・教皇、治療を継続、十字架の道行の黙想のテキストを準備

教皇フランシスコ、受難の主日のミサの後で 2025年4月13日 バチカン・聖ペトロ広場教皇フランシスコ、受難の主日のミサの後で 2025年4月13日 バチカン・聖ペトロ広場  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

(2025.4.15  バチカン放送)

 バチカン広報局が15日発表したところによると、療養中の教皇フランシスコは、運動面、呼吸面、発語の点において、改善を続けている。

 酸素投与については、無くても大丈夫な時間の方が長く、高流量の酸素投与に関しては残留的なもので、治療を目的に常に夕方の時間帯と必要な時に行われている。

 様々な治療が継続され、バチカン諸機関の責任者たちとの短い会見も続いておられる。

 今年の十字架の道行の黙想のテキストは、教皇によって準備され、18日の聖金曜日の正午に発表される予定。

 コロッセオにおける十字架の道行は、バルダッサーレ・レイナ枢機卿が主宰。17日、聖木曜日の午前の聖香油ミサは、使徒座管財局・前局長ドメニコ・カルカーニョ枢機卿が司式する。聖木曜日、主の晩餐の夕べのミサが聖ペトロ大聖堂で午後6時から捧げられるが、教皇によるミサではない。18日の聖金曜日の「主の受難」の典礼は、クラウディオ・グジェロッティ枢機卿が行う。諸儀式の司式者は教皇から委託される。

 過越の聖なる三日間の典礼における教皇の参加についての示唆はまだない。次回のブリーフィングは金曜日に予定されている。

(編集「カトリック・あい」)

2025年4月16日

・教皇、受難の主日の前日、ローマの聖マリア大聖堂を訪問

「サルス・ポプリ・ロマーニ」の礼拝堂で祈る教皇フランシスコ 2025年4月12日 ローマ、聖マリア大聖堂(聖マリア大聖堂の「サルス・ポプリ・ロマーニ」の礼拝堂で祈る教皇フランシスコ=2025年4月12)

(2025.4.12 VATICAN NEWS)

 教皇フランシスコが12日、ローマ市内の聖マリア大聖堂(サンタ・マリア・マッジョーレ)を訪問された。

 バチカン広報局の発表によると、枝の主日(受難の主日)を翌日に控えた12日午後、教皇は聖マリア大聖堂を訪問され、古い聖母子画「サルス・ポプリ・ロマーニ」(「ローマ人の救い」の意)の前で祈られた。

 教皇フランシスコと「サルス・ポプリ・ロマーニ」の絆は深く、海外訪問の前後や、様々な機会に、このイコンを掲げた礼拝堂で祈りを捧げられている。先月23日にジェメッリ総合病院から退院された際も、同大聖堂に立ち寄られ、「サルス・ポプリ・ロマーニ」の祭壇に捧げるために、花束を同大聖堂協働主席司祭、ロランダス・マクリクカス枢機卿に託された。

(編集「カトリック・あい」)

2025年4月13日

・教皇、順調に療養生活を続けておられるが、聖週間の儀式についてはまだ指示が出ていない

(2025.4.11  バチカン放送)

 バチカンの広報局は11日の記者団への説明で、サンタ・マルタ館で療養中の教皇フランシスコは「順調に療養生活を続けておられる」と述べた。

 教皇の容体は、運動面、呼吸面、発語の点において、徐々に改善を見せながら安定しており、血液検査値は良好。酸素投与を長時間受けることはなく、高流量の投与は今ではわずかで、治療を目的に行われている、という。

 ここ数日、教皇は、総務局長ペーニャ・パラ大司教、外務局長ギャラガー大司教、外交官人事局長ルッソ大司教、および教皇庁の省や諸機関の何人かの責任者の訪問を受けられた。

 聖週間の儀式への教皇の臨席に関しては、まだ指示はない。13日の「枝の主日(受難の主日)」のミサは、教皇の代理として、サンドリ枢機卿が司式する。

 昨日(10日)、教皇は散策をしておられたが、そのまま聖ペトロ大聖堂まで祈りに行くことを望まれた。

 次回のブリーフィングは、聖週間中の火曜日、15日を予定している。

(編集「カトリック・あい」)

