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読者の声」への59件のフィードバック

  1. 教会の司祭による不祥事等、いまだに後を絶たない。何故なのか?現実社会に於ける如何なる組織も必ず、不祥事を犯した本人は何等かの処分を当然受ける。が、問題はそれだけであろうか。優れた組織には必ず「自己修正プログラム」を有している。これを解り易く言えば「自己点検・自己内的批判・反省」であろう。が、残念ながら、カトリック教会にはそれらを有していない。確かに、教会で不祥事を犯した者を処罰はするが、何故その様な事柄が出現するのか、と言った事にはほとんど、考慮されていなし、言及さえされていない。
    この際、カトリック教会は長きにわたり、「司祭至上主義・司祭中心主義」を守ってきたと言えるだろう。もうこうした事は止めた方がいいのに決まっている。
    じゃあ、プロテスタン教会はどうか、と言った事が出てくる。プロテスタン教会は大まかに言えば「M・ルターの宗教改革」にその本質的な事柄は彼から答えを見出す事が可能である。

    結論を言えば、司祭がどんな不祥事を犯そうが、「教会」は正しく進んいると考えているのだろう。これを突き詰めれば「教会は常に正しい」と言えるのだろう。これらの事柄は不味い事に「ピオ10世」による「教皇不可謬権」が教会の教理・信条になった。従って、不可謬の教会は正しく歩むと言いたいのであろう。
    が、その組織の内に「自己点検・自己批判」を有さない組織は当然「腐敗」する。要するに、カトリック教会には「自己修正メカニズム」が存在しない、と言いたい。
    教会は「希望」云々を言うが、「改革」無ければ、それは「絵に描いた餅」に過ぎない。カトリック教会に改革を希望するなら、第二ヴァチカン公会議を開催したヨハネ23世教皇、はたまたフランシスコ教皇と言った人達の10倍、否、20倍、30倍の人間力を持った人が必要とされるであろう。

  2. 鹿児島教区の献金一律増額の計画、驚きをもって拝見しました。今時、時代錯誤な手法、あるいは法人組織の非社会的な稚拙さの問題ともうけとられました。確かにコラムのタイトルのように、交わり、シノドス的教会像とはかけはなれた統治者主導の教会像に悲しみと落胆さえ感じました。身を切る改革の提案もなく、ただ法人の形を保つための口実のような説明にしか思えませんでした。逆に法人を分相応に縮小するなど、現実的な事業の改革の提案、より幅広く教会の現場に話しを聞きにいって、教会を今後どうしていったらいいか、どうしていきたいかを相談する交流の場を持つなどもなくこれだとしたら、本当に思考停止だなと感じました。またクリエイティブに政策を切り替えるというような計画もみられない様子ですが本当に増額することは、いったい誰の何のためなのでしょうか?喜んで献金したい、そんな教会にしたいという話はなく、カトリック教会で、こういうのはいただけないと思わざるを得ません。

  3. 友人二人と一緒に教皇フランシスコの「識別」を輪読することになりました。以前、「カトリック・あい」に、教皇の水曜恒例の一般謁見での「識別について」の連続講話が掲載されていたことを思いだし、早速検索してみました。2022.8.31 から2023.1.4までの14回の講話を読むことができます。南條俊二氏の翻訳に心から感謝申し上げます。彼のカトリックへの深い思いの一部を共有させていただくことは、傾聴、識別、実践へtと続く道の第一歩となるでしょう。
    >
    > 感謝のうちに
    > 東京教区一信徒 mfk

  4. 鹿児島教区の現状にについて、これまでコラムが2回掲載されました。同じ教区の者として共感しています。更に付け加えるならば次のことが挙げられます。
    ・組織担当者が公表されておらず、誰がどのような役務を担当しているのかがわかりません。 特定の司祭が複数の役職を占有していること。それにより悪弊が生じています。
    ・会計の不透明さは以前から指摘されているにもかかわらず改善されていません。会計部長が10年近く継続して担当していることが問題です。会計責任者を交替して見直しが必要です。
    ・司教は小教区の司牧公式訪問をほとんど行っていません。教区報に掲載された司教のスケジュールを見ればわかります。カテドラルの隣にある
    司教館に住んでいますが、主日の日にカテドラルに顔を出すことはありません。
    ・信徒の声を聞く姿勢が見受けられません。信徒の不満はたまっています。あきらめて教会を離れていく信徒もいるのです。
    ・最近2名の司祭が離職しましたが、その理由を明らかにしていません。司祭が所属していた小教区の信徒からの情報で、ある程度の事情は伝わってきます。それにも関わらず「休養」「療養」ということしか言いません。隠す必要はないはずです。

  5. 8月の巻頭言で「中国共産党によるナラティブ攻撃」について取り上げて頂いたことを感謝します。
    国連で「沖縄は日本の植民地」「沖縄県民は先住民族」というデマを琉球民族独立総合研究学会(ACSILs)が
    発信している話を聞く機会があり、自分の知らぬところで恐ろしいことが起きていることを知って驚きました。
    反基地活動家共によって起きた辺野古沖16人転覆殺傷事件や2024年安和桟橋殺人事件に目を背け、
    中共によるナラティブ戦略に与する日本のカトリック教会に憤りを感じます。

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