Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」⑨ 二人の旅立ちに想う

 今年の梅雨は、雨の方が少し遅れてやってきた。

 そんな中で、涙を誘う二つの訃報が私たちの心をとらえて離さない。6月22日に乳癌で闘病中だった小林麻央さんが、さらに前週の13日には、肺腺癌を患っていた野際陽子さんが相次いで亡くなった。

 小林麻央さんは、癌と闘う日々をご自身のブログを通じて公開し、日本全国の癌患者やその家族を勇気づけてきた。23日に死去が報じられて以降は、お悔やみや感謝の思いを記した1万件以上のコメントの書き込みが集中し、翌日午前まで更新不能の状態が続いたとも伝えられた。

 <同じ癌になった者にとって励ましでした>。そうしたコメントであふれたブログは、日本人の2人に1人が癌になり、3人に1人が癌で亡くなる時代の状況を表しているとも言える。だからこそ、麻央さんの闘いぶりは多くの人にとって、希望の灯だった。

 麻央さんについては、私自身も想うところもある。

 公私ともに非常に忙しいスケジュールを送る中で麻央さんは、親しい方が入院された病院へ笑顔でお見舞いに訪れていた……。そんなエピソードを医療現場の知己から聞いたことがある。麻央さん自身が癌であることを公表する前の時期。だが、すでに主治医から癌の告知を受け、治療を始めていたのではないかと思われるタイミングでの出来事だ。

 周囲にいる者を救ってくれるような人――小林麻央さんという人は、そんな存在だったのではないだろうか。

 野際陽子さんは、最後まで現役だった。そしてご自身の病気については、寡黙だった。

 倉本聡さんが脚本を手がけ、テレビ朝日系で4月3日に放送がスタートした連続ドラマ『やすらぎの郷』の収録には、入院前日の5月7日まで参加したという。

番組収録の合間には、鼻にチューブをつけながらも毅然として演じきったと報じられている。亡くなった後に主要キャストを務めたテレビ番組が放送され、出演した映画『いつまた、君と』(6月24日公開)が封切られる。これはまた、多くのファンを魅了するプロの俳優として素晴らしい最晩年を飾ったと言える。

 小林麻央さんは享年34歳、野際陽子さんは同81歳。その年齢はもとより、癌という病との闘い方、家族や仕事、生涯はそれぞれに異なる。ただ、お二人とも、私たちに生と死の意味について考えさせてくれた忘れえぬ人であることは間違いない。

 お二人の人生には、奇妙な偶然もある。

 石川県出身で、立教大学からNHKにアナウンサーとして入局された野際陽子さん。かたや、新潟県出身で、上智大学を卒業後、日本テレビでキャスターとして活躍した小林麻央さん。ともに、日本海の香り豊かな地で生まれ、キリスト教の精神を伝える東京都心のキャンパスをさわやかに駆け抜け、放送局のスタジオで大きな花を咲かせたのだ。同じ6月に旅立たれ、まるで今年の梅雨空のように、悲しみの雨を後から連れてきたことを含めて、お二人の軌跡は私たちの心に重なり、これからも鮮やかな記憶として残るだろう。

(みなみきょうこ・医師、作家: 終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス』=幻冬舎=は5刷出来。5月24日発売の日本推理作家協会編『ザ・ベストミステリーズ2017』=講談社=に短編「ロングターム・サバイバー」が収録されました。アマゾンへのリンクは、https://www.amazon.co.jp/dp/4344029992?tag=gentoshap-22

このエントリーをはてなブックマークに追加
2017年6月26日 | カテゴリー :