◎教皇連続講話「聖ヨセフについて」⑤「迫害下でも、主に信頼し勇気をもって行動する模範」

Migranti: Papa, non chiudiamo occhi, � scandalo socialeMigranti: Papa, non chiudiamo occhi, � scandalo sociale  (ANSA)

(2021.12.29 バチカン放送)

 教皇フランシスコは29日(水)、バチカンで水曜恒例の一般謁見を行われ、「聖ヨセフについて」の連続講話を再開。「迫害下の勇気ある移民、聖ヨセフ」をテーマに話された。

 教皇の講話の要旨は次のとおり。

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 今日は、迫害下の勇気ある移民としての聖ヨセフを考えましょう。マタイ福音書には、伝統的に「エジプトへの避難」と呼ばれる出来事が記されています(2章13-23節参照)。

 ナザレの聖家族は、不安定な状況の中で恐れや悲しみを抱きながら、自分の土地を後にして逃げる、という状況を自ら体験しました。

 今も、いまだ多くの兄弟姉妹が同じような不正義と苦しみを味わっています。原因の大半は権力者の圧政と暴力によるもので、イエスの場合もそうでした。

 ヘロデ王は、「ユダヤ人の王」が生まれたことを、東方から来た占星術の学者たちから聞き、不安を抱きました。「自分の権力が脅かされる」と考えたからです。ヘロデはエルサレムの権威者たちを集め、生まれた場所を知ろうとし、学者たちに「自分も拝みたいから、行って、その子のことを詳しく調べ教えてほしい」と頼みました。

 しかし、学者たちは幼子イエスを見つけ、拝んだ後、ヘロデのところへは戻らずに、別の道を通って自国に帰って行きました。それを知ったヘロデは、極悪非道な行為に出ます。ベツレヘムと周辺一帯の2歳以下の男の子を一人残らず殺させたのです。

 その頃、天使がヨセフに「起きて、子どもとその母親を連れて、エジプトに逃げ、私が告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている」と告げました(マタイ福音書2章13節)。

 聖家族のエジプトへの避難は、イエスを救いましたが、残念ながら、ヘロデによる虐殺を止めることはできませんでした。このエピソードに、私したちは「残酷なヘロデ」と「配慮と勇気に満ちたヨセフ」という、まったく性質の異なる二人の人物の対比を見ます。

 ヘロデは、自分の権力を情け容赦ない残忍さをもって守ろうとます。実際、その冷酷さは、彼が妻の一人や、何人もの息子、また無数の敵対者たちを殺害したことにも表れています。ヘロデは古今の多くの暴君の象徴です。彼らにとって重要なのは、権力であって、人民ではありません。

 人類の歴史は、恐れにとらわれるがゆえに、それを追い払うために横暴となり、非道な暴力に訴える人物に溢れています。しかし、ヘロデのようになるのは独裁者だけではありません。私たちにも起こりうることなのです。自分の恐れをごまかすために、言葉や権力を振りかざし、近くにいる人を辱めるなら、私たちも小さなヘロデになりかねません。

 ヨセフは、ヘロデとは対極にあります。何よりも彼は「正しい人」でした(マタイ福音書1章19節参照)。また、ヨセフは天使の命ずることに勇気をもって応じました。長く危険な旅の間に、どれほどの困難に遭い、異国で過ごすために、どれほどの苦労をしたことでしょう。天使から「危険は去った、マリアとイエスを連れてイスラエルの地に帰るように」と言われて帰還した時も、ヨセフは勇気のもとに行動しました(同2章19-23節参照)。

 いつの時代、いかなる文化にも、自分の信仰に忠実に、不正や非難、死さえも恐れず、あらゆる困難を乗り越える、勇気ある人々がいます。勇気は、知恵、節制、正義と共に、いわゆる「枢要徳」(「カトリック・あい」注:古代ギリシア以来の西洋の中心的な徳目のこと。主に4つあるので、四徳などとも言う)をなすものです。

 この考察で、ヨセフは次のことを教えてくれます。

 「人生には常に逆境があり、それを前に脅威を感じることがある。しかし、ヘロデのように自分の最悪な部分を引き出すのではなく、ヨセフのように神の摂理に信頼し、勇気をもって行動することで、それを克服することができる」と。

 すべての移民・難民、迫害されている人々、困難な状況の犠牲になっている、すべての人々のために祈りましょう。また、戦地となった祖国から逃げたくても逃げられない人々、自由を目指しながらも、陸路や、海上で犠牲になった人々のために祈りましょう。ヨセフとマリアの腕に抱かれて避難するイエスの中に、今日のすべての移民・難民たちを見つめましょう。今日の移民・難民たちの現実から目をそむけることはできません。これは人類の社会的に恥ずべき醜聞です。

 聖ヨセフよ、
愛する人たちの命を救うために、
避難民となったあなたは、
逃げざるを得ない人々の苦しみを知っています。
戦争、憎悪、飢餓から逃れるすべての人々を守ってください。
試練において彼らを支え、
希望において励ましてください。
彼らが受け入れと連帯を見出すことができますように。
彼らの歩みを導き、
彼らを助ける人々の心を開いてください。
アーメン。

(編集「カトリック・あい」)

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2021年12月30日