(2021.12.31 バチカン放送)
2021年の大晦日の31日、バチカンの聖ペトロ大聖堂で、翌日祝う「神の母マリア」の祭日の前晩の祈り(第一晩課)が行われた。
教皇フランシスコの参加のもと、枢機卿会首席、ジャン・バッティスタ・レ枢機卿によって司式されたこの晩課では、過ぎた一年を神に感謝し、賛歌「テ・デウム」が捧げられるとともに、聖体降福式がとり行われた。
聖歌の調べに彩られたこの集いの説教で、教皇は「降誕祭に続くこの日々、神の御子の受肉の神秘に対する驚きを新たにするように」と促された。
「降誕祭が心に引き起こすもの、それは驚きと観想です」とされた教皇は、「天使から輝く光のもとに、救い主の誕生の知らせを受け、ベツレヘムで幼子を探し当てた羊飼いたちの驚き、天使が話したことを羊飼いから聞いたマリアとヨセフの驚き、これらの驚きを自分たちのものとするように」と説かれた。
そして、「その驚きの中心にあるもの、それは『言(ことば)は肉となって、私たちの間に宿られた』(ヨハネ福音書1章14節)ということです… 神の御母マリアは、その驚きを最初に最も大きな形で体験した方であると同時に最も謙遜な方なのです」と強調。
さらに、「聖母は、主の降誕の真実、神は『その御子を女から』(ガラテヤの信徒への手紙4章4節)お遣わしになった、という真実に、私たちを連れ戻します」とされ、「キリスト教の神秘は、『母が腕に抱く乳飲み子』という現実からあふれ出る神秘です」と語られた。
「マリアの驚き、教会の驚き、それは感謝に満ちたものです」と指摘され、「多くの問題、困難や、心配があっても、神は、私たちを罪の隷属から解放し、子としての尊厳を取り戻させるために『御子をお遣わしになった』(ガラテヤの信徒への手紙4章4節参照)、マリアは御子を見つめながら『私たちと共におられる神』を感じていたのです」と話された。
新型コロナウイルスの世界的大感染がもたらしている危機について、教皇は「最初、人々は戸惑い、その後、連帯感が生まれる一方で、『自分だけが救われればいい』という傾向も広がり出しました」と振り返りつつ、「それでも今、再び人々が新たな責任感を取り戻したことは、まさに神に感謝すべきこと」と述べられた
実際、人々の責任ある連帯は、「すべての人は神の子として兄弟姉妹だ」という、人類の「根源的な召命」から来るものという意味で、「この召命を人類の歴史に刻んだ神に、イエスに、感謝しなくてはなりません」と説かれた。
最後に教皇は、「神の母であると共に教会の母であるマリアは、御子を『道』として示し、信頼して従うようにと招いています… 日々の生活の歩みの中で、イエスに信頼をもって従いましょう」と呼びかけられ、「喜びの時も悲しみの時も、私たちはイエスに信頼する、なぜならイエスが与える希望は朽ちない希望だからなのです」と強調された。
(編集「カトリック・あい」)