(2023.12.17 Crux Editor John L. Allen Jr.)
30か月、延べ約600時間、69人の証人を喚問し、計15万ページに及ぶ文書、85回の聴聞会の末に、バチカンの「世紀の裁判」は12月16日夜、元バチカン国務副長官のアンジェロ・ベッチュウ枢機卿と8人に有罪判決を下すことで最高潮に達した。
これは、ある意味では、バチカンに勤務する枢機卿と司教の案件を裁くための民事法廷を認めるためのバチカン市国の法律改正によってを修正することで、この裁判ができるようにした教皇フランシスコに対する、17日で87歳の一日早いの誕生日プレゼントにもなった。
これで、夜が長い一日の旅が終わったのだろうか? 性急にそう結論付けることはできない。この事件がもたらす影響は、今回の判決が出た後も、もっと長く続くだろう。
まず、有罪判決を受けた被告人たちが、これを不服として控訴することが考えられる。ベッチュウの代理人弁護士はすでに控訴を計画していることを明らかにしており、他の被告たちの何人かもこれに追随する可能性がある。バチカンの司法手続き規則では、民事法廷で有罪有罪判決を受けた者に、控訴するか否かを決めるために与えられる日数は3日で、今回の場合、19日火曜日が期限だ。
ベッチュウたちが控訴すれば、6人の裁判官、3人の聖職者、3人の信徒で構成されているバチカン市国の控訴裁判所が担当することになるだろう。裁判長は、スペイン人大司教のアレハンドロ・アレラーノ・セディロで、検察官役はイタリア人の法学者ラファエレ・コッポラ氏が務めることになるだろう。そして、控訴裁判所が下す判決が受け入れられない場合は、市国の最高裁判所の判断に上げられる可能性があるが、同裁判所のトップは米国人のケビン・ファレル枢機卿だ。
つまり、私たちが安心して眠りに就く前に、まだまだ歩まねばならない道が何マイルもあるかも知れない、ということだ。加えて、今回の判決にバチカンが固執し、国際的な支援を必要とするかもしれない、という問題もある。
16日の判決では、禁固刑のほかに、被告たちに対して総額約1億8,000万ドルの資産没収と約2億2,000万ドルの損害賠償を行うよう命じた。 だがそれが実行されるためには、おそらくバチカンは、スイスや英国など被告たちの資産や資金が実際に置かれている国の協力を得る必要があるだろう。
スイスの裁判所は昨年1月、バチカンの要請で一昨年に凍結した約7000万ドル相当の資産の凍結解除を求める金融業者、ラファエル・ミンシオーネの訴えを却下し、ミンシオンからの控訴を拒否し、バチカンで公正な裁判を受けられないというミンシオーネの申し立てを拒否した。
その一方で、英国の裁判所は、バチカンの協力要請を二回、つまずかせている。一昨年3月、ロンドンのサザーク刑事裁判所は、被告のイタリア人金融業者のジャンルイジ・トルジの資産の押収を覆し、バチカンの訴状は「開示義務を果たしておらず、表現も間違いだらけ。最悪だ」と決めつけた。
また直近では、英国の別の裁判所が、バチカンのパロリン国務長官とパラ総務局長の秘密文書と両者が交わしたEメールを閲覧したいという被告ミンシオ-ネの要求と、同被告の名誉棄損の反訴の一部として認めている。
バチカンが外国裁判所での判決分の確認を求めるなら、別の裁判官が同じ証拠を見直さなければならず、おそらく異なる結論に達することになるだろう。
また、すべての控訴がし尽くされたら、誰が実際に刑務所に行くのか、いう問題もあります。
過去には、バチカンの裁判所で有罪判決を受け、禁固刑を言い渡された人々は、実際には刑務所に入らなかった。2012年12月、教皇ベネディクト16世は、最初の“Vatileaks”スキャンダルで機密文書を漏出させたとして懲役1年半の有罪判決を受けたパオロ・ガブリエレの釈放を認めたし、2016年には、教皇フランシスコが、2回目の”Vatileaks”スキャンダルで懲役1年半の有罪判決を受けたスペイン人司祭ルチオ・バルダの条件付き釈放を認めた。バルダの共同被告人も懲役10か月の有罪判決を受けたが、裁判所によって執行停止になった。
言い換えれば、たとえ裁判所が被告たち刑務所送りの判決を確定させても、それがそのまま執行されるとは限らない、ということだ。 新しい教皇が別の見方をするかも知れず、教皇が交替すれば不確実性はさらに高まるだろう。
最後に、極めて明確なのは、バチカンの裁判所の判決が出た今も、広範な世論という”法廷”の”陪審員たち”はまだ判断を下してはいない。
判決が出て間もなく、バチカンの報道局長、アンドレア・トルニエリはVatican Newsに「すべての人の権利を保証する裁判」というタイトルで評論を載せた。 「今回の裁判は、被告の権利に対して完全な敬意を払う公正なものだった… このことは、教皇庁とバチカン市国が、虐待あるいは不正な行為を特定するために必要な”抗体”を持っていることを示した」と述べ、 「今回の裁判の進め方は、正義が短絡されることなく管理され、手続きコードに従って、すべての人の権利と無実の推定を尊重することを証明している」と”評価”した。トルニエリは、多くの関係者がこの裁判に疑問を持っていることをよく知っているので、それを大声で言う必要性を感じたのだ。
この裁判を批判する人々は、「バチカンの裁判制度には致命的に欠陥がある」と最初から主張してきた。説得力のない”証拠”を見つけただけでなく、バチカンの組織制度では、職務執行者と司法担当者の間に権力の分離がされておらず、教皇フランシスコは自己の権威を繰り返し行使してきた。彼らは、「教皇が検察を支持し、有利な状況を作ってきた」と批判している。
その一人、ローマで長年取材活動をしているチリのジャーナリスト、ルイス・バディラによる投稿もそうした内容で、この裁判を公然と「まったく信頼できない」とし、「この裁判は”主権者”が脚本を書いた”ドラマ”であり、それ以外の何ものでもない… すべてが”張り子”で、『腐敗との戦いに関する教皇フランシスコの物語』というただ一つの目的のために巧みに作成されている… ベッチュウ枢機卿の問題が本当の中心的なテーマではない。問題は、”最高指導者”に従属させられた法廷にある」と批判した。
バチカンの民事裁判制度の正当性をめぐる議論は今後も確実に続くだろう、特に、フランシスコが教皇庁の”バチカン化”と呼ばれているものにコミットしていることを考えると、教会の普遍的な統治とその人員はバチカン市国の諸法と判決に従属する、ということになる。
実際の結果は、これからずっと、バチカンの支配者による誤った管理が申し立てられるときはいつであろうと、今回の裁判のように結果が出るまで恐らく2年半待つ、ということだ。。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
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