・Crux 独占会見ー教皇、性的虐待被害者への対応の遅れに不満表明、真摯な対応を強調

(2025.9.18 Crux Staff)

 ローマ発―教皇レオ14世はこのほど行われたCruxとの単独会見で、性的虐待という「真の危機」にカトリック教会が直面し続けていることへの質問に答えられ、「被害者は深い敬意をもって扱われねばならない。虐待によって非常に深い傷を負った人々は、その傷を一生背負い続けることもあるのです」と語られるとともに、被害者案件への対応の遅れに不満を表明。同時に、虚偽の告発が司祭の人生を破壊しうる危険性も指摘された。

 教皇の発言は、Penguin Peru 社から18日にスペイン語版が発売されたCrux記者、Elise Ann Allenの教皇単独会見をまとめた「 León XIV: ciudadano del mundo, misionero del siglo XXI,(Leo XIV: Citizen of the World, Missionary of the 21st Century」 でされているもの。

 教皇はその中で、性的虐待問題への教会としての対応について、「何よりもまず、司祭、司教、信徒、修道者、男性・女性、カテキスタなど教会関係者によって人々が被った痛みや苦しみに、真摯で深い感受性と慈愛を育まねばなりません」と訴えられた。

 また、虐待事件における被疑者の権利への注目も高まっていることに注意を向けられ、「 人々はますます声を上げ始めています。『被告にも権利があり、その権利が尊重されていない』と多くの人が確信しています」とし、「虐待の申し立てを行う人々の90%以上が真実を語っていること」を強調。「彼らは作り話をしているわけではありません」と語られた。

Pope tells Crux: Abuse victims deserve compassion and justice, but beware false allegations

 その一方で、教皇は、「何らかの虚偽の告発が証明された事例があることも事実。人生を台無しにされた司祭たちもいます」と述べられた。

 そして、性的虐待への対処として、「加害者を処罰し、被害者に金銭的補償を提供することが重要だが、それだけでは不十分… 金銭的和解をしたり、虐待が判明した司祭を解任したからといって、被害者の傷が癒えると思うのは、ナイーブすぎる」と述べられた。

 「被害を受けた多くの人々が深い傷を負ってきた。私たちは可能な限り彼らに寄り添い、支えようとせねばなりません。教会に留まりたいと望む者たちもまた、教会の一部なのです」とする一方、「苦しみのために教会を離れた人々もいます。その選択は尊重されねばならない」と語られた。

 また教皇は、性的虐待スキャンダルへの教会の対応について、被害者や批判者から広く表明されている不満—法的手続きの進展が遅すぎること—を認めつつも、「その解決策は、必ずしも明確に定まっているわけではない。法律は全ての人々の権利を守るために存在しますが、全ての権利を尊重する信頼できる司法制度を構築するには時間がかかります」とも指摘。

 続けて、「世俗の司法制度が必ずしも迅速であるわけではない。私は、イタリアに住み、ペルーに住んだこともありますが、米国でさえ、裁判所に持ち込まれる多くの訴訟は判決が出るまで数年、いや何年もかかります。これは紛れもない事実です」と認められた。

 そして、「根本的に、全ての人の権利が重要ですが、被害者が名乗り出て告発し、その告発が仮に正確であったとしても、それは推定無罪を無効にするものではない。司祭たち、あるいは被告人も保護され、その権利は尊重されなければなりません」とも語られ、こうした発言が「被害者にとって、さらなる苦痛をもたらす可能性」を認めつつ、「迅速かつ確実な処罰と適正な手続きの保証とのバランスを取る必要性が、教会を板挟みにすること」も指摘された。

 さらに、「教会は新たな法整備を試みてきた。手続きを迅速化しつつ…被害者とその苦痛に応え、教会からの何らかの対応を通じてその苦痛が認められる権利を保障すると同時に、被疑者も尊重するもの。被疑者の権利保護もまた課題です」としつつ、「教会は、被害者への寄り添いを継続的に改善すべきです。人々の苦痛に寄り添う最善の方法を学ぶ上で、私たちの多くはおそらくまだ初心者。この分野では専門家の支援が今後も必要」であることも強調。

 続けて、「虐待問題からの回復が極めて重要」である一方、「教会がこの問題に完全に飲み込まれないこと」も重要とされ、「教会には福音を宣べ伝える使命があります。神に感謝すべきことに、教会に献身する大多数の人々―司祭、司教、修道者―は誰も虐待したことがない。ですから、教会全体をこの問題だけに集中させるわけにはいきません。それは世界が求める教会の使命に対する真の応答とは言えないからです」とも語りつつ、「教会には他にも多くの人がおり、彼らが経験していることに対して寄り添われる権利があります。教会は彼らとも共に歩まねばなりません。これは私が対処の道を探ろうとしている数多くの課題の一つに過ぎないのです」と語った。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
2025年9月18日