教皇は続けて、「神は、罪人である私たちのためにキリストを捧げてくださったことで、私たちへの愛を示しておられます… 神の愛は、常に”過剰”で、常に”測り知れない”、常に”不釣り合い”な愛です。 そして今日、神は、私たちにも、そのように生きることを求めておられる」とされ、「私利私欲の論理」から抜け出し、「計算ずくと利便の尺度」で愛を「測らない」ようにしてのみ、「私たちは真に神を証しすることができるのです」と強調された。
*聖母マリアに倣い、神に「はい」と答えられるように
説教の最後に教皇は、「主は、『悪に対して悪で立ち向かうのではなく、見返りがほとんど、あるいはまったく得られなくても、善を成し、賜物を危険にさらすように』と、私たちに勧めておられます」とし、「そうすることが、争いを徐々に変化させ、互いの距離を縮め、敵意と憎しみを克服するための鍵なのです」と強調.。「私は自分の人生で、”見返りを求める論理”に従ってきたか、それとも”無償の論理”に従ってきたか」と各々が自分自身に問いかけるよう勧められたうえで、「 キリストの並外れた愛に倣うことはやさしいことではありませんが、可能です」と言明。
打算なしに神に”はい”と答えられ、自身を主の恵みのもっともすぐれたものとされるようにした聖母マリアに祈りを捧げるように、信徒たちを促されて、説教を締めくくられた。