・フィリピンでは少なくとも82人の聖職者が未成年性的虐待で告発、だが氷山の一角ーと国際的な調査機関

(2025.1.30 Crux staff)

 聖職者による性的虐待を調査告発する国際的な組織 BishopAccountability.org が30日発表した調査結果によると、フィリピンのカトリック教会で少なくとも82人の司祭と修道僧が未成年者への性的虐待で告発されている。

 調査結果には、フィリピンで未成年に対する性的虐待の容疑で告発されたフィリピン人司祭、フィリピンで司祭職の一部を務めたが米国で未成年に対する性的虐待の容疑で告発されたフィリピン人司祭、そしてフィリピンで司祭職を務め他国(米国、アイルランド、オーストラリア)で告発された者が含まれている。

 BishopAccountability.orgの共同ディレクター、アン・バレット・ドイル氏は、告発された司祭のうち少なくとも7人は、フィリピンの教区で引き続き現在も、あるいは先月まで司祭として活動しているとし、フィリピンの司教たちは、自らの教区における司祭による虐待に関する情報を隠蔽することに「深い権利意識」を持っている、と指摘。。

フィリピンの人口は1億1400万人を超え、その8割がカトリック教徒だ。BishopAccountability.orgは「他の国々では、カトリック司教に説明責任を負わせる外部メカニズムとして、被害者による訴訟、検察官による教会組織の調査、政府委員会による調査、地元のニュースメディアによる徹底的な調査などが挙げられるが、信徒数で世界第3位のカトリック教国であるフィリピンでは、こうしたメカニズムはほとんど、あるいはまったく存在しない」と批判している。

 さらに、「今回の調査結果は、フィリピンのカトリック教会における虐待危機の独特な側面と、依然として多くのことが隠されたままであることを明らかにしている」とし、今回、告発されていることが明らかになった82人のほとんどの性的虐待行為は、2000年以降になされたものであり、問題の全体像のごく一部。この82人の聖職者のリストは氷山の一角にすぎない」。

 「仮に、フィリピンの教会指導者が児童に対する性的虐待を法執行機関に報告することが義務付けられていたり、法制度がこうした行為に加担した教会指導者に対する民事訴訟を被害者が起こしやすくしていたり、聖職者による性的虐待の被害者がより広く支援されていたり、あるいは教区や修道会が検察や州の委員会によって調査されていたりすれば、告発される聖職者の数は、82人よりもずっと多くなっているはず」と述べている。

 フィリピン司教協議会会長のダヴィッド枢機卿は声明を発表、未成年者を保護するために、大司教を長とする専任の事務局と、司教と専門家によるチームを設置したことを明らかにしたが、「ローマから託された我々の使命は、説明責任の問題を非常に真剣に受け止め、特に司祭による虐待疑惑のケースに関連するものと向き合うこと。フィリピンでは個々の司教が告発された司祭に対する権限を持っているが、個々の司教に対する直接的な懲戒の権限を持っているのは、バチカンを代表するフィリピン駐在大使だけだ」とも述べている。

 

2025年1月31日

・3月21日の「性虐待被害者のための祈りと償いの日」に向け日本司教団トップが呼びかけ発表

(2025.1.31 カトリック・あい)

 日本カトリック司教協議会の菊地功・会長(東京大司教、枢機卿)が31日、3月21日の「性虐待被害者のための祈りと償いの日」に向けた呼びかけを発表した。全文以下の通り。

 

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日本のカトリック信者の皆様  2025年「性虐待被害者のための祈りと償いの日」にあたって

 教皇フランシスコは、性加害の問題に教会全体が真摯に取り組み、その罪を認め、ゆるしを請い、また被害にあった方々の尊厳の回復のために尽くすよう求め、「性虐待被害者のための祈りと償いの日」を設けられました。日本の教会では、四旬節・第二金曜日を、この祈りと償いの日と定め、2025年にあっては、来る3月21日(金)がこの日にあたります。

 どうぞ、四旬節第二金曜日に、またはその近くの主日に、教皇様の意向に合わせ、司教団とともに、祈りをささげてくださいますようにお願いいたします。

 2025年はカトリック教会にとって、25年に一度の聖年にあたります。教皇フランシスコは大勅書「希望は欺かない」において、この一年を、「ついえることのない希望、神への希望を際立たせる聖なる年」とするように呼びかけ、全体のテーマを「希望の巡礼者」とされました。

