・ロヒンギャ難民キャンプ大火災、被災者3500人、国連機関やカリタスが救援

2021年1月17日

・コロナ緊急事態宣言を受けた日本の教会、教区により対応に差

(2021.1.15 カトリック・あい)

 新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化する中で、政府は13日までに東京、大阪など1都2府8県に緊急事態宣言を出した。これに対して日本のカトリック教会もミサなど典礼の規制を強化しているが、公開ミサについては、緊急事態宣言が出された都道府県を管轄する教区によって、教区長判断で、厳重に感染防止策をとったうえで、条件付き継続、教区内一律中止、地域に限定して中止など対応が分かれている。

 コロナ対応については、カトリック司教協議会が昨年11月1日付けで、ミサ典礼や教会活動に関するガイドラインを出している。それによれば、「国内において感染症の感染が拡大し、行政による緊急事態宣言や営業・移動の自粛要請が出された段階では、会衆が参加するミサの中止」を原則としつつ、ガイドラインを機械的に適用するのでなく、「教区・地区・小教区の地域性や状況を考慮し、適応させる」こと、としていた。

 15日現在で、政府の緊急事態宣言を受けた対応を、1都2府8県を管内に持つ教区の教区長名で、公開ミサの判断について、インターネットで教区内の教会、信徒に通知している情報をもとにまとめると、以下のようになる。

 *東京教区(東京都、千葉県)=聖堂内で、前後左右に最低でも1㍍の距離を保つことが出来ない場合、ミサ中に充分な換気が出来ない場合、感染対策に対応するための奉仕者を充分に確保できない場合は、公開ミサ、あらゆる典礼を中止。

 *さいたま教区(埼玉、栃木、群馬、茨城各県)=緊急事態宣言が出た埼玉県だけでなく、栃木、群馬、茨城県を含む教区全体で公開ミサを平日含めすべて中止。

 *名古屋教区(愛知、岐阜、石川、福井、富山各県)=聖堂では、間隔を空けて座るようにし(1メートルが目安)、人数制限をする。窓やドアを前後、はすかいに開けるなど、効果的に換気する、などが、難しいと主任司祭が判断する場合は、公開ミサ中止。

 *京都教区(京都府、滋賀、奈良、三重各県)=京都南部4ブロックの公開ミサ休止継続。他のブロックも、各自治体のコロナ感染対策の変動に応じて随時、公開ミサを休止。

 *大阪教区(大阪府、兵庫、和歌山各県)=基本対策(手指消毒、マスク着用、換気、連絡先把握、歌わない、発声をなるべく控える、可能なら2メートル少なくとも1メートルの距離をとって座る、などに加えて入堂時に検温をする)を徹底することが、きない場合(物理的な面だけでなく、対策をとる上で役員や担当者に過度な負担がかかる場合なども含む)や、それぞれの場所の事情がある場合は、公開ミサ中止。

 *福岡教区(福岡、佐賀、熊本各県)=福岡県内で公開ミサを中止。県独自の緊急事態宣言を14日に出した熊本県内も公開ミサ中止。

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 なお、政府の緊急事態宣言が13日に出された神奈川県を管内に持つ横浜教区(神奈川、静岡、長野、山梨)は、従来から司教協議会のガイドラインを流しているだけで、教区長としての判断はなく、各教会の主任司祭などに判断を任せている。今回の非常事態宣言を受けて教区事務局から出されたのは、各教会主任司祭あての「1月26日の司祭月修」の中止連絡のみ。

 また司教協議会会長が教区長を務める長崎教区(長崎県)は、1月10日と17日の主日ミサの公開ミサ(週日のミサを除く)を中止。18日以降については、県内の動向を注視しながら判断する、としている。

 

 

 

 

*横浜教区 1.14

・日本のカトリック教会における感染症対応ガイドライン(2020年11月1日 日本カトリック司教協議会)を流しているのみ。緊急事態宣言後も、14日の「今月の司祭月修中止連絡のみ。

・横浜教区本部事務局 事務局長 保久 要より  今月の月修〔1/26(火)〕について・・ 1 月 8 日~2 月 7 日までの間、神奈川県には非常事態宣言が出されておりますので、今月の月修〔 26 日(火)〕は中止といたします。次の司祭の集まりは 3 月 31 日(水)の聖香油ミサとなります。実施方法については、もう少し時期が近づいてから判断することになると思います。

 

・手探り状態での対応とはいえCOVID-19パンデミックを通して学んだことを整理し、同様の未知のウイルスなどによる感染症が発生した場合のリスクマネジメントについて、(司教協議会が)ガイドラインを定めることにしました。これをもとに、教区・地区・小教区の地域性や状況を考慮し、適応させてください。

(国内における感染症の感染拡大:国内において感染症の感染が拡大し、行政による緊急事態宣言や営業・移動の自粛要請が出された段階⇒○会衆が参加するミサの中止(会衆が参加しないミサはできる)。全ての信徒に対するミサ出席義務免除。○原則として、上記のミサを除く全ての教会活動の中止。○秘跡 洗礼、結婚、ゆるし:延期・病者の塗油:緊急性のある場合のみ、十分な感染症対策をとって行う。○葬儀 遺族と相談の上、十分な感染対策を行えば可能。*火葬のみ済ませ、葬儀は後日行うことも検討

 

