・「ポスト・コロナの中国-学者たちが指摘する5つの問題」葛・復旦大学教授(東京カレッジ・ニュース)

(2020.6.2 東京大学国際高等研究所・東京カレッジ・ニュースレター)

 

 葛 兆光 GE Zhaoguang 中国・復旦大学教授

 今回の新型コロナウイルス危機は、世界を変えたのと同様に、中国にも深刻な影響を与えた。この4ヵ月、中国の学者の間では、コロナ危機後の中国について、幅広い議論と分析が行なわれた。学者たちの共通の認識をまとめると、次のとおりである。

 中国への影響として、まず指摘されているのは、経済退潮の可能性である。3ヵ月以上も(今もなお本格的に回復されていない)大規模な稼働が中断され、経済活動に深刻な影響をもたらした。もっとも重要なのは、以下の五つの問題である。

(1)コロナ危機は直接的に経済の退潮(ある分析によると、当初国内総生産(GDP)の成長率目標を6%に設定していたが、6%から引き下げるか、3%まで引き下げる可能性もあり得る)をもたらすだけではなく、高い失業率も招く(具体的な数値を予想するのは難しいが、広東沿岸デルタ地域の出稼ぎ労働者の仕事がなくなっていることからみて、厳しい状況に陥っていることは確かである)。

(2)コロナ後、中国政府は、経済の救済措置として「六保(6つの確保)」(「市場主体を保つ」、「雇用を保つ」、「国民生活を保つ」、「社会末端組織の運営を保つ」、「食料・エネルギーの安全を保つ」、「産業サプライチェーンの安定を保つ」)を打ち出したが、依然として「新しいインフラ整備」投資に期待している。投資によって経済を牽引する措置は、短期的に景気に刺激を与え、就業率を高め、出稼ぎ労働者や都市部住民の基本生活を安定させるのに有効である。しかし、これは「強心剤」にすぎない。「飲鴆止」(いんちんしかつ。喉の渇きを癒やすため、猛毒の酒を飲むこと)であると指摘する経済学者もいる。これによって、経済発展を牽引してきた「トロイカ」、すなわち投資・貿易・消費の間の不均衡さをさらに加速させるのである。

(3)経済の活性化のために政府が投入する資金の多くは、国営企業や中央企業に集中する。そのため、民営企業、特に中小企業は融資や現状維持が極めて難しくなり、すでに相当深刻な状況にある「国進民退」(国有経済の増強と民有経済の縮小という現象)の現象がさらに拡大し、ひいては民間企業の資金の海外流出に拍車がかかることが懸念されると多くの学者が指摘している。

(4)産業サプライチェーンの断裂と、中国における労働コストの上昇を懸念して、米国、日本などの国が自国企業を国内に撤退させるか東南アジアなどに移転させる政策をとったことが、中国、特に沿海経済の発展に影響を及ぼしている。

(5)今回のコロナ危機により、各国の政治・経済の状況が一層複雑となり、多くの国が債務を履行できず、中国政府が期待する「一帯一路」構想の実現は、さらに難しくなりそうである。

 コロナ危機が中国に与える二つ目の影響は、国際環境がさらに厳しくなることである。それはまず、世界の世論がコロナウイルス発生源の調査を求めていることと、それに伴ういろいろな「責任追及」のことである。 実際に中国政府に責任を負わせることができるはずはないが、コロナ危機に便乗したこのような世論は、もともとあったイデオロギーと政治制度の間の軋轢をさらにエスカレートさせ、衝突へと向かわせている。

 もう一つは、近年における中国の政治イデオロギーが強調する「強固さ」のことである。毛沢東が「侵略される」問題を解決し、鄧小平が「飢える」問題を解決した後、習近平によって「非難される」問題が解決されることが期待されているのだ。

 そのため、中国で新型コロナウイルスが最も早く流行し、かつ最も早く終息したということを背景に、外交と学術分野の一部の人たちが「戦狼式」(中国の人気映画『戦狼』をもじった表現)対外宣伝戦略を取り、国内の世論をコントロールし、国内の感情をなだめようとした。これが国際関係の悪化にさらに火に油を注いだ。

 米中間は、必ずしもいわゆる「トゥキディデスの罠」に陥るとは限らないが、ある程度の「脱線」は必ず生じる。多くの学者は、コロナ後の世界が、ある程度「脱中国化」の方向に発展するだろうと推測している。つまり、経済に「二つの市場」(それぞれアメリカと中国を中心とする)が現われ、政治に「新しい冷戦へ戻る」のである(政治制度の違いによって新しい連合体が形成される)。

 中国に与える三つ目の影響は、中国国内の政治状況が後退することである。ここ数年、中国国内の政治環境の変化は、改革開放以来、特に1992年に鄧小平が「南巡講話」以来のゆったりとした大趨勢とは逆に、法整備、政治の民主と言論の自由等の方面において、問題が現れている。

 コロナ後の時代においては、上に述べたような(1)ますます厳しい国際環境の圧力と、(2)国内経済の下降による民衆の不安(特に失業の出稼ぎ労働者)と世論の批判(特に自由派)、そして(3)新疆、チベット、台湾、香港などの厄介な問題を抱える当局は、直面している安全と安定の問題を考えれば、「管控(管理と制圧)」と「維穏(安定を維持する)」を強化するだろう。

