エルサレムと一神教をテーマに三宗教対話のフォーラム開催

(2017.7.19  バチカン放送)「エルサレムと一神教:シンボル、態度、現実生活」をテーマにローマ・ヨーロッパ大学主催のフォーラムが、7月19日から、教皇庁立ノートルダム・オブ・エルサレム研究センターで開かれた。会議はユダヤ教、キリスト教、イスラム教から、それぞれ宗教関係者や研究者が参加師て行われ、各宗派にとってエルサレムとは何か、その価値・役割をそれぞれのアイデンティティーにおいて考えながら、平和的な共存のために、異なるビジョンの出会いを通して橋を築くことを目的に話し合った。

 聖地におけるキリスト教巡礼地の管理責任者、フランシスコ会のフランチェスコ・パットン神父は、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教が、それぞれの歴史とゆかりの場所を持つエルサレムの歴史的・文化的複雑さを指摘。「エルサレムは、ユダヤ教にとって『神殿の丘』、イスラム教にとって『モスクの丘』であり、キリスト教にとっては、特に聖墳墓やカルワリオを意味するように、それぞれの共同体の歴史を共有し、この都市とその文化に対する独占的考えから抜け出すことが必要とされている」と話した。

 さらに、自身のアイデンティティーと繋がる自分の共同体の文化を知ることは当然重要だが、「他の文化とアイデンティティーを知っていくことも大切」と述べ、「異なるアイデンティー間の相互の働きなしでは、誠実な対話は実現できない」と強調した。

 

2017年7月26日

 独カトリック少年合唱団で大量の虐待発覚。前バチカン教理省長官は弁明(CRUX)

 (2017.7.20 Inés San Martín Crux 

 報告書は18日に

 30年前にこの少年合唱団の理事長を務め、このスキャンダルに関する一連の報道の中心にいるのは、前教皇、ベネディクト16世の兄、ゲオルグ・ラッツィンガー師だ。2010年にドイツの新聞とのインタビューで、彼は犠牲者たちに謝罪したものの、性的虐待については「そのような問題についての話は全くなかったし、そうしたことが行われたのかどうか分からなかった」と語っていた。

氏は18日の記者会見で、ラッツィンガー師は少なくとも肉体的暴力の何件かは知っていたに違いないと思われるが、彼の果たした役割は「まだ全く明確でなかった」と説明した。

 むしろ、この問題に関して、ウェベル氏がもっと批判的に見ているのは、先日、バチカンの教理省長官を退任したゲルハルト・ミュラー枢機卿だ。枢機卿は2002年からベネディクト16世によって長官に任命された2012年まで、まさに

 今回の調査報告書の発表を受けて、ミュラー枢機卿はイタリア司教会議が運営するテレビ放送で、この問題に十分な対応をしてこなかったとする批判を全面否定し、問題の調査を始めたのは自分であり、2010年以前には虐待が行われていたことは知られていなかった、と強調。さらに、この一連の出来事の経過が公開され、教区のウエブサイトで見ることができるのは「重要な事」であるとし、「調査が始められて以来、知られている事実に基づいて、出来ることはすべて行われた」と語った。

 また、「長い時間がかかったが、犠牲者に正義がもたらされる」ために、多額の費用が費やされたことを強調した。だが残念なことに、「亡くなった方には手の施しようがない」と犠牲者たちの多くがこの世を去っていることに触れつつ、「教区は、法的にも、司牧的にも、出来ることはすべてやったし、今もしている、と思う」と弁明した。

 枢機卿は同様の調査が公的機関も含めて他の機関でも行われている、とし「真実が我々を平穏にするだろう」と述べた。彼によれば、ドイツでは、毎年、16000件の小児性愛被害の訴えがでている、という。また少年合唱団で記録された虐待は、一つの報告で書かれているので、出来事は一件だけのように思われる、との判断を付け加えた。

 そして、枢機卿はイタリアの日刊紙とのインタビューで、今回、調査報告書をまとめたウェベル氏が、かつて枢機卿自身が2010年から2012年にやったことに謝意を述べていたことを明らかにしたうえで、「やったことを7年後に判断することなどできない。我々にはまだ少しも分かっていない」と述べた。

 また、教皇フランシスコが聖職者の性的虐待問題の調査と対策のために設置している委員会の委員を務めているイエズス会士、ハンス・ゾルナー師はバチカン放送に対して、18日に発表された調査報告書は「先に進む勇気ある一歩だ」と評価し、レーゲンスブルクのルドルフ・フォデロルツアー司教が「すべての訴えを真剣に受け止め、事実を確認するのを躊躇しない」ことを明らかにしている、と語っている。

(翻訳・「カトリック・あい」南條俊二)

2017年7月21日

 北朝鮮抑留のイム牧師がスウェーデン大使代理と面会(CJC)

(2017.7.17  【CJC】)韓国のKBS放送が、北朝鮮の朝鮮中央通信報道として、北朝鮮に抑留されている韓国系カナダ人の牧師、イム・ヒョンスさん(62)が7月14日、平壌駐在スウェーデン大使代理と面会した,

と伝えている。

 イム牧師は自身の健康について語り、 カナダ政府に対して問題解決に取り組むよう要請したという。

 この2月にも、スウェーデン大使が平壌でイム牧師と会っているが、当時、北朝鮮はこのことを外部に明らかにしていなかったことから、イム牧師の解放が迫っているのではないかとの観測が出ている、とKBS放送。

 韓国ソウルに本部を置く脱北支援団体『ドゥリハナ教会』に関係していたと見られるイム牧師は、1994年から何回も北朝鮮を訪れ、孤児の施設や高齢者介護施設などで支援活動を行ってきた。北朝鮮がエボラ防止のため外国人隔離措置を行っていた中、2015年1月30日、羅先経済特区入りした後、2月に平壌で拘束され、同年12月に国家転覆陰謀罪で終身刑の判決を言い渡されている。

 朝鮮中央通信は、イム牧師が助ける宣教活動が、北朝鮮の尊厳や体制に損傷を与えようとする計画を隠すためだ、と非難していた。□

2017年7月18日

「ファティマの聖母」が秋田で「涙流したマリア像」と対面へ(CJC)

 (2017.7.17 CJC)第一次大戦中にポルトガル中部ファティマに聖母マリアが現れたと伝えられる「ファティマの奇跡」から100年を迎えたのを機に、9月14、15の両日、駐日教皇庁大使ジョゼフ・チェノットゥ大司教が秋田市添川湯沢台のカトリック女子修道院『聖体奉仕会』を訪問するのを機会に、ファティマの聖母像も訪れ、同修道院の「涙を流したマリア像」と対面することになった。

  ファティマの奇跡は1917年5月13日、ファティマで3人の羊飼いの子供の前に聖母マリアが現れ、毎月13日に同じ場所に来るよう告げたことから始まる伝承。7月13日にマリアは三つの予言をしたとされる。バチカン(ローマ教皇庁)は30年、ファティマでの出来事を奇跡である「聖母の出現」と公認した。

  バチカンは42年、三つの予言のうち第1と第2の予言を公表した。第3の予言は長く秘密にされてきたが、2000年に公表された。「白い衣をまとった司教が殺される」という内容で、「聖母出現」からちょうど64年後の1981年5月13日に起きた教皇ヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂事件を予言したと解釈されている。今年5月、教皇フランシスコは100周年を記念してファティマを訪れた。

