祈りの意向

■7月の教皇と日本の教会の祈りの意向

教皇の意向: 聖体を中心に据えた生活のために

私たちカトリック教徒が、聖体の祭儀を生活の中心に据えて人間関係を根本から見直し、神とすべての兄弟姉妹との交わりへ導かれますように。

教皇フランシスコは、この祈りの意向について、ビデオの中で次のように話された。

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「私たちがミサを終えて退出する時、入った時と同じ状態でいるなら、そこには何か問題があります。聖体はイエスの現存です。それは人を深く変容します。イエスは来られ、あなたは変えられなくてはなりません。

聖体の中に、苦しむキリスト、ご自分を私たちに与えられ、私たちの生活がご自身に養われるにまかせるよう招き、私たちの兄弟姉妹の生活を培われるキリストがおられます。聖体の祭儀は復活されたイエスとの出会いです。それは同時に、イエスが教えられたように、自分たちを世界に向けて開くようにと、私たちを押し出す力でもあります。

聖体祭儀にあずかるたびに、イエスは来られ、ご自分が愛したように愛する力をわたしたちにくださいます。 なぜなら、イエスは、他者に出会いに行き、自分自身から抜け出し、愛をもって自分を他者に開く勇気を与えてくださるからです。

祈りましょう。わたしたちカトリック信者が、聖体の祭儀を生活の中心に据えて人間関係を根本から見直し、神とすべての兄弟姉妹との交わりへ導かれますように」

 

日本の教会の意向: 家族の絆のために

互いをいたわり、家族の絆を神の愛の実現として社会に示すことができますように。

2023年6月30日

■6月の教皇と日本の教会の祈りの意向

*教皇の意向: 拷問の廃止のために

国際社会で拷問廃止が実現され、被害者とその家族への支援を、具体的な方法で保証することができますように。

(2023.5.30  バチカン放送)

教皇フランシスコは、この祈りの意向について、ビデオメッセージで次のように語られた。

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・拷問。何ということでしょう、拷問とは! 拷問は過去の歴史ではありません。残念ながら、今日のわたしたちの歴史の一部です。いったいどうして人間の残酷な力はここまで大きいのでしょうか。

・非常に暴力的な形の拷問がある一方で、たとえば、屈辱的な扱いをしたり、意識を失わせたり、非人間的な状況の中で多人数を拘留するなど、人から尊厳を奪い去る、他の複雑な形のものもあります。しかし、これらは新しいものではありません。イエスご自身がどのように拷問を受け、十字架につけられたかを考えてみましょう。

・この拷問の恐怖を終わらせましょう。あらゆるものの上に人間の尊厳を置くことは根本的なことです。 さもなければ、拷問の犠牲者は人ではなく「物」になってしまいます。そして、無情な虐待によって、死を招いたり、一生残る心理的・肉体的ダメージをもたらす可能性があります。

・祈りましょう。国際社会で拷問廃止が実現され、被害者とその家族への支援を、具体的な方法で保証することができますように。

 

*日本の教会の意向: 聖霊の恵みのために

聖霊に満たされ、聖体に養われて、神の言葉をいつも守っていくことができますように。

2023年5月30日