*名古屋教区 1.14 松浦悟朗司教

・1 月 7 日に政府は首都圏の1都3県に対して緊急事態宣言を発出し、本日、さらに愛知県と岐阜県を含む7府県に緊急事態宣言が出されました。期間は1 月 14 日から 2 月 7 日までの間で、その間さまざまな自粛要請が出されています。今回の宣言に対して名古屋教区としてはこの期間、昨年のように一律にミサを中止することはしませんが、これまでの対策を徹底することを前提に、以下のことを(特に下線の部分)重点的に実行するようにお願いします。それが難しいと判断される場合は、ミサを中止してください
・換気の徹底:聖堂では、間隔を空けて座るようにし(1メートルが目安)、人数制限をする。窓やドアを前後、はすかいに開けるなど、効果的に換気する。・聖歌と司祭と信徒の応唱について: 聖歌は全員で歌わない。独唱とするかオルガン奏楽のみとする。典礼を豊かにするためにオルガンをできるだけ活用する。* 唱える部分についても全員で唱えず、先唱者のみとする。司祭と先唱者だけの応唱とする。答唱詩編などは、先唱者と朗読者が交互に唱えることができる。

・小教区によって、近隣の感染状況や聖堂環境を徹底できないなどの理由からミサが難しいと判断される場合、司祭と小教区評議会(あるいは役員)が相談の上、中止することができる。

 

*長崎教区  2021年1月7日(木)

・長崎地区3地区の地区長たちと連絡を取り合い、長崎地区の全小教区に対して、

・1月4日に通達した「主日のミサ参加義務の免除」はそのまま1月いっぱい与える。2月以降は1月の動向を見て判断。新型コロナ感染症への個別の対応は、今後も各小教区の主任神父様、地区の神父様方の判断を尊重しながら対応

 

。その場合、司祭は「主日ごとに…自己にゆだねられた民のためにミサを捧げる義務を有する」(教会法535条第1項)のですから、小教区の信者のために個人的にミサを捧げてください。

 

 

*京都司教区 1月11日

 ・京都府・奈良県・滋賀県・三重県別のミサ等休止について カトリック京都司教✙パウロ 大塚喜直

  新年を迎えましたが、全国 的に新型コロナウイルスの感染が爆発的に拡大しています。政府は1月8日 から、首都圏(1都3県)に緊急事態宣言を発出しま した。京都教区の京都府、奈良県、滋賀県、三重県、さらに大阪大司教区の大阪府、兵庫県、和歌山県の関西一 円において、新規感染者数が急増し、医療現場の状況が悪化しています。

  ・
・ミサの受付や除菌作業が、役員や限られた信徒に集中しないように、司祭は配慮してください。
必要な奉仕者が確保できない場合は、ミサ休止を判断してください。 

2021年1月15日

・故ペトロ岡田武夫名誉大司教追悼ミサ、献花・お別れ延期に

(2021.1.10 カトリック・あい)

 カトリック東京教区が1月19日に予定していた故ペトロ岡田武夫名誉大司教追悼ミサ、献花・お別れが延期されることになった。新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化し、政府が東京都などに緊急事態宣言を出したのを受けたもの。

 代わりの日時については、現段階において未定。感染状況や政府の宣言を巡る動きなどを見つつ、改めて日程を決める方針。

2021年1月10日

・1月31日は「世界こども助け合いの日」-テーマは「あかしする子どもたち」

(2021.1.8 カトリック中央協議会ニュース)

「世界こども助け合いの日」を前に

 毎年、1月の最終日曜日(2021年は1月31日)は、「世界こども助け合いの日」と定められています。多くの皆さまのご理解とご協力によって、カトリック教会のみならず、カトリック系の学校、幼稚園、保育施設、認定こども園の生徒や児童の皆さん、保護者の方々からも暖かいご支援をいただいております、心から感謝申し上げます。

 教皇庁宣教事業・児童福祉会ローマ本部は、2021年の世界共通テーマに「あかし」を提案しました。これを受けて今年の「世界こども助け合いの日」のテーマは「あかしする子どもたち」です。新型コロナウイルスの世界的大流行を受けて、子どもたち、若者、家庭を取り巻く環境は著しく変化しています。

 ソーシャル・メディアを用いた新しい活動が模索される中、子どもたちが自分たちの方法で、神さまの愛をあかしし、すべての人と美しい友情を育てていくことができますように願っています。教皇フランシスコも「あなたがたの間の友情をあかししてください。友情は可能です」と若者に呼びかけてくださいました(『すべてのいのちを守るため 教皇フランシスコ訪日講話集』より)。

 今回のポスターの原画は、カトリック美術作家のすずらんさんが、テーマを黙想しながら描いてくださいました。絵のタイトルは「陽だまり(sole positivo)」。子どもがもっている明るさやたくましさが強調されています。教会の典礼色も意識され、緑は、子どもの日常とあどけなさを表し、失敗や間違いがあっても子どもらしく立ち向かって欲しいという願いが込められています。

 赤は、キリストの御血の色ですが、何か新しい出来事が生まれる時に犠牲が伴うことが伝えられます。手にもっているキノコの白は、復活、神さまの栄光です。パンデミックの困難があっても、子どもたちが未来に向かって、明るく、元気に、成長してほしいというわたしたちの願いが重なっています。

 昨年、皆さまから寄せられた献金総額は4754万1928円でした。今年は、ブルンジ、ガーナ、ザンビア、ナイジェリア、リベリア、タンザニア、バングラディッシュ、インドの各国に合計4374万2881円を援助させていただきました。世界中の子どもたちのあかしに心を留め、心とからだの健全な成長が促されますように皆さまのお祈りとご支援をよろしくお願いいたします。


※ご献金の集約先は各教区の本部事務局です。どうぞよろしくお願いいたします。

教皇庁宣教事業 日本代表 門間 直輝

2021年1月9日

・東京教区が政府の緊急事態宣言受けた対応策

021年01月07日

(2021.1.7 カトリック・あい)

