(2025.12.2 Vatican News)
教皇レオ14世は、6日間のトルコ・レバノン訪問を終えてローマへ戻る機内で記者団と会見され、紛争が続く世界におけるバチカンの役割について、「和平交渉を”水面下”で働きかけ、全ての当事者が武器を置くよう促すこと」と述べ、ウクライナ情勢に関しては「欧州の関与とイタリアが果たすことのできる重要な役割」を強調。また教皇にとって「神に人生を捧げ、歩むべき道を導いていただく」ことの重要性を語られた。
教皇は機上会見でまず、81名の同行記者団に対し、協力を感謝された後、記者の質問に答える形で、英語、イタリア語、スペイン語で、今回の両国訪問、中東、ウクライナでの戦争、和平交渉における欧州の役割、ベネズエラの状況などについて語られた。
以下は、質疑の全文。
「レバノンの持続的平和実現へ、関係指導者たちへの呼びかけを続ける」
*Joe Farchakh (LBC International):あなたは、平和プロセスを主導する米国人の教皇です。ドナルド・トランプ大統領やベンジャミン・ネタニヤフ首相との人脈を活用されるのでしょうか。行きの機上で、バチカンはイスラエルの友人であると述べられましたが、イスラエルによるレバノンへの侵略を止める問題を取り上げられるのでしょうか?また、この地域では持続可能な平和は可能でしょうか?
*教皇:まず第一に「はい」。持続可能な平和は達成可能だと信じています。私たちが希望について語り、平和について語り、未来に目を向けるのは、この地域、そしてあなたの国、レバノンに再び平和が訪れることが可能だと信じているからだと思います。
実際、私は既に、ごく小規模ではありますが、おっしゃった地域の指導者数名との対話を始めています。今後も、私個人として、あるいはバチカンを通じて、これを継続する考えです。なぜなら、バチカンは、この地域のほとんどの国々と外交関係を有しているのが現状であり、本日のミサの最後に申し上げた平和への呼びかけを、引き続き発信していくことが、私たちの願いだからです。
「ヒズボラからメッセージを受け取った、対話へ”舞台裏”の説得を絶やさない」
*Imad Atrach (Sky News Arabia):講話で、レバノン当局に対し、交渉、対話、建設に向けた明確なメッセージが示されました。バチカンはこの点で具体的な行動を取られるのでしょうか?昨夜はシーア派の代表者と面会されました。ご訪問前にヒズボラからメッセージが送られていましたが、お受け取りになったか、お読みになったかは存じ上げません。この件についてお聞かせいただけますか?
*教皇: 今回の訪問の主目的ではありませんでしたが… 訪問はニカイア公会議をテーマに、カトリックと正教会の総主教との会談、教会内の統一の探求といったエキュメニカルな課題を踏まえて計画されたものです。確かに、この旅の途中では、政治的権威を代表する様々なグループの代表者、あるいは地域の内戦や国際紛争に関与する人々や団体との個人的な面会も持たせていただきました。
私たちの活動は、主に街頭で宣言するような公的なものではありません。むしろ”舞台裏”での働きです。これは既に私たちが実践し、今後も続けていくことであり、関係諸派に武器を置き、暴力を放棄し、対話のテーブルに着くよう説得するためです。暴力に頼らず、より効果的な答えと解決策を共に模索するためです。
*Imad Atrach:ヒズボラからメッセージついてお伺いします。
*教皇:はい、拝見しました。教会側としては、彼らが武器を置き、対話を模索すべきだという提案が明確にあります。しかしそれ以上の点については、現時点ではコメントを控えさせていただきます。
「私を理解するための一冊は『“The practice of the presence of God( 神の臨在の実践)』」
*Cindy Wooden( CNS): 数か月、「教皇としての職務には”学習曲線”がある」とおっしゃっていました。昨日、ハリッサに到着された際、温かい歓迎に「Wow!」とおっしゃったように見えました。現在学ばれていること、教皇として最も難しい学びは何でしょうか?また、コンクラーベで結果が明らかになった瞬間の心境についてもまだお話しいただいていません。少しお聞かせいただけますか?
