
(2024,10,15 Vatican News Christopher Wells
開催中の世界代表司教会議(シノドス)総会の総報告者、ジャン=クロード・オロリッシュ枢機卿が15日、参加者が事前に配布された討議要綱の最後の箇所、第3部「場所」の討議開始にあたって発言した。
枢機卿はまず、これまでの総会を特徴づけてきた「同じ決意とエネルギーで」課題に取り組む必要性を強調。第3部の「場所」と言うテーマは、「教会は場所と文化に根ざしていなければ理解できない」という基本的な考えに基づいている、と指摘した。
そして、討議要綱の第3部の各章を注意深く説明しながら、「『場所』という概念は、特にグローバリズムと世界のデジタル化の中で、以前よりも前よりも空間的および地理的な意味合いがはるかに少なくなっています」としたうえで、このような動きが、「教会の使命にとって何を意味するのか、そして教会の組織形態をどのように再考すべきか」検討するよう求めた。
さらに、第3部は、場所と文化、特に東方カトリック教会を含むさまざまな現地の教会の間で確立された関係を扱っていること、これらの関係は「相互の贈り物の交換」という特徴を持っていること、を指摘。現地の教会と普遍教会の間、および各地方教会内に存在する関係にも言及した。
枢機卿は、討議要綱第3部の最後の章、「ローマ司教、つまり教皇の一致の奉仕」に関連して、教皇フランシスコが総会参加者にparrhesia*、つまり率直さの精神で討議に臨むよう求め、教皇と教皇庁の奉仕を「今日、より効果的に」する方法について助言を得ることを狙いとしている、と説明。「私たちには、自分たちの福音宣教の活動の場で神の民の生活と必要としていることから始めて、本当に考えていることを、教皇に伝える権利があります」と述べた。
*注:ギリシア語。古典修辞学で、包み隠さず話すこと、あるいは、そう話す許しを得ること。 言論の自由だけでなく、危険を冒してでも公益のために真理を話す義務をも意味する。
さらに、この第3部のトピックは技術的であったり、内部関係者にしか興味がないもののように思われたりするかもしれないが、16日に予定する総会参加者以外の人も参加できる神学・牧会フォーラムが、「この印象を払拭するのに役立つかもしれません」と語った。
そして最後に、枢機卿は、第3部に示されている討議課題は、これまでの箇所と同様に、総会参加者の「生きた経験」に関わるものであり、「これが、私たちがこれから取り組むべき仕事に向き合うための最も正しい見方であるように思われます」と述べた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
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【参考】討議要綱の本編・第3部「場所」の全文(「カトリック・あい」試訳)は以下の通り。
教会の宣教的なシノダル(共働的)な活動、それを構成する重要な関係、そしてその発展を可能にする道筋は、「場所」―つまり、特定の文脈と文化の中に置かれた教会の具体性と特殊性―を無視すべきではありません。
第3部では、ピラミッド型モデル (つまり、教区、教区長、主教区または教区、教会管区、司教協議会、あるいは東方教会の階層構造、普遍教会) に従って、「連続するレベル、または程度で順序付ける動きのない場所の見方」を克服するよう求めています。このような見方は、私たちの持つべきものではありませんでした。教会間の関係のネットワークと賜物の交換は、「線」ではなく、常に関係の「網」として織り合わされてきました。それらは、ローマ教皇が永続的で目に見える原理と基盤である統一の絆で結ばれています。
この意味で、教会の普遍性は抽象的な普遍主義と一致したことは一度もありません。さらに、空間の概念が急速に変化する状況において、教会の活動を「純粋に空間的な仕切り」の中に限定することは、教会を「致命的な不動の状態」に閉じ込め、憂慮すべき「司牧的冗長性」を生み出し、人間集団の最も活発な部分、特に若者に手を差し伸べることをできなくするでしょう。
