*シノドス事務局は、教皇フランシスコの”警告”を聞いていなかったのか
バチカンのシノドス事務局が7日、シノドス(世界代表司教会議)第16回総会の最終文書をもとにした実施文書を発表したが、それを読んで、教皇フランシスコが数年前に語られた「教会は、『”自社製品”をいかに売るのが最善かを入念に研究する経営者が率いる多国籍大企業』ではありません」という言葉を思い出した。
フランシスコは2021年11月13日、記者団との会見で「教会は、自らのプロジェクトに基づいて自らを構築することはなく、前進するための力を自ら引き出すこともなく、”マーケティング戦略”によって生きることもない 」とも語っていた。シノドス事務局が発表した文書を読むと、フランシスコのこの発言のメモを事務局が受け取っていなかった印象を受ける。
*”シノドスの道”は昨年10月のシノドス総会で終わったのでは?
「シノドス2025-2028の実施段階における道筋」と題されたこの文書は、フルカラーで引用、その他の装飾が施された24ページにも及ぶもので、世界の現地の教会に提供される「検討のための枠組み」と説明している。だが、こう考える人がいても不思議はないかも知れない— 「待てよ、これまで3年間の”シノドスの道”の歩みは、シノダリティ(共働性)に関する世界代表司教会議総会が終了した昨年10月で終わったのではなかったのか?」。
3年間のプロセスは2021年に全世界の教区レベルから始まり、2022年に終了した。その年に大陸レベルが始まり、2023年に終了した。2023年には、10月にバチカンで3週間にわたる世界代表司教会議の第16回総会第一期が、2024年にも数週間にわたる同総会第二期が開から、これですべての歩みが終了するはずだった。しかし、今年の初めに、2028年までさらなる段階が行われることが発表された。
教皇フランシスコが病院で治療を受けている間に発表されたこの新しい3年間のプロセスに先立ち、事務総局は「道筋」文書を発表している。
7日に発表された新文書は、「実施段階は、正当な多様性を尊重しながら、そのカトリック性を顕現させ、一つの教会の中で地域教会の交わりを促進する賜物の交換を維持する機会である 」と述べ、「シノダリティを実践する新しい方法を鼓舞し、宣教の実りを高める創造性は、これらの相違から生まれる。このため、異なる文脈で得られた経験の成果は、教会間の対話を育みながら、共有される必要がある」と言明。
「それゆえ、実施段階においては、FDに基づき、各教会において、また各教会間において、新たな対話のプロセスが始まるのである。(2024年世界代表司教会議総会の最終文書は、事務総局の新しい『道筋』文書全体を通して『FD』と呼ばれている)。
*「道筋」文書には”バチカン語”が氾濫、現地の教会に会議の急増が押し付けられる
教皇フランシスコは正しかった。教会は多国籍企業ではない。だが、シノドス事務局は、多国籍企業のオフィスライフの最悪の部分を愛しているように見える。まず、物事を説明するのに不必要な言葉を使っている。先ほど引用した最初の段落は、同じ調子で長々と続いているが、実際には何も言っていないのと同じだ。
公平を期すために言っておくと、”バチカン語”は悪名高い言語だ。内部で「教皇語」と呼ばれるこの言葉は、それを書く人たちでさえも、「うるさい」と誰もが認めている。いや、事務局の下で行われるシノドスの最悪の側面は、現在、そしてしばらくの間、世界中の現地の教会、教区に押し付けられている事務局会議の急増である。何が待ち構えているのか:
現在から2026年12月までは、現地教会とそのグループでの活動が実施される;
2027年の前期には、教区と大教会で評価集会が行われる;
2027年後期には、国内外の司教協議会、東方諸階層機構、その他の諸教会グループにおける評価集会が行われる;
そして2028年の最初の4ヶ月には、大陸の評価集会がある;
そして2028年10月、バチカンで開かれる教会会議の総会ですべてが終わる。
今から1700年前、325年の第1回ニカイア公会議の教父たちは、イエス・キリストの神性を宣言し、イースターの日付を定めるのに3か月もかからなかった。私たちは”シノドスの道”の歩みを4年間続けてきた。シノダリティ(共働性)とは何なのかについて、その主要な主催者たちから、シンプルでわかりやすい声明、いわば作業上の定義をいまだに聞くことができない。
*肝心の「シノダリティ」の定義が、いまだにはっきり理解されていない
バチカンの公式報道機関は、シノドス事務局次長のシスター、ナタリー・ベカーにシノダリティの定義を尋ねた 。彼女は、まず昨年のシノドス総会の最終文書を紹介し、次に総会参加者だったオーストラリアの神学者オーモンド・ラッシュの「シノダリティとは一言で言えば第二バチカン公会議である」という言葉を引用し、シノドスのロゴのキャッチフレーズとなっている三重の流行語—「交わり、参加、使命」を引用した。
そして続けた。「私たちは、第二バチカン公会議受容の現段階において、シノダリティが第二バチカン公会議の教会論を理解する方法であると言うことができます」とベカー次長は語った。「つまり、第二バチカン公会議の受容を継続することに他ならない。公会議は、ある意味、まだどこでも実施されているわけではない。だから、そういう理解でいいのです」。
さらに彼女は「もう一つの方法は、これも簡単な方法だが、私たちのロゴに言及すること。 聖体拝領、参加、使命です。そして、『シノダリティ』とは、教会がより宣教的に、より参加的になるのを助ける方法であると言えます。つまり、シノダリティは、私たちの使命をよりよく発揮するために、神が今日の教会に求めておられるあり方なのです」と語った。
*行き着く先は「会議による死」か
2028年まで開催される一連の会議で、この問いに対する真の答えを得ることは不可能ではないと思われる。そこで、シノダリティに関して教会が直面している次の多国籍企業のような問題に行き着く。それは、 「会議による死 」である。
米国で行われた新しい調査によると、企業などの組織で働く人の76%が、いくつかの会議がある日は「消耗している」と感じると答え、78%が「会議のせいで、与えられた仕事を実際に達成することができない」と答えている。
会議が企業や教会の参加者に強い緊張をもたらすのは、たとえ何も述べられていなくても、また特に明確に否定されていても、従業員や信徒たちが「期待された結果がある」と感じるからである。会議もまた、実際にそのようなことが大好きで、議題がどうであれ、どんなことでも最終的に自分の気持ちを話す機会を受け入れる少数の人々によって支配される傾向がある。
ほとんどの人は、必要な会議でさえも好きではない。日程の都合をつけたり(あるいは弁明したり)、緊急に仕事を片付ける必要性を見つけたり、病欠の日を作ったりすることはすべて、古くからある会議回避の戦術である。
しかし、ベカー事務局次長はバチカン・メディアに対し、今度の会議を避けるのは難しいだろう、と語った。「カトリック学校、カトリック大学、青少年宣教、カリタスのような慈善団体において、シノダリティを実施することは、シノダリティの教会を望むのであれば、非常に重要なことです。そして、彼らはすでにシノドスやその実施に深く関わっており、宗教的共同体もまた、シノドスへの呼びかけを真に受けているのです」と強調した。
あなたは「警告」されているのだ。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
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