*教皇:そうですね、まず申し上げたいのは、ほんの1、2年前までは私自身、いつかの時点での引退を考えていた、ということです。どうやらあなたは、その贈り物を受け取られたようですね。私たちの中には働き続ける者もいますから(編集注:ウッドン氏が12月に引退することに言及したジョーク)
コンクラーべ自体については、私は、その秘密を非常に厳格に守ろうと考えています。公のインタビューで一部が明かされたことは承知していますが。私が教皇に選出される前日、ある記者にこう申し上げました。ちょうど向かいのアウグスティヌス会修道院で昼食を取ろうとしていたところでした。彼女は通りで私を捕まえ、「ご見解は?あなたは候補者の一人になられましたよ!」と話しかけてきたのです。私はただ「すべては神の御手の中にあります」と答えました。そして私は、それを深く信じています。
先日、ドイツ人ジャーナリストの方から「聖アウグスティヌス以外に、プレヴォストを理解するために読むべき本を1冊教えてください」と尋ねられました。いくつか思い浮かびましたが、その一つが『“The practice of the presence of God( 神の臨在の実践)』という本です。著者は姓すら明かさないローレンス兄弟による、非常に簡素な書物で、何年も前に書かれたものです。この書物は、ある種の祈りと霊性を描いています。それは、単に自分の人生を主に捧げ、主に導かれるままに委ねるというものです。私について何か知りたいなら、長年にわたる私の霊性です。
大きな試練の真っ只中で、テロリズムの時代にペルーで生活し、自分が奉仕するとは思ってもみなかった場所に召される中で、私は神を信頼しています。そのメッセージは、私がすべての人々と分かち合うものです。では、どのような状況だったのでしょうか?事態の推移を見て、これが現実となり得ることを悟り、私は覚悟を決めました。深く息を吸い込み、「さあ、主よ、お任せします。どうか導いてください」と祈ったのです。
昨夜「W0w!」と言ったかどうかは定かではありません。私の表情は確かに豊かですが、ジャーナリストの方々が私の表情をどう解釈するかには、しばしば笑いを禁じえません。つまり、興味深いことに、皆さんから本当に素晴らしいアイデアをいただくことがあります。皆さんは、私の心や表情を読み取れる、と思っているのでしょうが、必ずしも正しいとは限りません。
例えば、「若者のための聖年」では100万人以上の若者が集まりました。昨夜の集まりは小規模でしたが、私はいつも感嘆させられます。「この方たちは教皇に会いたくて来られたのだ」と考える一方で、「イエス・キリストにお会いしたくて、平和の使者に会いたくて来られたのだ」とも思うのです。特に今回はそう感じます。彼らの熱意に耳を傾け、そのメッセージへの反応を聞くことは、畏敬の念を抱かせるものです。こうした若者たちが示す全てに、いつまでも感謝の念を抱き続けられますように。
「ウクライナ和平へ欧州、特にイタリアの役割は重要、バチカンも仲介を奨励する」
*Gian Guido Vecchi (Corriere della Sera):現在、NATOとロシアの間には大きな緊張が高まっている。ハイブリッド戦争やサイバー攻撃の可能性など、様々な懸念が語られています。NATO指導部が指摘するように、新たな手段を用いた紛争激化の危険は存在するとお考えでしょうか?また、このような状況下で、ここ数か月の、米国大統領による意図的な欧州排除のままで、公正な平和のための交渉は可能でしょうか?
*教皇:これは明らかに世界の平和にとって重要な問題ですが、バチカンは直接関与していません。なぜなら、私たちはNATOの加盟国でもなければ、これまでのいかなる協議にも参加していないからです。とは言え、私たちは何度も停戦を呼びかけ、対話を求め、戦争を避けてきました。そして今やこの(ウクライナ)戦争は、多面的な様相を呈しています。武器の増加、進行中のあらゆる兵器生産、サイバー攻撃、エネルギー問題。冬が迫る今、深刻な問題が生じています。
一方で、米国大統領が、自ら推進したい平和計画を、少なくとも当初は欧州抜きで進められる、と考えていることは明らかです。しかしながら、欧州の存在は重要であり、最初の提案も欧州の意見を受けて修正されました。特に、イタリアの役割は非常に重要であると考えます。文化的・歴史的に、イタリアはウクライナ、ロシア、アメリカといった異なる当事者間の紛争において仲介役を果たす能力をもっています。この意味で、バチカンがこの種の仲介を奨励し、真の平和、公正な平和をもたらす解決策を、この場合はウクライナにおいて、共に模索すべきだ、と提案できます。
「次の訪問地はアフリカ、特に聖アウグスチヌスゆかりのアルジェリアを希望、中南米も」
*Elisabetta Piqué (La Nación):レバノンの国旗はペルーの国旗と同じ色です。これは、来年後半にアルゼンチンやウルグアイと合わせてラテンアメリカを訪問されるというお約束の表れでしょうか? 冗談はさておき、来年に向けてどのような訪問を準備されていますか?さらに、ラテンアメリカと言えば、ベネズエラ情勢により大きな緊張が生じています。トランプ大統領はマドゥロ大統領に対し、辞任と権力離脱を要求する最後通告を行い、軍事作戦による排除をほのめかしています。この件について、どのようにお考えでしょうか?