  秋田に来る聖母像はファティマの「聖母出現」100年を記念して新たに作られたもので、ファティマの聖堂にあるものと同じ大きさ。すでに日本国内を巡回しており、100周年の5月13日にはカトリック関口教会(東京都文京区)でミサが行われた。最終的にはカトリック幟町教会(広島市)に納められるという。

  産経ニュースが7月13日、カトリック教徒以外も注目しており、秋田県や秋田市は聖母像の“集客力”に期待。地元ホテルの中には、聖体奉仕会までの送迎無料の「巡礼者特別プラン」を設けているところもある、と報じている。

2017年7月18日

 ウイーン大司教、 ミュラー枢機卿のAmoris Laetitiaに対する対応批判をたしなめる(TABLET)

(2017.7.13 Tablet サラ・マクドナルド)バチカンの前教理省長官、ミュラー枢機卿は先週、教皇フランシスコの使徒的勧告「Amoris Laetitia(家庭における)愛の喜び」をめぐる論争にウイーン大司教のシェーンボルン枢機卿らが‶介入〟したのは納得しがたい、と批判して物議をかもしている。

 これに対して、13日、アイルランドで開かれた家族をテーマにしたシンポジウムに出席したシェーンボルン枢機卿が記者団の質問を受けて、「このような批判はまったく当を得ていない」と、ミュラー枢機卿をたしなめる発言をした。

 ミュラー枢機卿は、Amoris Laetitiaで教皇が離婚・再婚者の聖体拝領を条件付きで現場の司祭の判断に委ねる方向を示唆したことに反発する4人の枢機卿が昨秋、教皇に判断基準を明確にするよう迫る非公開書簡を送り、回答がない、としてそれを公開したことを擁護。これに対して、シェーンボルン枢機卿ら教皇の判断を支持する枢機卿たちが、こうした行為は妥当性を欠くとの立場を示していた。

 先週のミュラー枢機卿の批判発言はこれを受けたものだが、13日に会見したシェーンボルン枢機卿は「教皇に最も近い協力者であるべき枢機卿たちが、自分たちが教皇に送った書簡を公開したうえで、教皇に回答を迫り、圧力をかけようとしているのは、全く不都合な行為です」と改めて指摘したうえで、「もし教皇との会見を望むのなら、そうすればいいが、会見を求めたことを公けにはしないものです」とたしなめた。

 また、Amoris Laetitiaをめぐる論争に関連して、「教会の教えによれば、正当な結婚は解消することができないし、教皇フランシスコがこの原則に疑問を持ったことは一度もありません。聖書、福音、イエスの教えだからです」としたうえで、「しかしながら、このように答えることが、私たちが日々の暮らしの中で対応すべき個々のケースや状況に対する答えになるわけではありません」と注意を促した。

 そして、「現実の問題に対応するとき、私たちは識別をする必要がある、と教皇は明言してされ、『私たちは慎重・分別という徳をもって、現実をはっきりと見つめ、判断しなければならない』と言っておられます」と教皇の意向を説明した。

 枢機卿はまた、教皇ヨハネ・パウロ2世の使徒的勧告「家庭-愛といのちの絆」を取り上げ、「ここにも『結婚と家族について、‶羊飼い〟はさまざまな異なる状況に対応した識別をしなければならならない』と記されています」と強調した。

 さらに、Amoris Laetitiaの解釈をめぐる教会内部の対立にも触れ、この使徒的勧告の内容について、厳格な解釈をしようとする人々、曖昧な立場をとる人々、いずれも好ましくない、とし、「識別をもって対応することは、簡単でも容易でもありませんが、実りあるものにするために必要なことです」と強調した。

 具体的な質問として、記者団から「終末期にある赤ちゃんへの対応」を聞かれた枢機卿は「英国の法律にコメントすることはできませんが、このケースでは考慮されなければならない原則は二つあります。一つは、すべての人の命は守られるべきであり、できるかぎり助けられなければならないこと。もう一つは、カトリック教会の教えの中に含まれますが、どの医者も思い切った治療や過剰な、あるいは異例の治療をする義務はないこと、です」としたうえで、「これは慎重にすべき重要な判断です。どれが過剰な治療になるのか、どれが命を守るという神聖な義務に従うことになるのか、判断はとても難しい」と率直に述べた。

 また、過剰な治療が受け入れられなくなる時期について判断は、「ケースバイケースを基本として決定すべきでしょう」とし、ヨハネ・パウロ2世ご自身が「ある瞬間に生命維持装置を止め、この世を去る時が来る」と語られたことを明らかにし、「教皇は自然に従うことで、自分自身で決意することができたのです」と説明。その一方で、「判断を急ぐべきではありません。『思い切った治療』の識別は慎重にすべきです。慎重な識別のために一つひとつの要件を注意深く吟味しなければならない」と強調した。

(翻訳「カトリック・あい」田中典子、南條俊二)

Tabletはイギリスのイエズス会が発行する世界的権威のカトリック誌です。「カトリック・あい」は許可を得て翻訳、掲載しています。 “The Tablet: The International Catholic News Weekly. Reproduced with permission of the Publisher”   The Tablet ‘s website address http://www.thetablet.co.uk)

 

 

 

2017年7月16日

 ミュラー枢機卿、教皇との教理上の相違で教理省長官を解任、との一部報道を否定(CRUX)

 (2017.7J13 Crux   Junno Arocho Esteves)バチカン教理省の前長官、ゲルハルト・ミュラー枢機卿が、教皇フランシスコと教義上の見解の相違を理由に長官を解任された、との一部の報道を否定した。

 ドイツのカトリック紙Die Tagespostでジャーナリストのグイド・ホルスト氏が明らかにしたところによると、ミュラー枢機卿はオンライン・ニュース OnePeterFiveに書かれた記事を読んで、「自分の目を疑った。この記事は真実でない。私と教皇の会話は全く違う内容だった」と語った。

 OnePeterFive の記事は、ドイツのマインツでミュラー枢機卿と昼食をとった「信頼のおけるドイツ人」が語った話として書かれており、記事によれば、教皇は枢機卿と会見した際、枢機卿に女性を助祭、司祭にに叙階する問題、司祭の独身性の廃止、使徒的勧告「Amoris Laetitia(家庭における)愛の喜び」の内容、そして教理省職員3名の解雇についての立場を明らかにするよう求めた。そして、枢機卿の答えを受けて、教皇は枢機卿に対して、長官職を延長するつもりはない、と語り、「別れの挨拶も説明もせずに」、会見室を出て行った、という。この記事に対して、当のミュラー枢機卿はDie Tagespostによると、「内容は誤りだ」と言明した。

  OnePeterFiveの記事をイタリア語に訳して転電したジャーナリスト、マルコ・トサッティは、バチカンの報道官、グレッグ・バーク師から「教皇と枢機卿の会見を再構成した記事の内容は全くの誤りだ」と全否定のメッセージを受け取った。

 これより先、7月2日にミュラー枢機卿はドイツの日刊紙Allgemeine Zeitungに対して、「教皇との間に意見の不一致はなかった」と語り、Amoris Laetitiaの内容をめぐっても論争はなかった、としていた。さらに、教皇の長官職解任の判断は、延長されるのが通例なので、意外だったが、それで思い悩んだりはしておらず、「誰でもどこかで終わりが来るものだ。気にしていない」とし、「長官職の5年の任期が終わった、ということだ。教皇はバチカン高官の任期を5年と限ることに決め、その適用第一号は私だった、と言うだけのことだ」と語っていた。

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載します。

 

 

 

2017年7月14日

「納得できない」ミュラー枢機卿、教理省長官事実上の解任で教皇批判(TABLET)

