アイリス・チャンの『レイプ・オヴ・ナンキン』(Iris Chang, The Rape of Nanking)(1997)である。アメリカのメジャーな出版社から出版され、たちまち大ベストセラーになった。週刊誌『タイム』が絶賛していた。ワシントンの日本大使館からは大使自身による、「正史と認めるわけにはいかない」という意味の声明があったと記憶する。私も『タイム』の賞賛振りを苦々しく思ったものである。日本では当然賛否両論があって、良書を手がけている出版社から翻訳版が刷り上ってしまっていたのではなかったか。批判の声の方が声高になったためだろう、店頭に並ぶ事はなかったと記憶する。
この新著The Chinese in America (2003)はどのょうに迎えられたか。『タイム』の扱いは『レイプ・オヴ・ナンキン』の真逆であった。当時の中国についての記述が「めちゃくちゃだ」というのだ。アメリカの事情についても同様。「もっとしっかり歴史を学んでから出直せ」と厳しく批判した。この厳しい批評に耐えられなかったのでもあろうか、翌年聞こえてきたのは「彼女が自殺してしまった」というニュースであった。享年三十有六、生命を賭けるほどに、真剣勝負で臨んだのだと思えば、ひときわ哀れを催す。