ドゥアルテ大統領とフィリピンのカトリック教会 CRUX評論

(2016.10.29 CRUXエディター ジョン・アレン)

教皇フランシスコが11月初めにかけてスウェーデンを訪問し、カトリック世界の目は短期間、スカンジナビアに注がれることになるが、地球の反対側のフィリピンでは、長期にわたるとみられる注目に値するドラマが演じられている。

フィリピンは世界で第三のカトリック国であり、同国を上回るカトリック信者を擁するブラジル、メキシコと異なり、信仰と慣行はたくましくあり続けている。フィリピン人はアラビア半島からマレーシア、香港を超えて世界中に生活と労働の場を広げている。そうしたフィリピンのカトリック教会が今、危機を迎えている。

その危機は、ほかの地域で起きているような幼児性的虐待や財政危機、神学論争など、カトリック教会内部で起きているものではない。この国の新指導者、ドゥアルテ大統領に対する両極端の反応の産物だ。

彼は6月30日に政権を取ったばかりだが、最初の100日間にとった行動を責めることができない。犯罪に対して強硬な政策を実行し、世界中でされたことのないような強烈な麻薬撲滅作戦を展開している。この作戦で、これまでに推定で3000人が死亡し、ごく最近の例では、麻薬取引で大領力に告発された小さな町の町長が麻薬撲滅の検問で引っかかった9人とともに警官隊に射殺された。(この町長は容疑を否定したが、彼のボディーガードが警官隊に向けて発砲したため、反撃した警官に射殺された。)

大統領の「監獄に入れない(で殺す)」というやり方は人気を保っているが、人権団体や国連、米国など海外からの批判を引き起こしており、国内でも、麻薬王たちに立ち向かう姿を歓迎する声の一方で、彼の「奴らをやっつけろ」の哲学がかえって症状を悪化させることになるのではないか、という心配の声も出ている。そして、こうした西部劇スタイルの対応に疑問をもち、新政権に重大な疑問を発する動きの先頭に、カトリック教会の司教たちがいる。

フィリピン司教協議会会長のソクラテス・ビレガス大司教は最近、ドゥトルテのもとでフィリピン人の価値観が低下していることを嘆く「困惑と悲しみ、だが望みはある」と題する声明を発表した。大司教は声明の中で、麻薬撲滅戦争だけでなく、大統領の暴言、周到に組み立てられた虚言と低俗さ、を引き合いに出している。

批判するだけではなく、前向きな行動もある。将来の教皇との呼び声が高いアントニオ・タグレ枢機卿(マニラ大司教)は、犯罪者の殺戮よりも有効な麻薬の脅威への対策として、麻薬患者の治療とリハビリの施設を教会主導で進めるプロジェクトに取り組んでいる。

最近の声明で、フィリピンの司教団は「神はわたしたちを絶対にお見捨てにならない」「私たちには、自分自身も兄弟姉妹も見捨てる権利はない」と述べている。

ドゥトルテとカトリック教会のトゲトケしい関係は、昨年1月の教皇訪問の際にマニラで起きた交通渋滞を挙げて教皇フランシスコを「son of a bitch」呼ばわりしたことや、彼が少年時代にイエズス会の高校で神父に嫌がらせをされた経験も合わせてなどももとになっている。

それに加えて、ドゥトルテは「下層」から出たフィリピンで初の大統領だ。このことは、彼が同国の政治を伝統的に支配してきた集団の出ではなく、貧しい多数の国民の支持を基盤に置いていることを意味する。教会の社会的基盤も同じところにあるので、だれが民衆のために信ぴょう性を持って語るのかで対抗意識を述べ立てられず、多くのカトリックの指導者たちに良心の危機を作り出している。

言い換えれば、1980年代のマルコスと「民衆の力」の時代以来なかったフィリピンにおける教会と国家の摩擦の長期循環の段階に入り始めた、ということだ。

だが、それが部外者の外国人のわれわれにどのような関わりがあるのか。関心を持つべき理由が三つある。第一に、フィリピン人が世界中に拡散しているために、世界中のカトリック信者の暮らしに良かれ悪しかれ影響を与える大きな潜在力があるためだ。フィリピンのカトリック指導者が国内問題だけに関心を向けるなら、その潜在力を発揮する力も消えてしまうだろう。

第二に、ドゥトルテは、特別に極端な形だとしても、かけ離れたケースではないためだ。彼を権力の座に就かせた既存体制への激しい怒りと憤りは、見かけには若干の違いはあれ、米国大統領選挙における「トランプ現象」の説明の助けになる。投票の結果がどうなろうと、有権者の中に起きた現象は消え去りはしない。言い換えれば、フィリピンの教会は幅広い意味合いとともに、政治的、文化的な強力な動きの第一線に立たされているのだ。

第三にタグレ枢機卿が選ばれようと選ばれまいと、世界のカトリック教会はそれに関係なく、フィリピンの指導力に対する依存の度合いを高めつつある。フィリピンは、布教区の数で世界各国のうちの上位を占め、バチカンにおいても、フィリピン移民人口を多く抱える国々でも、影響力を高めている。彼らの経験と見識は長期にわたって教会の進路に影響を与えるだろうし、現在の危機を通して彼らの生き方を前向きに捉えるために、フィリピンのカトリック信徒の動きに注目していく必要がある。

好むと好まざるとに関わらす、カトリックは「フィリピンの時」の瀬戸際に立っているのだ。現在の問題は、その時はどのようなものなのか、ドゥトルテの影がその絵のどれほどの部分を占めることになるのか、である。(翻訳・南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」(欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。最近、映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、ご紹介しています。

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2016年10月31日