(2017.7.10  Tablet  クリスタ・ポングラッツ・リピット)   ゲルハルト・ミュラー枢機卿は6月30日付けでバチカンの教理省長官の職務を任期満了をもって解かれたが、そのやり方に納得がいかない、として6日付けのドイツの地方新聞のインタビューに答える形で、教皇フランシスコを批判した。

 この新聞、バイエルン地方の日刊紙「Passauer Neue Presse」のインタビューで、ミュラー枢機卿は「教皇から、お会いしてわずか一分、『あなたの長官としての任期を延ばすことはない』と告げられた。数カ月前に教理省のきわめて有能な3人の司祭が解任された時と同じように、私にも理由の説明はなかった。このようなやりかたは納得できない。司教としてこのような扱いをすることはできないはずだ。教会の社会教説はバチカンで働く人々にも適応されるべきだ」と語った。

 枢機卿は、7月4日夕に、自分の任期が更新されないことを同じドイツ人で親交のあった前ケルン大司教、ヨアヒム・マイスナー枢機卿に電話したが、彼はそうした教皇の判断を聞いて「ひどく困惑」し、「教会を損なうことになる」との考えを示したという。マイスナー枢機卿が亡くなったのは、それから数時間後のことだったが、ミュラー枢機卿によれば、彼が最も心配していたのは教会の現在の状況、「教会の一致と真理の妨げになる議論と論争」についてだった。

 教皇が昨春出した使徒的勧告「(家庭における)愛の喜び」の中で、離婚・再婚者に対する聖体拝領について実体に応じて現場の司祭、司教が判断できると読み取れることが欧米の教会関係者の間で議論を呼んだ。この内容に批判的な立場をとるマイスナー枢機卿ら四人の枢機卿が昨秋、教皇に対して具体的解釈を明確にするよう求める書簡を送ったが、教皇から回答がないとして、書簡の内容を公表し、物議をかもした。

  この問題について、当時、教理省長官の立場にあったミュラー枢機卿はインタビューで、「書簡は公表せず、外部非公表の会合で議論すべきだった」との判断を示した。また、この問題で、彼自身が話し合いに加わったことは一度もない、としたうえで、「シェーンボルン枢機卿、カスパー枢機卿たち4人が、カトリックの教義と、司祭による現場での判断をどのようにしてバランスをとるかについて、説明を試みようとしたことは、まったく納得がいかないと断言せねばならない」と強調した。

 またミュラー枢機卿はこのインタビューで、教皇がこの問題について残った三人の枢機卿と話し合うことを提案し、「教皇が私を信頼して、この対話をまかしてもらいたい、と言いたい。私にはそれにふさわしい力と責任感がある。話し合いを仲介できる」としたが、教皇を批判する動きを主導する考えはなく、対話と協力が求められており、「分裂を防ぐために、橋を架ける必要がある」と訴えた。

 ミュラー枢機卿は、また、亡くなったマイスナー枢機卿との関係について触れ、次のように述べた。「二人の関係は良好だった。時代精神(その時代に支配的な精神)の流れに声を挙げるマイスナー枢機卿の勇気を高く評価していた。真理をはっきりと主張するよりも、時代の流れに乗って泳ぐほうが容易だ。使徒たちは、真理を守ることが証しを意味することをすでに経験しており、証しすることが-必ずしも『血の殉教』につながることはない。一定の不利益を被らざるを得ない『言葉の殉教』も―特にその人が主流から外れている時に―あるものだ」。

(翻訳「カトリック・あい」田中典子)

(Tabletはイギリスのイエズス会が発行する世界的権威のカトリック誌です。「カトリック・あい」は許可を得て翻訳、掲載しています。 “The Tablet: The International Catholic News Weekly. Reproduced with permission of the Publisher”   The Tablet ‘s website address http://www.thetablet.co.uk)

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年7月12日

「他人のために自己の命を犠牲にした人」列福に新要件、教皇自発教令

(2017.7.11 バチカン放送)教皇フランシスコは11日、自発教令「マヨレム・ハク・ディレクティオネム」(「これ以上に大きな愛」の意)を発表。キリスト者の命の犠牲をテーマにしたこの自発教令の中で、列福調査に関して「他人のために自己の命を犠牲」にしたキリスト者のために、独立した項目を設けられた。

 「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネ15, 13)というキリストの言葉を冒頭に置いた同教令で、教皇は「他人のために、自らの意志で自由に、自身の命を死に至るまで捧げた」キリスト者たちを、イエスの足跡とその教えに最も近く従った者として、特別な尊敬と名誉に値する存在である、と述べている。

 また、「愛(カリタス)から発し、愛に支えられた英雄的な命の犠牲は、真の、完全で、模範的な、キリストに倣う態度であることは確かである」と述べると同時に、「信者の共同体が、殉教者や、英雄的な徳を行なった人々に捧げるものと同じ尊敬を、これらの人々も受ける価値がある」と強調。

 このような判断から、教皇は(他人のために)「命を犠牲にすること」を、「殉教」と「英雄的徳」とは区別した新しい列福・列聖への「道」のための案件とすると定められた。

「自己の命の犠牲」が、一人の神のしもべの列福に有効なものとなるために、同教令は以下の条件を示している。

–  自由で自発的な命の犠牲で、確実で身近に迫った死を愛のために受け入れた。-  命を捧げる行為と、早められた死との間に、関連がある。-  命を犠牲にする以前から、死の時に至るまで、少なくとも通常レベルのキリスト教的徳の実践があった。-  聖性の名声としるしが、少なくとも死後に存在した。

–  列福のためには、神のしもべの死後に起きた、彼の取次ぎによる奇跡を必要とする。

 列福の道には、これまで神のしもべの「殉教」あるいは「英雄的徳」が認められる必要があった。今回の教令は、列福・列聖の調査をする際に「殉教」に属するのか、「英雄的徳」に属するのか、判断が難しいケースがしばしばあったことを受け、「(他人のための)命の犠牲」を別個に設けることを目的としている。

 これについて、教皇庁列聖省次官マルチェッロ・バルトルッチ大司教は、オッセルバトーレ・ロマーノ紙の中で次のように解説し、新教令によって、列聖・列福のプロセス、神の民たちの構築が、新たな見地を通してより豊かになるだろう、と述べている。

「(列福にいたる)『命の犠牲』の道は、実際、『殉教』の道と部分的に似ています。なぜなら、そこには英雄的な、死に至るまでの自己奉献があるからです。しかし、そこにキリストへの信仰を棄てることを迫る、迫害者の存在が無いという意味では、殉教とは異なっています。同様に、『命の犠牲』の道は、『英雄的徳』の道とも似ています。なぜなら、そこにはキリストの模範に促された徳の英雄的行為(自己犠牲)があるからです。ここで『英雄的徳』とは異なってくる点は、徳の実践、特にその英雄的な愛(カリタス)の実践が、長期間にわたり行なわれてきたか、ということです。もちろん、『命の犠牲』の道には、通常のキリスト教的生活の実践が必要となります。それが、世のために十字架上でご自分の命を御父に差し出されたキリストに倣い、究極のキリスト教的愛の行為として、自分の身を守ろうとする本能をも超えて、自分の命を自由に自発的に捧げた選択への理解を可能とするからです」

 自発教令の公式英語訳全文は以下の通り。(「カトリック・あい」)

 OF POPE  FRANCIS ” Maiorem HAC DILECTIONEM “ THE OFFER OF LIFE

 ”No one has greater love than to lay down his life for his friends” ( Jn 15, 13).

