
(2024.9.10 Vatican News Lisa Zengarini)
東ティモール訪問中の教皇フランシスコは10日、ディリの無原罪の御宿りの大聖堂で聖職者、修道者、神学生、カテキスタと会見され、この国で”福音の香り”を守り、広めるよう促された。
あいさつの冒頭、教皇は、「東ティモールは、”世界の端”にあるからこそ、”福音の中心”! 世界の端にあるにもかかわらず、しばしば辺境の人々に焦点をあてている福音の中心なのです」と強調。
そして、東ティモール司教協議会会長のノルベルト・ド・アマラル司教の冒頭発言にヒントを得て、「キリストの心においては、”実存的周辺”が中心であることを、私たちは知っています」と語られた。
教皇は、修道女、司祭、カテキスタの証言をもとに、彼らの仕事と課題について振り返られ、ベタニアのマリアが高価な香油をイエスの足に塗ったヨハネ福音書の箇所を取り上げて、「この物語は、キリストとその福音の香りが、私たちが守り、広めるよう求められている賜物であることを教えてくれます」と説かれた。
また、この地域に自生する白檀を取り上げ、聖職者、修道士、教理教師らに対し、「東ティモールにおける『キリストの香り』であることを自覚し、信仰の真髄に立ち返るように」と促され、 「(キリストの足に高価な香油を塗った)ベタニアのマリアのように…私たちも、主が注いでくださった愛を大切にしなければなりません。そうすれば、その愛は色あせたり、香りを失ったりすることはありません」と強調。
さらに、「この”香り”は、個人的な使うためではなく、キリストの足に油を注ぎ、福音を宣べ伝え、貧しい人々に奉仕するためのもの」であることを聖職者たちに思い起こさせ、常に存在する「生ぬるい霊的凡庸さ」に警戒するよう注意された。
加えて教皇は、「キリスト教の教義と信仰に関する知識を継続的に深め、キリスト教の教えと矛盾する可能性のある『古風で、時には迷信的な慣習や伝統』から、自分たちの文化を”浄化”するのを助ける必要があります」と説かれた。また、復活の信仰や死者の魂への敬意など、彼らの文化の「美しい」側面を尊重するようにうながされた。
続けて教皇は、聖職者と教会関係者に、「熱意と勇気をもって福音の”香り”を広め、躍動的な宣教の精神を待つように」と促され、イエスに香油を塗るためにアラバスターの壺を割ったマリアのイメージと、シスター・ローザが証言で述べた「動く教会」のイメージを使って、 「福音宣教は、香りの入った瓶を『壊す』勇気、つまり私たちをしばしば閉じ込める『殻』を壊す勇気を持つときになされるのです」と強調された。
さらに、長年の戦争に苦しんだこの国が、「福音の香り」で和解、平和、思いやり、正義を促進し、長いキリスト教の歴史をもつ国での福音宣教の「新たな推進力」を持つ必要性を訴えられ、「福音の香り」は、「思いやりの香り」、「貧しい人々が立ち直るのを助ける」ものであり、暴力、アルコール依存症、女性への軽蔑など、東ティモール社会に影響を与えている社会悪と闘うために、広めねばなりません」と主張。
そして教皇は、「イエスの福音には、新しい社会を生み出す力があります。そのために、東ティモールには、情熱をもち、準備を整え、創造的な聖職者、カテキスタが必要です。 司祭は神の慈悲のしるしでなければなりません」と厳しく注文。特に司祭たちに対して、「謙虚さを保つこと、個人的な利益や社会的名声のためにその立場を利用しないように」と促され、「あなたがたは、常に祝福し、慰め、常に慈悲の奉仕者であり、神の慈悲のしるしでなければなりません」と強く求められた。
この会見での証言者の1人、サンチョ神父の「神は、ご自身が召し、その使命に送った人々の世話をする方法を知っておられる」ことを思い起させる言葉で、あいさつを締めくくられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)