 神のいつくしみに与り、罪のゆるしを得る恵みの年に、教会はいのちを生きる「希望」を高く掲げ、すべての人と歩みをともにしたいと願っています。

 罪のゆるしを求めるためには、自らの過去を振り返り、罪を認め、同じ罪を繰り返すことのない決意を持たなくてはなりません。ともにこの聖年を歩むようにと呼びかける教会は、自らの過去を振り返り、罪を認め、同じ罪を繰り返すことのない決意を固めない限り、希望をあかしする存在とはなり得ません。

 希望をあかしするべき教会にあって、率先して模範を示すべきなのは聖職者や共同体の指導者です。世界において、また日本にあっても、神からの賜物であるいのちに対する暴力を働き、なかでも性虐待という神の似姿としての人間の尊厳をないがしろにする行為を、聖職者や共同体の指導者が働いたという事例が、近年相次いで報告されています。組織内における優位な立場を利用して、人間の尊厳を辱め蹂躙する性虐待や性的暴行を働き、多くの方を深く傷つけた聖職者や指導者が存在します。

 信頼していた聖職者から暴力を受け、心に深く消えることのない傷を負われた方々に対して、あたかも被害を受けられた方に責任があるかのような言動で加害者を擁護するなど、二次加害によってさらに被害を受けられた方々を傷つけた事例も、教会内にあります。これらの言動が、人間の尊厳をさらに深く傷つけています。責任は優位な立場を利用した加害者にあるのは当然です。

 被害を受けられた多くの方々に、心から謝罪いたします。

 昨年10月に閉幕したシノドスの最終文書には、その150項に、以下のような指摘があります。

 「もう一つの非常に重要な分野は、教会のすべての側面において、未成年や社会的弱者にとって共同体をより安全な場所にするために、保護の文化を推進することです。虐待の防止と不適切な行為への速やかな対応を可能にする規則と法的手続きを、教会組織が備えるための作業はすでに始まっています。・・・被害者が歓迎され支援されることが不可欠であり、それは細心の配慮を持って行われなくてはなりません。これは深い人間愛と、資格を持った専門家の助力が必要です。・・・セーフガーディングのプロセスは絶えず監視され評価されなくてはなりません。被害者とサバイバーは、細心の配慮のうちに歓迎され、支援されなければなりません。(試訳)」

 また95項から102項までは、「透明性、説明責任、評価」の重要性が説かれており、今後、ハラスメントなどへの対応についても、随時見直しながら、必要に応じて、社会的に評価される組織やプロセスに常に変えていかなくてはなりません。

 現状の教会の組織形態や日本の法律上の組織形態では、それぞれの司教区や修道会は独立しており、一致協力して透明性、説明責任、評価に取り組むことができておらず、この点は多くの被害者の方々、支援者の方々から厳しく指摘をされています。また、独立した異なる組織が林立しているため、迅速な対応ができていないのも事実です。現在、教皇庁未成年者保護委員会の助けをいただいて、司教協議会と男女の修道会協議会とで、既存の枠を越えた協働関係の枠組み構築を急いでいるところです。

 被害を受けられた方々と歩みをともにするためには、教会内外のいわゆる外部専門家の協力と協働がなければ、ふさわしく対応することはできません。今の次代を担う青年たちや教会全体の声に耳を傾け、よりふさわしく十分な対応のあり方やそのための組織の改編、さらには聖職者や共同体の指導者の啓発などを検討してまいります。

 あらためて、無関心や隠蔽、二次加害も含め、教会の罪を心から謝罪いたします。聖年にあって、わたしたちの希望そのものである神の手によって、被害を受けられた方々の心が包まれますように、祈ります。また聖職者のためにも、その召命を忠実に生きることができるように、どうかお祈りくださいますようお願いいたします。

2025年2月1日

日本カトリック司教協議会 会長 菊地功

2025年1月31日

改*聖職者の性的暴力被害者が神言会に損害賠償求める裁判ー加害者とされた司祭(当時)の実名非公表の申し立て東京地裁却下後、高裁が取り消し

(2025.1.29 カトリック・あい=4.23に一部修正)

 聖職者による性的暴力被害者が加害者とされる男(元司祭)が所属していた修道会、神言会日本管区(本部・名古屋市)に損害賠償求める裁判の第7回が1月29日、東京地裁第615号法廷で開かれた。

 裁判後の説明会・原告支援者集会で、原告弁護人が明らかにしたところによると、前回昨年12月の裁判で、被告・神言会の補助参加人となっている加害者とされる男の代理人が新たに「本訴訟において、(補助参加人)は自分の氏名が公表されないよう望んでおり、訴訟記録の閲覧を制限してもらいたい」と申し立てていたが、裁判長が昨年末までに、これを却下した。

