地方、そして大陸レベルを経てローマに集い、”シノドスの道”が大きな節目を迎えます。教皇もバチカンのシノドス事務局も、そして総会参加者も、シノダルなやり方で取り組んでほしいと思います。イエス・キリストの思いを具体化した真の教会。「シノダルな教会」はその重要な側面です。キリストを中心に「皆が集まる教会」になれるかが、問われています。
*シノダリティとヒエラルキーは並行に置けるか・・・
前回、「ヒエラルキーは教会の本質ではなく制度である」と申し上げました。シノドス事務局がまとめた討議要綱の司教団の奉仕と権威を述べた箇所(B2.5)で「…カリスマの豊かさに欠けた権威の
厳格さ.。は独裁者的になるのと同様に、権威を欠いたカリスマの多様性は無政府状態(アナーキー)になる。教会は、同時にシノダルでありヒエラルキー的である。それは司教職の権威をシノダルに行使することが一致を伴い一致を保障するものであることを示唆する」とあります。
これと同じ表現は、今年2月にプラハで開かれた欧州の大陸レベル会合の最終文書にあります。「シノダルな教会における権威の行使」の項(3.6)の「教会は本質的にシノダルであり、また本質的にヒエラルキー的である。…生きたカリスマを欠いたヒエラルキーの厳格さは独裁者的になる」のです。
討議要綱は大陸レベルの最終文書を元に作成されたので、同じ表現を用いたようです。しかし「シノダル(共に歩む、共働的)」と「ヒエラルキー的」をどちらも大事だ、として並行させることは危険で
はないでしょうか。
二つを並行させた瞬間、ヒエラルキー側が勢いづき、共働性や補完性などを脇に押しやるだろうからです。そうなると、第二千年期の「ヒエラルキー中心の教会」に後退しかねません。前回述べたように、ヒエラルキーは制度であって教会の本質ではなく、むしろ共働性(シノダリティ)のほうが教会の本質に近いからです。
国際神学委員会による『教会の生活と宣教におけるシノダリティ』42項に「聖書と伝承は、シノダリティは教会の本質的側面であると教えている」とあります。もちろん、人間の集団ですから、それなりの秩序は必要です。従って、並べるなら、その前に、ヒエラルキーを脱権力化しておく必要があるでしょう。
*シノダリティのある教会が、ヘーリンクの希望でもあった
ところで、第二バチカン公会議を指導し、また世界中の神学者に影響を与えたベルンハルト・ヘーリンク著『教会への私の希望・・・21世紀のための批判的励まし』(サンパウロ、2009年)を読むと、シノダリティに満ちた内容です。今回のシノドスが進むべき方向を示唆していると思われます。亡くなる前年の1997年に出版されたこの本で、当時ご存命だったヨハネ・パウロ二世教皇とラッティンガー枢機卿(後のベネディクト16世教皇)を何度も名指しで批判しています。
上述したこととの関連で、まず教会の構造、ヒエラルキーに関するへーリンクの考えを紹介しましょう。
第二バチカン公会議が示す教会は中央集権依存から自由で、共働性に向けた構造にならなければならない。共働と補完の形態を持った兄弟的な初代教会にならうこと。後継者を選ぶ時も、ペトロの権威ある裁定ではなく、皆が共にかかわる手続き法を取ること。最初の千年期、教皇は司教を任命する権利など持っておらず、補完性の原則に則って行われていた。諸教会の自治を守ること、司教任命も「開かれたガラス張りの補完性に戻ること」が必要である。
「中央集権的な支配のシステムからの根本的な離脱」「ローマの中央集権的支配は、支配者側の過剰な自信過剰が前提にある」「中央集権化の背景には、あらゆる人の中の、あらゆる人を通して働きたい、と望んでいる神の霊への信頼の欠如がある」。すべての人に働く聖霊への信頼をへーリンクは重視しています。すべての人は「信仰の感覚」を持っているからです。
ヘーリンクの考えからも「教会は本質的にシノダル、かつヒエラルキー的である」と言うのは注意せねばならないと思います。
さらにへーリンクは「ローマの機構は規模を縮小する必要があります。枢機卿は、まったく不要な存在です。教皇が、自身の後継者を選ぶ人物を任命すべきではありません。司教会議および司教の地域会議の権力と責任は強化されなければなりません。…女性も参加すべきです。同様に、司教選任のルールも、教会の第一千年期のモデルに従って整えられるべきです。…旧態依然の教理省は姿を消し、その代わりに、まったく新しい組織が立ち上がることが考えられます」と、大改革を求めています。
*”ジャニーズ性加害問題”とカトリック教会
ところで、今、日本で、ジャニーズ事務所創業者の未成年だった人たちに対する性的虐待問題が、スポンサー企業や報道各社にも影響が広がっています。しかしカトリック教会の性的虐待の規模はその比ではありません。カトリックの場合、ヒエラルキー構造を教会が強めて特に中世から今日に至るまで、世界中で、個人的、かつ構造的、組織的に、性的虐待にとどまらず、様々な形の虐待を行なってきました。ヘルダー社の特集号でも紹介されていますが、”シノドスの道”に積極的と思われる国々のほぼすべてで、聖職者による性的虐待問題が起きており、司法当局による捜査や、被害者による訴訟に発展しているケースも少なくありません。