ですから、「場所」は、相互依存の観点から理解されねばなりません。相互依存は、教会とそれらが形成するグループ間の関係において具体化され、意味の統一性を与えられます。ローマ司教と彼と交わりを持つ司教団に課せられた一致の奉仕は、この視点を考慮し、その実行に必要な適切な制度的形態を見つけねばなりません。
共通の旅の領域
80. 「コリントにある神の教会・・・へ」(「コリントの信徒への手紙」1・1章2節)。福音の宣言は、人々の心に信仰を呼び覚ますことによって、ある「場所」に教会を設けるようにします。教会は、場所と文化に根ざし、場所と文化の間に確立された関係がなければ理解できません。
「場所」の重要性を強調することは、特殊主義や相対主義に屈することを意味せず、空間と時間の中で「救い主である三位一体の神の顕現に従う」という共通の経験が形づくられる具体性を高めることを意味します。
「場所」は、この経験の形態の多様性を生み出し、特定の文化的および歴史的文脈に根ざしている状態を維持します。典礼、神学、霊的、規律的な伝統の多様性は、この多様性が教会をどれほど豊かにし、素晴らしくするかを示しています。それぞれの地域的な具体性を持つ教会の交わりは、唯一無二の教会における信者の交わりを明示し、抽象的で均質的な普遍主義になってしまうのを回避します。
81. 文化の多元性とそれらの間の出会いと対話の実り多さは、教会の活動の条件であり、教会の普遍性の表現です。教会の普遍性に対する脅威ではありません。救いのメッセージは、一つであり、同じです。「体は一つ、霊が一つです。それは、あなたがたが、一つの希望にあずかるように、と招かれたのと同じです。主は一人、信仰は一つ、洗礼は一つです。すべてのものの父なる神は唯一であって、すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのものの内におられます」(「エフェソの信徒への手紙」4章4-6節)。
このメッセージは多様な形で、さまざまな民族、文化、伝統、言語で表現されています。この多様な形式を真剣に受け止めることで、覇権主義的な傾向を避け、救いのメッセージを「教会活動とその典礼、司牧。あるいは道徳的表現」を単一の理解に矮小化するリスクを軽減することができます。シノダル(共働的)な教会内の関係の網は、教会間の賜物の交換によって目に見える形になり、ローマ司教を長とする司教団の一致によって保証され、決して画一化されることのない統一の力強い守護者となるのです。
82. 今日、具体的な文脈に根ざした教会というビジョンは、現代の社会・文化的条件に直面しています。この条件は、特定の地域に根ざす、という私たちの経験を根本的に変化させました。「場所」はもはや純粋に地理的、空間的な観点から理解できません。むしろ、過去よりも、動的で流動的な関係の網と文化に私たちが属していることを示しています。
この現実は、異なる場所の概念に基づいて構築された教会の組織形態に疑問を投げかけています。また、人々の生活に唯一の真実を具体化するために、異なる文脈に適切で、互いに矛盾しない差別化された基準を採用する必要があります。
83. 都市化は、この変化の第一の要因です。今日、人類史上初めて、地球上の人々の大半が農村部ではなく、都市部に住んでいます。
「場所」への帰属意識は、地域を構成する境界が異なる方法で形成される都市環境では異なる形をとります。大都市では、小教区ばかりか、教区の境界を越えるのに地下鉄で数駅しかかかりません。多くの人が一日に何度もこの旅をします。多くの人は日常的に異なる教会の所在地間を移動しながら活動しています。
84. 第二の要因は、グローバル化した世界的な人間の移動の増加です。難民や移民は活気のあるコミュニティを形成することが多く、信仰の実践を拡大し、定住する場所をより多様なものにします。同時に、彼らはデジタル・メディアのおかげで、出身国とのつながりや関係を維持しています。そして、しばしば、複数の地域、文化、言語のグループに同時に所属します。出身コミュニティのメンバーが減り、時にはその存続に苦労する一方で、彼らの関係と文化の構造は世界的に拡大しています。
