束のいくつかには前進が見られます」とした。また、注意すべき事柄には、この問題を扱う部署の人的な能力の不足があり、(担当部署である)国務省と教理省が人材の増強を図ろうとしているなど、対応に努めていることに理解を求める一方、性的虐待が起きた時の対処の仕方について世界中のほとんどの教区でルールが作られたのは「大きな前進」と強調した。
さらに、司祭が性的虐待で有罪とされた場合に、判決を不服とする司祭から上訴を受ける上級裁判所が新設され、マルタのシクルナ大司教が裁判長のポストについているが、教皇は「彼は、性的虐待に対する最強の人物です」と評した。大司教は、前教皇が教理省長官だった時に、同省でこの問題を担当する主席検察官を務め、厳しい対応で知られていた。「判決が(上級裁判所で)支持されれば、それで裁判は完結です。判決が確定した者にとって最後の手段は教皇に赦しの手紙を出すことです。でも私はこれまでに一度も赦しに署名したことはありません」と述べた。この言葉は、最近、マスコミで取りざたされていた、教皇が、有罪判決を受けたあるイタリア人の司祭を赦免するのではないか、という噂を最終的に否定したものと受け取られている。
(聖ピオ十世会との関係修復問題)
聖ピオ十世会の問題について質問された教皇は、会の代表であるベルナール・フェレ大司教とは良い関係にあるが、関係修復を急ぐことはしない、と述べ、教皇がプロテスタント教会との一致運動や宗教間対話について語る際によく使う表現、「一歩、一歩、また一歩です」を繰り返した。そして、現在の同会との関係を「兄弟的関係」とし、バチカンとの教理上の差異はあるものの、聖職者による性的虐待問題で具体的案件をバチカンに通報するなど、連絡を取り続けていることも指摘した。
(その他の発言)
教皇は、ファティマ巡礼に発つ直前に、ローマでの会合に参加した科学者のグループと会見したが、その時、「ある無神論者の方が、出身国は明らかにしなかったのですが、このように私に挨拶をされました。『私は無神論者です。お願いしたことがあります。キリスト教の信者に、イスラム教の信者をもっと愛するように言ってください』と。これこそ、平和のメッセージです」。
また、5月13日は教皇がブエノスアイレスの補佐司教に叙階されて25周年の記念の日だったが、「その前日、私は聖母マリアに祈りました。私の数々の過ちをお赦しください。人々を選ぶのが下手なのをお赦しください、と」と述べたものの、その「人々」が誰を念頭に置いているのかは明らかにしなかった。
会見の最後に、カトリック国だったポルトガルで最近、同性愛者同士の結婚が認められ、堕胎を処罰の対象から外されたことについて、意見を求められた教皇は、「イタリアでも中南米でも、多くの住民がカトリック信者で同時に反聖職者で、〝司祭を食い物にする〟ような地域があります」「そのようなことは気がかりなことですが、司祭たちに私はこう警告しています。『人々を(教会から)追い出しているのは、聖職者主義です』と」「聖職者主義は教会における疫病なのです」。
(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)
・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載します。

ファティマの聖母出現100年と、フランシスコ・マルトとジャシンタ・マルトの列聖を祝う教皇ミサ、ポルトガル・ファティマで
(2017.5.13 バチカン放送)教皇フランシスコは、5月13日、巡礼先のポルトガル・ファティマでミサを捧げ、同地での聖母出現100年を祝うと共に、聖母の出現に会ったフランシスコ・マルトとジャシンタ・マルトの、2人の牧童を聖人の列に加えられた。
カトリックの教会暦で「ファティマの聖母」を記念するこの日、ファティマの聖母巡礼地には、地元ポルトガルをはじめ、世界中から熱心な信者らが集い、教皇と共に聖母への崇敬を新たにし、フランシスコとジャシンタ兄妹の列聖の喜びを分かち合った。
1917年5月13日、フランシスコ・マルト(当時9歳)とジャシンタ・マルト(当時7歳)が、従姉妹ルシア・ドスサントス(当時10歳)と、ファティマのコヴァ・ダ・イリアで羊の群れの世話をしていると、突然強い光が差し、ロザリオを手にした輝く婦人が現れ、罪人の回心のために祈るようにと3人の子どもたちに告げた。牧童たちは聖母の出現を計6回にわたって受けた。これからわずかの間に、フランシスコは1919年に11歳で、ジャシンタはその翌年に10歳で、共に当時世界的に流行したインフルエンザ「スペイン風邪」のために、短くも、信仰と愛と祈りに満ちた人生を閉じた。ファティマの大聖堂内には、フランシスコとジャシンタ兄妹が、その後修道女となり2005年に亡くなった従姉妹ルシアと並んで葬られている。