 政府は7日、緊急事態宣言を発令、1か月にわたって集中的な新型コロナウイルス対策を講じると発表したが、これを受けて、カトリック東京教区は以下の対応策を各教会、司祭、信徒に通知した。全文次の通り。

【日本政府の緊急事態宣言再発出を受けて】

1:聖堂内で、前後左右に最低でも1㍍の距離を保つことが出来ない場合、公開ミサを行うことは出来ません。また、ミサ中に充分な換気が出来ない場合も、公開ミサを行うことは出来ません

 聖堂内で距離を確保するための具体的な方法について、主任司祭の指示に従ってください。また、ミサのある教会を求めて移動することをお控えください。ご自分の所属教会、または共同体の一員となっている教会の指示に従ってください。なお小教区は、感染が発生した場合に保健所の要請に応えるため、ミサ参加者の情報を把握します。情報の取り扱いには注意し、後日破棄します。

2:ミサ後などに聖堂から退出する際、「密」とならないように、順序よく退堂したり、あいさつや立ち話を避けるなどの対応をお願いします。

3:ミサに参加されている際には、聖歌の歌唱など声を出すことを極力自粛されてください。また会衆や奉仕者、司式者、聖歌隊にあっても、マスクの着用を徹底してください。加えて聖歌隊奉仕がある場合はマイクを活用するなどして、できる限り少人数で、離れて歌唱するように工夫されてください。

4:聖体拝領の直前に、拝領する方々の手指を、必ず消毒してください。

5:年齢制限には困難があるため、改めての年齢制限はいたしませんが、75歳以上の方や基礎疾患をお持ちの方にあっては、できる限りご自宅でお祈りください。主日のミサの義務については、東京教区のすべての方を対象に、当分の間、免除いたします。

6:それぞれの小教区の実状には大きな相違がありますので、判断は主任司祭に委任しますが、ミサにおける受付や登録、消毒作業などで、多くの信徒の方が奉仕してくださっています。中には大きな不安を抱えておられたり、またご家族に高齢の方や基礎疾患をお持ちの方があるなど、困難を感じながら奉仕してくださる方もおいでだと思います。そういった信徒の方々の事情を勘案して、感染対策に対応するための奉仕者を充分に確保できない場合は、公開ミサを中止にしてください。

7:  ミサ以外については、小教区運営に関する最低限不可欠な会議を除き、教会におけるすべての会議、会合、集い、勉強会などを、当面の間、中止またはオンラインとしてください

8:  ゆるしの秘跡については、衝立を使うなど飛沫感染に留意して下さい。フェイスシールドはマスクの代わりにはなりません。フェイスシールドを使う場合でも、マスクを併用ください。なお3月26日付の、「一般赦免に関する使徒座裁判所内赦院からの通達に関して」の公示は、現在も有効です。

付記:75歳以上の司祭にあっても、司式や聖体授与を行って構いません。聖体を授ける司祭や臨時の奉仕者は、必ず直前に手指を消毒し、マスクを着用してください。信徒の方に「聖体授与の臨時の奉仕者」をお願いすることも、主任司祭の判断にゆだねます。

2021年1月7日

カトリック東京大司教区が新宣教司牧方針発表

(2020.12.30カトリック・あい)

 東京大司教区が29日、二年にわたって信徒たちの意見などを聴いて準備して来た新宣教司牧方針を発表した。基本理念を説明したうえで、「宣教する共同体」、「交わりの共同体」、「すべてのいのちを大切にする共同体」が宣教司牧方針の三本の柱を立て、それぞれについて具体的な提案を行っている。

【東京大司教区・宣教司牧方針】

 

はじめに  菊地功・東京大司教

「多様性における一致」というモットーを掲げ、東京大司教区の教区司教として着座してすでに 3 年が過ぎました。この間、東京大司教区の信徒の皆さんと共に道を歩んでこられたことに感謝いたします。とりわけ、今年、2020 年は新型コロナウイルス感染症拡大のため、社会も教会も大きな影響を受けました。東京大司教区の宣教司牧方針に向けた小教区、修道会、活動団体からの意見の取りまとめにもその影響が及んだことは大きな打撃でもありましたが、この機会に、教会のありようについてわたしなりに理解を深められたのは神からの恵みであったと思っています。

 これまでの歩みを踏まえて、さらには社会の現状を考慮して、このたび東京大司教区の宣教司牧方針を策定いたしましたので皆さんにお届けいたします。これは、わたしたちの教区のこれからの歩みを方向づける指針となりますので、この宣教司牧方針を身近な方々と分かちあい、学びあうことをお勧めします。このようにして宣教司牧方針が、皆さんの信仰生活にとって大切なものとなることを期待します。

 

宣教司牧方針へのまねき

 

◉◉わたしたちの責務◉◉

 現代社会は大きく変化しています。日本の社会も変わりつつあります。人々の暮らしもかつてと比べると様変わりしました。変化するこの世にあって、わたしたちの教会は主イエス・キリストの福音を伝える責務を担っています。また、社会の中で意識せずとも福音的な価値観で生きている方々との出会いを重ね、喜びを分かち合っていく義務もあります。

 

◉◉今の時代を概観して◉◉

 「交わり」の喪失

 現代社会は「交わり」を欠きつつある社会です。個人の幸せが追求されるあまり、排他的な社会となりました。その結果、社会的な弱者が生まれました。障がいをもった方々、外国籍の勤労者といった人々は「交わり」から排除されつつあります。多くの人々が貧しさの中であえいでいます。とりわけ、子どもたちと高齢者の貧困は大きな問題と言えるでしょう。さらに、わたしたちが生きていく上での「共通なもの」を失いつつあります。地域の人のつながり、信頼のうえに成り立つ小共同体、家族の間に生まれる愛の関係は希薄になりつつあります。多くの人々が孤独と寂しさの中で生きています。

多様化する社会

 個人の幸せが求められる社会でありながらも、その一方で社会は多様化しています。性、言語、文化、習慣、伝統の違いが多様な生き方、多様な暮らし方を求めていきます。自分とは違う隣人、自分とは異なる考えの人とどのように共に生きていくのかがこれほど求められている時代はいまだかつてあったでしょうか ?