2025年4月12日

・教皇、聖ペトロ大聖堂を”サプライズ”訪問、聖ピオ10世の墓前で祈られる

(2025.4.10 Vatican News  Salvatore Cernuzio)Pope FrancisPope Francis  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

2025年4月11日

・教皇フランシスコ、サンタ・マルタ館で結婚20周年の英国王夫妻と私的会見

教皇フランシスコ、チャールズ英国王夫妻と 2025年4月9日 (教皇フランシスコ、チャールズ英国王夫妻と 2025年4月9日)  

 療養中の教皇フランシスコは9日午後、英国のチャールズ3世国王とカミラ王妃をサンタ・マルタ館にお迎えになり、二人の結婚記念日のお祝いの言葉を述られた。結婚20周年と国王の父であるエディンバラ公フィリップ殿下の死去から4年目という、英国王室にとって特に意義深いこの日、英国王ご夫妻は、ミラ王妃は、同館を訪問され、教皇と非公式に面会された。

 現地時間9日夜(日本時間10日未明)に発表した声明で、バチカン報道官は、「教皇が9日午後、英国王ご夫妻と非公式に面会された。面会の中で、教皇はお二人の結婚記念日を祝う言葉を述られるとともに、ご自分の健康の早期回復を願われた国王のお気持ちに感謝された。

 教皇の国王夫妻へのお祝いの言葉は、国王が1年前にがんと診断され、3月末にその治療の副作用で入院されたことを気遣うものだった。

 教皇の英国国王夫妻との面会は、教皇が両側肺炎で入院・治療を始められた3月初旬に前後して、バチカン報道官室から発表されていた。だが、3月24日付けの追加発表では、教皇の回復状態を考慮し、面会は見送られる、とし、「国王ご夫妻は、教皇の回復を祈念し、教皇が回復された暁にはバチカンを訪問することを楽しみにしておられる」としていた。

 この追加発表は訂正される形となり、英国王夫妻は9日午後、教皇に直接、お見舞いの言葉を伝えることができた。10日朝、英国王室の公式ホームページに投稿された記事は「国王夫妻は、結婚20周年について教皇が述べられた優しい言葉に深く感動し、直接お見舞いの言葉を伝えることができたことを光栄に思っている」としている。

 3日間のローマ訪問中、チャールズ国王は、イタリアのセルジョ・マッタレッラ大統領、ジョルジャ・メローニ首相とも面会。9日は、英国君主として初めてイタリア議会で演説された。

 チャールズ国王は英国(および14の英連邦王国)の君主であるだけでなく、英国国教会の最高指導者でもあり、2019年、40年以上ぶりに英国人が聖人に列せられることとなったジョン・ヘンリー・ニューマン枢機卿の列聖式の前日の2019年10月12日、当時、皇太子だった国王は『L’Osservatore Romano』誌に記事を寄稿し、この出来事を「英国のみならず、カトリック教徒のみならず、彼が体現した価値観を大切にするすべての人々にとって、祝うべき出来事である」と述べ、よく13日にバチカンで行われた列聖式に出席され、式後、教皇と挨拶を交わされていた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2025年4月10日

・療養中の教皇、若干の改善をされつつ安定、一部の謁見を再開

教皇フランシスコの住まいがあるバチカンのサンタ・マルタ館教皇フランシスコの住まいがあるバチカンのサンタ・マルタ館 

 バチカンの広報局は8日、療養中の教皇フランシスコの様子について、報道陣に「6日の日曜に見られたように、運動面、呼吸面、発語においてわずかな改善を得ながら、安定しておられる」と述べた。

 説明は以下の通り。

・教皇はこれまで通り、治療と、仕事、祈り、毎日のミサ、休息のうちに一日を過ごされている。

・酸素の投与については、夜間は必要な時のみ、高流量の投与が行われている。臨床検査の点からも、安定した状況が続いている。特に運動療法と呼吸療法をはじめとする治療が継続されている。

