「物事を教え、知らせるイエズス会は、『将来の統治を確かなものにする法の定めに敬意を払わないなら、そのような国は成長できない」ということを皆に納得させる大胆さをもって働いていると信じています」と述べた。
教皇はまた、フランスの司教団が最近、政治の再建に関する文書を更新したことを高く評価して、このことは、「人々の一致、多様性を持つさまざまな人々の諸集団の一致を作り出す名工の技」とは政治においてどういうものかを示している、と語った。そしてイエズス会士たちに、福音の”現地化”の立場に立って、信仰、思想、文化を画一化する動きに立ち向かうように強く求め、植民地主義の裏にある「解釈における中央集権主義者の典型」が存在していることを遺憾としたうえで、教会は今こそ、「一つ一つの人々の集団、文化、言葉を尊重して、物事を多様に解釈」していかねばならない、と訴えた。
さらに教皇は、今夏のポーランドでのイエズス会士たちとの集まりで行った呼びかけを繰り返す形で、魂の識別の技―イエズス会士の「特技」―を持って、次世代の司祭たちの育成を助けるように、参加者たちに求めた。そして、このところ数多くの神学校が識別とは正反対の形式主義や硬直的な姿勢へ逆行し、悪か善かで割り切る考え方で倫理道徳について詭弁を弄する傾向に陥っている、と警告。すべての道徳の領域が『あなたはしていい』と『してはいけない』、『ここではいいが、ここではいけない』に限定された教え方―第二バチカン公会議以前に教皇の世代の司祭たちが教えられた「衰退したスコラ哲学」―そうした「『識別』とは程遠かった過去に似てきていることを「とても心配しているのです」と強調した。
そして、客観的な道徳性を欠いた「ご都合主義」に陥ることなく、聖トマス・アクイナスと聖ボナベントゥラの「偉大なスコラ哲学」の特徴である「識別に内包された偉大な財産」を再び取り戻すことの必要性を説いた。二人の哲学的な手法―原則を踏まえながら、実際の状況に応じて援用していくやり方―は「カトリック教会のカテキズム」と教皇が先に公表した家族の問題に関する使徒的勧告「愛の喜び」の根底になっている、とし、この使徒的勧告は、再婚した人々に彼らの置かれた状況について識別しながら、寄り添うことを、司祭たちに求めているが、「(「家庭」をテーマに開いた2回のシノドス(全世界司教会議)を通して、全教会によってなされた識別」に沿っていることを強調した。
「現実の生きざまの文脈」の中で神学を学ぶことについて出席者から問われた教皇は、「自分の身の回りの人々の生きざまだけでなく、ずっと離れた辺境の人々の生きざまとも繋がりをもって、学問的な学習がなされ、それに祈りと個人レベル、共同体レベルの識別を伴う必要があります」と答え、「これらの一つでも欠けていたら、私は心配を始めるのです」と念を押した。
「召命」についての問いには、教皇は、司祭としての、宗教者としての生き方への呼びかけを窒息させるような聖職権主義を強く批判し、「聖職権主義は成長を認めません。洗礼のもつ成長の力を認めないのです」と語り、「召命は存在します―あなた方自身が、それをどのように扱おうとするのか、どのようにそれに加わるのか、を知らねばなりません」。「召命」は2018年に開かれるシノドスのテーマだ。「仮に司祭がいつも急いでいたり、何千もの管理上の仕事に忙殺されたり、霊的な方向が聖職者のカリスマでなく、一般の信徒のカリスマに向いていることに納得がいかなかったり、召命の識別において一般信徒にとどまることをもとめたりする場合には、召命を受けないことは明らかです」として、こう付け加えた。「若い人々は要求をしたり、疲れてしまったりしてもいい、だが、際限ない集まりに時間を費やすよりも、さまざまな企画の仕事について聞き、招かれる必要がある」。
このテーマについて最も強い言葉で、教皇は、召命を不胎化させてしまうのは「自殺」だ、なぜなら教会は「母」だからだ、とし、「召命を奨励しないことは、聖職者を生む卵管を結束すること。母親に子を持つことをさせないからです」と言い切った。
自らの「慰め」を受けた体験―聖イグナチオ・ロヨラの霊性で、神の現存の体験を意味するのだが―について問われた教皇は、「日々の終わりにその日起きたことや行いを振り返る時に、ほとんどいつも体験しています。慰めを受けることは、私がこれまでに見つけた最高の落ち込み防止薬。主のみ前に立つとき、それを見出し、その日一日、主がなさったことを明らかにしていただくのです」と答え、「一日の終わりに私を導いてくださったこと、私自身の抵抗する気持ちにもかかわらず、波に乗せられるように運んで下さる力が働いていることを確信した時、私は慰めをいただくのです」と付け加えた。さらに、教皇職に在って、「私は神の内にあると感じることで慰められます―私がここで踊っているのは、私への票が集まったからではなく、神がそこにおられたからだ、と」と確信を加えた。
(南條俊二訳)