 その理由について裁判長は、「カトリックの聖職者による性的虐待は世界中で大きな問題となっている」と認識しており、「氏名を伏せる必要がある」とは判断できない、と述べているという。

 性犯罪の加害者とされる人物が匿名で、被害者が実名の裁判というのは、世界的に聖職者による性的虐待が大きな問題となっている中で、これまであまり例がない。しかも、すでに実名が第三者にも明らかにされ、報道されているにもかかわらず、裁判の途中でこのような申し立てをするということは「被告側の不誠実を上塗りするような行為」との批判が関係者の多くから出されていた。

なお、この東京地裁の却下決定については、その後、被告・神言会の補助参加人の代理人弁護士が、決定を不服として、東京高裁に抗告。東京高裁は2月27日付けで、東京地裁の却下決定を取り消し、申し立てを認める決定をしている。

 

 

*「司祭の”職務”はミサなど秘跡に限る」と被告・神言会が主張?

 

 また29日の公判後の原告弁護人の説明会では、前回公判に被告・神言会日本管区の代理弁護人から提出された書面の内容が明らかにされた。それによると、被告側は、司祭の職務について、洗礼、赦し、塗油などの秘跡、ミサなど教会内で行うこと、病者の塗油に限っては教会外で行うこと、とされており、被告とされている司祭(当時)がした、という教会外での「行為」について、当時所属していた神言会に責任を問うことはできない、と反論している。

 これについて、原告弁護人の秋田一惠弁護士は、「修道会司祭は、入会の際、従順、貞潔、清貧の誓いを立てているはず。時間、場所に関係なく、神に仕え、この三つの誓いを守る存在。それを否定するような主張は、”異端”を宣言している、と言えるのではないか。枢機卿を輩出している修道会が、カトリックの教義と異なることを宣言している、と判断せざるを得ない。このような論理立ては、反論とはみなされない」と強く批判した。

 また、これまでの公判で被告・神言会側が、会員司祭=当時=について「不同意性交をした事実はない」と全面否定してきたにもかかわらず、わざわざ、司祭の”職務”を理由にして、神言会に責任がない、というような”反論”をしたことについて、関係者の間には、「見方を変えれば、司祭がそうした行為をした、ということを認めた、と解釈することもできるのではないか」と、その意図を測りかねる声も出ている。

 次回公判は3月19日、午後3時30分から同じ615法廷で予定されている。

【これまでの経過】

 この裁判は1年前、神言会に所属し、当時、長崎大司教区内の小教区司牧を委嘱されていたチリ人神父が女性信徒に対し不同意性交を強いていたとして、被害信徒が神言会日本管区の監督責任を問い損害賠償を求める訴えを起こしたことから始まった。

 被害者の主婦・田中時枝さんが裁判所に提出した訴状によれば、長崎・西町教会で助任司祭を務めていた会員司祭=当時=は2012年、「ゆるしの秘跡」を受けた田中さんの告解内容を聴くと「やり直さなければだめだ」と性交を迫り、以後約4年間にわたり被害者女性をマインドコントロール下に置いて、不同意強制性交を重ねていた。

 マインドコントロールを脱した田中さんは、その司祭を監督・指導する立場にある神言修道会の上長に事情を打ち明け相談した。修道会は、加害者とされる司祭=当時=から事情を聴いたものの、「被害者には謝罪など誠意のある対応を見せず、何の救済措置も取らなかった」という。

 当初、神言修道会側は、「(自会所属司祭による性虐待という)そんな話は知らない… 知らなかった事案については監督しようがない」と主張していた。だが、その後、「同司祭が不同意性交をした事実はない」と全面否定し、「原告が修道会の監督責任を問うことはできない」と否認に踏み込んだ。

 その一方で神言会はこの司祭の司祭職をはく奪して修道会から事実上追放した。そして、第3回審理までの準備書面のやり取りを通じて、同司祭(正確には『元司祭』)は首都圏で、田中さん以外の女性信者と一緒に暮らしていることが、判明していた。そして第4回目の審理に、同司祭が「補助参加人」となり、その代理の弁護士2名が、被告側に加わり、原告の代理人弁護士1人に対して、被告側の代理人弁護士は3人、という体制が続いている。

 

2025年1月29日

・バチカンから解散を通告されたペルーの信徒団体が教皇への服従を誓う(Crux)