・教皇は執務を続けられ、教皇庁の様々な省と常に接触を保ち、書類を受け取り、ここ数日は、少しずつ一部の謁見を再開されている。国務長官パロリン枢機卿とは7日に謁見された。

・聖週間の儀式についての指示は、まだ教皇からいただいていない。9日の水曜恒例一般謁見の際の聖年連続講話のテキストは、これまで通り発表される。

(編集「カトリック・あい」)

2025年4月9日

・教皇が聖ペトロ広場に”サプライズ”登場、「良い日曜日を、皆さんありがとう!」

Pope Francis appears after Mass for the Jubilee of the SickPope Francis appears after Mass for the Jubilee of the Sick  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)
2025年4月7日

・サンタ・マルタ館で療養中の教皇フランシスコ、徐々に快方に向かう

(2025.4.4  Vatican News)

 バチカン報道官が4日朝、発表したところによると、サンタ・マルタ館で療養中の教皇フランシスは、徐々に快方に向かっており、6日日曜日の正午の祈りと説教が、これまでとは異なる形で行われる可能性があり、その予定は5日に発表される。

 報道官によると、3月23日にジェメリ病院を退院され、サンタ・マルタ館に移られた教皇は、現在、徐々に回復され、臨床的に改善が続いている。呼吸、運動、発声の面でも、わずかながら改善がみられ、最近の血液検査でも、肺感染症のわずかな改善が示されている。

 教皇は現在、引き続き、運動および呼吸に関連した理学療法を受けておられるが、酸素補給の必要性も減少している。日中は通常の酸素吸入を継続し、夜間は必要に応じて鼻カニューレによる高流量酸素療法を継続している。

 さらに、教皇は執務も続けておられ、お元気だ、と報道官は記者団に語った。4日朝には、バチカンのパウロ6世ホールで行われた説教師のロベルト・パゾリーニ神父(OFM Cap)の指導による黙想会にも、ビデオリンクを通じて参加された。これより、2日に行われた聖ヨハネ・パウロ2世帰天20周年の記念ミサにも同様に参加された。

 なお、この間に、バチカン内外の関係者など「特筆すべき、教皇への訪問はなかった」といい、聖週間の典礼への教皇のご参加などを議論するのは「まだ尚早」と報道官は述べている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2025年4月4日

・ 聖ヨハネ・パウロ2世の帰天20年、バチカンで記念ミサ

(2025.4.2 バチカン放送)

 聖ヨハネ・パウロ2世の帰天から20年を迎え、バチカンの聖ペトロ大聖堂で記念ミサが捧げられた。とり行われた。

 第264代ローマ教皇、ヨハネ・パウロ2世(カロル・ヴォイティワ、1920.5.18ポーランド生まれ、在位:1978.10.16-2005.4.2)は、今から20年前、教会暦で復活祭から一週間後の「神の慈しみの主日」の前夜に帰天された。2011年にベネディクト16世によって列福、2014年に教皇フランシスコによって列聖された。

 ミサを司式したバチカンの国務長官、パロリン枢機卿は、説教で聖ヨハネ・パウロ2世のこの地上での最後の日々と、その揺るぎない信仰、深い観想に根差した霊性を振り返り、聖ヨハネ・パウロ2世が日頃繰り返しておられた「すべてのものが神の目には裸であり、さらけ出されている」(ヘブライ人への手紙4章13節)という言葉を示しつつ、全生涯、すべての使命は、神の御前における完全な透明性の中にあったと回想。

 「神の御目の前で生きていることを自覚する者は何も隠すことがなく、人々の目を恐れない。人々の歓心を買うより、神の御前で生きることを大切にする、それがヨハネ・パウロ2世のあらゆる状況下での勇気と絶えざる信仰の証しの基礎の一つでした」とし、「イエス・キリストへの燃える愛において、同教皇は受肉の神秘を普遍の歴史の中心とみなし、あらゆる現実の側面や、教会、人間の活動を、唯一の贖い主キリストとの関係の中で捉え、そこに意味を見出しておられました」と語った。