地球環境の危機

 大地や海、天候や動植物といった人類にとって大切な「共通なもの」が汚され、変化し、場合によっては消滅しつつあります。「見よ、それは極めて良かった」(創1 章 31 節)と、神はよいものとして被造界をお造りになりました。神が創造されたものを、人間の手で消滅させてはなりません。

 

◉◉教会の取り組み◉◉

 多くの人々がわたしたちカトリック教会に期待をしているのではないかと思います。小教区共同体には司祭がいる、聖堂が日中は開いていて自由に出入りできる、日曜日には祈る人々が集っているというわたしたちの日常の姿は、「交わり」を欠きつつあるこの社会に対してのアピールとなりますし、人々もカトリック教会には何かがあると期待しているのだと思います。そ
れは、恐らくわたしたちの教会の中に「交わり」があるからです。60 年前、第二バチカン公会議は「教会とは、神との親密な交わりと全人類一致のしるし、道具である」(『教会憲章』1 参照)と教会を規定しました。

 教会において人は神と出会い、神との「交わり」の体験をするのです。出会いと「交わり」は一致へと向かいます。教会にこそ多様な立場を乗り越えたところの一致が生まれるはずです。教会には「交わり」の神秘が存在するのです。

 ナザレのイエスは、父から託された使命を果たすにあたって 12 人の弟子を召し出し、宣教活動の協力者とされました。12 人の顔ぶれは多様性に満ちています。使徒言行録 6 章には、この 12 人が 7 人の協力者を選び出すエピソードが描かれていますが、この 7 人の協力者の顔ぶれも興味深いものです。イエスの中には異なるものを一つに集める意図がありました。キリスト者はここにイエスが教会に託された役割を感じ取る必要があります。

 教皇フランシスコは、回勅『ラウダート・シ』において「わたしたちが経験している環境上の課題とその人間的な根源は、わたしたち皆に関係し、影響を及ぼすものであるゆえに、あらゆる人を含む検討が必要です」(14)と訴えています。

 地球環境の危機は現代社会のゆがみの反映でもあり、すべての被造物の生活の基盤が脅かされている状況は、神の創造に対する人間のおごりでもあります。人間のエゴイズムで他の被造物を苦しめてはならないのです。また、地球環境をこれ以上悪化させてはならないのです。「みことば」に基づく生活、おカネやモノではなく神に基盤をおく生活が求められています。とても大きな課題ではありますが、キリスト者以外の方々との協力の始まりとなりうるものでもあります。

◉◉宣教司牧方針に対する共通の認識◉◉

 今回、宣教司牧方針を策定するにあたって、わたしは教皇ベネディクト十六世のことばに力をいただきました。「教会の本質は三つの務めによって表されます。神のことばを告げ知らせること、秘跡を祝うこと、愛の奉仕を行うこと」(回勅『神は愛』 25 参照)。三つの務めは互いに関係しあいます。神のことばを告げ知らせる宣教の前提に秘跡を祝う共同体がなければなりません。秘跡を祝う共同体は愛の奉仕へと突き動かされていきます。愛の奉仕は、主イエス・キリストの生き方を実践することなのです。ですから、この三つの務めをわたしたちの教会がないがしろにしてはならないのです。この三つの務めを行うために、「宣教する共同体」、「交わりの共同体」、「すべてのいのちを大切にする共同体」を造ってまいりましょう。

 この宣教司牧方針を発布するにあたって、皆さんと共通の認識を持ちたいと願っています。まず、共同体についてです。東京大司教区内には数多くの信仰の共同体がすでに存在しています。一番の基礎となるのは「小教区共同体」です。しかし、それ以外にも修道会などによる「信仰共同体」も存在します。宣教司牧方針が関連する範囲は教区内にあるすべての「小教区共
同体」と「信仰共同体」です。

 第二に東京大司教区を構成する人々を考えてみましょう。司教がいます。司教のもとにある司祭団がいます。司祭団のメンバーは教区内にいる教区司教から認められた司祭たちです。各種男女の修道会があります。そして信徒の皆さんがいます。これらが有機的に結び合わされて教区を構成しています。一つでも欠けてしまったら教区となりませんし、司教と司祭団との結びつきがない団体なり個人は教区の構成員とは呼べないのです。

 第三に愛の奉仕について眺めてみると、様々な愛の奉仕がすでに実践されていますが、修道会などが行う各種事業体と信徒などが中心におこなうボランティア活動があります。小教区共同体での活動も愛の奉仕と呼べます。信徒が個人で人々と共に行うボランティア活動も信徒による愛の奉仕の一環と見なすことができるでしょう。

 

【実施をめざして】

 

 前述の通り、「宣教する共同体」、「交わりの共同体」、「すべてのいのちを大切にする共同体」が宣教司牧方針の三本の大切な柱となります。このなかで呼びかけのことば(〜しましょう)で結ばれている文章は、教区内のすべての皆さん(司祭、修道者、信徒)へのお願いです。断定のことば(〜します)で結ばれている文章は司教であるわたしと、教区全体の決意と努力目標です。つまり、この宣教司牧方針は東京大司教区を構成するすべての人々と諸機関に向けられたものです。そして、今後 10 年を目途に実施のための取り組みを行い、10 年後に評価と反省を試みて、教会のさらなる発展に寄与していきたいと考えています。