(2023年10月のシノドス総会の)第1会期で指摘されたように、この点で象徴的なのは、一部の東方カトリック教会の状況です。現在の移住率が高くなれば、東方カトリック教会の信者のうち移住者の数が、教会法上の領土に住む人々の数よりも多くなる可能性があります(第1会期総括文書=SR 6項c参照)。
いずれにせよ、「場所」を純粋に地理的な観点から定義することは、ますます時代遅れになっています。研究グループ 1 は、これが東方カトリック教会とラテン教会の関係にもたらす課題について考えるよう求められています。
85. 最後に申し上げたいのは、特に若者の間でのデジタル文化の広がりを見過ごせない、ということです。デジタル文化は、空間と時間の経験と概念に根本的な影響を与え、コミュニケーション、人間関係、信仰など、あらゆる種類の人間の活動を再形成します。第1会期の総括文書で「デジタル文化は、宣教の明確な領域というよりも、現代社会における教会の証言の重要な側面である」と述べられているのは偶然ではありません (SR 17項b)。研究グループ 3 は、この課題の研究に専念しています。
86.社会と文化のこれらの大きな変化は、宣教のために教会自身の現地的な側面の意味について改めて考えるよう、教会に促しています。現地教会は、常に物理的な文脈と具体的な文化の中で起こることを忘れず、「場所」を純粋に空間的に解釈することから、脱却する必要があります。「場所」、特に教会の「場所」は、単なる空間ではなく、人間関係が発展することのできる環境とネットワークであり、人々に根ざし、どこで活動が展開されても遂行できる使命の基盤を提供します。
シノダル(共働的)な回心には、共に旅する道を歩むよう呼びかけられた現実の教会のシノダル(共働的)な改革が伴わねばなりません。しかし、これは司牧活動を選ばれた所属先に委ねることを意味しません。目的は、「すべての人と出会うこと」にあります。
87. この改革は、教会の交わり(communio Ecclesiarum)に表現された、神の聖なる民としての教会の理解に基づいて行われなければなりません。経験が示しているのは、現地教会でシノダル(共働的)な歩みを始めることは、教会全体の一致を損なうものではなく、むしろ「神の民の多様性と普遍性を表現するもの」なのです(LG 22参照)。ローマ司教(教皇)の一致の奉仕の遂行を危険にさらすものではなく、むしろ強化するものです。
私たちは、教会についてその制度から考え始めるのではありません。最高レベルのものも含め、宣教活動の論理の中でこれらを再考する必要があります。
88. 「ローマ教皇の奉仕職が全教会の統一の目に見える根源であり、基礎であり、世界の各司教が現地教会の統一の目に見える根源であり基礎である(「教会憲章」=LG23項参照)ことを踏まえ、第二バチカン公会議は、「キリストの神秘体である教会は、教会の集合体でもあり、その中に、またそこから唯一のカトリック教会が存在する」(同)と言うことができました。この集合体は、
(a) 神の民の一部であり、それぞれが司教に委ねられている個々の教会
(b) 教会の集合体。ここでは、交わりの実例は、何よりも位階制の団体によって表される
(c) 教会全体(Ecclesia tota)―教会は、教会の交わりとして、司教制(cum Petro)と位階制(sub Petro)の絆でローマ司教の周りに集まった司教団。
教会制度の改革は、教会のこの秩序立った表明に従わねばなりません。
(第3部の初めから88項まで、南條俊二試訳=第二バチカン公会議の諸文書については、カトリック中央協議会による改定公式訳を使用)
89. 現地教会は、まさにその特質により、全教会の司牧的でシノダル(共働的)な生活を最も即座に体験できる場です。司教協議会から出された報告は、教区を底部にある小さなキリスト者共同体の集まりであり、宣教における交わりと参加という文脈として語っています。