*教皇:訪問に関しては、絶対的な確約はありません。アフリカへの訪問を実現させたいと考えております。おそらく次回の訪問先となるでしょう。
*Elisabetta Piqué:どこへ?
*教皇:アフリカ、アフリカです。個人的には、聖アウグスティヌスのゆかりの地を訪れるため、またキリスト教世界とイスラム世界の間で対話と架け橋を築くための対話を継続するため、アルジェリアへ赴きたい、と願っています。過去、別の立場において、このテーマについて語る機会を既に得ています。 興味深いことに、聖アウグスティヌスの存在は「架け橋」として大いに役立ちます。アルジェリアでは、彼は祖国の子として非常に尊敬されているからです。これが一つ目の理由です。
他にもいくつかの国がありますが、現在調整中です。明らかに、ラテンアメリカ、アルゼンチン、ウルグアイを訪問したい、と強く願っています。これらの国々は教皇の訪問を待っています。ペルーも私を迎えてくれるでしょう。ペルーを訪問すれば近隣諸国も多数含まれますが、計画はまだ確定していません。
ベネズエラに関しては、司教協議会レベルおよび教皇大使と共に、状況の沈静化を図る方法を模索しています。何よりも国民の利益を追求しています。こうした状況では、当局ではなく国民が苦しむからです。米国からの”信号”は変化しており、状況を見極める必要があります… 両大統領間の電話会談があったようですが、他方で、軍事行動や作戦、さらにはベネズエラ領土への侵攻を含む危険性、可能性が存在します。経済的圧力を含むこうした圧力の中で、対話を模索することが最善だ、と改めて考えます。ただし、米国がそう決断されるのであれば、変化をもたらす別の方法を模索すべきでしょう。
「欧州にイスラム教を脅威とする人々がいることは承知、キリスト教徒とイスラム教徒が協力し合う必要」
*Michael Corre( La Croix): 先ほど、異なる世界間の「架け橋」を築き続けることについてお話しになりました。お伺いしたいのですが、欧州の一部カトリック教徒は、イスラム教が西洋のキリスト教的アイデンティティに対する脅威だ、と考えています。彼らの見解は正しいのでしょうか。また、彼らにどのようなお言葉をかけられますか?
*教皇:トルコとレバノンでの滞在中、多くのイスラム教徒を含む方々との対話は、まさに平和と異なる宗教を持つ人々への尊重という主題に集中していました。常にそうであったわけではないことは承知しています。欧州においても、移民に反対し、他国・他宗教・他民族の人々を排除しようとする人々によって、しばしば恐怖心が煽られていることは承知しています。その意味で、私たちは皆、協力し合う必要があると考えます。キリスト教徒とイスラム教徒が共に集い、協力して働こう、と語った話などです。こうした教訓は、欧州や北米においても重要な意味を持つでしょう。私たちは恐れを少し抑え、真の対話と相互尊重を促進する方法を模索すべきかもしれません。
「ドイツの『シノドスの道』、”文化適応”の配慮は必要だが、断絶や分裂があってはならない」
*Anna Giordano (Ard Radio):レバノンの教会はドイツの教会からも支援を受けています。例えば、レバノンで非常に活発に活動しているドイツの援助機関がいくつかあります。その観点からも、ドイツの教会が力強い存在であり続けることは重要です。ご存知かと思いますが、ドイツ教会では現在「Synodaler Weg(シノドスの道)」と呼ばれる変革プロセスが進められています。このプロセスは教会を強化する道となり得るでしょうか? それとも逆の効果をもたらすのでしょうか? その理由も教えてください。
*教皇:Synodaler Wegはドイツ固有のものではありません。過去数年にわたり、教会全体がシノドス(注:共働性をテーマとした世界代表司教会議)とシノダリティ(共働性)を実践してきました。ただ、ドイツにおける『Synodaler Weg』の進め方と、普遍教会において今後も継続されるであろう進め方との間には、大きな類似点がある一方で、顕著な相違点も存在します。
