
*2017年の大量避難以来、最高レベル
さらに、100万人以上のロヒンギャ難民(うち50万人以上が子ども)が暮らす世界最大の難民居住地であるコックスバザールでは、家族が緊急レベルの栄養状態に直面している。難民キャンプでは、子どもの15%以上が深刻な栄養不良に陥っており、これは2017年のロヒンギャ難民の大量避難以来、記録された中で最も高い水準である。

(2025.3.25 La Croix staff)
四旬節の間、中国のカトリック信者はキリスト教の希望というレンズを通して老いと病気について黙想し、健康上の苦悩の中にある教皇フランシスコの証しからインスピレーションを得ている。
「深い信仰は、私たちが老い、苦しみ、そして病気さえも受け入れ、キリスト教的な態度でこの十字架を背負い、その価値を考える助けとなります」と、イエスの聖心に捧げられた上海の虹口教会の牛蘇清神父は語った。
蘇清神父は、聖ヨハネ・パウロ2世の苦難の経験と、教皇フランシスコの現在の健康上の課題に言及した。 教区はまた、高齢の教区民を信仰と希望の重要な証人として認識し、彼らの旅路を支援し、慰める取り組みを約束した。
蘇州教区では、司祭たちが教皇病状について考察を行い、「教皇の健康のために祈ることは病人や高齢者を支え、元気づけることでもある」ことを確認した。
教区司祭たちは、xinde.orgの創始者であるジョン・バプティスト・ジャン神父が指導する “主に会うために砂漠に避難する “をテーマにした四旬節黙想会に参加した。ヨセフ・シュホンゲン司教とともに、司祭たちは4日間の聖体礼拝を通じ、聖体の犠牲というレンズを通して苦しみを振り返った、とFidesは報じている。


【待降節第二主日C 東京カテドラル聖マリア大聖堂献堂60周年 2024年12月8日】
今年は12月8日の無原罪の聖母の祭日が日曜日にあたり、待降節第二主日と重なりました。通常、典礼上の祝日が主日と重なる場合、主日が優先されますが、無原罪の聖母は重要度の高い祭日であることから、今年の典礼の暦では、明日の12月9日が無原罪の聖母の祭日とされています。
東京教区にとっては、12月8日の無原罪の聖母の祭日は司教座聖堂(カテドラル)の献堂記念日であり、聖マリア大聖堂の名前をいただいた「聖マリア」こそは無原罪の聖母です。加えて今年は献堂からちょうど60年の節目の年でもありますので、本日の主日ミサの中で、共にカテドラルの献堂を記念したいと思います。
そもそも「カテドラル」というのは、司教座が置かれている聖堂のことであり、教区における神の民の一致の目に見える象徴として、教区の母教会という意味を持っている聖堂です。その意味で、献堂記念日は関口教会だけのお祝いではなく、教区全体にとってのお祝いであり、あらためてカテドラルが象徴する司教との交わりのうちに一致する教会共同体のあり方を見つめ直すときでもあります。
1891年に大司教区として設置された東京教区は、当初のカテドラルを築地教会に定めました。その後、1900年に関口小教区が設けられ、1911年にはその構内に現在も残るルルドの洞窟が宣教師によって建設され、1920年には、大司教座が築地から関口に移され、関口教会がカテドラルとなりました。104年前のことです。
関口教会の聖堂は戦争中に東京大空襲で焼失しましたが、戦後、ドイツのケルン教区の支援によって再建が決められ、故丹下健三氏の設計により、1963年に工事が始まり、1964年12月8日に完成して献堂式が行われました。
この東京カテドラル聖マリア大聖堂が建設された経緯を振り返るとき、わたしたちはケルン教区が具体的に示した「ケルン精神」を思い起こさせられます。
先日のミャンマーデーの際にも触れましたが、「ケルン精神」というのは、戦後のドイツの復興期にあって、ケルン教区が掲げた自己犠牲と他者への愛を意味しています。ドイツも敗戦国であり、1954年当時は復興のさなかにあって、決して教会に余裕があったわけではありません。にもかかわらず海外の教会を援助する必要性を問われた当時のケルンのフリングス枢機卿は、「あるからとか、余力があるから差し上げるのでは、福音の精神ではありません」と応えたと記録されています。この自らの身を削ってでも必要としている他者を助けようとする精神は、当時のケルン教区の多くの人の心を動かし、ケルン教区の建て直しにも大きく貢献したと伝えられています。
その「ケルン精神」の最大のシンボルが、この東京カテドラル聖マリア大聖堂です。この大聖堂の中に祈りのうちにたたずむとき、わたしたちはまず第一に、この「ケルン精神」を思い起こし、心に刻みたいと思います。
さらに言えば、その「ケルン精神」その後、ケルン教区と東京教区が一緒になっていまでも続けているミャンマーへの支援に繋がりました。その歴史を顧みるときに、ケルンと東京とミャンマーの教会は、長年にわたってシノドス的な教会であろうとしてきたことが分かります。
私たちは、共に歩み、互いに耳を傾けあい、互いの必要に応えて助け合い、共に祈りを続けながら、聖霊の導きを見い出そうとしてきました。その意味で、東京カテドラル聖マリア大聖堂は、いま教会が歩もうとしているシノドスの道のシンボルの一つです。教会のシノドス性を豊かに表すこの聖堂を、司教座聖堂として与えられていることに、感謝したいと思います。
昨日12月7日、私はバチカンの聖ペトロ大聖堂において、教皇様より枢機卿の称号をいただきました。枢機卿は単なる名誉職ではなく、教皇様の顧問団の一人として、教会全体において何らかの役割を果たしていくことが求められる立場です。その求められている役割を果たすには、自分が十分ではないことをよく自覚し、恐れの中で震えております。私が忠実に務めを果たすことができるように、これからも皆様のお祈りによる支えをお願い申し上げます。
今日の主日は、バチカンにおいて教皇様と共に感謝のミサを捧げておりますので、その中で、日本の教会のために、特に東京の教会のためにお祈りさせていただきます。
洗礼者ヨハネの出現を伝えるルカ福音は、イザヤ書を引用しながら、ヨハネが救い主の先駆者であることを教えています。洗礼者ヨハネは「荒れ野」で、「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」と叫ぶ声だと記されていますが、その響き渡る声によって、「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」と福音は記します。
わたしたち教会も、現代社会という「荒れ野」に生きています。いのちを奪う暴力がはびこり、戦争が続き、利己的な価値観が支配する、「いのちの荒れ野」に生きています。その現代の「いのちの荒れ野」のただ中にあって、教会は「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」と呼びかける声であり続けたいと思います。
枢機卿がいただく正装の色は深紅です。それは福音のために殉教すらいとわないという決意を象徴しています。ですからわたし自身が教会の先頭に立って、現代社会に向かい、「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」と叫ぶ覚悟を持たなくてはなりません。同時にそれは教会全体の務め、すなわちキリストに従う皆さんとともにある教会の務めです。
教皇フランシスコは、使徒的勧告「福音の喜び」の終わりに、「聖霊と共にマリアは民の中に常におられます。マリアは、福音を宣べ伝える教会の母です」と記しています。
その上で教皇は、聖母マリアは、福音宣教の業において「私たちとともに歩み、ともに闘い、神の愛で絶え間なく私たちを包んでくださる方です」と指摘されています。
聖母マリアは。この「命の荒れ野」のただ中に立つ教会と歩みを共にしてくださいます。共に闘ってくださいます。傷ついた私たちを神の愛で包み込んでくださいます。私たちと共に、「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」と叫ぶ声になってくださいます。
共に歩んでくださる聖母の取り次ぎに信頼しながら、これからも共に、荒れ野に響きわたる先駆者の声であり続けましょう。
(編集「カトリック・あい」)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
また統合の日をもって、カトリック千葉寺教会の土地建物は、カトリック東京大司教区本部事務局が管轄するものとし、教会活動のすべてを、カトリック西千葉教会に移管します。
2017年11月28日、ネピドー(ミャンマー)でのフランシスコ法王とアウンサン・スー・チー氏。(EIDON/MAXPPP)