 They are worthy of special consideration and honor those Christians who, following more closely in the footsteps and teachings of the Lord Jesus, have willingly and freely offered their lives for others and persevered until death in this regard.

 It is certain that the heroic offering of life, suggested and supported by charity, expressing a true, full and exemplary imitation of Christ and therefore is deserving of the admiration that the community of the faithful is usual reserve to those who voluntarily accepted the martyrdom of blood or who have heroically the Christian virtues.

 With the comfort of the favorable opinion issued by the Congregation for the Causes of Saints , who in the Plenary Session of September 27, 2016 has carefully investigated whether these Christians deserve the beatification, I establish that the following rules be observed:

Art. 1 L ‘ offer of life is a new crime of’ process of beatification and canonization, distinct from the case of martyrdom and heroic virtues.

Art. 2 The offer of life, so that it is valid and effective for the beatification of the Servant of God, must meet the following criteria:

a) free and voluntary offering of life and heroic acceptance propter caritatem certain death and short-term;

b) the relationship between the supply of life and premature death;
c) exercise, at least in ordinary degree, the Christian virtues before bidding of life and, later, to the death;
d) existence of the reputation for holiness and signs, at least after death;
e) the need of the miracle for the beatification, which took place after the death of the Servant of God and through his intercession.

Art. 3 The celebration of the diocesan or eparchial and its positio are regulated by the Apostolic Constitution Divine Teacher of Perfectionof January 25, 1983, in AAS Vol. LXXV (1983, 349-355), and the Normae servandae in inquisitionibus ab Episcopis in Facendis causis Sanctorum of 7 February of the same year, in AAS Vol. LXXV (1983, 396-403), except as follows.

Art. 4 The Positio on the offer of life must respond to the dubium : An constet de heroica oblatione curriculum until death propter caritatem necnon de virtutibus christianis, saltem in ordinary gradu, et in casu to effectum de agitur quo .

Art. 5 The following articles of the aforementioned Apostolic Constitution are amended as follows:

・ Art. 1:” To diocesan bishops, Eparchs and those with them are treated by the law, within their jurisdiction, either ex officio or at the request of the individual faithful or of legitimate groups and their representatives, has the right to investigate about the life, virtues, the offer of life or martyrdom and reputation of sanctity, of offering of life or martyrdom, alleged miracles and, if necessary, on the ancient cult of the Servant of God, applied for the canonization  “

・Art. 2.5:” The Inquiry into alleged miracles is to be made separately from that on the virtues, supply of life or on martyrdom ” .

・Art. 7.1:“Study the causes entrusted to them with independent contractors and prepare Positiones on the virtues, the offer of life or martyrdom” .

・Art. 13.2:” If Congress will judge that the case was dealt with under the provisions of law, it will determine to assign them to one of the speakers; The Rapporteur, in turn, helped by an external collaborator, will make the Positio on the virtues, the offer of life or martyrdom, according to the rules of critical hagiography “.

Art. 6 The following articles of the aforementioned Normae servandae in inquisitionibus ab Episcopis Facendis in Causis Sanctorum are amended as follows:

Art. 7:” The cause can be recent or ancient; It is called recent if the martyrdom, the virtues or the offer of the life of the Servant of God can be proven through the oral depositions of eyewitnesses; it is ancient when the proofs regarding martyrdom or virtues can be derived only from written sources . “

・Art. 10.1 °:” In both recent and ancient causes, a biography of a certain historical value on the Servant of God, if he exists, or, in the absence of an accurate chronological report on the life and activities of the Servant of God, on the virtues or on ‘ offering of life or martyrdom, the reputation of holiness and miracles, without omitting that which seems contrary or less favorable to the cause . “

・Art. 10.3 °:” Only in recent cases, a list of people who can help explore the truth on the virtues or the offer of life or the martyrdom of the Servant of God, as well as the reputation of holiness and miracles, or challenge it .”

・Art. 15, to:” Upon receiving the report, the Bishop deliver to the promoter of justice or to another expert everything that has been acquired up to that point, so that it can prepare the interrogatories to investigate and reveal the truth about the life, virtues, the ‘offer of lifeor martyrdom, his reputation for sanctity, the offering of life or martyrdom of the Servant of God “.

・Art. 15, b:” In ancient causes interrogations only affect the reputation of sanctity, of offering of life still present or of martyrdom and, if necessary, the cult given to the Servant of God in recent times .”

・Art. 19:” To prove the martyrdom, the practice of virtue, or the offering of life and fame of the miracles of a Servant of God, who belonged to some institute of consecrated life, witnesses must be presented, in large part, strangers; unless this is impossible, because of the particular life of the Servant of God . “

・Art. 32:“The investigation on miracles must be instructed separately from on the virtues or supply of life or martyrdom and is performed according to the following rules .”

・Art. 36:” They are forbidden in churches Any solemn celebrations or panegyric speeches about Servants of God whose sanctity of life is still being legitimately examined. But even outside the church must refrain from acts that could mislead the faithful into thinking wrongly that the investigation, by the bishop on the life and virtues, martyrdom, or the offer of the life of the Servant of God, involving the certainty of future canonization of the same Servant of God “.

All that I have determined with this Apostolic Letter in the form of Motu proprio, I order that is observed in all its parts, notwithstanding anything to the contrary, even if worthy of special mention, and I establish that it is promulgated by publication in the newspaper “L ‘ Osservatore Romano “, entering into force on the day of the promulgation, and subsequently is added to AAS .

 Given in Rome, at Saint Peter’s, on July 11, the fifth of Our Pontificate.  FRANCIS

2017年7月12日

 ケルン教区前大司教・マイスナー枢機卿が死去ー教皇が弔電ー上智大学、東京教区に貢献

(2017.7.5 バチカン・ラジオ)ドイツの前ケルン大司教、ヨアヒム・マイスナー枢機卿(83)が5日、同国南東部の町バートフュッシンクで亡くなり、教皇フランシスコは同日、ケルン教区大司教のライナー・ヴェルキ枢機卿に次のような弔電を送った。

 「私は深い悲しみのうちに、突然の予期しない枢機卿の訃報を知りました。マイスナー枢機卿は神の慈しみによってこの地上から呼ばれたのです」。「東西の人々の善のために忠実に大胆に努力された彼に、主キリストが報いてくださいますように」。そして、最後に、祈りと犠牲をもって追悼する教皇の祝福で締めくくった。

 なお、マイスナー枢機卿が亡くなったことで、枢機卿の総数は224人、うち教皇選挙権を持つ80歳以下の枢機卿は121人となる。(英文より翻訳「カトリック・あい」南條)

(解説「カトリック・あい」)

 ケルン教区は、ドイツのカトリック教会の教区としては最大の信徒数を持ち、欧州全体でも大教区の1つ。

 同じ第二次大戦敗戦国としてドイツが大きなダメージを受けたにもかかわらず、ケルン教区は、イエズス会経営の日本での唯一の大学で初代学長がドイツ人でもあった上智大学と東京教区に物心両面で多大な支援を続け、上智大学の法学部や理工学部の設立、東京教区内20以上の教会や関係施設に大きく貢献した。

 1989年にケルン大司教に就任したマイスナー枢機卿も支援の先頭に立ち、2014年の引退まで25年にわたり、積極的な支援を惜しまなかった。上智大学の名誉校友でもあった。

