・「すべての人が神の救いの計画にあずかれるように」-平和旬間を前に-菊地大司教の年間第18主日説教

( 週刊大司教第三十七回:年間第18主日 )

Kegarenakipv2    もう8月です。オリンピックが開催される中、東京圏における検査陽性者数は増加を続け、政府はこの金曜日に、緊急事態宣言の8月31日までの延長と、新たな地域への発令を決められました。

  東京教区においては、東京都はこれまでの緊急事態宣言が8月末までの延長、千葉県がこれまでのまん延防止等重点措置から緊急事態宣言へと移行することになりました。教区としての対応は、現在の緊急事態宣言下でお願いしている感染対策をさらに徹底していただきたいと思います。今一度、教区ホームページから、現在の対応をご確認ください。

 対策への「慣れ」も見られるようになりましたし、主に高齢の方々のワクチン接種率が高まるにつれて、安心してしまう傾向もあろうかと思います。慎重な対応は、まだまだ必要だと判断していますので、ご協力をお願いいたします。

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  土曜日7月31日の午前中に、調布にある晃華学園聖堂で、汚れなきマリア修道会のお二人のシスターの、終生誓願式が行われました。お二人はベトナム出身です。シスター・マリア・レ ティ チャウ、シスター・テレサ・ファン ティ トゥ ニュオン、おめでとうございます。

 お二人の誓願式は、感染症のために何度か延期されてきました。有期誓願を延長するにも限度があるので、本日行うことになったとうかがいました。

 現在の状況で、ベトナムのご家族などの参加は適いませんでしたし、多くの方に集まっていただくこともできませんでした。聖堂には、近隣の司祭と、マリア会の司祭、そして主に同じ修道会の姉妹たちと、一部の人だけが参加し、ベトナムにいるご家族のためには、オンラインでの配信が行われました。また誓願式後の祝賀会もキャンセルとなりました。

 厳しい状況での誓願式となりましたが、これからのお二人の修道会での、そして教会での活躍をお祈りしています。

 以下、週刊大司教第37回目のメッセージ原稿です。

【年間第18主日B(ビデオ配信メッセージ)週刊大司教第37回 2021年8月1日】

 「私が命のパンである」と宣言される主イエスの言葉を、ヨハネ福音は記しています。集まっている人々は、この世の命を長らえるために、実際に空腹を満たしてくれるパンを求めているのですが、イエスは永遠の命を与えるパン、すなわちご自身のことを語っておられます。

 出エジプト記は、荒れ野でさまようイスラエルの民が、空腹のあまり、モーセとアロンに不平を述べ立て、エジプトでの奴隷状態の方がまだましだった、とまで言いつのる姿を描いています。ここでも人々が求めるのはこの世の命を長らえるために、実際に空腹を満たしてくれる食料のことですが、神の視点は救いの計画の実現という永遠を視野に入れたところにあり、全能の神は天から降らせた食物によって、選ばれた民にそれを示唆します。

 パウロはエフェソの教会への手紙で、こういった事柄を念頭に、キリストに結ばれている私たちは、「滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たに」されるようにと呼びかけます。

 どうしても私たちの視点はこの世の命に縛られており、永遠にまで至る神の計画の中で、どのように生き、どのように行動し、どのような道を進むべきなのか、という視点を欠いてしまいます。私たち自身の望みや欲望を優先させている限り、神の真理に近づくことはできません。

 御聖体を、霊的にまた直接いただく私たちは、御聖体のうちに現存される主との一致を願いながら、主が教えてくださる道を歩むように努めることで、自分自身の救いのためだけではなく、人類全体の救い、すなわち神の救いの計画にあずかる者となります。視点を自分のうちだけに留めることなく、常に新たにされて、真理であるイエスに倣っていきたいと思います。

 さて8月は、広島、長崎における原爆投下や太平洋戦争の終結という戦争の歴史をたどる月でもあり、そのため平和について考え、平和を祈り求める月でもあります。日本の教会は、広島の原爆の日である今週金曜日、8月6日から、終戦記念日、8月15日までを、平和旬間と定めています。改めて、教皇フランシスコの広島における言葉を思い起こしたいと思います。

 「確信をもって、改めて申し上げます。戦争のために原子力を使用することは、現代において、犯罪以外の何ものでもありません。人類とその尊厳に反するだけでなく、私たちの”共通の家”の未来におけるあらゆる可能性に反します。原子力の戦争目的の使用は、倫理に反します。核兵器の保有は、それ自体が倫理に反しています」

 教皇様は、真の平和は「正義の結果であり、発展の結果、連帯の結果であり、私たちの”共通の家”の世話の結果、共通善を促進した結果生まれる」と指摘されました。 東京教区の宣教司牧方針の三本の柱の三つ目は、「すべての命を大切にする共同体」です。これは単に環境問題への取り組みを促しているだけではなく、「神からいただいた命を大切にし、それぞれの命を尊重し合う共同体」を目指している柱です。

 開発と発展は、社会の多様化と大きな変化をもたらし、結果として共通の家である地球を傷つけながら、命を危機にさらしています。神の救いの計画は、永遠の命を目指す道程にあって、この共通の家において、賜物である私たちの命が十全に生かされその尊厳が守られる世界の実現を求めます。世界における平和の実現はその道の一つであり、貧困や飢餓の撲滅、さまざまな疾病への公平な対策の実現など、いわゆる「社会正義」の実現は重要な福音的課題です。神の計画にあずかり、私たちの欲求ではなく、神の望みに従い、真理であるイエスに倣いましょう。

(編集「カトリック・あい」=お話の内容をより的確にお伝えするために、漢字表記を当用漢字に倣うなど、若干修正させていただいています。また、なぜか教会では『いのち』を多用する傾向がありますが、漢字の「命」の成り立ちは「令」に「口」をつける形で出来ており、この漢字の「命」そのものに、「祈りを捧げる人に神から与えられるもの」の意味が込めらている、というのが定説です。「カトリック・あい」では、そうした意味を込めて、原則として、漢字表記に統一させていただいています。)

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2021年8月1日