 そして、「紀元二千年の大聖年に、同教皇は教会の舟が第三千年期に向かって再び沖に漕ぎ出し、網を投げ入れるよう呼びかけていたこと」を回想しつつ、「その招きは、教皇フランシスコのもとに現在祝われている2025年の聖年にも響き渡っています」と指摘。聖ヨハネ・パウロ2世の平和への疲れを知らぬ奉仕と、戦争を止めるための最後までの外交努力を感謝のうちに思い起こした。

 説教の最後に、枢機卿は、「この世の移り変わりは早く、聖ヨハネ・パウロ2世の長い在位の間にも世の中の多くの変遷がありましたが、神への信仰に根差した聖人たちの証しは。しっかりと生き続けます」と述べ、同教皇の天からの祈りと祝福を願った。

 なお、この記念ミサでは、聖ヨハネ・パウロ2世の秘書であったスタニスラフ・ジビッシュ枢機卿が参列者に感謝の挨拶を述べると共に、同教皇の証しを人々と分かち合った。

(編集「カトリック・あい」)

2025年4月3日

・サンタ・マルタ館で療養中の教皇、容体は安定

(2025.4.1  バチカン放送)

  バチカンの広報局が1日発表したところによると、バチカンのサンタ・マルタ館で療養中の教皇フランシスコの容体は安定、 血液検査値は正常で、胸部X線検査による肺の映像の改善を示している。

 また、様々な治療が続けられており、運動面、呼吸面で、また発語において、さらなる改善が見られる。鼻カニューレによる高流量酸素療法は、特に夜間と必要な時に集中。執務も続けておられ、その際、机で仕事をされる。サンタ・マルタ館の3階の礼拝堂で毎朝ミサを共同司式されている。

 特別な訪問者はなく、教皇のもとを訪れるのは医療スタッフと最も親しい協力者たちである。

 なお、2日の水曜恒例の一般謁見での聖年連続講話の原稿は、これまで同様、公表され、4日の病者・医療関係者のための聖年のミサの説教は、教皇によって準備され、フィジケッラ大司教が代読する。同日の正午の祈り告げの祈りについては、同日午後の報道官会見で説明される予定。聖週間の儀式についての対応は未定だ。

(編集「カトリック・あい」)

2025年4月2日

・療養中の教皇、健康状態は徐々に回復、ミャンマー地震犠牲者のために祈りも

Pope Francis returned to the Casa Santa Marta in the Vatican on Sunday, March 23Pope Francis returned to the Casa Santa Marta in the Vatican on Sunday, March 23  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2025年3月28日

・5年前の3月27日、教皇は無人の聖ペトロ広場で世界のために祈りを捧げられた

教皇フランシスコがパンデミック中にとり行った世界のための祈り 2020年3月27日 バチカン・聖ペトロ広場(2025.3.27 Vatican News)

 2020年3月27日、教皇フランシスコは新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るう中で、その終息を祈る特別な時間を、たった一人、聖ペトロ広場で持たれた。

 雨に打たれ、人けのない広場で、「誰もが孤独に救われるわけではありません」と世界の人々に呼びかけ、傷ついた人類を癒やすよう神に懇願された。

 (2025.3.27 バチカン放送 アンドレア・トルニエッリ)

 教皇フランシスコがただ一人、聖ペトロ大聖堂前の広場に設定された祈りの場に上がられ、祈りを捧げられてから、5年経った。あの夜は雨だった。広場には一切の人影がなかった。それでも、全世界で無数の人々が、テレビ画面の前で教皇と心を合わせていた。

 その頃、人々は長いロックダウンの中で家に閉じこもり、目に見えないウイルスが人々を病院の集中治療室に送り、多くの犠牲者を出し、家族が患者と会うことも、言葉をかけることも、葬儀をすることもできないのを目の当たりにして、怯えていた。

 その態度、その祈り、そしてサンタ・マルタ館の礼拝堂で毎日捧げられるミサによって、教皇は皆に寄り添った。誰もいない広場で、聖体による祝福、十字架の足に接吻するといった単純な動作を通して、教皇は皆を抱擁した。

