(2019.12.5 カトリック・あい)
先日、厚生労働省の研究班が「若者の『ゲーム依存』に関する初の全国実態調査」の結果を発表し、若者の2割が平日3時間以上もスマホなどでゲームに浸りきり、「生活で一番大切」と考え、心身に障害を起こす例も増えていることが明らかになったが、今度は、「世界の15歳を対象とした経済協力開発機構(OECD)の国際学力調査」で、日本の高校一年を含む子供たちの読解力が15位まで落ちた、という結果が出た。
新聞やテレビなどでは「今の学校は英語や道徳など新たな課題が山積し、読解力の育成が難しくなっている」などという専門家のコメントが出ているが、本当にそうだろうか。昨年春、川島 隆太東北大学加齢医学研究所教授が「PRESIDENT Online)に「”スマホが学力を破壊する”これだけの根拠ー3時間触ると2時間の勉強がムダに」という見出しで記事を書いておられたが、多くの子供たちが”スマホ中毒”に陥りかけているのが、大きな原因ではないだろうか。
電車によく乗られる方はかなり気づいておられるだろうが、若者の10人のうち8人は座っても、立っていてもスマホを見、聴いている。周囲がほとんどそうなので、のぞかなくても、いやでも内容が見えてしまうのだが、ほとんどがゲーム、漫画、そしてファッション情報、食べ物情報、ゴシップ情報だ。
要するに、まったく受け身、主体的に何か特定の情報を調べるとか、今日の日本の、世界のトッニュースは何か、などの問題意識はほとんど感じられない。まさに”生活”の一部、無くてはならない”自然”の一部になっている。若者だけではない。最近では、どんどん年齢層が上がっているように見える。そしてほとんどの人に共通しているのが、「無表情」、場合によって「般若面」になっていることだ。
私が所属する教会の友人の85歳の女性も、「電車に乗って優先席に前に立ったが、座っているのは全部、若者。スマホをひたすら眺め続け、席を譲るそぶりも見せない。そもそも周りが見えていない。お年寄りや妊婦が側に来ても、知らんふりする以前に、気が付いていない。別に座らせてもらいたくもないが、つくづく情けなくなった」とお話しになっていた。
スマホの急速な”普及”、朝から晩までゲームに浸る社会現象が一時のものとは思われない。なぜなら、「努力をすることなく、ひたすら楽しい」からだろう。「読解力」「学力」の低下も問題だが、もっと恐ろしいのは、こうした現象の中で、「思考能力」「相手を思いやり、助けようとする意志」、あるいは、「物事の良し悪しを見抜き、社会に生きるものとしての常識を働かせる、識別力」がどんどん失われていることではなかろうか。
確かにこれは日本だけの現象ではない。教皇フランシスコも、ことあるごとに、スマホ、インターネットの弊害について、とくに若者たちに対して警告を繰り返されておられる。だが、個人的な経験では、日本ほど極端な状況になっている国は少ないのではないだろうか。残念なのは、日本の教会のリーダーたち(つまり高位聖職者たち)に、この問題への危機意識がほとんど感じられないことである。
(参考)
【国際学力調査 日本 課題の読解力で15位 前回より下がる】 (2019.12.3 NHK)
世界各国の15歳の学力を測る国際学力調査の結果が公表されました。日本の子どもは科学と数学はトップレベルを維持しましたが、課題とされている読解力は前回より低い15位でした。専門家は「今の学校は英語や道徳など新たな課題が山積し、読解力の育成が難しくなっている」と指摘しています。
「PISA(ピザ)」と呼ばれるこの国際学力調査は、経済協力開発機構(OECD)が世界の15歳を対象に科学と数学、それに読解力を測定するため、3年に一度実施しています。
去年の調査には世界79の国と地域から、日本の高校1年生を含む、60万人の子どもが参加し、その結果が公表されました。日本の子どもの結果は、科学が529点で前回の2015年の時と比べて、順位は3つ低い5位、数学は527点で順位は1つ低い6位で、いずれも順位は下げましたがトップレベルでした。
一方、文章や図表から必要な情報を取り出して文章などにまとめる「読解力」は504点で、順位を7つ下げて15位でした。
参加した国や地域では、いずれも中国の北京、上海、江蘇、浙江の4つの地域が3つの部門ともトップ、次いで、シンガポールやエストニアなどが上位を占めました。
「脱ゆとり教育」へ転換のきっかけ