英国営BBCによると、8月5日、マウンドーの町ナフ川岸付近で、非武装のロヒンギャの人々が爆弾攻撃を受けた。被災者たちはBBCの取材に、「爆弾のほとんどは無人機から落とされ、迫撃砲や銃も使われた」と語った。
攻撃は、ミャンマーのラカイン州の大部分を支配しているミャンマー最強の反政府武装組織、アラカン軍によって行われ、まず集落が襲われ、住民たちが川に逃げようとして、また襲われた、という。
BBCのビデオには、川岸が血まみれの死体で覆われている様子が映っており、その多くは女性と子供だった。目撃者によると、この攻撃で最大200人が殺されたとみられるが、アラカン軍のスポークスマンはBBCに対し、「事件は我々が支配する地域では発生していない」と自軍の関与を否定した。
・・・・・・・・・・・
ロヒンギャ族は仏教徒が多数派を占めるラカイン州に住むイスラム教徒の少数派で、長い間抑圧と差別を受け、1982年以降は、ミャンマーの市民権さえ与えられなくなっている。バングラデシュのキャンプにいるロヒンギャ族のほとんどは、ミャンマーのラカイン州で反政府勢力による一連の攻撃があった後、国軍が掃討作戦を開始した2017年8月以降にミャンマーから避難してきた人々。2021年2月にミャンマーで起きた軍事クーデターで、彼らに対する国軍、さらに反政府勢力による抑圧はさらに増した。

・・・・・・・・・
「教会の使命のさらなる展開のために」 教区本部事務局長 浦野雄二 東京教区ニュース412号
千葉寺教会と西千葉寺教会は、2025年に統合されることになった。二つの教会は、来年度以降、西千葉教会を信仰生活、宣教活動の拠点として、新たな歩みを始める。両教会の統合によって、千葉地区の宣教が強化されていくことが期待されている。
二つの教会の統合ということは、ある意味で画期的なことである。それぞれの働きを集約して、託された使命に応じようとする、積極的な決断ということができる。
今年の待降節第一主日(12月1日)に西千葉教会で、統合スタートのミサが予定されている。この日で、全てが西千葉教会に集約されてしまうわけではなく、最終的な統合の完了には、しばらく時間が必要となるが、統合に向かっての準備の報告も発信してもらいながら、両教会の積極的な決断を、側面から支援し、見守っていきたい。
・・・・・・・・・