(2025.1.21 Crux  Senior Correspondent  Elise Ann Allen)

 ローマ発 – スキャンダルにまみれたペルーの信徒団体Sodalitium Christianae Vitae(SCV)の解散が、このほど明らかになったが、そのSCVが、教皇フランシスコと解散を監督するバチカンの責任者に服従を誓った。

 解散のニュースは、18日にスペイン語のインターネット・サイトInfoVaticanaが最初に伝えた。それによると、ブラジルのアパレシーダで1月6日から31日まで開かれていたSCVの総会で、教会改革を任務とする教皇特使でSCVと歴史的なつながりを持つギルランダ枢機卿が、教皇の解散布告を通達、解散の理由として「同団体の創設者の不道徳な行動とカリスマ性の欠如」を挙げ、また、同団体を調査しているバチカン高官のベルトメウ司教が、解散プロセスを監督する教皇特使に任命されたことも明らかにした。

 これまでに、SCVやペルー司教会議(今週、新たな指導者の選出のために会合を開いている)から公式声明や布告は発表されていないが、総会に参加した複数の関係者がCruxに、これが事実であることを確認した。

 SCVは20日付けで声明を出し、InfoVaticanaで伝えられた、解散を確認する一方、「この記事には、いくつかの不正確な点がある」と指摘したが、不正確な点が何が説明していない。だが、InfoVaticanaに情報漏洩したことの影響の深刻さを踏まえてまず、SCV取った対応は、「極秘情報を漏洩するという不条理な行為の責任を負うよう、責任者に強く促すことだった」と述べた。そして、アパレシーダの総会に出席していた2人のSCVメンバーが情報漏洩の責任を認め、「出席者たちに赦しを請うた後、団体から確実に除名された」と説明。「私たちは、2人のメンバーの不祥事が報道機関に悪用され、ギルランダ枢機卿自身がリークの責任者であるかのような疑いをかけられているのではないか、という報道があることを遺憾に思います」と述べた。

 一部の報道では、バチカン当局が調査官と会う前に、ギルランダ枢機卿自身が発表を行う権限があったのかどうかについても疑問を呈されている。現在、リマでペルーの司教たちと会合しているベルトメウ司教は、おそらくSCVの解散とその実施について話しているものと思われる。

 SCVは声明で、公式発表で公表されたニュースについてのみ責任を負うとし、したがって、会議、SCV、教皇およびその代表者に関連する「報道された、または今後報道されるその他のニュースとは一切関係がない」と述べる一方、「我々が信頼し、従属する教皇、および教皇使節であるギルランダ枢機卿とベルトメウ司教に対して忠誠を誓った」としている。

 SCVの声明では、直接言及されていないが、バチカンが現在進行中の調査の一環として、昨年、SCVから追放したペルー人ジャーナリストのアレハンドロ・ベルムデス氏が、SCVの解散に関する教皇の代理としてのベルトメウ司教に服従しないよう求める長文の公開書簡をSCVのメンバーに送っている。ベルムデス氏は、ソーシャルメディアのXに20日に投稿した原稿で、バチカンによる調査中に除名された他のSCVメンバーの案件に関する機密情報を明らかにした。

 ベルムデス氏とSCVに近しい他の人物は、一昨年7月に教皇が派遣した特別調査団の一員としてマルタ教区長のシクルナ大司教とともにベルトメウ司教をリマに到着して以来、日常的に批判してきた。昨年、SCVと密接な関係にある2人の人物が、教皇特使として外交特権を持つベルトメウ司教に対して、調査に関連する行為を理由にペルーの裁判所に刑事告訴しており、InfoVaticanaの記事で、ベルムデスは、シクルナ大司教とともに教皇の最も信頼する虐待調査官の一人であるベルトメウ司教を「調査する」と誓った。ベルトメウ司教は、SCVの資産の清算や司祭の教区への編入などを監督する任務を負うことになる。

 SCV解散のニュースを受け、SCVが所有するアレキパのカトリック大学セントポール校は20日、「解散が、学術活動にほとんど影響を与えないこと」を示す声明を発表した。同大学はSCVの単独プロジェクトではなく、「ペルーの法律によって認定された、大学教育を提供する機関」であると主張。

 さらに、「独自の法的地位、大学の自治、組織の安定性、学術的な名声、そして社会の総合的な発展の主役となるような展望も有している」とし、「SCVとその将来に関するいかなる決定も、私たちの大学プロジェクトのコミュニティに影響を与えることはない」と言明。「私たちは、カトリックのアイデンティティを基盤として、人文科学、専門性、高度な学術的育成の提供という確固たるコミットメントを維持しながら、今後も活動を続けていく」と述べている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。
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2025年1月22日

