☩「人生の道で、私たちは決して孤独ではない」教皇、年間第21主日の正午の祈り

(2023.8.27 Vatican News  By Linda Bordoni)

 年間第21主日の27日、教皇フランシスコは正午の祈りの説教で、御言葉と秘跡を通して臨在される主との絆を強め、主への信頼を新たにするよう、信者たちに促された。

 教皇は説教でまず、この日のミサで読まれた福音(マタイ16章13-20節)で、キリストが弟子たちに尋ねられた言葉―「人々は、人の子を何者だと言っているか」を取り上げ、「これは、私たちも自分自身に問い掛けるべ言葉」とされた。

 そして、一般にイエスは「偉大な教師、特別な人物、善良で正義の人であり、一貫性があり、勇気がある…」と見なされているが、「イエスは歴史の代表者、遠い昔の預言者でもありますが、それだけではありません。イエスは今日、私たちのためにここにおられ、私たちのすぐそばにおられる神。キリストは過去の記憶ではなく、現存される神なのです。生きておられ、私たちと共におられます」と指摘。

 さらに 「神は私たちのそばにおられ、人生の旅の中で私たちを啓発し、元気づけてくださる御言葉と恵みを私たちにくださいます… 専門の、賢明なガイドである主は、とても険しい道や歩きにくい坂道を歩くときも、喜んで同行してくださるのです」と強調された。

 教皇はまた、「私たちは人生の道で、決して孤独ではありません… ペトロや他の弟子たちになさったように、キリストは私たちと共に歩まれ、私たちの歩みを助けてくださいます」と確信を持って語られた。そして、今日読まれた福音の場面で、ペトロは、キリストの「あなたがたは私を何者だと言うのか」との問い掛けに対して、「あなたはメシア、生ける神の子」であることを認める答えをしたが、「その生ける神の子が、私たちと人生の旅の喜びと労苦を分かち合うために、おいでになったのです」と改めて説かれた。

 説教の最後に教皇は、私たちは時々、「キリスト教徒としての人生は、目標の山が高すぎ、道が険しすぎる」と感じるときがあるが、そのようなときこそ、「私たちの弱さを受け入れ、私たちの努力を分かち合い、私たちのひ弱な肩にしっかりと優しい手を置いて、私たちの隣を歩いてくださるイエス」に目を向けるよう、信者たちに勧められた。

  そして、「主が近くにいらっしゃる。私たちも互いに手を差し伸べて、信頼を新たにしましょう。イエスのおかげで、一人では出来ないと思えることも、もはや不可能ではなくなります」とされ、神への信頼を新たにし、御言葉と秘跡を通して臨在される神との絆を強め、私たちの周りの兄弟姉妹と共に、神の導きに従うように」と促され、説教を締めくくられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2023年8月27日