 

三つの柱 ①宣教する共同体 ②交わりの共同体 ③すべてのいのちを大切にする共同体

 「わたしはいつもあなたがたと共にいる」(『マタイによる福音書』28 章 20 節)。弟子たちを派遣なさった主イエス・キリストのことばに信頼をおきましょう。これは、主の約束のことばであり、高波の中で漕ぎ悩むわたしたちの教会を力づけるいのちのことばでもあります。

 東京大司教区の宣教司牧方針の三つの柱、①「宣教する共同体をめざして」、②「交わりの共同体をめざして」、③「すべてのいのちを大切にする共同体をめざして」は変動するこの世にあって、わたしたちがこころを合わせて向かっていく方向を示しています。そして、その三つの柱は互いに関連しあっています。

 「宣教する共同体」は「義人アベルから最後に選ばれた人に至るまで」ご自分のもとへと集めようとなさる天の御父の救いの想いを反映しています(『教会憲章』2 項参照)。 「交わりの共同体」は神と人、人と人の和解のために十字架へとつけられた御子の生きる姿を映し出します。「すべてのいのちを大切する共同体」は「主であり、いのちの与え主」(『ニケア・コンスタンチノープル信条』参照)である聖霊の働きによって成立します。ですから、この宣教司牧方針は三位一体の神のお姿をこの世にあらわしていくものなのです。

 

①宣教する共同体をめざして

 信仰の共同体は神の国の福音をこの世に伝えるためにあります。教会もまた、宣教を目指す存在です。現在、東京大司教区には 70 を超える小教区共同体が存在します。また、各修道会の共同体も多数存在します。これらの信仰共同体があるということは、地域の人々に、社会に、そしてこの世に対しての宣教の基盤がすでに存在していることになります。今あるものを十分に生かしながら、また場合によっては宣教の拠点を新たに設けながら、主イエス・キリストの福音をさらに伝えていきましょう。

 みことば : 全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい(『マルコによる福音書』16 章 15 節)。

 すべての被造物へと向けた福音宣教であることに注目してください。宣教する共同体はキリスト者を増やすことだけが目的ではありません。すべての被造物が神の恵みの中に生きることを目指します。すべての被造物が主イエス・キリストの救いのわざにあずかり、天の御父のもとに秩序づけられ、お互いに深い関わりの中にあるようになったら神の国は完成を迎えるでしょう。神の国の完成を目指して、わたしたちは福音を伝えていくのです。

*取り組み

 宣教司牧評議会の活性化:宣教司牧評議会を通じて、司教、司祭、修道者、信徒が、それぞれの多様性を認めつつ、東京大司教区として一致していくよう取り組みます。

 司祭団のより堅固な結びつき:東京大司教区では多様な司祭たちが宣教と司牧の務めに従事しています。主キリストと共にある司祭たちは教区司教を中心に強い結びつきを築くように努力します。

 また、小教区共同体における司祭と信徒との関わりを明確にするために「小教区運営に関する規約基本要綱」を作成し、実行します。

 宣教協力体の再編成:すでに東京大司教区では宣教協力体を構築し、近隣の信仰共同体が協力しあう体制を実施してきました。もう一度、宣教協力体の意義と目的を明確にして、現状に見あった宣教協力体へと再編成していきます。

 「愛の奉仕」のネットワーク化:福音宣教は人々に仕えるという「愛の奉仕」を通じても実現されます。これまでも教区と各信仰共同体が愛のわざを実践してきました。それぞれの活動をさらに豊かにしていくために以下のような取り組みを行います。

 教区カリタスの創設:これまでも教区で、小教区共同体、その他の信仰共同体は様々な「愛の奉仕」を実践してきました。特にCTIC を中心とした外国籍の方々への関わりには大きな実りがあったと思います。一人ひとりの働きは小さくとも教区単位でまとまれば大きな実りとなります。様々な愛の奉仕を結び合わせ、教区が愛の奉仕の実施主体となるために教区カリタスを創設します。

 修道会協議会の設立:各種男女の修道会は高齢化と人員不足に悩んでいます。それでも、修道会が示す「愛の奉仕」のミッションは大きな影響を教会と社会にもたらします。東京大司教区内の修道会が連携するような修道会協議会の設立に着手します。

 ミャンマーの人々と共に:東京大司教区はミャンマーの教会の人々への援助をしてきました。それはかつてわたしたちの教区が同じ敗戦国のドイツから援助をいただいたお返しでもあります。今後も援助は続けていきますし、教区の皆さんはミャンマーの兄弟姉妹のことを忘れないでください。

 諸施設へのチャプレンの派遣:制度上の壁もあり、教会が実施している各種の「愛の奉仕」や学校事業に対しては、積極的に関わることが難しいのが現状です。しかしながら、イエスの愛のこころを人々に伝えるために諸施設等にチャプレン(宗教担当者)を派遣することを模索します。

 

②交わりの共同体をめざして

 三位一体の神は「交わり」の神です。教会の本質は「交わり」です。信仰の共同体の中に生じる「交わり」は父と子と聖霊の交わりの神の写し絵です。「交わり」を造りあげ、それを豊かにしてくれるのがわたしたちの共同体でそれぞれに執り行われる典礼です。多様化した社会にあって、多くの人をわたしたちの「交わり」へと招き入れることができるようにしていきましょう。「交わり」の中でこそ、信仰は育まれ、救いと喜びが訪れるのです。