・「真実の訴えを、信仰の証しとして残したい」ー東京地裁で聖職者による性暴力裁判開始1年、原告被害者が悲痛な訴えー第7回口頭弁論は1月29日、支援集会も

 (2025.1.18 カトリック・あい)

 カトリック信者の女性が、外国人司祭からの性被害を訴えたにもかかわらず適切な対応をとらなかったとして、司祭が所属していたカトリック修道会、神言会(日本管区の本部・名古屋市)を相手取り、損害賠償を求めている裁判の第7回口頭弁論が1月29日午後1時30分から東京地裁第615法廷で開かれる。この裁判が始まったのは昨年1月23日で、今回で一年余となる。

 29日には裁判後、午後2時50分ごろから、原告代理人の秋田弁護士の青山外苑法律事務所(渋谷区神宮前5‐44‐6、電話03-5466-2425, 地下鉄「表参道駅」から徒歩約10分)で、裁判の経過説明と被害者支援集会が予定されているが、裁判開始から一年余となる機会に、原告の田中時枝さんから、支援者あての、現在の思いをつづったメッセージが送られたので、以下に掲載させていただく。

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 +主の平和

 支援者の皆さま

 早いもので裁判が始まってから、すでに1年が経過いたしました。6回の裁判には、傍聴や支援集会へのご参加をいただき、本当にありがとうございます。

 性暴力の裁判は、生皮を剝がされるようなつらい体験です。それでも、人の尊厳を大切に考え、公私ともに誠実に生きておられる方々のお力添えがあることで、何とか乗り越えて来られたのだ、と感謝しております。

 人は予期しない形で、極度のストレスフルな出来事、例えば強姦などの激しい暴力を受けて、長期間、その記憶に怯える状態となり、人生の安定感が失われ、「世界は危険に満ちている」と感じる(前田正治他著『トラウマ臨床と心理教育』=誠信書房刊=より「PTSDの伝え方」)ようになります。

 これは、私に起きたことを的確に表現する専門医の言葉ですが、誰にでも起こり得ることです。実際、米国疾病センター(CDC)による30年にわたる統計調査で、女性の2~3割、男系の1割が性暴力を経験していることが明らかになっています。

 私のように幼少期に性暴力にさらされた者は、「自己愛毀損」(自己愛欲求に伴う不安や他者からの傷つきなどに対して心理的安定を保つ力が損なわれること)の状態にあります。性加害を行う聖職者は、このことをよく知っていて、欺きに利用したのだと、私には分かります。聖職者に「愛」という言葉を「性暴力」にすり替えられると、たやすく長期間の「奴隷状態」に晒されてしまうのです。このようなことから絶望させられた私にとって、混乱とフラッシュバックは生涯続く、と思われます。

 私のこのような苦しみは、すでに12年も続いています。

 「『天におられる私たちの父よ』は、幼児のように親しみを込めて”父ちゃん”と呼ぶこと」と教えられました。それで、心の中で、32年前に亡くなった父に話しかけてみます―「父ちゃん、私は父ちゃんが『死にたくないなあ、誰か代わってくれないかな』と言っていた年齢を越しました。今、私は、死ぬより辛い時間を生きています」と… 涙がとめどなく、あふれてきます。

 私は、父をはじめ、すでに亡くなられた、多くの信頼関係にあった方々に向けて、手紙を書き溜めています。これは、過酷な状況にあっても、本来の信仰のあり方を、それを分かる方々と共に伝えようとしたことを、天国で再会する方々に報告するためです。今も苦しんでおられる多くの方々に対しても、真実の大切さを伝えることも、目的としています。

 「”偉い人”は、何をしても許されるのだ。自分は、そういう国に生きているのだ」と、私は、性被害の当事者として知りました。残念ですが、今、自分がいかに無知であったかも理解しています。

 ”デジタル性暴力”が蔓延する日本の現状を知ったのは、私が、偶然にも国際人権NGOの「Human Rights Now(ヒューマンライツ・ナウ)」に参加しているからです。学ばなければ、自分に何が起きたのか、何に怯えているのかさえも、分かりませんでした。

 聖職者による性暴力で失った、人としての尊厳、人権、信頼感、そして膨大な時間など、取り返しのつかない甚大な被害を受けたことを認めるのは、本当につらい作業です。しかし、見たくない現実を直視することでしか、問題は解決しません。

