(2025.8.7 Vatican News Linda Bordoni )
広島、長崎原爆投下から80周年を記念し、米国のカトリック教会指導者と共に「平和の巡礼」を行っているクピッチ枢機卿が長崎でミサを捧げ、ミサ中の説教で、米国が日本の二つの都市に原子爆弾を投下したことについて、「国際法とカトリック教義の核心的な原則、特に戦闘員と民間人の区別を放棄した点で、深刻な〝欠陥″がある」と厳しく批判した。
枢機卿は、「第二次世界大戦の残虐さの中で、非戦闘員は攻撃対象としない、という伝統的な原則は崩れ去った」とし、原子爆弾投下前に、すでに米軍は(非戦闘員である一般住民が多く住む)日本の都市への焼夷弾攻撃を行い、「〝総力戦″の名の下に、一般住民を標的とすることが常態化されつつあった。ヒロシマとナガサキが原爆攻撃の対象として選ばれた理由の一つは、すでに日本の他の都市を爆撃、破壊していたことから〝新兵器″を使用することへの心理的抵抗は弱められていた」と指摘。
そして、米国人イエズス会士ジョン・フォード師が、原爆投下の直前、1944年に「〝せん滅爆撃(目標を完全に破壊し、痕跡すら残さないような大規模な爆撃。一般的には、都市や戦略目標に対して行われ、甚大な被害をもたらす爆撃を意味する)″は道徳的に受け入れられない」と非難していたたことを挙げ、「フォード師の警告は、核抑止に関する道徳的疑問が未解決のまま残る今日も響き渡り続けています」と強調した。
さらに枢機卿は、米国の世論も今や大きく変わり、第二次世界大戦の”せん滅爆撃”を批判する人が過半数になってはいるものの、多くの米国人が現代の紛争シナリオの中で、依然として核兵器の使用を依然として受け入れていることに懸念を表明。「米軍兵士たちの命を救うためなら核攻撃を行うことを支持する意見が多数表明されている最近の米国の世論調査結果を挙げ、これは、1945年以来、米国民の核兵器使用や外国の民間人を意図的に殺害する意思が、多くの研究者が想定していたほど変化していないことを示している」と警告した。
枢機卿は、教会の「正義の戦争」の伝統の再構築の必要性も強調。「正義の戦争を認める教会の伝統は、戦略的計算ではなく、道徳的形成と連帯に根ざしていなければなりません」と言明。また、バチカン総合人間開発省が提唱する「包括的軍縮」の重要性にも言及しました。これは、平和の社会的、経済的、生態学的基盤に取り組むことを求める概念だ。
核抑止についても、枢機卿は、「核兵器の保有によって他国の核兵器使用を抑えようとする考え方によっては、国際的な連帯、真の発展、人権に 触発された倫理がもたらす国家間の平和共存を実現することは決してできません」と強調。核兵器を保有する国同士の対立が生み出す平和の幻想に警鐘を鳴らし、「イランと北朝鮮をめぐる最近の地政学的緊張を、核兵器がもたらす継続的な危険」の証拠として挙げた。
また枢機卿は、「米国には、ロシアと共に核超大国の一つであることから、特別な責任があります… 米国は、非核の基盤に立つ国際秩序の構築を目指す必要がある」と訴え、新たな軍縮努力の推進と”新孤立主義”の拒否を呼びかけました。
説教の最後に枢機卿は、広島、長崎の「ヒバクシャ」の平和活動への長年の貢献を称え、その声を核軍縮努力の継続的な原動力として続ける必要性を強調。「人類は核軍縮の実現にコミットしなければなりません。なぜなら、この競争は、誰も真に勝つことはできず、数億人の命が失われる可能性があるからです」と訴えた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)