・“シノドスの道”に思う ⑤シノドスの進むべき方向をドイツの視点から考える・その1

 今回は、ドイツのシノドスの歩みから見て何が考えられるか、を見てみたいと思います。明治以降、ドイツは日本のカトリック・プロテスタント双方の教会にとって教師の位置にありました。そのドイツのカトリック教会はどのように進もうとしているのか。

 

*ドイツのカトリック教会の現状

 まず手短にドイツの現状を見てみます。1991年、ドイツのキリスト教人口(カトリックとプロテスタント合わせて)は、総人口の71%でしたが、2020年には53.2%になり、2021年には総人口の半数以下になりました。ある統計研究部門のサイトによると、2000年は12万人がカトリック教会から脱会、2010年は14万人、2014年は17万人、2016年は16万人、2019年は22万人、2021年は38万人、2022年は52万人脱会しています。

 ドイツ・シノドス文書(2022年2月)の中に「2019年だけでも50万人以上が、二つの主要なキリスト教会のどちらかの会員であることを止めた。272771人がカトリック教会を去った。教会を去る人の数は1990年以降倍加した。そしてこの傾向は続いている」とあります。二つとはカトリックと福音主義プロテスタント教会のことです。「去る」「脱会」とは教会に行かないだけでなく、公的に教会税(所得税の8~9%)を払わないことをも意味します。

*ドイツの「シノドスの道」の始まり

 ドイツが自主的に始めたシノドスの名称は「シノドスの道」と言います。この取り組みのきっかけは性的虐待問題でした。2018年に、聖職者による性的虐待と教会当局による隠ぺいの原因等を司教たちの委託を受けて各専門家が研究した『MHG研究』の出版。これに基づいて、危機打開のためには自由で公開の討論が必要であると司教協議会総会で認められ、「シノドスの道」は始まりました。

 2019年12月に始まり、2020年に第1回目のシノドス集会。それが続けられていって2022年9月に第4回シノドス集会。2023年も第5回目が少しずつ開催されています。この取り組みは2つの団体すなわちドイツ司教協議会と一般信徒組織である「ドイツカトリック者中央委員会(ZdK)」との共同作業として行なわれています。両者は2019年にそれぞれの総会で両者に共通する「シノドスの道」の規約を作って共に歩むことを決めました。なお、この歩みは、ローマ主導の第16回世界シノドスに参加しながら、並行してなされています。

*ドイツの「シノドスの道」の構成

 さて「シノドスの道」は4つの会合から成ります。1,シノドス集会、2,シノドス委員会、3,拡大シノドス委員会、4,シノドス・フォーラム。以下、簡略して紹介します。「シノドス集会」の構成員は、司教協議会のメンバー(約100名)とZdK69名、修道会から    10名、教区司祭会議の代表27名、15名の若者、それぞれ10名以下の男女その他から成る。合計約230名。シノドス集会が最高の会合であり、様々な決議(決定)を行なう。メンバーは等しい投票権を持つ。

 「シノドス委員会」は、教区司教(司教協議会の議長・副議長を含む)27名、ZdKから議長・副議長を含む27名、両者から選ばれた20名から成る。フォーラムの構成、及び 集会等で議論されるテーマシノドス・フォーラムは、以下に述べる4つの課題を議論するための4つのフォーラムであり、シノドス集会から選ばれた約30名。フォーラムにおいても皆平等の投票権を持つ。ここで討議後、集会に上げる。ドイツカトリック者中央委員会ZdKは一般信徒の組織である。ZdKについては次回、もう少し詳しく説明します。

 フォーラムや集会は次の4つのテーマを扱う—①力(権力)と力(権力)の分散―宣教への共同参画と参入について ②今日における司祭の存在(司祭的存在)について ③教会における女性の奉仕と役務について ④継続する関係における生活―セクシャリティとパートナーシップにおける生ける愛について

なぜこの4つなのか。2023年3月11日のシノドス集会で決議された序文から紹介しますと、性的虐待問題は個人的な罪過というだけでなく、教会の組織的・構造的なところからも生じていると考えられるからです。上長である責任者たちは、そのような組織や構造を容認し、守ってきたし、今もそれが続いている。福音を曖昧にしてしまう諸問題に、私たちは気付いた、と。