ドイツが”シノドスの道”を、教皇が提起されるよりも先に始めていたのは、自国の教会の聖職者による性的虐待と隠ぺいの発覚がきっかけになっていました。国連の人権委員会が世界のカトリック教会に介入したら、一体どうなるのでしょうか。今回のシノドス総会では、性的虐待問題がメインテーマとして取り上げられることはないかも知れませんが、性的虐待の被害者はじめ、虐待や差別、偏見に苦しめられてきた人々を、教会は進んで受け入れ、心からケアすることができるのか、そのために教会はどのように変わらねばならないのか、具体的な議論がされる必要があります(討議要綱B1.2参照)。
*性的虐待体験者や離婚再婚者など、救われるようになるか
討議要綱のワークシートに挙げられている項目に関して、へーリンクはどのように言っていたか。「教会内における女性の役割・地位を高めること、女性の司祭叙階は自然なこと」「司祭の独身制も見直し、結婚しても司祭として継続して働くのことを認めるべきだ」「離婚・再婚について、これまでの偏狭な態度を改め、当事者が平和に生きれるように改革すること」を主張し、「パウロ6世の回勅『フマネ・ヴィテ』(人工的な避妊は罪であるとする)には公然と反対を表明し、倫理や結婚の秘跡等に触れている『カトリック教会のカテキズム』(ヨハネ・パウロ二世のもと、バチカン教理省長官のラッティンガー枢機卿によって作られた)にも否定的意見を述べていました。
『フマネ・ヴィテ』に関しては「パウロ六世教皇の最大の誤りは、疑いもなく、助言者らの圧力に屈して自ら任命した産児制限の検討委員会における圧倒的多数の意見を拒否したことにあります」と。ホアン・マシア神父もパウロ六世が残した影の一つは「産児制限の問題を長く検討し教皇へ答申を提出した委員会の意見を取り入れず、少数の保守的な倫理神学者からの案と妥協して、回勅を書いた」ことだと指摘しています(女子パウロ会のホームページ「ラウダーテ」参照)。
*掟中心の倫理から福音に根差した倫理へ
ヘーリンクは、これまでのカトリック倫理や上述の回勅やカテキズムは、いまだに道徳上の掟と命令を絶対的で厳格なものとして、大罪や小罪、また大罪のリストをあげたりしている。それは教会権威者側が民を支配するための倫理であり、抑圧的なものである。そうではなく、キリスト・イエスにおける「命の霊の法」を生きることが倫理であり、福音に根差した道徳である。掟の遵守ではなく、悔い改め、キリストとの交わり、聖霊の慰めなどの神秘に基づいた倫理だ、と主張しています。
*秘跡の理解の仕方も変化が求められる
先の特集号で、ルネ・ライド*は米国のカトリック教会の現状に触れ、「多くの信者は性道徳が刷新されることを切望しており、LGBTQの人や再婚した離婚者たちも神の子供との十全な交わりの中に受け入れられるべきであり、秘跡も授けられるべきだと願っている。特にエウカリスチア(ミサ)への招きはすべての人に向けられるべきであって、完全で正しい人への報酬ではなく、それを必要とする人々への滋養として理解されるべきだと望んでいる」とし、「エウカリスチアは、信仰や実践のあり方が人によって違っていても、皆が神の子供としての一致を表現するものであるべきであり、厳格さや一部の人々をのけ者にするための道具となってはならない」。また『フマネ・ヴィテ』は「米国の92%のカトリック女性という大多数から拒絶されている」としています。
*ルネ・ライドは1944年生まれの元シスター。 カトリック教会改革国際ネットワークの共同設立者で指導者。 その他、幅広く活動中。
北アメリカ(カナダと米国)の大陸レベル最終文書26項にも、LGBTQの人や離婚再婚者などが教会に歓迎されておらず、また聖体も受けられない状態であるので、もっと大きな包容が教会に求められている、とあります。
討議要綱B2.1にある「人々が裁かれていると感じるのではなく、温かく迎えられていると感じる」場所、米国の人々もそのような教会を望んでいるとルネ・ライドは述べています。それがシノダルな教会でしょう。
『カトリック教会のカテキズム要約』349項には「教会は、民法上の離婚者の再婚を結婚と認めることができません。‥彼らは神の掟に客観的に背いている」、「その状態が続く間は、赦しの秘跡による赦免を受けたり、聖体拝領をしたり、教会の任務を果たしたりすることはできません」とあります。これはイエスの意思にかなったものでしょうか?
へーリンクやルネ・ライドが言っているように、「弱っている人、助けを求めている人が近づける秘跡」になるべきでしょう。またヘーリンクは「私たちは教会法との内縁関係に終止符を打たなければならない」と言い、教会法の改訂も希望しています。
注) 欧州大陸レベル、北アメリカ大陸レベルの最終文書は、ウェブサイトhttp://prague.synod2023.org、またhttps://www.usccb.orgに。ヘルダー社刊特集号はサイトhttps://www.synodalerweg.deの中にあるHERDER THEMA “UNIVERSALCHURCH IN MOTION, Synodal Paths”のこと。
(西方の一司祭)