このことについて、サクロファーノに世界中から集まった教区司祭たちは「教区の信徒は、喜び、悲しみ、希望、そして奮闘の時も、み名によって祈り、礼拝し、奉仕し、証人となるために集まったイエスの宣教する弟子であり、弟子」となった、と語りました。神は、彼らの教会の現実の中で働いています。
同時に、私たちは、教区のもつ大きな柔軟性を活用するためにもっとなすべきこがある、と認識しています。それは、教区という、多くの共同体の集合体も、新たな宣教活動では「一つの共同体」として理解されねばならない、ということです。
90. 同じように、今日の現地教会は、古くからの信徒と新しい信徒が混在する集団や共同体で構成されています。そして特に、聖職者の組織や使徒的生活を送る修道会は、現地教会の生活と活発な宣教活動に大いに貢献しています。
同じことが一般信徒の集団、小教区の活動、新らたに出来た共同体にも当てはまります。今日、教会の所属は、正式に決められた地理的な場所に固執せず、集団の繋がりに関係する形で増加しています。宣教の方向性に照らしあわせて、それぞれの文脈の中で「主が何を求めておられるのか」について、教会的な識別の中で、所属の多様性を促進せねばなりません。多様性を活発にし、一致の絆を大切にすることは、教区司教や(東方教会の)管区司教の具体的な能力と関係します。研究グループ 6はこれらの観点を反映させることについて、一任されています。
91. この「討議要綱」の草案に先行する審議でも、これまでの“シノドスの道”の歩みと同じようなことがありました。(注*世界の司教協議会などから)受け取った報告の多くに共通しているのが、小教区、管区、教区、東方教会の菅区といった様々なレベルの“評議会”を、司牧活動の計画、組織、遂行、評価の重要な手段として、強化する必要性を指摘していることです。
このような仕組みは、教会法ですでに想定されています。適切な対応によって、“評議会”の多様性は、うまく適応することでシノダル(共働的)なアプローチを強固にするのに、より一層、適していることが証明される可能性があります。
これらの“評議会”は、教会の識別とシノダル(共働的)な意思決定の対象となり、権威をもつ人々にとって、説明責任の行使と評価の場となる可能性があり、したがって、評議会は次にどのように義務を果たすのかについて説明する必要がある、ということを忘れてはなりません。ですから、「説明責任(を果たすこと)」は、シノダル(共働的)な提案と方向性を速やかに実施できるようするために、最も有望な分野の一つであり、効果的かつ速やかな影響を与える変化に繋がります。
92. (注:世界の司教協議会からの)多くの報告は、その方向に進むために、組織とその運営方法に関する枠組みを再構築する必要がある、と指摘しています。
重要なことはこれです―再構築は、選ばれたメンバーの構成が、透明性と説明責任の文化をしっかりと促進さようと奉仕している共同体の構成に反映されるのを確実するために、どのようにして彼らが任命されたかを注視するように要求することになる。それゆえ、メンバーの大多数は、「権威をもつ者(教区司祭や司教)」によって選ばれるのではなく、共同体あるいは現地教会の現実を実質的に表現できるような、別の方法で指名される必要があります。
93. 同様に、これらの組織の中に女性、若者、貧困や社会的に疎外された環境の中で生きる人々たちが、もっと積極的に受け入れられるように、メンバー構成に配慮せねばなりません。
さらに、(注:2023年10月のシノドス総会の)第1会期で強調されているように、共同体の生活と奉仕の組織に関わるだけでなく、日常の実生活や社会という文脈の中で、社会で認められている使徒的宣教の使命感(第1会期総括文書= SR 18項d参照)を持って、信仰の証人として全力を挙げている男女がこれらの組織のメンバーとなるが基本です。
このように、これらの組織が実践する司牧的な優れた識別は、現実と多様性を持つ全体像を分析する能力と多様な視点を、よりオープンなものにし、より有益なものになるでしょう。
