このコラムを書かせていただくのは、実に4か月ぶりとなる。2月、3月、4月の各月初旬は、夜、勤務先の病院から自宅にたどり着いてからパソコンを起動して当コラムを書く時間と精神力を確保することは、到底かなわなかった。
毎月末、「あたたかい」原稿の催促をいただきながら、自分勝手を承知でご依頼に背く行為を続けた。編集ご担当者さま、読者の皆さまに大変な失礼を重ねてしまったことを心
。
からお詫びします。
それもこれも、新型コロナウイルスの感染拡大によるものだ。
筆者の勤務する病院は、感染症指定医療機関ではない。日々のニュースですっかりおなじみになった集中治療室(ICU)などを備えた急性期病院ではなく、感染拡大を受けてウイルス感染が疑われる発熱患者らを受け入れ始めたわけでもない。
それでも、大変な毎日が続いている。
入院患者の中から、一人として感染者を出してはならない。医師、看護師、介護士、その他さまざまな職種の病院スタッフの中からも、絶対に感染者を出してはならない。このシンプルなゴールに向かって、ありとあらゆる努力をする。「院内感染ゼロ」という当たり前でありながら実は達成がたやすくない目標を掲げ、日々の診療をこなしながら対処する。
しかも、どこにゴールがあるのかは見えない。新型ウイルスに感染した重篤な症状に陥った肺炎患者を相手にする「最前線」に身をおかずとも、日本中、世界中の医師や看護師が極度の緊張を強いられていることを理解していただきたい。
病院へは毎日出勤する。テレワーク・在宅勤務は対象外だ。この際、多くの医師は、電車やバスなどの公共交通機関に極力乗らないよう努めている。可能ならば自家用車で通勤することが望まれているのだ。出勤から退勤まで、毎日何十、何百回となく行う手指等の消毒は、回数と徹底さを著しく増した。潤沢にあったのが当たり前だったマスク不足は、筆者の周辺でも不安の影を落としている。
人との接触を避けるソーシャル・ディスタンシングは、感染防止に極めて有効だ。
医師がそれぞれに席を持つ医局では、デスクの配置換えをした。各自が座る位置を見直し、できるだけ距離を取る。院内の別室を借り受けて医局分室を作る動きもある。医局内での私語は消えた。昼食時も同僚と席を同じくしない。
ここでも私語はない。
入院患者に対する面会や見舞いも全面的に禁止され、ビデオ面会に切り替えられた。考えられる限りの感染防止に役立つ方策を取り入れながら、不断の努力が積み重ねられている。
しかし、病院に入院している患者は、生きるために適切な治療とケアを受けなければならない。そのためには、人との接触が不可欠だ。医療従事者に求められているのは、「接触を避けること」と「接触を保つこと」とのせめぎ合いであり両立だ。新型ウイルスへの感染を防ぎつつ、治療とケアの効果を維持する配慮をしながら、今日も一日があっという間に過ぎていく。
医療従事者に向けた拍手の時間や、応援の歌、ビルやタワーのライトアップよりも、医療者が頑張らなくてもいいように行動変容を促すメッセージをお願いしたい。
家から出ないように呼びかけてほしい。手を洗うように、電車やエレベーターの中では会話を謹むように、体調が悪いときは外出せずに休むように、強く声をかけあってほしい。自分自身と、大切な人のいのちを守るために――。
4か月ぶりのコラムで読者の皆さんにお伝えしたいメッセージが、当たり前のお願いの繰り返しになってしまったことも重ねてお詫びしたい。
(みなみきょうこ・医師、作家: 末期がんや白血病、フレイル……病に負けず舞台を目指す人たちと女性医師の挑戦を描いた物語『ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間』を2019年9月に講談社から刊行しました。終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス―看取りのカルテ』=幻冬舎=、クレーム集中病院を舞台に医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント―絆のカルテ』=幻冬舎=も好評発売中です)