 それは、霊的・司牧的な関係の中での虐待、聖職者主義と不適格による権力の乱用、また女性を無視し、また男か女かのどちらかでなければならない、という教会の教えは、現実の人々の性の多様性を正しく受け止めてこなかったこと、つまり性的アイデンティティを正しく受容・評価しなかったことに起因していると判断した。そこからドイツの「シノドスの道」は取り組むべき4つのテーマを決めたのであると。

*集会での決定(決議文)の通過について

 シノドス集会は審議結果の最終的決定のため決議案を可決する。少なくともメンバーの3分の2が出席していれば、それは定足数を持つ。出席メンバーの3分の2(そのうちに司教協議会の出席メンバーの3分の2を含む)の賛成で決議案は可決する。
シノドス集会で可決した決議案はそれ自体としては法的効果を持っていない。法的効力を持つためには、司教協議会と個別教区司教の権威が法的規範を発布し、それぞれの権限の範囲内で教導権を行使することが必要である。以上、「シノドスの道」の概略です。司教も信徒も危機感を共有するところからスタートし、諸会合において、審議から決議文ができるまでは、聖職者も一般信徒も平等の権利を持って参加しています。<利害関係者(ステークホルダー)は誰でも十全な投票権を持って参加しない限り、連帯は生まれない>(フランツ・ヨゼフ・ボーデ司教)。「共に」の精神が、信徒も聖職者と平等の「一票の権利」によって真に生かされていると言えます。
ヒエラルキー的な「上から」の権威行使は最後の認可・発行の時のみです。しかしいずれ法的効力を持つことさえも司教と一般信徒の共同権限でという具合に、いずれ教会法も改訂されていくことを私たちは期待したい。

 

 

*第一のテーマについて第3シノドス集会からの抜粋

〇教会の権力構造、法的組織の改革は、法の支配に則った自由民主的な社会に適合す る形でなされる必要がある。人権を基礎に置いた民主的社会の標準を満たした上で、神のみ旨を探るべきである。

〇民主的な社会は自由と全人民の平等という尊厳の観念に基礎をおいている。すべての人に影響する決定は、皆で共になされなければならない。人類のこの認識は、人間は神の像に造られ、自由と責任を持っているという聖書の記述に基づいている(創世記1:26~28)。民主制の中に教会も組み込まれるべきである inculturation into democracy

〇現行の教会法では司教の権力は一元的な構造、一方的な支配関係になっている。しかし教会法第129条第2項に「信徒は、法の規定に従って、この権限の行使に協力することができる」とある。信徒の参加により透明性が増し、権力の制御も可能となる。立法、行政(執行)、司法(裁き)の分立のためにももっと信徒が統治等に加わるべきである。あらゆる面で信徒の能動的な「参加の権利」を具体的に規定し、明文化することが重要である。

〇第二バチカン公会議の「教会憲章」と同様に教会法も、洗礼に基づいて信者は真に平等であると語っている(第208条)。教会の権力の組織化においても、このことは認められ効力を持たねばならない。つまり参加の平等と、ミッションのための責任分担において。また権力の分散に関しては、まず役務者・奉仕者の行動を法律で効果的に縛る(限定する)ことである。また権力の監視を要求するのは、役務者・奉仕者の行動によって影響を受ける人々である。従って、人々には監視のための効果的な手段が付与されるべきである。

〇現行の教会法では、司教だけがシノドス(教会会議)において意思決定の権利を持っているが、この制限は克服されねばならない。司教の司牧的役務者としてのリーダーシップを否定することなしに、であるが。教会のシノダリティは司教の団体性以上のものである。

 以上、2022年2月と9月の第3及び第4シノドス集会における第1のテーマについてのみ、少し紹介しました。その進め方にしても、テーマの掘り下げ方にしても日本の教会とは隔世の感があると思います。ドイツは、シノダリティを推し進めないと、教会の明日はないという意識を持っていると感じますが、いかがでしょうか。 *https://www.synodalerweg.deによる。

(西方の一司祭)

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2023年10月31日