 みことば : 彼らは大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた(『ルカによる福音書』24 章 52-53 節参照)。

 ルカ福音書には賛美する人々の姿、共に喜ぶ人々の姿がしばしば登場します。わたしたちの信仰は「賛美」と「喜び」に彩られています。そのどちらも人間の想いで始まったのではありません。天上の教会では主イエス・キリストを中心に聖母マリア、諸天使、諸聖人、そして地上のいのちを終えたすべての被造物が天の御父を「賛美」し、「喜び」に満たされています。その「賛美」と「喜び」の声に合わせて地上の教会のわたしたちも神を「賛美」し、いのちの「喜び」を共同体と共に表すのです。

 典礼と祈りは「賛美」と「喜び」の時であり場面です。共同体の行為です。ともすると個人的な信仰と信心に陥りがちなわたしたちにとって共に「賛美」し、共に「喜び」合う共同体の姿は交わりの共同体の理想となります。

*取り組み

 より豊かな典礼と祈り:教区典礼委員会を拡充し、教区全体で典礼の豊かな体験を目指していきましょう。近年、病気や高齢、勤労を理由に小教区共同体の典礼に集えない方々が増えています。このような方々への配慮を大切にしましょう。数々の霊性運動体については教区と教区司教の指導に従ってください。個人的な信仰や信心ではなく、「交わり」を大切にする信仰へと深まっていきましょう。

 信徒の生涯養成:信仰を深める機会を多く造りましょう。とりわけ新しく洗礼を受けた方々へのフォローアップはぜひ必要です。

 教区カテキスタ制度:すでに教区カテキスタ制度は実施され、少しずつ実りが生まれています。さらに充実させましょう。

 外国籍の信徒への司牧:東京大司教区内には多くの外国籍の信徒がいます。その子どもたちもいます。彼らの住む地域にある小教区共同体との交わりを豊かにするようにしましょう。

 社会的弱者、社会的マイノリティーとの連携:社会の変化は、より弱くされた人々を生み出します。多様化する社会の中で多くの人々を受け入れる小教区共同体となりましょう。

 経済問題の解決:それぞれの信仰の共同体が自分たちの将来を見すえて、責任ある財貨の管理を行ってください。教区としては「経済問題評議会」の助言を受けながら責任ある資産の運用管理に努めていきます。

 また、信徒の皆さんのおかげで司祭たちの生活は支えられています。これまでの皆さんのご協力に感謝します。今後は、特に高齢を迎えて第一線を退いた司祭たちのことも心に留めてください。

 

③すべてのいのちを大切にする共同体をめざして

 社会の多様化の中で、より小さないのち、より弱いいのちがないがしろにされつつあります。神からいただいたいのちを大切にし、それぞれのいのちを尊重しあう共同体をめざしましょう。

みことば :「貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいる」(『ヨハネによる福音書』12 章 8 節)。

 エルサレムに入城する前のベタニアでの出来事で、主イエス・キリストはこのようにおっしゃいました。社会の多様化と変化は貧困を生み出しています。教会は人生に成功した者のためだけにあるのではありません。苦しみ、哀しみ、痛みを抱えた人々が兄弟姉妹となっていく共同体です。貧しい人々の教会です。わたしたちは社会の中で人生を一度に変えてしまうような出来事に直面していきます。多くの人々もそんな出来事に押しつぶされそうになっています。苦しむ人、悲しむ人、貧しい人々と兄弟姉妹となる共同体となっていきましょう。

*取り組み

 パンデミックへの対応:新型コロナウイルス感染症の拡大は、わたしたちの社会、教会、家庭に大きな影響を与えました。今後、このようなパンデミック(感染爆発)に対して、教区と教区司教主導で取り組んでいきます。

 大規模災害への備え:東日本大震災から 10 年を迎え、教区内に災害対応チームを設立しました。地域の人々と共に災害への備えに取り組みましょう。

 正義と平和そして環境保全への取り組み:正義と平和の実現は、すべてのキリスト者に神から与えられた使命です。特定の人々とグループだけに任せるのではなく、それぞれの小教区共同体、信仰共同体で自分たちの実状にあった正義と平和、そしてエコロジーへの取り組みを模索してください。

 

おわりに

 聖母マリアへの祈り

 最後に、新しい宣教司牧方針に基づいて行動するにあたって、わたしたちの母であり、教会の母である聖母マリアへ祈りをささげましょう。聖母マリアが備えている正義と優しさ、観想と他者へと向かう歩みは、福音を宣教する教会の模範となります。「マリアに願います。母としての祈りを通して、わたしたちを助けてください。教会が多くの人の家となり、すべての民の母となって、新しい世界を誕生させることができますように」(教皇フランシスコ、使徒的勧告『福音の喜び』288 項)。

聖なるおとめマリアよ、あなたは聖霊に促され、いのちのことばをその謙虚な信仰の奥底に受け入れ、永遠なるかたにご自分を完全にゆだねられました。

 わたしたちも「はい」といえるように助けてください。わたしたちに今、復活した者としての新しい熱意を与えてください。

 死に打ち勝ついのちの福音をすべての人にもたらすために。わたしたちに新たな道を探す真の勇気を与えてください。消えることのない美の恵みをすべての人に届けるために。

 愛の母、永遠に続く婚姻の宴の花嫁であるマリアよ、どうか教会のために執り成してください。

 教会が決して自己に閉じこもることなく、歩みを止める新しい福音宣教の星であるマリアよ、交わり、奉仕、熱く惜しみない信仰、正義、貧しい者への愛、こういったあかしをもって教会が輝くことができるよう助けてください。