教皇はミサの説教で「聖母は神の無い生活、神を冒涜する生活が地獄へとつながる危険を予告し、私ちの心に住み、私たちを被う神の光を思い出させるために来られました」とし、「聖母を通して牧童たちを包んだ神の光を観想しつつ、ファティマはもとより世界のどこにいても、私たちが聖母に保護を求め、『御子を私たちに示してください』とお願いする時、私たちはこの光のマントに包まれるでしょう」と語られた。
そして「私たちには母がいます、母がいるのです」と呼びかけられた教皇は、聖母に子としてすがり、イエスに置かれた希望を生きるよう招かれた。さらに「聖母のマントの下で私たちは道を見失うことはなく、聖母の腕からは希望と平和を受け取るでしょう」と説きながら、「すべての人々、特に、病者や身体の不自由な人々、受刑者、失業者、貧しい人々、見捨てられた人々」をその御手に委ねられた。
最後に、「聖母の保護の下で、私たちが世界において、救い主イエスの真の御顔を観想する『夜明けの見張り人』となり、宣教的、受容的で、自由にして忠実な、貧しくとも愛に豊かな、若く美しい教会の顔を再発見できますように」と祈られた。
2日間に渡るファティマ巡礼を終了された教皇は、同日午後、帰国の途に着かれた。

教皇フランシスコ、ミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問兼外相を迎えて – AP
(2017. 5.4 バチカン放送)バチカンとミャンマーは外交関係の樹立に合意した。
教皇フランシスコは、5月4日、ミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問兼外相の訪問を受けられた。会見後、「教皇庁とミャンマー連邦共和国は友好関係推進のために外交関係を樹立し、相互の大使館設置に合意した」ことが、バチカン広報局を通じて発表された。
(関連記事)ミャンマー少数民族への残虐行為に対する国連調査をカトリック教会が支持(Tablet)
(2017.3.30 Tablet Rose Gamble)ミャンマー政府軍によるイスラム教徒ロヒンギア族に対する残虐行為が問題になっているが、ジュネーブの国連規約人権委員会は残虐行為の申し立て立証のために特別調査団の緊急派遣を決定、ミャンマーのカトリック教会も支持を表明した。
ミャンマーの少数民族、ロ
ヒンギアの武装グループによる国境警備隊の詰め所攻撃で9人の警察官が殺害されたとされる事件に対する報復として、政府軍が防衛作戦を始めて以来、約7万7千人がミャンマーのラカイン州から避難したと報じられている。
国連報告によると、今年2月までの数か月間にミャンマーの北西部で、政府軍による大量殺戮や集団強姦など重大な人権侵害があった。国連人権委員会は3月24日に特別調査団の派遣を決定した後、ミャンマー政府に対して、調査に全面的に協力するよう強く要請したが、ミャンマー政府はこれを拒絶。政府軍のミン・アウン・フライン最高司令官が3月29日の記者会見で「イスラム教徒ロヒンギアは不法移民である」とし、自らの行為を正当化する発言をしている。
これに対して、ミャンマーカトリック司教協議会議長でヤンゴン大司教のチャールス・ボー枢機卿が声明を出し、「民族、宗教の異なる人々への憎しみが、強い警戒レベルまで増大している。衝撃的で深い悲しみを覚える悲惨な事態だ」と述べ、「ミャンマーの民主化への脆弱な旅路を世界中が注視する必要がある」と訴えた。
国連の2月の報告では、ミャンマー政府軍はヘリコプターからの攻撃、手りゅう弾の使用によってイスラム教の僧や教師を集中的に殺戮し、ナイフで喉を切り裂いたり、家に閉じ込めて焼き殺したーなど無差別攻撃を詳細に示し、「計画的恐怖政策」と糾弾している。さらに「17歳から45歳の男子は力もあり軍や権力への潜在的脅威とみなされた」と述べ、彼らが後ろ手に縛られて連れ去られた、という多くの報告があると付け加えた。
ミャンマーの西北部では、およそ1100万人のイスラム教ロヒンガがアパルトヘイト(人種隔離制度)状態で生活している。市民権を与えられず、仏教徒が大多数を占めるミャンマーでは彼らはバングラデッシュからの不法移民とみなされている。 (岡山康子訳)
エジプト訪問:教皇フランシスコ、コプト正教会の教皇タワドロス2世と – AP
(2017.4.29 バチカン放送)教皇フランシスコは、エジプト訪問中の4月28日、コプト正教会の教皇タワドロス2世らとお会いになった。