最後に、(世界の司教協議会の)報告の多くが、現行の教会法では設立が任意となっている司教協議会の設置義務化の必要性を指摘しています。
94. 世界のいくつかの司教協議会では、すでに改革の体験を共有し、優れた実践を確認しています。小規模で基盤をなすキリスト教共同体から、小教区、教区長、教区の司牧評議会に至る司牧評議会のネットワークの構築も、その中に含まれます。協議と傾聴のモデルとして、あらゆるレベルの教会の集会を開き、他の教会や教区、現地の他宗教の共同体が共に歩む社会貢献に協議の輪を広げることが、提案されています。そうすることで、キリスト者共同体は、彼らとともに旅をすることができるのです。
(以上、89 項から94項まで、田中典子試訳)
教会の一致を形作る絆
95 . 第一部で概説した「賜物の交換」という共同体の地平は、教会間の関係を鼓舞させます。それは、教会の一致を形づくる絆を強調することと、各地域の教会がその歴史と伝統をもって生きている状況に関連した特殊性を理解することを結びつけるものです。
シノダル(共働的)な様式を取り入れることで、「すべての教会がすべての問題に対して必然的に同じペースで進まなければならない」という考えを克服させてくれます。逆に、ペースの違いは、正当な多様性の表現であり、賜物の交換と相互を充実する機会として評価することができます。これを実現するためには、この地平が具体的な構造と実践に具体化される必要があります。
「宣教の使命におけるシノダルな教会となるには?」という問いに答えるには、そのような構造と実践を特定し、促進することが必要です。
96. 東方教会の階層構造と司教協議会は、教会間の繋がりを作り、経験を共有し、管理と司牧計画を分権化するための基本的な手段です。「第二バチカン公会議は、古代の総主教制教会のように、司教協議会は 『合議的精神の具体的な実現に向けて、多くの実りある形で貢献する 』立場にあると述べています(第二バチカン公会議「教会に関する教義憲章」=LG 23項)。
しかし、この願いは完全には実現されていません。なぜなら、司教協議会を、真の教義上の権威を含む特定の帰属の主体と見なすような法的地位がまだ十分に確立されていないからです」(教皇フランシスコの使徒的勧告「福音の喜び(“Evangelii Gaudium”)」= EG 32項)。いかにして宣教の使命におけるシノダル(共働的)教会となるか、を模索するために、この問題に取り組む必要があります。
97 . この”シノドスの道”の歩みの中で、これまでに集められたすべてのものから、次のような提案が出てきました。
(a)「司教協議会」を教義上の権威を授けられた教会の主体として認め、多面的な教会の枠組みの中で社会文化的多様性を前提とし、異なる社会文化的背景に適した典礼的、規律的、神学的、霊的表現の理解を支持すること。
(b)司教協議会及び東方教会の階層構造の機能並びに、教区司教座と教皇庁との間の関係についての実際の経験を評価し、実施されるべき具体的な改革を特定すること。研究グループ 7に属するアド・リミナ訪問*は、この評価のための適切な機会となり得る。(*ラテン語で「使徒たちの墓所の訪問」。世界の教区司教が5年に1度、聖ペトロと聖パウロの墓を巡礼し、教皇に謁見し、担当する教区の状況について教皇に報告書を提出し、教皇庁各省庁との情報交換などを行う)。
(c)すべての教区または東方教区 ”Eparchy”)が、教会管区と司教協議会または東方教会の階層構造に割り当てられるようにすること(第二バチカン公会議「教会における司教の司牧任務に関する教令」=CD 40項 参照)。
98. すべての地域にわたる大陸レベルの集まりをしたことは、今の”シノドスの道”の歩みにおける革新であり、「キリスト信者の生活の全領域にわたって、より深い適応」(第二バチカン公会議「教会の宣教活動に関する教令」= AG22項)を進めていくために、「各々の広範な社会的・文化的地域」(同)の特殊性を尊重する、という第二バチカン公会議の指針をより首尾一貫して実行する方法でした。