 また、マイスナー枢機卿は、進歩的な立場をとる多いドイツ司教団にあって保守的な立場で知られ、教皇フランシスコが昨春出した使途徒的書簡「Amoris Laetetia(家庭のおける)愛の喜び」で離婚・再婚者の聖体拝領に対して前向きな姿勢を示したのに対し、批判的な立場をとり、昨年9月、他の引退枢機卿3人と共に教皇に公開の質問状を送り、教会内外に紋を広げた。

2017年7月9日

 ミュラー教理省長官退任と教皇の意図、使徒的勧告「Amoris Laetitia」(Tablet/Crux)

(2017.7.1 Tablet  Christopher Lamb)

 バチカンは1日、教理省長官のゲルハルト・ミュラー枢機卿について「5年一期の任期の延長はなく、同省次官のルイス・ラダリア大司教(73)―教皇と同じイエズス会士―と交替する」との声明を発表した。声明の中で、教皇はミュラー枢機卿のこれまでの業務に謝意を示したが、現在69歳で、まだ現役の期間を6年残している枢機卿の次のポストを明示することはなかった。

 長官の事実上の解任は、財務評議会議長のジョージ・ペル枢機卿が、性的虐待で訴追されオーストラリアの裁判所に出廷するために職務休止の許可を得て帰国することを29日に表明したのに続く、幹部の進退をめぐるバチカン関係者にとって衝撃となった。

 ミュラー枢機卿は著名な神学者と知られ、前教皇ベネディクト16世によって教理省長官に任命されたが、教皇フランシスコの出した使徒的勧告Amoris Laetitia.(家庭における愛の喜び)の解釈をめぐって不協和音を生じた。勧告で示唆された離婚・再婚者に対する聖体拝領の是非をめぐって、司教たちの一部があからさまに反旗を翻す動きがあり、ミュラー枢機卿はこの問題への対応の一本化の必要を主張した。枢機卿はまた、この問題で公に教皇に、勧告の表現の修正を求めたレイモンド・バーク枢機卿など四人の枢機卿のやり方には同調しなかった。枢機卿は、四人の問いかけは正当なものだとする一方で、このようなことを公けにし、混乱を招くやり方に反対した。

 教皇が教理省から三人の司祭を退任させたことをめぐっても緊張があった。ミュラー枢機卿はその決定にあからさまに抗議したが、退けられた。教理省の前身は、カトリックの教義に違反する行為を審査し防ぐことが狙いの、中世から1960年代まで続いた異端審問所だが、彼の長官時代に、米国における女性聖職者の主導的な動きに対して議論のある審査を始めた。

 教理省は、現教皇以前の時代、とくに前々教皇のヨハネ・パウロ二世の下でヨゼフ・ラッツィンガー枢機卿(後に前教皇のベネディクト16世となった)が23年間も教理省長官を務めた間は “La Suprema” (最高の権力)として重要な役割を担った。ラッツィンガー自身が世界的に著名な神学者であり、教理上の境界を越える疑いのある学者たちの取り調べに責任を持った。

 だが、現教皇になって、長官との関係はさほど緊密なものでなくなり、教理省は歴史的に重要だった幾つかの役割を失った。教皇に選出されて間もなくのこと、フランシスコは聖職者の男女との会合で、教理省から手紙をもらっても「心配することはありません」「説明が必要なことはどのようなことであれ、説明しなさい。でも、前に進みなさい」と語った。また、ヨハネ・パウロ二世とベネディクト16世の時代には教皇と教理省との会合が毎週開かれていたが、フランシスコが長官と連絡をとる機会はずっと少なくなった。

 近年は、教理省は司教協議会議に出される聖職者による幼児性的虐待防止の指針作りを助ける一方で、性的虐待で訴えられた司祭についての情報センターになっていた。今年三月には、性的虐待の犠牲者で、教皇が設けた再発防止の委員会のメンバーだったマリー・コリンズ女史から、そうした役割を果たしていないと批判を受けた。女史は、委員会の提言(性的虐待の罪を裁く新たな裁判所の設置など)を実行に移すことにバチカンの担当部局が抵抗を続けているのに抗議して、委員を辞任したが、彼女はまた、教理省が被害者から複数の手紙が来ていることを確認するのを拒んだことに失意を表明した。

 これに対して、ミュラー長官は記者との会見で、被害訴えの手紙に返事をするのはそれぞれの地域の司教の役割でありの設置は”計画”に過ぎない、と反論し、コリンズ女史はそれに反論する公開の文書で返答していた。教皇は5月にポルトガル訪問から帰る途中の機上会見で、コリンス女史を「良い女性です」と語り、性的虐待問題を扱う担当者を任命した。教理省の新長官、ラダリア大司教は、教皇の前で多くの仕事をこなさねばならないだろう。教理省を率いながら、女性助祭の導入について検討する委員会の長も担当することになる。

(翻訳・「カトリック・あい」南條俊二)

(Tabletはイギリスのイエズス会が発行する世界的権威のカトリック誌です。「カトリック・あい」は許可を得て翻訳、掲載しています。 “The Tablet: The International Catholic News Weekly. Reproduced with permission of the Publisher” and that you quote our website address http://www.thetablet.co.uk)

 

(2017.7.2  CRUX EDITOR  ジョン・L・アレンJr.)ドイツ人のゲルハルト・ミュラー枢機卿がバチカン教理省の長官を辞任したことを「イデオロギー上の追放」とみるのは容易である。だが、彼の交替は強力な進歩派の希望ではない、という事実も含めて、そのような見方にはいくつかの問題が存在するのだ。

  仮に、ミュラー枢機卿が、教皇フランシスコが使徒的勧告Amoris Laetitiaで離婚・再婚者に対して聖体拝領の道を慎重に開こうとしたことに懐疑的な見方をとるバチカン保守派の旗頭だとしたとしても、それが明確になった時に、教理省の長官を交替させられたのであれば、教皇が彼を叱責したもの、と見なされるだろう。関係者の中には、教皇が後任の教理省長官にスペイン人でイエズス会の同僚であるルイス・ダラリア・フェレル次官を昇格させたことで、そのように受け取る者もいる。

 だが、話を進める前に、いくつか考えに入れておくべき点がある。

 第一に、7月2日に、枢機卿が2012年に前教皇ベネディクト16世に任命されてから5年の任期の期限を迎えたことだ。もちろん、時の教皇の判断で任期の延長は可能だが、大事な点は、枢機卿が‶解任〟されたという表現は当てはまらない、ということ。彼の任期は満了し、教皇は他の者を任命する判断をしたのだ。

 二つ目に、枢機卿が、教皇のAmorisの 解釈について他の人々よりもブレーキをかける姿勢をとっていたことは疑いがないが、「教皇の不俱戴天の敵」であるとは言い難い。例えば、家庭をテーマに2015年に開かれた二回目のシノドス(全世界司教会議)でドイツ語圏の司教たちは、自分たちの会議への提言を全員一致で行ったが、それには彼も入っていた。

 彼は中南米の教会ともとても密接な関係にあり、解放の神学を奉じる司祭の一人とされているグスタボ・グチエレス師と長年、親交を結んでいた。2014年には、ローマで行われた行事にグチエレス師とともに参加し、オスカー・ロドリゲス・マラディアガ枢機卿も同席し、バチカンと中南米の進歩派の古傷を癒す歴史的な出来事として注目された。エルサルバドルで人気のあるオスカル・ロメロ殉教者の列聖も支持し、教皇の心をつかんだとされていた。言葉を替えれば、たとえ教皇が灰色と青色を本当に分けようとしたとしても、ミュラーがどちらと見なされるのか、判然としない。