 いのちをもたらす福音の母よ、小さき者の喜びの泉よ、わたしたちのために祈ってください。

 あなたはいつもわたしたちと共に歩んでくださいます。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

(教皇フランシスコ、使徒的勧告『福音の喜び』より、一部変更)

 

2020年12月30日

・カトリック大分教区のパウロ濵口末男司教が帰天

(2020.12.30  カトリック・あい)

 大分教区の浜口末男司教が、12月28日午後5時1分、悪性黒色腫のため大分大学医学部附属病院にて帰天された。72歳。

 浜口司教の永遠の安息のためにお祈りください。

*浜口末男司教の略歴:1948年 8月 1日 長崎県生まれ、1975年 3月19日に司祭叙階、2011年 3月25日に大分教区司教に任命、同年 6月26日に司教叙階、2020年12月28日帰天

*葬儀などについて(大分教区ウェブサイトより)

 通夜: 12月29日(火)18:30 大分カトリック教会 ※司祭団のみで行います。参加司祭は祭服をご持参ください。

 ・葬儀ミサ・告別式: 12月30日(水)11:00 大分カトリック教会 *参列は、司祭団、各小教区代表1名、各修道会・宣教会代表1名のみでお願いします。
>葬儀ミサのライブ配信はこちら

追悼ミサ・献花とお別れ式:2021年1月11日(月)11:00 大分カトリック教会 *参列は、司教団、司祭団、各小教区代表、各修道会・宣教会代表 ※13:00~16:00の間、お別れはどなたでもできます。

【お願い】
・基礎疾患をお持ちの方、体調の悪い方は、ご遠慮下さい。 ・参列の場合は、必ずマスクを着用してください。・参列される方は、降雪情報にご留意下さい。
・新型コロナの感染状況によっては大幅な変更がありますことをご了承下さい。その際は「大分教区公式ホームページ」をご覧下さい。

 

2020年12月30日

・教皇フランシスコが岡田名誉大司教の帰天に際して弔文

(2020.12.24 東京教区)

 岡田武夫名誉大司教の帰天にあたり、バチカン国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿様より、菊地大司教宛に教皇フランシスコからの弔意を伝える手紙が届きましたのでご紹介いたします。

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東京大司教 タルチシオ菊地功大司教様

 教皇フランシスコは、ペトロ岡田武夫大司教様の死を悼むとともに、東京大司教区の司祭、修道者、そして信徒の皆様に心からの哀悼の意を表します。岡田大司教様の長年にわたる献身的な司祭職と司教職への感謝の祈りを込めて、教皇は、岡田大司教様の魂を救い主イエスのいつくしみ深い愛に委ねます。 教皇は、復活の希望のうちに天に召された岡田大司教様を悼む全ての人々に、主の平和と慰めのしるしとして、心から使徒的祝福を送ります。

国務長官 枢機卿 ピエトロ・パロリン

2020年12月25日

・ペトロ岡田武夫大司教葬儀ミサ、菊地東京大司教司式で行われる

 ペトロ岡田武夫大司教葬儀ミサ、東京カテドラルにて  動画中継▷

(2020年12月23日の菊地大司教の日記)

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 12月18 日に帰天された東京教区名誉大司教ペトロ岡田武夫大司教の葬儀ミサを、本日12 月23日午前11

時から、東京カテドラル聖マリア大聖堂で執り行いました。

 現在の感染症の状況から、葬儀には、東京教区で働く司祭団と、親族関係者の方々に参列を限定させていただきました。

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 また、年が明けて来年1月19日に、これも参加者は限定となりますが、全国の司教様方もお招きして追悼ミサを行います。その後、同じ1月19日の午後1時から4時の間、聖マリア大聖堂にて献花とお別れのお祈りの時間を設けます。

 密を避けるため、聖堂内に皆さん留まっていただくことは出来ませんが、順番に献花とお祈りをして、岡田大司教様とのお別れをしていただければと思います。この献花とお別れの祈りの時間については、どなたでもおいでいただけます。

 なお岡田大司教様のご遺体に関しては、在宅療養中の大量吐血であったため、救急搬送先の東京医科歯科大学救急救命センターで帰天されましたが、その後PCR検査が行われなかったことから、ご遺体は陽性と同じ取り扱いとなってしまいました。そのため、葬儀に先立って日曜日午後に、立ち会いなしで火葬されています。葬儀のビデオの終わりに、私のあいさつの中で説明しております。

以下、本日の葬儀ミサの説教原稿です。

【ペトロ岡田武夫大司教葬儀ミサ 東京カテドラル聖マリア大聖堂 2020年12月23日】

 人となられた神のみ言葉の神秘という、新しい命の誕生を祝う準備を進めている私たちは、今日、命が与えられることではなく、命が取り去られた事実を目の当たりにして、祈りの内に佇んでいます。東京教区で、そして、さいたま教区で、司教職を全うされたペトロ岡田大司教様は、クリスマスが目前に迫った12月18日昼、御父の御許にお帰りになりました。

 この世の命には始まりがあり、そして終わりがある。しかしこの世の命の終わりがすべての終結ではないことも、私たちは信じています。イエスをキリストと信じる私たちは、神は「イエスを信じ、その御体を食べ、御血を飲む人々を世の終わりに復活させてくださる」のだと確信し、永遠の命に生きる大きな希望を持ちながら、この人生を歩んでいます。

 同時に、「私をお遣わしになった方の御心とは、私に与えてくださった人をひとりも失わないで、終わりの日に復活させることである」と言われたイエスの言葉に信頼し、慈しみ深い神が、その限りない愛をもって、すべての人を永遠の命のうちに生きるよう招かれていることも信じています。