日本の教育政策はこの国際学力調査に大きく影響を受けてきました。2003年には、順位が下がったことがPISAショックといわれ、それまでの「ゆとり教育」から「脱ゆとり教育」へと転換し、授業時間や教える内容の増加、さらに、全国学力テストの復活にもつながりました。
日本の子どもは過去の調査でトップレベルを維持している科学や数学と比べると、「読解力」が低いとされていて、今の「脱ゆとり教育」は、その育成に力を入れてきたものの今回はその成果が見られませんでした。
結果について、文部科学省は「読解力の低下については、重く受け止めている。要因の分析を詳細に行うとともに、新たな学習指導要領により、教育の質の向上に取り組みたい」とコメントしています。
「読解力」の問題例
今回公表された「読解力」の問題です。
試験はパソコンを使って行われました。モアイ像で知られるイースター島をテーマとした大学教授のブログと、本の書評、さらに、科学雑誌の記事の3つの異なる文章を読み比べてもらい、島から大木が消滅した原因について、資料から根拠を挙げて記述するよう求めています。
正答例は以下のとおりです。
(学説を支持したもの)
▼人々がモアイ像を動かすために大きな木を切り倒した。
▼ネズミが木の種を食べたため、新しい木が育たなかった。
(いずれの学説も選ばず)
▼実際に大木に何が起こったかについては、さらに研究を進めなければならない。
このように、どの学説を選ぶかは自由ですが、なぜそれを選んだのか、根拠を示しながら自分の考えをまとめる力が問われています。
日本の読解力の正答率は、全体ではOECDの平均を上回っていますが、この問題については48.6%でOECDとほぼ同じレベルでした。
読解力向上 模索する学校現場
課題となっている「読解力」を伸ばそうと、学校現場では試行錯誤を続けています。
福岡県久山町の久原小学校ではおよそ20年前から登校後に15分間読書をしたり、保護者らが参加して、本を読み聞かせたりする取り組みを続けています。
また、児童文学作家、新美南吉の「ごん狐」を題材とした国語の授業でも、子ギツネの「ごん」の心の変化や作者のメッセージについて、互いに意見を交換しながら、自分の考えを文章にまとめるようにしていました。
児童の1人は「友達と話し合う中で答えが分かった時は『ああ、そうだ!』とうれしくなります」と話していました。
小学校では、来年度から英語が教科化されたりプログラミング教育も始まったりするため、読解力の育成ばかりに時間をかけられないなどの課題もあります。
吉田昌平教諭は「こうすれば読解力が育つという正解はなく、なかなか目に見えた結果が出ないところに難しさを感じる。子どもはもともと好奇心が旺盛なはずだが、テストで与えられた問題しか答えなくなる。テストで測りえない考え続ける姿勢の土台を育てたい」と話していました。
日本の順位の水位
国際学力調査で、日本の子どもは「科学的リテラシー」と「数学的リテラシー」については第1回の2000年から今回の2018年まで、7回の調査すべてでトップクラスを維持しています。
実施年 科学・数学
2000年・・・・・・・・・ 2位・1位
2003年・・・・・・・・・ 2位・6位
2006年・・・・・・・・・ 6位・10位
2009年・・・・・・・・・ 5位・9位
2012年・・・・・・・・・ 4位・7位
ーー(調査方法変更)ーー
2015年・・・・・・・・・ 2位・5位
2018年・・・・・・・・・ 5位・6位
一方、読解力については、ほかの2つの部門と比べて、低い順位が続いています。2000年が8位、2003年は14位に下がり、教育関係者などの間で、ゆとり教育による学力低下が裏付けられたとして、PISAショックと言われました。2006年は15位、2009年は8位と推移しましたが、2012年に4位に順位を上げると、授業時間や教える内容を増やすなどした「脱ゆとり教育」の成果とされました。
【”スマホが学力を破壊する”これだけの根拠3時間触ると2時間の勉強がムダに】(2018.3.29 PRESIDENT Online)
川島 隆太東北大学加齢医学研究所教授
携帯・スマホの使用時間が長い子どもの学力が低いと聞くと、教育関係者を含む多くの人は、それは自宅で勉強しないで携帯・スマホを操作しているのだから低くて当たり前だと考えます。しかし、グラフから読み取れるように、自宅で勉強をしている生徒も、していない生徒も、等しく成績が低下しています。すなわち、家庭学習時間の減少が学力低下の直接の原因である可能性は低いと考えることができるのです。