 三つ目に、熱心な進歩派の意図でラダリア師が新長官に任命された訳ではない。彼は2008年に教皇ベネディクト16世によって教理省次官に任命されたが、教理省長官を務めたベネディクトが、教理上の観点からみて疑いのある人物を選ぶことがないのははっきりしている。ラダリア師は、ベネディクトと同じように、「真の教会改革のためには、教会のこれまでの蓄積に戻ることが必要」とする人物だ。イエズス会の同僚のカール・ベッケル師は、ベネディクト16世がラッツィンガー枢機卿として教理省の長官を務めていた時に主要な顧問を務めていたが、ラダリア師は彼と共にイエズス会の保守派の代表格と見られていた。

 欧米の教会でAmorisの解釈で大きな論争になっている「離婚・再婚者への聖体拝領をめぐる問題」について、新長官がミュラー路線から大きく進路変更をするのかどうか、明らかでない。家庭がテーマの二回目のシノドスの直前に、教理省次官だった彼は、フランスの司祭からの「離婚して民法上の再婚をした人が赦免を受けられるか」という問い合わせに、次のような返事を送っている。「その離婚・再婚者が『今後、罪を犯さない』、従って、夫婦に適切とされている行為を慎む、という固い決心をしないのであれば、赦免を受けることはできません・・」。Amorisの拡大解釈を全面的に支持することが、教皇が彼を長官に抜擢した唯一の理由であったら、ラダリア師がそのテストをパスしたかどうか分からない。

 四つ目に、たとえ教皇フランシスコが、気性のあった者と交替させることを問題とするような人物を脇に置こうとしたとしても、別に目新しいことではない。古の時代から現代に至るまで、教皇たちはそのようなことをしてきたのだ。

 ミュラー枢機卿は、教皇との間に亀裂があるようなことを言明したことはない。彼はドイツの新聞とのインタビューで「私とフランシスコ教皇の間に意見の違いはなかった」と語り、Amorisについて言い争いの無いことを強調した。「ある時点で、誰でも引退せねばなりません。でも、ローマにはとどまり、学者としての仕事をし、枢機卿としての役目は続けます。人々の心のケアに関して自分ができることをしたい。やることは一杯あります」と今後の抱負を述べた。

 もっとも、関係者の中には、長官退任をきっかけに、彼が教皇批判派との連携に動く―家庭をテーマにした二度目のシノドスの前に四人の‶懐疑派の枢機卿〟のうち明らかになった三人が出版する本に寄稿することも含めて―ことを懸念する向きもある。この見方によれば、ミュラー枢機卿を長官に再任しなかったのは、自身の見解の大半を共有する人物を後任に指名した純粋に人物本位の判断だ、ということを教皇が明確にしたのだ。ミュラー枢機卿がドイツ紙に語ったところによれば、教皇は彼に「今後は、バチカンの部局の長について、5年の任期を延長することはない。あなたは、その最初のケースです」と説明したという。

 (翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

  • ・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」(欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載します。

ミュラー教理長官退任、後任にラダリア次官が昇格

ルイス・フランシスコ・ラダリア・フェレール大司教 – AP

(2017.7.1 バチカン放送)教皇フランシスコは、バチカンの教理省の新長官として、同省の現次官でイエズス会士のラダリア大司教を任命された。また、ゲルハルト・ルードビッヒ・ミュラー枢機卿の教皇庁教理省長官ならびエクレジア・デイ委員会委員長、聖書委員会委員長、国際神学委員会委員長の任務におけるこれまでの5年毎更新の任期が終了したことに感謝を表された。

 ルイス・フランシスコ・ラダリア・フェレール大司教は1944年、スペイン生まれ。1966年、イエズス会に入る。1973年、司祭叙階。1984年より教皇庁立グレゴリアン大学・神学部教授。1986-94年、同大学副学長。1995年より教皇庁教理省顧問。2008年、同省次官。同年、ティビカ名義大司教。

2017年7月6日

 教皇フランシスコの枢機卿新任は、次のコンクラーベを波乱含みにする可能性(Crux)

(2017.6.29 Crux editor ジョン・L・アレンJr.)典型的な言い方では、カトリック教会の枢機卿が担当するであろう最重要事項は、教皇を選ぶことだ。結果として、教皇が新たに枢機卿を任命するイベントは、教皇自身の後継者選任の前触れでもある。教皇フランシスコが28日に開いた枢機卿会議に焦点を絞ってみると、彼は会議で5人の新枢機卿を任命任命したことが、次の教皇にとってどういう意味を持つか、という問いに対するバチカン専門家の唯一の正直な答えは、恐らく「誰が知っているかね?」だ。

 (はっきり言えるのは、教皇の空位が差し迫っていること示す兆候は現在、全くないことだ。教皇フランシスコの周りに健康的な危険は存在しないし、辞任を表明する兆しもない。だが、そのことが、次に来ることについての臆測が飛ぶのを抑えることにはならないのだ。)

 教皇フランシスコによるこれまで四回の枢機卿任命の特徴を定義するとすれば、「新任枢機卿が全世界にわたっている」ということだ。28日の新任を含めて、フランシスコはこれまでに、枢機卿のいなかった13の国から新人を選んでいる。その中には、トンガ、モーリシャスなどこれまでの尺度ではありえなかった国も含まれている。

 その結果、これら新しい‶フランシスコの枢機卿たち〟は西欧以外から、通常の統計的な基準からは外れた国の出身者が一定の比率を占めるようになった。一般的に言って、西欧出身者が最も関心を持つのは、教皇が選ぶ新枢機卿に「進歩派が多いか、保守派が多いか」であり、彼らがいつの日か、自分自身が教皇になることを念頭に、教会を進歩的な方向に、あるいは保守的な方向に舵を切ろうとする握ろうとするのではないか、ということだ。そのような派閥分けは、非西欧文化の人々には当てはまらない。左と右の断層線に沿って、それを壊さないようにすることが重んじられる。

  十年ほど前に、ウガンダである教訓を学んだ。取材旅行をし、カンパラの大学で政治学を勉強しているカトリックの学生たちに会った時のことだ。彼らは頭がよく、自分の意見をはっきりと話し、色々なことを良く知っていた。

 私はある時、彼らにこう質問した。「それで、君たちは進歩派か、それとも保守派か?」。しばらく沈黙があって、20人ほどいた学生の一人が答えた。「その用語の意味は分かりますが、もう少し具体的に言ってくれませんか?」。私は、ブッシュ政権時代だった米国を念頭に置いて、こう返事をした。「では、君はブッシュが好きか、嫌いか?」。すぐに出てきた反応は、ブッシュがアフリカにとても良いことを幾つかしているが、イラク戦争は好まない、だから、ブッシュに対する評価は好きと嫌いが混ざったものだ、ということだった。最後に、一人の学生がこう答えた。「あなたは、私たちが進歩派か、保守派か、と尋ねました」「あなたの基準から考えると、私たちはその両方、ということになります」と。それが私の問いに対する彼らの最終回答だった。

 そして、それが、多くの非西欧文化の国、地域―カトリックの教会共同体も含めて―の真実だ。例えば、アフリカのカトリック教徒は、性道徳に関わる問題には極めて保守的でありうるが、社会正義については極めて進歩的だ。アジアの人々は宗教間対話についてはとても進歩的だが、礼拝や典礼については極めて敬虔かつ伝統を大事にしている。要するに、進歩的対保守的と言う語句でイデオロギー的な潔白さを示そうと躍起になるのは、西欧文化の産物であり、西欧以外の世界では共有されることのないものだ。