 その十字架は、春の初めの夜の悪天候の中で、涙を流すかのようだった。「私は人々と触れ合っていました。いかなる瞬間も独りではありませんでした」と教皇は後に語った。教皇はたった一人だったが、孤独ではなく、茫然自失となった世界のために祈っておられた。力強く、忘れ難いその姿は、教皇フランシスコの在位にしるされるものである。

 この時、教皇フランシスコは神に向かって祈った。「主よ、あなたはこの試練の時を『選びの時』とするよう呼びかけます。それは、あなたの裁きの時ではなく、わたしたちの判断の時です。何が重要で、何が過ぎ去るものか、必要なものとそうでないものを区別する時です。人生の指針を、主と、他の人々に向けて定め直す時です」。

 そして、続く数か月、教皇は繰り返された—「危機から、依然と同じ形で脱することは決してありません。より良い形で脱するか、より悪い形で脱するかです」。

 あれから5年後、あたりを見渡せば、「より良い形で危機から脱した」とは言い難い。そこにあるのは、飢餓と闘うよりも再軍備を考える、戦争を押し進める人々の暴力によって引き裂かれた世界である。

 私たちはもう隔離されていない。いまや状況は逆転した。広場は聖年を祝う人々であふれている。しかし、そこに教皇の姿はない。教皇は重い肺炎の後、サンタ・マルタ館の自室で療養しながら、私たちのため、平和のために祈っておられる。教皇と世界とのあの一致は断ち切られてはいない。

 あの時の教皇の言葉はこれまでになく、今日も、特にこの今響いている。「何が重要で、何が過ぎ去るものかを区別する時です」と。

(編集「カトリック・あい」)

2025年3月28日

・サンタ・マルタ館に帰られた教皇、療養・治療を継続、ミサの共同司式や執務も

(2025.3.25 バチカン放送)

    バチカン広報局が25日、報道陣に説明したところによると、教皇フランシスコは、ローマのジェメッリ病院から退院後、お住まいのサンタ・マルタ館で療養を続けておられる。

 説明によると、教皇の主任担当医セルジョ・アルフィエーリ教授とバチカン市国保健衛生局副局長ルイジ・カルボーネ医師が22日に説明したとおり、教皇は療養生活を続けられている。医師団が少なくとも2か月とした療養生活で、教皇は薬物療法と、運動理学療法、呼吸理学療法を続けねばならず、現段階では個人およびグループの謁見は避ける必要がある。この2日間にお会いになったのは、「最も身近な協力者」のみだ。

 教皇のために、24時間の支援体制と、緊急時に対応できるように、酸素をはじめとする必要なものがすべて備えられており、バチカン市国保健衛生局が責任を持って管理する。教皇には常に医療チームがつき、ジェメッリ病院入院中と同様の方法で、酸素療法を続けられる。夜間は、鼻カニューレを用いた高流量酸素療法が行われる。日中も同療法は続くが、徐々にその必要を減らしていく。

 また教皇は、ジェメッリ病院でもすでに行っていたように、サンタ・マルタ館の3階の小礼拝堂においでになり、ミサを共同司式しておられる。入院中と同様、執務も続けておられ、25日は駐ベラルーシ教皇大使や、控訴院の法廷弁護人の任命をされた。

 現段階では、ここ数日の予定をはじめ、聖年行事や、聖週間の儀式に関して、教皇がどうなさるかは未定で、今後、教皇の回復状態を見ながら、判断されていくことになる。26日の水曜恒例の一般謁見は行われず、入院中と同じように、事前に教皇が用意された連続講話のテキストが発表される。日曜の正午の祈りの説教も同様の対応がなされ、広報局を通じてテキストが発表されることになりそうだ。現在、教皇と国家元首、政府責任者との会見の予定はない。

(編集「カトリック・あい」)

2025年3月26日

・「皆さん、ありがとう!」教皇、退院前に病院から人々に挨拶と祝福

(2025.3.23   Vatican News)