この経験、及びいくつかの地域の教会が歩んできた道のりは、私たちがどのようにして、例えば教会協議会や司教協議会を通じて、シノダルと合議的ダイナミズムにより適切な制度的表現を与えることができるか、という問題を提起しています。これらの機関には、大陸または地域の協議と意思決定の調整された任務を委ねることができます。
また、文書の起草や意思決定及び実施の過程に、多様な教会関係者を含めるために、識別方法を開発することもできます。さらに、識別には、多様な状況に適応した形で、市民機関、他宗教の代表者、非カトリック組織、及び社会全体との傾聴と対話の場も含めるべきであると提案されています。
99. 現地のシノダル(共働的)対話が終わりを迎えることなく継続されるべきであるという願いと、特定の地域における信仰の効果的な「インカルチュレーション(文化内開花)」(訳者注:教会の教えが非キリスト教文化からの影響に対しての適応と展開)の必要性は、教会の歴史の大部分において周期的な召集が義務とされてきた、それが管区会議であれ本会議であれ、特定の評議会の制度に対する新たな認識へと、私たちを動かします。
シノダルの道を歩んできた経験に基づいて、司教会議と、関係する教区や東方教区(”Eparchy” の司牧評議会から委任された、あるいはその地域の教会の多様性を反映する他の方法で指定された信者(司祭、助祭、奉献生活を送る男女、男女信徒)から構成される教会会議を一緒にする形態を考えることができます。これを支援するために、特定の評議会の結論の承認手続きは、それらの時宜を得た公表に有利になるように改革されるべきです。
(以上、95項から99項まで、ガブリエル・タン試訳=第二バチカン公会議の諸文書については、カトリック中央協議会による改定公式訳を使用)
ローマ司教による一致への奉仕
100. 「どのようにして派遣するシノダル(共働的)な教会になるのか?」という問いに答えて、シノダリティ(共働性)、団体性、首位性を統一するダイナミズムを再考する必要もあります。そうすることで具体的な表現でもある諸制度間の関係を刺激できるからです。
101 . 目下の”シノドスの道“の歩みは「教会という共同体の中にも、独自の伝統を保つ諸部分教会が合法的に存在し、しかもペトロの座の首位権は変わることなく存続する。このペトロの座は愛の全集団を主宰し、合法的な多様性を保護し、また同時に部分的なものが統一を傷つけることなく、むしろそれに役立つように配慮する」(「教会憲章」=LG13項)という第二バチカン公会議の言葉の真実を示しました。
この働きゆえに、全教会の一致の目に見える根源(「教会憲章」23項参照)としてのローマ司教は、シノダリティを保証する者です。彼は司教たちを招集し主宰し、シノドス(世界代表司教会議)の結果を確認することで、全教会をシノダル(共働的)な行動へと招いています。彼は、教会がシノダルなやり方と形態をさらに展開するよう配慮する必要があります。
102. ペトロの奉仕職が行使される諸形式を熟考することは、教皇フランシスコ教皇に促され、多くの司教協議会によって求められているように、「健全な脱中央集権を進める」(使徒的勧告『福音の喜び』16項)観点からもなされるべきです。
使徒憲章『Praedicate Evangelium(福音の宣教)』(2022年3月19日)によると、このことは、常に、教会に他ならない特別な交わりの神秘の実りと表現である共同責任の精神でなされるものであり、司教たちの“教師としての司教固有の職務”の行使において、彼らが熟知しており、教え・規律・交わりにおける教会の一致に影響しない事柄を解決する権威は、司教たちの権限に委ねること(『Praedicate Evangelium』2章2項)を意味します。
103. 先に進むために、私たちは最近の自発教令『Competentias quasdam decernere』(2022年2月15日)の記述、すなわち普遍教会における規律の一致を守るための教会法典の規定に関して権限のある領域と、そして地方教会における執行権と交わりの教会的ダイナミズムを元にした教会の諸慣行は、司教たちに委ねる、という線で進むことができます(同序文)。