 さらに、教皇フランシスコが任命した新枢機卿たち―これまでに約50人、次期教皇の選出権をもつ80歳以下の枢機卿全体の約4割に当たる―の多くは、西欧のカトリック教会で議論になっている問題について明確な態度を示していない、知名度の低い人々だ。例えば、ハイチ、ミャンマー、あるいはパプアニューギニアのような国の教会では、教皇が昨春出した使徒的勧告Amoris Laetitia(家庭における愛の喜び)、教会の地方分権化や女性に助祭職を認めることの是非などで、激しい論争が起こることはない。なぜなら、こうした地域は、貧困や経済発展の遅れ、国内紛争など深刻な問題を抱え、教会の指導者たちに西欧とは異なる優先課題を負わしているからだ。

 それが普遍的な真実、という訳ではない。アフリカの枢機卿たちは、Amoris Laetitiaをめぐる論議で、その内容を支持する立場をとった。そのような場合にも、彼らの多くは西欧の基準による反直感的な結果に道を譲った。

 大まかに言えば、フランシスコの選んだ人々を考慮に入れて、次のコンクラーベにおける判断の可能性について、少なくとも二つのことを概括できるだろう。一つは、枢機卿団が世界的な広がりを強めていることは、おそらく、次の教皇を選出する際に、候補者の出身地域 がカギとなることはないだろう。次の教皇が例えばアフリカあるいはアジアから選ばれる可能性は十分にあるが、同じように、選挙の時点で適切な候補者が出れば、イタリアを含む欧州から選ばれることもあり得る。言い換えれば、独占的と言うもののが存在しない時に、それを打ち壊す必要性は薄い、ということだ。

 もう一つは、枢機卿団の構成の多様化が進むことは、おそらく、この世界について幅広い視野を持つことが次の教皇の必要条件になることを意味する事になるだろう、と言うことだ。ラオス、ブルキナファソなど、フランシスコが枢機卿を選んだ国で過ごした経験がある必要はないが、西欧的なものの見方をする人物が候補になる必要もない。

 それ以上に、率直に言って、次のコンクラーベ―それがいつ行われようとも―は、カトリック教会の最近の歴史において最も予測困難なものになるだろう。ハンディのスコア票を放り出し、慣例を無視し、ベルトを締めよう。どのような中身になろうとも、波乱含みとなることが避けられないからだ。

(翻訳・「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載します。

2017年7月6日

 中国が温州司教を拘束か、バチカン「深刻な懸念」(CJC)

 【2017.7.2 CJC】バチカン(ローマ教皇庁)は6月26日、中国・浙江省温州教区のペテロ・シャオ・シュミン(邵祝敏)司教が「無理やり連れ出され」た後、拘束されているとして「深刻な懸念」を表明した。グレッグ・バーク広報局長によると、教皇フランシスコは同司教の状態を「深く悲しんでいる」という。

  『ミラノ外国宣教会』が運営するサイト『アジア・ニュース』によると、司教は5月18日から拘束されている。拘束されている場所は不明。友人らは、中国当局が司教を公認の中国天主教愛国会に加わらせようとしているのではないかと心配しているという。

  中国国内には公認(官方)教会と地下教会を合わせて約1200万人のカトリック教徒がいると推定されている。AFP通信が報じた。□

2017年7月4日

 教皇、エキュメニカル総主教庁使節に挨拶(CJC)

 【2017.7.3 CJC】教皇フランシスコは6月27日、正教会のエキュメニカル総主教庁の使節を迎え挨拶した。同使節は29日に祝われる使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日を前にローマを訪れた。バチカン放送(日本語版)が報じた。
  バチカンはエキュメニカル総主教庁の保護聖人、聖アンデレの日(11月30日)に、また同総主教府はローマの保護聖人、使徒聖ペトロ・聖パウロの日(6月29日)に、それぞれ使節を交換することが恒例となっている。
  東西の教会は古くから、聖ペトロと聖パウロの殉教を共に一つの祭日の中で記念してきたが、それは多様性における一致を象徴するものでもあると話された。
  教皇は今年、福者パウロ6世が1967年7月にイスタンブールを訪問し、アテナゴラス総主教が同年10月にローマを訪問してから、50年を記念することを指摘。
  キリストと、キリストの教会に対する愛だけに動かされた、この2人の司牧者の勇気と先見性に満ちた模範が、両教会の完全な一致に向けての歩みを励ましてくれるようにと祈った。□
2017年7月4日

 豪警察当局が教皇側近、ペル枢機卿を、幼児性的虐待問題で訴追(CRUX) 

 (2017.6.29 Crux Associated Press)オーストラリアのビクトリア州警察当局が29日、ジョージ・ペル枢機卿を、過去の幼児性的虐待に関係した複数の容疑で訴追した。具体的な容疑は明らかにされておらず、ペル枢機卿は容疑を強く否定している。多数の聖職者による幼児性的虐待は、欧米を中心にカトリック教会で大きな問題となり、いまだに終息の気配をみせていないが、バチカン最上位の教会幹部まで司直の捜査が及ぶのは初めてだ。

 シドニー発―オーストラリアの警察当局が29日、同国カトリック教会トップのペル枢機卿をmultiple counts of historical sexual assault offenses(複数の歴史的性的暴行)に関係した容疑で訴追するという、バチカンを大きく揺さぶりかねない驚くべき判断を下した。ペル枢機卿は、教皇フランシスコの財務顧問。世界中で続いているカトリック聖職者による幼児性的虐待で摘発された中でも最高位のポストの人物となる。

 このことが明らかになった29日早朝、ペル枢機卿は、オーストラリア・シドニー大司教区を通じて声明を出し、「(警察当局の)すべての主張を強く否定」、摘発と戦うため、できるだけ早く、帰国する方針を示した。

 同国ビクトリア州警察のシェーン・パットン副長官は「歴史的な性的暴行」―一般的に過去に起きたことを指す―に関する複数の容疑で、ペル枢機卿に対し、メルボルン治安判事裁判所に7月18日に出廷を命じた、と語った。副長官は、枢機卿に対しては複数の訴えがなされている、とした。具体的な内容は明らかにしなかったが、「ペル枢機卿に対してなされた複数の訴えが、まだ一件も法廷で審査されてこなかったことは重大だ。枢機卿には他の被告と同様、法廷の適正な手続きを受ける権利がある」と説明した。

 ペル枢機卿が訴えられ、法廷に持ち込まれることになったのは、教皇フランシスコにとって深刻な痛手だ。聖職者による幼児性的虐待に “zero tolerance (断固とした態度をとる)“で信頼回復に努める教皇に、新たに信頼を傷つける事態が起きてしまった。

 これまでメルボルン大司教、そしてシドニー大司教のポストにあったペル枢機卿は、何年にもわたって、「聖職者による性的虐待事件に誤った対応をしている」との批判を受けてきた。政府から権限を受けた捜査機関が、幼児性的虐待にカトリックの教会や組織がどのよう対応してきたのかを調べる中で、彼の大司教としての対応もここ数年、厳しく調べられてきた。この同国最上位の捜査機関である「幼児性的虐待への公的制度としての対応に関する王任委員会」は今年初め、国内で過去二、三十年の間に幼児性的虐待で訴えられたカトリックの司祭の数が司祭総数の7パーセントにのぼる、というオーストラリアにおける聖職者の幼児性的虐待の驚くべき実態を明らかにしていた。