私が特に深刻にとらえたのは、家でほとんど勉強をしない生徒たちのデータです。家で勉強をしない生徒たちは、当たり前のことですが、学校でしか勉強していませんから、学校の授業を受けた時に作られた知識・記憶によって、テストの成績が決まります。
学校の授業を受けただけの状態で数学の試験を受けると、平成25年度の試験では平均で約62点の点数がとれています。それが、携帯・スマホを1時間以上使うと、使った時間の長さに応じて成績が低下してしまうのです。4時間以上使うと15点も低くなっています。
2時間も自宅で勉強して、知識や記憶が増えたはずなのに、4時間以上携帯・スマホを使うと、自宅学習の分はおろか、学校で学んだことまで相殺されてしまっているのだとしたら、これは由々しき事態ではないでしょうか。
この結果から想定される最悪の仮説は、携帯・スマホを長時間使うことで、学校での学習に悪影響を与える何かが生徒の「脳」に生じたのではないかというものです。可能性(1)は、学校の授業で脳の中に入ったはずの学習の記憶が消えてしまった。可能性(2)は、脳の学習機能に何らかの異常をきたして学校での学習がうまく成立しなかった。どちらが正しいかはわかりませんが、ただ事ではないことは間違いありません。
*数学以外の教科では?
携帯・スマホを使うことで点数が下がってしまうのは、数学だけなのでしょうか? 他の科目のデータも見てみましょう。グラフ1-2は国語、1-3は理科、1-4は社会の成績です。理科と社会では、数学と同様に携帯・スマホの使用時間が長いほど成績が低くなる傾向が顕著でした。国語は、テストの性格の違いもあってか、成績の低下率が弱いように見えます。
総括すると、教科を問わず、携帯・スマホの使用時間が長い群は学力が低く、それは自宅学習時間の短縮とは関係がなさそうであることがわかります。
グラフ1-1から1-4でみえてきたことを、以下にまとめます。
・長時間携帯やスマホを使用する生徒の学力は低い。
・携帯やスマホの使用による家庭学習時間の減少が、直接学力低下の原因となっている可能性は低い。
・自宅学習をほぼ行っておらず、かつ携帯・スマホ使用時間の長い生徒たちの成績が低くなっていることから推測すると、学校での学習に悪影響を与える何かが生徒の脳に生じた可能性がある。
*さらなる実験の開始
平成25年度の仙台市の調査結果を受け、私は、携帯・スマホの使用が子どもたちの学力に強い負の影響を与えているかもしれないことに驚き、学習によって獲得した記憶を消し去っているかもしれないという可能性に恐怖しました。
同時に、平成25年度の調査自体に、スマホと携帯を区別していないなど、設定上いくつかの問題点があることも浮かび上がりました。とはいうものの、携帯電話を使ったインターネット使用は平成28年度のデータで約2.0%に過ぎず、半数近くの生徒はスマホでインターネットを使用しているのが現実です(平成28年度の内閣府政府統計「青少年のインターネット利用環境調査実態調査」より)。ですから、そのインターネット使用による影響は、主にスマホによる影響であると考えられます。
平成25年度の調査に含まれるもう1つの大きな問題点は、睡眠の影響に関してです。教育の世界では一般に、睡眠時間の短い子どもたちの学力が低いことは「常識」になっていました。携帯・スマホの使用時間が長いことで睡眠時間が短くなる場合があるために、学力の定着が悪いことが考えられます。「携帯・スマホの使用」が直接に成績へと影響を及ぼしているのではなく、単に睡眠不足のために学力が下がっている可能性があるということです。
こうした問題点を解消すべく、私たちの研究グループはさらなる調査を行い、スマホ使用と学力に関する驚きの事実を明らかにしました。詳細は拙著『スマホが学力を破壊する』(集英社新書)で紹介しています。ぜひ、ご一読ください。
東北大学加齢医学研究所所長。1959年千葉県生まれ。1989年医学博士(東北大学)。全世界でシリーズ累計販売数3300万本を突破したニンテンドーDS用ソフト「脳トレ」シリーズの監修者。著書は累計600万部を突破した「脳を鍛える大人のドリル」シリーズをはじめ、『現代人のための脳鍛錬』(文春新書)、『さらば脳ブーム』(新潮新書)など多数。