バンコクは1か月間のブロックダウン、県外からの出入り遮断、市場も1週間閉鎖という市政情報が入り、急遽まとめて買い物に出掛けたところです。
ちょっと厳しい状況、でも市民は平常心でさらりと対応。生老病死の現実にも『何故こんな目に合う』云々と不満を言ったり、深刻に悩んだりせず、楽観的に受け止め、爽やかにさえ感じられます。タイの歴史- 信仰文化に培われた気質なのかも知れません。
ともすれば、信仰生活までも合理的に考え、苦境や問題の原因追及にやっきになることの多い昨今、何食わぬ顔で生きている人々に囲まれ… 目先のことに振り回されない信仰の強さを自らに問う機会になっています。

古くからタイ社会に息吹く「ピー」信仰。ピーは悪霊で、タイ人はものすごく怖がっています。ピーを無視、軽蔑すると悪い事をやらかすので、大事にして祠を建て、そこに住んでもらい、おとなしくしてもらうわけです。
街のここかしこに祠があり、家、土地、人々を守ってもらえるように、他者を無視あるいは軽べつして悪いことが起こらないように、とピーを祀り、儀式を行います。
「因果応報」の教えも根強く、不合理なこと、考えてもどうしょうもないことは、悩まずに受け入れて、徳を積む機会にする。特に大切な日、誕生日、結婚記念日、開店日、事業が成功した時などに、寺参りしてお布施、貧しい人に施し、良いことをして徳を積み、あらゆる事態に怒らず柔和穏便に対処する。
以前、仏教徒の友人と外出中、通りがかりのお寺に寄り道して祈ってもらい、誕生日のお布施をして、タイ人の日常に触れたことがありました。
「徳」はタイ語で「ブン」と言い、他者と分かち合うこともでき、カトリックで言う「天に宝を積む」ことー将来自分の幸福繁栄として報われることーを素直に信じています。
買い物の時、「尼さんにタムブンだ」とまけてくれるのです。「タム」は「行う」の意味で、「タムブン」は「徳を積む」ー「功徳」です。やってあげる的な感じが無く、清々しささえ感じます。
長年イエスの教えを味わって励んでいる私自身、聖なる楽観主義が習性となるまでは、まだ道のりがありそうです。
思いをさらに強くして合掌。皆さんのために祈っています。
(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)