 ペル枢機卿は昨年、同委員会への証言で、何千人もの子供たちが司祭による性的暴行や痴漢行為を受けるのを許すという“ひどい過ち”をカトリック教会が犯したことを認め、性的虐待の容疑を持たれた司祭たちをしばしば信じてしまうことで間違いをしたことも認めた。そして、自身の生まれ故郷のバララートで教会に蔓延する性的虐待犠牲者の大量自殺を終わらすために努力することを誓っていた。だが、さらにそのあと、枢機卿自身が聖職者による性的虐待捜査の焦点になり、ビクトリア州警察の捜査官から昨年、バチカンで事情聴取を受けている。一連の容疑の具体的な内容は明らかにされていないが、現在40代になっている男性2人が語ったところによると、1970年代の終わりに、当時、メルボルンの司祭をしていたペル枢機卿に、プールで不適切な接触をされた、という。

 29日朝、シドニー大司教区が発表した声明によると、ペル枢機卿は「(声明発表時点で)ローマはまだ早朝だが、ビクトリア州警察の決定と対応について知らされた」「警察の主張を強く否定している」「担当医の助言と同意を得次第、早急にオーストラリアに帰国し、嫌疑を晴らす」「出廷を待ち望んでおり、そこで堂々と弁明する」としている。

 いずれにしても、この問題は教皇フランシスコを厄介な立場に置くことになるだろう。教皇は2014年、子供たちを性的虐待から守る最良の方策について、教皇と教会に助言する外部専門家による委員会を設置して、性的虐待被害者の支援団体などから評価されたが、今年になって、委員会の提言がバチカンの担当部局に無視されたとして被害代表委員が抗議の辞任をし、教皇自身もバチカンの担当部局から反対を受けて、性的虐待を隠蔽した司教たちの案件を聴取する裁判機関の設置提言を破棄するなど、委員会の評価はがた落ちしている。

 また教皇は2015に、チリで最悪の小児性愛者の集団の隠ぺいを助けたとして被害者たちから訴えられた司祭を同国の司教に任命して激しい批判を浴びている。この後で、この司教任命に反対した教区の信徒たちに、教皇が「左翼主義者」で「愚か者」の烙印を押したビデオが出回った。

 教皇は昨年、ポーランド訪問から帰りの機中で記者団に対して、ペル枢機卿に対する批判について、オーストラリアの裁判所が判決を下す前に公正な手続きを踏むように希望する、としたうえで「疑いがあるのは本当です。裁判の結果を待つ必要があります。メディア的な判断、ゴシップの先行はあってはならない。それは(公正な判断の)助けにならないからです」と語っていた。

 2014年に教皇はペル枢機卿を5年任期でバチカンに新たに設置されたバチカンの経済、管理、人事、調達を担当する財務評議会の議長に任命した。権限はこれらに対する監督業務に限定されている。

 現在の事態の展開にペル枢機卿にが―そして教皇が―どのように対応するか。告訴された枢機卿を今の地位、教皇の最高顧問に置いておくという判断をすれば、教皇に良い印象はもたらされないだろう。(翻訳「カトリック・アイ」南條俊二)

Associated Press writer Nicole Winfield in Rome contributed to this report. Crux staff also contributed to this report.)

2017年7月1日

「あなたがたが”教会のプリンス”と言われることはない」と教皇、5人の新枢機卿に戒めの言葉(CRUX)

Pope Francis arrives in St. Peter’s Basilica to celebrate a mass on the occasion of a Consistory where he will elevate five new Cardinals, at the Vatican Wednesday, June 28, 2017. (Credit: AP Photo/Alessandra Tarantino.)

(2017.6.28 Crux Staff)教皇フランシスコが28日、バチカンで枢機卿会議を開き、5人の新枢機卿の任命式を行った。祈りと福音朗読に続いて行われた枢機卿の任命式では、教皇から名を呼ばれた新枢機卿たちが神の民の前で信仰宣言を唱え、次いで教皇の前で従順を誓った。なお、白柳枢機卿が亡くなって以来、8年も枢機卿がいない日本は、今回も任命されることがなかった。

 教皇は任命式での短い説教で、彼らに「あなた方は‶教会のプリンス〟になった、とは言われない、(そのようなことを期待せず)‶この世の罪〟の現実に対して目を見開き、奉仕するように」と戒められた。

 また、そのような罪の現実を、厳しい言葉を使って次のように述べられた。「戦争とテロ、人権が叫ばれる時代にあっても人の尊厳が侵害され続ける奴隷状態の様々な形、しばしば煉獄よりも地獄のように見える難民キャンプ、もはや役に立たないとされる人も含めたすべてのものの組織的な廃棄。そのようなことの犠牲者として傷つき、命を落とすのは、罪のない人たちです」。

 

 そして、「イエスは、そのような悪を根本から排除するために来られたのです」として、新枢機卿たちに、‶確固とした意志〟を持って、イエスに付き従うように求められた。「イエスはあなた方に、この世の罪とそれが人間に与える影響に、ご自分がしたように面と向かうように呼びかけておられます」と強調されたうえで、「別の関心や期待に惑わされないように」と強く求められた。

 この日、教皇フランシスコによって任命された新枢機卿は以下の5人。

*ジャン・ゼルボ、バマコ大司教(マリ)*フアン・ホセ・オメリャ、バルセロナ大司教(スペイン)*アンデルス・アルボレリウス、ストックホルム司教(カルメル会士、スウェーデン)*ルイ・マリ・リン・マングカネクコン、パクセ使徒座代理区・代牧司教(ラオス)*グレゴリオ・ロサ・チャベス、サンサルバドル大司教区・補佐司教(エルサルバドル)

 新枢機卿5人を代表して教皇に挨拶したオメリャ大司教は「私たちは自己言及的な教会(a self-referential church)を望みません。この世の数々の道を巡礼する教会を望みます。多くの人々の涙をぬぐい、希望を育てるような」と約束した。

 枢機卿任命式は、2013年春の教皇就任以来、今回で四度目。shン枢機卿5人が加わったことで、教皇フランシスコの下で任命され、80歳未満で教皇選挙権を持つ枢機卿は50人近く、伝統的な枢機卿枠である120人の4割を占めることになった。新枢機卿任命に当たっての教皇の希望は、これまで通り、枢機卿団を世界的な性格を持つものにしていくことだ。教皇就任からこれまでに、ハイチ、トンガ、ミャンマーなど、これまで枢機卿がいなかった国に枢機卿を任命した。今回も、5人のうち、スペインを除く、マリ、スウェーデン、ラオス、エルサルバドルの四人は各国で初の枢機卿となった。

 新規任命は5人と少ないが、さまざまな話題を呼んでいる。まずチャベス大司教は、先に福者に列せられたロメロ大司教の下で彼の意を受けて働いた。スウェーデンのアルボレリウス司教は、ルーテル教会からの改宗者で、スウェーデンだけでなくスカンジナビア半島全域でみても初の枢機卿だ。移民増加の影響もあってカトリックが増えている先進国では貴重な地域である。

 ラオスからの枢機卿は、昨年のミャンマーに続く、カトリック信徒がベトナムを除いて、まだそれほど多くない東南アジアの国での枢機卿任命として注目される。

 そうした中で、マリのゼブロ大司教は、不正資金疑惑が持ち上がる中での任命になった。彼と他のマリの教会幹部はスイスの銀行に1300万ドルの秘密口座を開設したことが直前に明るみになった。口座開設そのものは違法ではないが、その資金がどこから持ってきたものかについて、大司教は説明を拒んでいる。任命式後の祝賀会も、報道陣に囲まれて質問攻めにされそうになり、バチカンの広報担当者の判断で、中途退場を余儀なくされた。

 

 

2017年7月1日