(2026.2.22 Crux Nicole Winfield, Associated Press)
イタリア・アッシジ発―教皇フランシスコや過去のキリスト教徒たちに影響を与えた中世の修道士、アッシジの聖フランシスコの遺骨が22日から、聖フランシスコ大聖堂で、初めて一般公開される。聖人の没後800年を記念して行われるもので、3月22日までの期間限定だ。
聖フランシスコは1182年、裕福な家庭に生まれた。しかし教会を再建し改革せよという召命を受けたと主張し、富を捨て托鉢修道者として生きた。平和のメッセージ、被造物への愛、貧しい者への配慮で最も知られる。これらの教えは、聖人に因んで名乗った初の教皇であるフランシスコに強い影響を与えた。
聖フランシスコの遺骸は、保存状態を確認するためフランシスコ会修道士によって定期的に点検されてきたが、一般公開されるのは今回が初めて。聖遺物を地下聖堂から移し、1か月間巡礼者を受け入れる決定は、「彼の教えを後世に伝え、キリスト教徒が聖遺物の前で祈る機会を与える手段」と関係者は説明している。
これにより、ウンブリア地方の丘の上にある故郷アッシジは巡礼者を迎える新たな理由を得たが、主催するフランシスコ会の修道士たちは複雑な思いだ。。
既に約40万人がこの聖遺物の前で祈るために登録しており、アッシジのストッピーニ市長は3月22日に遺骨が墓に戻されるまでに50万人に達する可能性があると見込む。400人のボランティアが動員され、中世の石畳の街路を誘導し、防弾ガラスケースに収められた遺骨を拝観する人々を聖フランシスコ大聖堂に導く。市長は
「私たちはこうしたイベントには慣れているが、それは1日か2日、せいぜい3日程度。今回は1か月も続くので少し心配だが、落ち着いて対応している」と語った。
(フランシスコの遺骨を前で祈りを捧げる修道士たち=撮影:グレゴリオ・ボルジア/AP)
狭い土産物店が並ぶ通りと限られたサービスで構成される市街中心部は大きな負担に直面する。しかし同時に、大勢の巡礼者の流入には慣れているものの、通常は限られた祝祭期間のみであるアッシジ住民の忍耐力も試されることになる。
アッシジはもともと、ウンブリアの田園地帯の丘の上に位置する、世界で最も人気のあるキリスト教巡礼地のひとつだ。ピンクがかった石灰岩で築かれた街は独特の輝きを放ち、特に夕焼け時にはその美しさが際立つ。聖フランシスコの墓と、その上に聳える壮麗な聖堂があるため、毎年何百万もの巡礼者がここに集まる。聖堂内には聖人の生涯を描いたジョットのフレスコ画が飾られている。
アッシジは聖フランチェスコで有名だが、新たな聖人が新世代の巡礼者を惹きつけている。昨年教皇フランシスコによって列聖されたカルロ・アクティスだ。カトリック教会初のミレニアル世代の聖人である。
白血病で15歳で亡くなったアキュティスは別のアッシジの聖堂に埋葬されているが、特にラテンアメリ系の若者からの爆発的な人気により、アッシジはイタリアを訪れるカトリック青年団体の新たな巡礼地となっている。「広場に出ると、多くの人が『カルロはどこ?カルロはどこ?』と尋ねてくる」と、聖フランチェスコ修道院の管理人マルコ・モローニ修道士は語った。
(イタリア・アッシジの聖フランシスコ大聖堂で、聖人の遺骸の前で祈る修道士たちと修道女たち=撮影:グレゴリオ・ボルジア/AP)
昨年だけで巡礼者数は30
%増加したが、これはアクティスの列聖と聖年(ローマに約3300万人の巡礼者を呼び込み、その多くがアッシジへも足を運んだ)の両方が要因だろう。「素晴らしいのは、聖人同士が争わないことだ。神に感謝する」と彼は付け加えた。 「大聖堂を訪れる多くの人はカルロを見に来る。カルロ・アクティスを見に来る多くの人は大聖堂に来る。こうして浸透と拡大する動きが生まれ、確かに町には問題も生じている」とも語る。
絵のように美しい町に集まる宗教観光客や巡礼者で生計を立てるアッシジの土産物商人にとって、一ヶ月にわたるイベントは歓迎だ。「他の人々も、私たちが毎日見ているものを見られる」と、バジリカへと続く町のメインストリートにある土産物店で働く店主アリアナ・カタリネッリは語った。フランチェスコの精神が町に染み渡っているという。店にはアッシジのロゴ入りスウェットシャツ、アクティスの写真が印刷されたペン、聖フランチェスコをテーマにしたコーヒーマグ、ネオン色のロザリオが並んでいる。
だが、住民にとって駐車場を見つけるのは容易ではない。市役所は市街地の外に新たな駐車場を整備し、町内へのシャトルバスを運行している。地元銀行支店に勤めるリッカルド・バッコーニは、「追加駐車場が展示会の遺産となり、今後も住民の生活を楽にし続けることを望んでいる」と言う。「この町が観光で成り立っていること、そしてここに住むことを選んだ者は皆、それを受け入れなければならない。否定的に見ているわけじゃない。経済的には重要。デメリットよりメリットの方が大きい」。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)