104. さらに、教会法的な規則を起草することは、シノダル(共働的)な様式を実践する場ともなります。規則を生み出すことは、権威によって付与された力の行使であるとみなされるだけでなく、真の教会的識別であるとみなされるべきです。それが、法制化に携わる全権を用いるだけだとしても、そうすることで、権威は、聖霊において正しく必要なことを聴いたことの実りである規則をシノダルな方法で公布することができるし、そうする必要があります。
105. すでに述べた使徒憲章『Praedicate Evangelium』は、シノダル(共働的)で派遣的な方法で、ローマ司教と司教団に対するバチカン聖庁の奉仕を表明しました。透明性と説明責任を堅持するために、その働きの定期的な評価がなされるべきであり、また独立した団体(枢機卿会議、あるいはシノドスで選ばれた司教会議など)にその評価は委ねられるべきです。
第8研究グループには、シノダルな派遣の観点から教皇庁の代表者たちの役割を調査検討することと、その職務をどう評価するかについて探求することが委ねられています。
106. 世界代表司教会議(シノドス)の第16回総会第1会期の参加者たちは、その成果を評価する必要を指示しています(第1会期の総括文書20項j)。この評価は、シノドスを「一過性のイベント」から「教会の空間的時間的に広がるプロセス」へと変えた使徒憲章『Episcopalis Communio』がもたらした展開を無視することはできません。
全教会の次元でシノダリティ(協働性)と団体性を実践する場のなかで、シノドスは確かに傑出しています。パウロ6世によって、公会議の様式で、教会全体のために教皇を支える司教たちの会議として設けられ、いくつかの段階を経て、、シノダリティ(共働性)、団体性、首位性のダイナミックな関係が実現され、養われる場となっています。
すべての聖なる神の民、個々の部分を委ねられている司教たち、そして一致の根源としてのローマ司教が、それぞれの働きに従ってシノダルな過程に十全に参加するのです。この参加は、ローマ司教の周りに集められたシノダルな集会によって表現されています。それは、その構成において、「『一致の秘跡』、すなわち司教たちのもとに一つに集められ秩序づけられた聖なる民」(「典礼憲章」26項)としての教会の多様性と普遍性を示しています。
107. 2021年から2024年にかけての”シノドスの道“の歩みの最も重要な実りの中に、教会一致(エキュメニズム)のはずみとそれを印す約束があります。ペトロの奉仕職の行使の問題も教会一致の観点から考えることで、その奉仕職に“新しい状況”(聖ヨハネ・パウロ2世の回勅『キリスト者の一致』95項)が開けてくるかもしれません。
キリスト教一致推進省が最近発行した文書『ローマ司教:教会一致の対話における首位性とシノダリティ、そして回勅「キリスト者の一致」への応答』は、将来の研究のための見識を提供しています。この主題は第10研究グループの業務の一部分であり、教会の実践におけるエキュメニカルな旅の成果を受け止めることになります。
108. シノドス総会第1会期に他の諸教会と教会的共同体の兄弟的な使節が参加したことで豊かになった私たちは、東方においても西方においても、エキュメニカルなパートナーによって、どのようにシノダリティ(協働性)が実践されているのか、その理解と評価を深めるよう促されています。
エキュメニカルな対話は、シノダリティと教会一致の理解を深めるための基本です。とりわけ、この対話によって、共有すべき、また急を要する関心をどのように協議し、また識別するかを含めて、真にエキュメニカルでシノダルな実践をイメージするよう促されています。
この可能性の根底には、私たちは一つの洗礼において一致しており、そこから神の民のアイデンティティと、交わり・参加・派遣のダイナミズムが流れ出ている、という事実があるのです。
(以上、100項から108項まで、「西方の司祭」試訳=第二バチカン公会議の諸文書については、カトリック中央協議会による改定公式訳を使用)