 また、国際と国内の状況が急激に変化したことによって、中国国内の過激な思潮、民族感情、国家主義が刺激された。中国国内の改革開放の見通しについて、多くの学者は悲観的な見方を示している。

*復旦大学(ふくたんだいがく: Fudan University)は、上海市にキャンパスを持つ中国を代表する総合大学。1905年に創立され、115年の歴史がある。国家重点大学に指定され、学生数はs修士、博士課程も含め、約5万人。

 

・・・・・・・・・・

 *東京カレッジー次の2つの大きな目標を実現するために、2019年に設立された新しい組織。

1.東京大学が地球と人類社会の未来に貢献する『知の協創の世界拠点』となること
2.東京大学、さらには日本が、学術の分野において国際求心力を高めること

 これらの目標を達成するために、具体的には以下のような活動を行います。

1.国内外の卓越した研究者、将来有望な若手研究者、発言力のある知識人を受け入れ、本学の教員との共同研究事業を展開します。
2.カレッジに所属する研究者の間で分野を越えた研究会を定期的に開催し、先端的な研究成果を生み出します。
3.招聘研究者や知識人、所属研究者による講演会やシンポジウムなどの開催を通じて、先端的な知を学生や一般市民にいち早く伝えるとともに、学問の魅力や、未来社会の創造に果たす大学の役割の重要性を広く社会に伝えます。そして、研究者と学生や一般市民との間での対話を試みます。

 東京カレッジの中心理念は、「発見の喜び、知の力(Joy of Discovery and Power of Knowledge)の共有」です。この理念の下、「2050年の地球と人類社会」(The Earth and Human Society in 2050)というテーマに中長期的に取り組みます。そして、以下の重点テーマに基づいて理系・文系を超えた分野融合の研究を企画し、実行していきます。

1.デジタル革命と人類の未来(Digital Revolution and Future of Humanity)
2.学際的アプローチによる地球の限界への挑戦(Tackling the Planetary Boundaries through Interdisciplinary Approaches)
3.内から見た日本、外から見た日本(Japan Viewed from Inside and Outside)
4.2050年の人文学~世界哲学、世界史、世界文学~(Humanities in 2050 – World Philosophy, World History and World Literature -)

 

【東京カレッジ・国際ラウンドテーブル「パンデミックを生きる―あらためてコロナ危機を世界で考える」開催】 

 2020年6月2日、東京カレッジと関係の深い世界各地の研究者をオンラインで結び、コロナ危機に対する各国の対応や今後の世界のあり方について語り合う国際ラウンドテーブル「パンデミックを生きる-あらためてコロナ危機を世界で考える」が開催されました。 羽田正教授(カレッジ長)が司会を務め、ドイツからViktoria Eschbach-Szabo教授(テュービンゲン大学)、スウェーデンからSvante Lindqvist氏(スウェーデン王立科学アカデミー元会長)、アイルランドからBill Emmott氏(ロンドン日本協会会長)、アメリカからJeremy Adelman教授(プリンストン大学)、韓国からPark Cheol Hee教授(ソウル国立大学)、日本から星岳雄教授(東京大学)が登壇しました。ラウンドテーブル開催にあたり、登壇者は東京カレッジから送られた次の4つの質問に回答する動画を収録し、東京カレッジに送付しました。

 1. How is the coronavirus epidemic in your country at this moment? 2. What is the current political, economic and social situation in your country in connection with the corona crisis? 3. What is the particularity, according to you, of your country’s reaction vis-a-vis the corona crisis? 4. How do you envision the post-corona world? 

 登壇者は東京カレッジYouTubeチャンネルで公開されている互いの動画を視聴し、ラウンドテーブルに臨みました。当日は、各国の状況を踏まえ、一国では解決の難しいコロナ危機をどのように乗り越えるのか、グローバルな視野と協力の重要性が議論されました。また、大学という研究・教育の場が今後どのような役割を果たしていくべきなのかという課題も提起されました。日本時間夜の9時から11時までというタイムリミットや、途中回線の問題などもありましたが、今月後半から始まる連続シンポジウム「コロナ危機を越えて」に先立ち、貴重な第1回オンラインイベントとなりました。 動画は録画公開されています。当日ライブ配信をご覧になれなかった方も是非ご視聴下さい

【これから開催予定のイベント】

*Zoom Webinar 講演会/Event 2020.6.16

東京カレッジ・ワークショップ「コロナ危機を文化で考える―アイデンティティ、言語、歴史―」*YouTubeライブ配信 シンポジウム/Symposium 2020.6.17

連続シンポジウム「コロナ危機を越えて」①医学・疫学

*YouTubeライブ配信 シンポジウム/Symposium 2020.6.23

連続シンポジウム「コロナ危機を越えて」②暮らしと社会

*YouTubeライブ配信 シンポジウム/Symposium 2020.6.25

連続シンポジウム「コロナ危機を越えて」③価値

*YouTubeライブ配信 シンポジウム/Symposium 2020.6.26

連続シンポジウム「コロナ危機を越えて」④経済

*YouTubeライブ配信 シンポジウム/Symposium 2020.6.30

連続シンポジウム「コロナ危機を越えて」⑤SDGs

*YouTubeライブ配信 シンポジウム/Symposium 2020.7.3

連続シンポジウム「コロナ危機を越えて」⑥情報活用と管理

*YouTubeライブ配信 シンポジウム/Symposium 2020.7.8

連続シンポジウム「コロナ危機を越えて」⑦総括シンポジウム

 

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
2020年6月13日