 親しい人とのこの世での別れは悲しいことではありますが、教会は同時に、永遠の命への希望を高く掲げることを止めることはありません。葬儀ミサで唱えられる叙唱にも、「信じる者にとって、死は滅びではなく、新たな命への門であり、地上の生活を終わった後も、天に永遠のすみかが備えられています」と私たちの信仰における希望が記されています。

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 岡田大司教様は、1973年に司祭叙階されてから47年間、司祭としての道を歩んでこられました。1991年には当時の浦和教区、現在のさいたま教区司教に叙階され、2000年に東京大司教として任命され着座されました。その後再びさいたま教区の使徒座管理者を兼任されましたが、2017年10月に76歳をもって引退願いが受理され、教区司教の職を退かれていました。

 帰天されるまでの29年間の司教としての歩みには、特に日本カトリック司教協議会会長として、日本における教会が直面するさまざまな課題に取り組まれ、また聖座との交渉にも、しばしば出かけておいででした。また東京カリタスの家の理事長やロゴス点字図書館の理事長なども兼任され、社会の中で困難に直面する人たちのために力を尽くす姿勢も示してこられました。

 私は2017年12月に東京大司教を引き継ぎましたが、その際に岡田大司教様は、引退されても小教区司牧を手伝いたいと希望されておりました。主任司祭が不在であった本郷教会の小教区管理者として、司牧のお手伝いをお願いいたしました。大司教様はそのとき、これまで忙しくて考えをまとめることも出来なかったので、本を書きたいのだ、と言われていました。

 本郷教会では、小教区の司牧に留まらず、研究会の開催などに取り組まれ、同時にさまざまな思索の断片を、ブログやSNSなどで、積極的に発信されていました。近頃は特に善と悪についての考察を深めておられたように思います。

 今年、2020年1月末に、飲み込みがうまく出来なくなっておられたようで、周囲の勧めで病院を受診したところ食道癌のステージ4と診断を受けられました。いろいろなことをお考えになったと思います。大司教様は手術を選択しないことを早い段階で決断され、本郷教会に在宅のまま、化学療法や放射線治療を受けて、病気と闘っておられました。闘病中に本郷教会の信徒の皆さんをはじめ、大司教様を支えてくださった多くの方々の献身的なお働きに、心から感謝申し上げます。

 ブログの最後のエントリーは12月12日でありました。そのタイトルは「主にあっていつも喜べ」であります。待降節第三主日のホミリアでありました。

 当日のテサロニケの教会への手紙の朗読を取り上げ、こう記しておられます。長くなりますが引用します。

『「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」(一テサロニケ5・16-18)これこそ究極の福音、とでも言うべき言葉ではないでしょうか。

 私たちは人生において度々喜びの体験をしますが、それは多くの場合、やがて儚く消え去る不確かな喜びにすぎません。人生にはむしろ悲しみの方が多いのではないでしょうか。「いつも喜んでいなさい。」と言われても、「冗談ではない、なかなかそうは行かないよ」という気持ちになります。

 この世界は過酷であり、人生は困難であります。この世界は、生きるのが難しい「荒れ野」ではないでしょうか。この世界は大きな闇で覆われているように感じることがしばしばです。

 しかし、今日聖書が告げる「喜び」は人間としての自然の喜びではなく、信仰の喜び、厳しい現実があっても与えられる喜びです。イエス・キリストにおいて示された神の愛、無限の神の愛と出会い、愛の泉から受ける信仰の喜びです。(『福音の喜び』7)

 主イエスはすべての人の人生の苦悩をいわば吸い取ってくださった方であると言えましょう。キリスト教は「復活の宗教」です。復活とは弱い人間性が不死の喜びの状態に挙げられることです。主の降誕を準備するこの季節、主の復活にも思いを馳せることは意義深いことです』

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 岡田大司教様は、新しい命の誕生を祝う準備をする今こそ、真の喜びに至る復活について思いを馳せることの大切さを最後に書き残されました。

 79歳というのは、現代の平均では早い人生の終わりであります。教区大司教の職を引退されたときには、それからの長い時期を、さまざまに有効活用しようと計画されていたことと思います。しかし、命の与え主である御父は、全く異なる計画をお持ちでした。

 日本の教会のために、また普遍教会のために大きく貢献された人生でした。福音を証しし、多くの人に伝えようとした人生でした。困難に直面する人、助けを必要とする人に思いを寄せ手を差し伸べる人生でありました。牧者として先頭に立ち続ける人生でありました。「自分のことではなくキリストのことを考えて」、キリストに倣い「仕えられるためではなく仕えるため」に生きる人生でありました。そして人知を遙かに超えた神の計らいにすべてを委ね、神の計画の実現を最優先とした人生でありました。

 ですから多くのことを成し遂げ、多くの功績を残しながら、それをすべてうち捨て、神の計画に従って御父のもとへと召されていきました。

 ヨブ記の言葉を思い出します。

 「私は裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」(ヨブ記1章 21節)

2020年12月23日

・ペトロ岡田武夫名誉大司教葬儀ミサ・告別式の映像配信に関して

(2020.12.22 カトリック東京教区)

【ペトロ岡田武夫名誉大司教葬儀ミサ・告別式の映像配信に関して】

 12月23日午前11時より、菊地功大司教司式による岡田武夫名誉大司教葬儀ミサ・告別式を映像配信いたします。なお、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、式への参加は親族、司祭団、各種団体の代表者のみとさせていただきます。一般の方は映像配信を通じて、岡田大司教の魂の安息をお祈りください。ご理解のほどよろしくお願いいたします。

2020年12月23日