続けて教皇は、今回の訪問は、ご自分を「(注:教会の信仰の)ルーツに連れて行く巡礼」だった、とされ、「ハンガリーとスロバキアの司教たちとの出会いにより、9世紀にまで遡るこの地域でのキリスト教の信仰と生活のルーツに触れることができました」、そして、述べられた。
「いくつかの機会に、私は、このようなルーツが常に生きており、いて、聖霊の働きが、生き生きとしたリンパ液のようにみなぎり、それ自体で保持されるに違いない、ということを主張しました。それは、博物館の展示物のようにではなく、イデオロギー化されたものでもなく、閉じられた自己を固めてしまうための、地位と権力への関心から生み出されたものでもない、と」
*若者たちの目に希望を見た喜び
さらに、今回の訪問は「希望の巡礼」でもあった、とされ、「子を持つ多くの若いカップルも多く参加したコシツェでの若者たちとの出会いで、彼らの目に希望を見たことが、喜びでした」と語られ、また、「隣人を黙って世話し、心に掛けている多くの人々にも希望を見ました」として、ブラチスラバのホームレスたちを世話するMissionary Sisters of Charity のシスターたちにも言及された。
教皇は最後に、スロバキアとハンガリーの司教と政府、自治体の関係者、そしてご訪問の間の様々な行事に参加した多くの信徒たちに心からの感謝を捧げ、講話を締めくくられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)