 教皇は23日昼、ローマのジェメリ病院から退院なさる前に、まず病院の医師団、スタッフたちに挨拶と感謝を表され、続いて病院のバルコニーから、広場に集まった約3000人の人々に向かって「皆さん、ありがとう!」と挨拶され、祝福を与え、親指を立てられた。

 病院広場に集まった人々に、教皇はそのすぐ上の小さなバルコニーから、数語の呼びかけをなさった。膝の上に置かれた両手を、人々を祝福するように両手を挙げられ、続けて手を振って微笑みかけられた。これを受けた人々は、「フランシスコ!」「愛している!」「あなたのためにここにいます!」と叫び声で応え、教皇は「皆さん、ありがとう!」と治療の影響が残る、かすれる声で感謝された。

 Pope Francis while greeting the crowds gathered at Gemelli HospitalPope Francis while greeting the crowds gathered at Gemelli Hospitalまた教皇は、視線を広場の端から端へと移しながら、この機会を祝うために黄色の花束を手にしたイタリア人女性がいることに気づかれ、「黄色の花束を持ったあなたの姿が見えます」と感謝の意を込めて手を振られた。バルコニーからの挨拶を終えられた教皇が、車で病院を出られる際にも、人々が周りに集まって挨拶と歓声を上げた。

 病院を出られた教皇は、そのままサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂に向かわれ、助任司祭であるローランダス・マクリッカス枢機卿と面会され、聖堂の聖像「マリア・サルス・ポプリ・ロマーニ(ローマの民の救い主)」に花束を捧げ、保護と配慮に感謝する祈りをされた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2025年3月24日

(評論)教皇は、病苦を平和のための捧げものとなさった

(2025.3.23  Vatican News  Andrea Tornielli)

   2月14日にバチカンを離れ、ジェメリ総合病院に入院した教皇フランシスコが、38日間の入院生活を終えられた。

 88歳の高齢で両側肺炎と闘う教皇にとって、この数週間は厳しいものだった。 この間に医師団から出された報告書は、容態の深刻さ、危機的状況、複雑な臨床像を軽視するものではなかった。

 しかし、この間ずっと教皇は、回復を願う多く人々の祈りに包まれていた。個人的な祈り、コミュニティの祈り、ロザリオや聖体拝領などだ。カトリック教徒やキリスト教徒だけでなく、他の信仰を持つ人々や宗教的信念を持たない人々からも、教皇への善意の思いや願いを送った。このような人々のために、今日の短い挨拶が望まれ、共有された。

 長い苦悩の日々、私たちは教皇の心を共にした。3月7日、教皇が弱々しいお声で聖ペトロ広場に集まった信者たちと世界中の人々に語りかけ、彼らの祈りに感謝した時、私たちは教皇の速やかな回復を待ち望む気持ちを新たにし、祈り、そして感動し。3月16日の夕刻、私たちは初めて、病室の窓から撮影された画像ではあるものの、再び教皇の姿を目にすることができ、安心した。教皇は病院の10階にある礼拝堂でミサを共同司式した後、祈りを捧げられたのだった。

 私たちは数週間にわたって教皇の容態を心配し、同時に、私たちに命を与えてくれた神の御心に対する信頼の気持ちを持ち続け、そして今日、再び教皇の姿を目にすることができた。バチカンに戻られたこの日、私たちは教皇から再び祝福を受けた。教皇は、病室から、人生のあらゆる瞬間が貴重であり、いつも私たちに問われる可能性があることを私たちに思い起させてくださった。苦しみや弱さは、福音の証しとなる機会となり得ること、人となられ、私たちと共に苦しまれ、十字架上の死を受け入れた主なる神を証しすることを、教皇は身をもって示してくださった。

 私たちは、教皇が病室から、戦争がさらに不条理なものに見えたことを分かち合われたこと、新たな殺人兵器をもって軍備を増強せず、世界から武装を解除する必要性を私たちに気づかせてくれたこと、そして、今日もなお、脆く、壊れやすい平和のために、苦悩を祈りと捧げものとされたことに対して、感謝の意を表したい。

 お帰りなさい 教皇!

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2025年3月23日