(2022.10.16 Vatican News Thaddeus Jones)
教皇フランシスコは16日、年間第29主日の正午の祈りに先立つ説教で、私たちに最も重要なことである「神と隣人への愛」に焦点を当てられ、「私たちの信仰が強くあり続けるように」と常に祈るよう促された。
説教で、この日のミサで読まれたルカ福音書の箇所(18章8節)「人の子が来るとき、果たして地上に信仰を見出すだろうか」というイエスの問いかけを思い起こされた。
そして「このイエスの言葉は、今日の私たち自身にも問いかけることができます」とされ、「残念なことに、『人の子』は、数多くの戦争、貧困、不平等、そして、人々を常に急がせ、忙しさせている信じられないような技術的進歩を目の当たりになさるでしょうが、もっと重要なのは、『神を人生の中心に置く人々を、主が見出されるだろうか』とイエスがお尋ねになったことです」と指摘された。
*人生で優先すべきこと
教皇は、「自分の人生、心にあるもの、優先順位をどこに置いているかを、振り返ってみるのがいい。私たちは知らず知らずのうちに、二次的なことに重荷を負い、忙殺され、その間に神のことを忘れてしまっているのではないでしょうか?」と問いかけられ、「今日、イエスは、熱意の賭けた信仰に再び火を点ける治療薬を、私たちにくださいます。それは何でしょうか?祈り。そうです、祈りは信仰の薬であり、心を取り戻す気付け薬なのです」と語られた。
*いつも祈るように
さらに、「私たちの信仰を生き生きと健康に保つために、常に祈る必要があります… 定期的に祈ることは、私たちの心を良好な状態に保つための鍵です。観葉植物が絶えず水を必要とするのと同じように、私たちの心にも祈りが必要です。また、水をやりすぎたり、干上がりそうになるまでずっと、水をやらなかったりしてはなりません」と注意された。
また、「私たちは、日々の水を必要としていますー祈りの、神が私たちの時間に入ることができるように捧げられた時の、神が日々、愛、平和、喜び、強さ、希望を私たちに注ぎ、信仰を養ってださるように私たちの心を開く一定の瞬間の水を」と述べられた。
*祈れ、そして心を失うな
たしかに、現代社会の騒々しい動きの中にあって、多くの人が「どうすれば、祈りの時間を見つけられるだろう」と自問するかもしれない。
そこで、教皇は、年配者が実践している賢い霊的習慣に倣うことを提案された。それは、覚えやすく、主のそばにとどまり、心に安らぎを見いだすために、どこにいても一日を通して来る返すことのできる、簡単で短いいくつかの祈りをすること、とされ、次のように、具体的に例を示された。
「朝起きたら、すぐにこのように祈りますー『主よ、感謝します。今日という日をあなたに差し上げます』と。そして、活動を始める前に、『聖霊、来てください』と繰り返します。次の行動に移る間に、『イエス、私はあなたを信頼し、あなたを愛しています』と祈ります」。