☩「あなたがたは『調和のない所に、調和をもたらす使命』を帯びている」教皇、聖木曜日・聖香油ミサで司祭たちに

(2023.4.6  バチカン放送)

 復活祭を目前にした「聖週間」の6日木曜日の午前、教皇フランシスコは、バチカンで、「聖香油のミサ」をローマ教区の司祭たちと共に捧げられた。

 「聖木曜日」の午前には、世界のカトリック教会の司教座聖堂で「聖香油のミサ」が司教と司祭たちと共同で司式され、「司祭の約束の更新」と、司教による「聖油の祝別」が行われる。

 6日朝、バチカンの聖ペトロ大聖堂で行われた聖香油のミサでは、前半の「ことばの典礼」と「聖油の祝別」を教皇が、後半の「感謝の典礼」をローマ教区・教皇代理司教アンジェロ・デ・ドナーティス枢機卿が行なった。

 教皇はミサの説教で、「主の霊が私に臨んだ」(ルカ福音書4章18節)という、イエスの言葉を指しながら、「主の霊がなくては、キリスト教生活はありえず、その霊による『塗油』がなければ聖性はありません」とされ、司祭職の制定を記念するこの日、「私たちの司祭職、司祭生活、牧者として生きる力の根源に、主の霊があることを忘れてはなりません」と共同司式の司祭たちに説かれた。

 そして、旧約聖書のイザヤの言葉、「主なる神の霊が私に臨んだ。主が私に油を注いだからである」(イザヤ書61章1節)を引用され、「私たちもまた、自身の功績のためではなく、純粋な恵みによって『塗油』を受け、聖なる神の民の父、牧者とされたのです」と語られた。

 さらに教皇は、「司祭たちは神の愛の召し出しによって、いわば『最初の塗油』を受け、純粋な情熱の上に聖霊の力が注がれ、聖別されて司祭となりますが、司祭生活の歩みの中で、やがて各自に様々な形の危機が訪れます。この危機こそが、『塗油』された者にとって真理の時、『過ぎ越し』の時」と指摘。だが、「この危機こそ、司祭職にとって飛躍の機会、霊的生活における重要な一歩となるものであり、司祭は、イエスかこの世か、十字架かある種の安楽か、聖性か単なる宗教的義務への忠実かを選ばなくてはなりません」と説かれた。

 そして、「自身の中で真理の霊に働いていただくことで、自分を誘惑していた欺瞞を明るみに出し、いただいた『塗油』を守り抜かねばならない。聖霊の働きは『調和』。『塗油』された者たちは、『福音と、解放、癒し、恵みをもたらす使命』、すなわち、『調和のない所に、調和をもたらす使命』を帯びているのです」を訴えられた。

 説教の最後に教皇は、司祭たちの日頃の証しと奉仕に感謝の言葉を述べられ、「神の霊が司祭たちを平安で満たし、塗油の預言者、調和の使徒としての使命を助けてくださるように」と祈られた。

 この後、司祭の約束の更新が行われ、司祭たちは叙階の日の約束を新たにした。参列者は心を合わせ、牧者たちのために祈った。続く聖油の祝別の儀式では、壺に入った三種の聖油、「病者用聖油」、「洗礼志願者用聖油」、そして「聖香油」(入信、堅信、叙階、聖堂や祭壇の聖別に用いられる)が、助祭たちによって運ばれ、教皇はそれぞれの香油を、祈りをもって祝別された。 聖木曜日に祝別されたこれらの香油は、教区内の各教会に分配される。

(編集「カトリック・あい」、聖書の引用の日本語訳は「聖書協会共同訳」を使用)

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2023年4月7日