確かにインカルチュレーション(文化適応)への配慮の余地はあると言えるでしょう。ある地域でシノダリティが特定の形で実践され、別の地域で異なる形で実践される、という事実は、断絶や分裂を意味するものではありません。この点を心に留めておくことが非常に重要だと考えます。
同時に、ドイツの多くのカトリック信徒が、これまでドイツで実践されてきた”シノドスの道”の特定の側面が、自らの教会への希望や教会を生きる方法を表していない、と感じていることも認識しています。ですから、ドイツ国内においてもさらなる「対話と傾聴」が必要です。それは、誰の声も排除されることなく、非常に多く存在するかもしれない「発言の場を持たず、自らの声や教会参加の表現が聴かれる機会を得られない人たち」の声を、強い立場にある人たちの声が、沈黙させたり抑圧したりすることがないようにするためです。
ご存知の通り、ドイツ司教団はここ数年、教皇庁の枢機卿グループと会合を重ねてきました。そこでも継続的なプロセスが進められており、ドイツの「教会共同体の歩み」が、いわば普遍的教会の道筋から逸脱しないよう配慮がなされています。この対話は今後も継続されるでしょう。ドイツ側においても双方で調整が行われると思われますが、事態が前向きに解決されることを心から願っています。
「私のモットー『il illo-唯一なるキリストにおいて、私たちは皆ひとつ』を若者たちに、そして世界の人々に」
*Rita El-Mounayer (Sat-7 International):私たちは中東・北アフリカ地域で放送する4つのキリスト教チャンネル(アラビア語2局、ペルシア語1局、トルコ語1局)の代表です。まず初めに、レバノン国民のために時間を割いてくださったことに感謝申し上げます。私自身も戦争の子供であり、聖下からの抱擁や肩を叩くような励まし、そして「すべてはうまくいく」という言葉がどれほど大きな意味を持つかを知っています。特に印象的だったのは、聖下のモットー「一つのものの中に私たちは一つである」です。この言葉は、異なるキリスト教派間、宗教間、そして時に困難な隣人同士の間にも橋を架けることを示しています。そこで質問です。聖下ご自身の視点から、中東の教会は、その涙と傷、課題、そして過去の歴史をすべて抱えながらも、西欧の教会や世界に対して、どのような独自の贈り物を提供できるとお考えでしょうか?
*教皇:まずお答えする前に申し上げたいのは、今日の非常に個人主義的な社会で育った人々、新型コロナの世界的大感染で長期間を過ごし、現実にはコンピューター画面やスマートホンを介しただけの孤立した人間関係に置かれている若者たちが、時に、こう問うことです。「なぜ私たちは一つにならなければならないのか?私は個人であり、他人はどうでもいい」と。
ここに、すべての人々に向けた極めて重要なメッセージがある、と思います。すなわち、結束、友情、人間関係、交わりは、非常に重要であり、非常に価値があるということです。他の理由がなくても、あなたが例に挙げられたように、戦争を経験した人や苦しみを味わい痛みを抱える人にとって、抱擁がどれほど意味を持つか。この極めて人間的で、真実で、健全な思いやりの表現が、他者の心を癒す力を持つのです。
個人的なレベルで、それはいわば共通の基盤となり、私たちすべてを結びつける共同体の基盤となり、相互理解と尊重を育みます。それは「距離を保て、私はここにいて、あなたはあそこにいて、関わり合わない」という姿勢をはるかに超えたものです。むしろ、全ての人々を豊かにする関係を築くことを意味します。
このメッセージに基づき、私のモットーは主にキリストに由来します。「il illo」すなわち『唯一なるキリストにおいて、私たちは皆ひとつ』という教えです。ただし、これは決してキリスト教徒だけに限定されたものではありません。実際、これは全ての人々、そして他者への呼びかけでもあります。 この世において、真の結束と理解、尊敬、友情と対話に満ちた人間関係を促進できるほど、戦争の武器を置き、これまで積み重ねられてきた不信や憎しみ、敵意を脇に置き、共に歩む道を見出し、世界中に真の平和と正義を促進できる可能性が高まるのです。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)