(2023.8.15 Vatican News By Christopher Wells)
聖母被昇天の祝日の15日、教皇フランシスコは正午の祈りの説教で、イエスとマリアの生涯を特徴づけた「神秘」―「奉仕」と「賛美」-について考察された。
教皇は、「 今日、私たちは聖母マリアが身も心も天の栄光に向かって昇っていく姿をのを観想するとともに、福音書に書かれている、マリアが『いとこエリザベトの出産を助けるために、山里に登っていく姿』も思い描きます」とされた。
そして、マリアが、喜びに満ちた賛歌を宣言しているのは、その場においてであり、後に、 「マリアは天に昇り、マリアがそうしたように私たちを特徴付けるもの、つまり『隣人への奉仕』と『神への賛美』を、神の御言葉が私たちに明らかにひます」と語られた。さらに、マリアの生涯は、彼女の息子のそれを忠実に映し出しおり、「イエスとマリアは… 同じ道を旅し、神を賛美し、兄弟姉妹に仕える二つの人生が登っていくのです」と説かれた。
*奉仕
教皇は、『奉仕」と「賛美」について、さらに考察を進められ、まず「奉仕」について、「 私たちが立ち上がるのは、兄弟姉妹に仕えるとき。人生を高めるのは愛です」とされたうえで、「他者に奉仕するのは容易ではない。他者を助けるにはコストがかかります。 エリザベトのもとに来るために長い旅をしたマリアのように、私たちもまた、他者への奉仕には、疲労、忍耐、心配が伴うことを知っています。確かに疲れます。でも、それは天に向かって昇っていくこと。天国を獲得するためなのです!」と強調された。
*賛美
ただし、「神への『賛美』がなければ、『奉仕』は不毛になる恐れがあります」と警告。福音書に書かれているように、「マリアは長い旅の後、自分の疲れにこだわることはありませんでした。彼女の心から歓喜の歌が湧き出てきます。それは、神を愛する者は賛美することを知っているからです」と指摘。
さらに、 賛美は、今日のミサで読まれた福音の基調の一つとされ、エリザベトのマリアと自分の胎内で喜んで飛び跳ねるわが子に対する、への喜びの挨拶とエリザベトの喜びの挨拶に言及。「 賛美は、”はしご”のようなもので、心を上へと導きます」と語られた。
説教の最後に、教皇は、聖ペトロ広場に集まった人々に、次のように自問するように促された―「私は奉仕を人生の『出発点』にしているだろうか?」 「私もマリアのように、神に大喜びするだろうか? 」…そして、「私は主を賛美した後、出会う人々に主の喜びを広めようとしているだろうか?」。
そして、「天に召された私たちの母マリア」に「私たちが、祈りと奉仕を通して、日々、より高く登れるよう助けてください」と願う祈りで説教を締めくくられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)