エジプト訪問初日、教皇はアブドゥル・ファタハ・アル・シーシー大統領、カイロのアル=アズハル・モスクのグランド・イマーム、アフマド・アル・タイーブ師らと会見。 続いて、コプト正教会総主教庁に、コプト正教会の第118代教皇、アレクサンドリアおよび聖マルコ大主教管区総主教、タワドロス2世を表敬訪問し、個人会談を行われた。
両教会の合同会見で教皇フランシスコは、殉教者たちの流した無実の血においてキリスト者たちは一致すると強調。善を説き、愛徳の業を共にすることで、暴力に対抗しようと呼びかけられた。「行いや言葉を通したエキュメニズムだけでなく、私たちには洗礼に基づく、すでに具体化された交わりがある」と教皇は指摘。「キリスト者の完全な一致に向けた歩みは常にここから出発するのです」と話された。特に、「コプト正教会とカトリック教会は『慈愛』という共通の言語を話すことができる」と述べ、イエスにおける信仰を共にする兄弟姉妹たちが愛徳の業において協力することを望まれた。
教皇はまた、初代教会の時代から今日まで続くキリスト者たちの殉教に言及。「悪に悪をもって答えるよも、殉教を選んだコプト教会の信者たちの証し」を思い起こされた。「天上のエルサレムが一つであるように、私たちの殉教録も一つ」「皆さんの苦しみは私たちの苦しみであり、彼らの無実の血において私たちは一致します」と述べた教皇は、これらの殉教者の証しに強められ、善を説き広めながら「暴力に反対していかなければなりません」と強調された。
この後、タワドロス2世と教皇フランシスコの参加で、近くの聖ペトロ教会まで宗教行列が行われた。同教会は、昨年12月11日、テロ攻撃を受け、29人が犠牲になった。教皇は同教会の入口で犠牲者を偲び祈りを捧げられた。聖堂内で行われたエキュメニカルな祈りの集いには、他のキリスト教諸教会の指導者らも出席し、共に犠牲者のために祈り、平和を希求した。
(2017.4.6 Crux バチカン特派員 イネス・サン・マーチン)アフリカのカトリック信徒数は世界のどの地域よりも急速に増えており、カトリック教会の将来の中心軸になりつつある。
教皇庁広報局が6日発表した「世界のカトリック教会の現勢・2017年版」によると、世界のカトリック信徒の総人口は2015年現在で12億8500万人となり、前年の12億7200万人より1パーセント、1300万人増加し、世界の総人口の17.7パーセントを占めた。
2010年から2015年の地域別伸びをみると、アフリカが19.4パーセントで最も高い。いわゆる‶旧大陸″、欧州は横ばいとなっているものの、出生率の低下で、死亡者数が誕生者数を上回っている国も出てきており、今後、減少が見込まれる。地域別の信徒数では、北米と中南米を合わせたアメリカ大陸の信徒数が世界全体の49パーセントを占めている。
信徒数が多い上位10か国にこのところ変化はなく、うち地域別ではアメリカ大陸が5か国、欧州は3か国、アフリカは1国で、その他はアジアの国。国別では、ブラジルが1億7220万人で1位、2位はメキシコの1億1090万人で、以下、フィリピン(8360万人)、米国(7230万人)、イタリア(5800万人)、フランス(4830万人)、コロンビア(4530万人)、スペイン(4330万人)コンゴ共和国(4320万人)の順。教皇フランシスコの出身国、アルゼンチンは4000万人をわずかに上回って10位。
聖職者数は、司教が5年前に比べて4パーセント増えて5304人、司祭は41万5656人、終身助祭4万5255人、修道女67万320人となっており、司祭数は前年よりも136人減った。2010年から2015年の間の司祭数の変化をみると、欧州で2502人減ったのに対し、アフリカとアジアではそれぞれ1000人以上増えている。召命者数も減少傾向を見せており、信徒100万人あたりの神学生数は2010年に99.5人だったが、2015年には90.9人に減っている。地域別では、アフリカでは増加傾向にあるのに対して、欧州、中東は減少している。
その中で目立つのは、終身助祭が2015年現在で2010年に比べて14パーセント増えていることだが、総数の98パーセントが欧米で占められている。
【2017.3.27 CJC】河井克行・首相補佐官は、3月22日から24日まで、バチカン(ローマ教皇庁)を訪問、要人との会談を行った。。
河井補佐官は22日、ピエトロ・パロリン国務長官らと会談し、教皇フランシスコの早期訪日を希望し、「被爆地の広島市と長崎市、東日本大震災被災地への訪問を期待している」との安倍晋三首相の意向を伝達した模様。これに対し、バチカン側は「来年の教皇訪日に向け前向きに検討する」と応じた。在バチカン日本大使館が発表した。□