 聖職者による性暴力は、人を”ガス室”に閉じ込め、生きたまま命を奪う、最も残忍な行為です。絶望のガス室の壁に刻まれた聖家族の姿のように、私も、真実の訴えを、信仰の証しとして、最後に残したいと強く思います。

 田中時枝

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*これまでの経過=「カトリック・あい」

 11月27日の前回、第6回口頭弁論では、被告・神言会の補助参加人となっている加害者とされる男の代理人が新たに「本訴訟において、(補助参加人)は自分の氏名が公表されないよう望んでおり、訴訟記録の閲覧を制限してもらいたい」と申し立てた。性犯罪の被害者が実名で、加害者とされる人物が匿名を求める裁判は、日本ではこれまであまり例がない。しかも、すでに実名が第三者にも明らかにされ、報道もされているにもかかわらず、公判の途中でこのような申し立てをするという、被告側の不誠実を上塗りするような行為の意図を、原告側も測りかねている状態だ。

 裁判は、神言会に所属し、当時、長崎大司教区内の小教区司牧を委嘱されていた会員司祭が女性信徒に対し不同意性交を強いていたとして、被害信徒が神言会日本管区の監督責任を問い損害賠償を求める訴えを起こしたことから、2024年1月23日から始まった。

 被害者の主婦・田中時枝さんが裁判所に提出した訴状によれば、長崎・西町教会で助任司祭を務めていた神父は2012年、「ゆるしの秘跡」を受けた田中さんの告解内容を聴くと「やり直さなければだめだ」と性交を迫り、以後約4年間にわたり被害者女性をマインドコントロール下に置いて、不同意強制性交を重ねていた。
マインドコントロールを脱した田中さんは、加害司祭を「不同意強制性交の罪」で刑事告訴したいと考え、まずその司祭を監督・指導する立場にある神言修道会の上長に事情を打ち明け相談した。修道会
側では加害者とされる神父から事情を聴き、本人を派遣先の長崎から引き上げさせた後、母国に送還したものの、「被害者には謝罪など誠意のある対応を見せず、何の救済措置も取らなかった」という。

 これまでの審理では当初、神言修道会側は準備書面と代理人弁護士の弁明で、「(自会所属司祭による性虐待という)そんな話は知らない(不知)… 知らなかった事案については監督しようがない」と主張していた。だが、その後、前回審理までに「B神父が不同意性交をした事実はない」と全面否定し、「原告が修道会の監督責任を問うことはできない」と否認に踏み込んだ。

 その一方で神言会は、母国送還から1年も経たないうちに神父を日本に呼び戻したうえ、本人の司祭職をはく奪して修道会から事実上追放した。そして、第3回審理までの準備書面のやり取りを通じて、B神父(正確には『元神父』)は首都圏で、田中さん以外の女性信者と一緒に暮らしていることが、判明していた。そして第4回目の審理に、神父が「補助参加人」となり、その代理の弁護士2名が、被告側に加わった。

 これまでの法廷では原告・被告ともに、この被告補助参加人を実名で呼んでおり、傍聴者にもその氏名は知られており、本件の取材に当たる報道機関の間にも、既に広く本名が知れ渡っている。今ごろになって「本名を知られたくない」と申し立てる理由について、代理人弁護士は説明していない。

 11月27日の第6回審理はわずか10分足らずで終わり、その後開かれた原告側の「説明会」では、出席した田中さんの支援者たちから「B神父の申し立ては『裁判公開の原則』にも反する」「身に覚えがないなら、名誉棄損で田中さんを訴えればいい。それをせずに『氏名公表を止めさせたい』と言うのには、知らぬふりをしてこのまま日本に居座りたいという意図があるのではないか」などと、批判の声が相次いだ。

 田中さんの代理人弁護士を務める秋田弁護士は「『神父が与えられた権能(本件の場合は〔ゆるしの秘跡〕)を悪用して女性信徒を性虐待していた』という被害者の訴えを受けながら、ろくに事情聴取もせずにその神父を放置し続けてきた神言会、ひいては日本の教会全体の在り方を問いたい。そこに踏み込んで元を絶たねばなりません」と言明。

 さらに、「修道会上長や教区裁治権者が『神父が勝手にやったこと』という話にして、責任を回避するようなことになれば、(聖職者による性的虐待で苦しむ被害者たちの)現状は何も解決されず、抜本的な教会刷新など期待できません。それでいいのでしょうか」と、問いかけた。

 また、この説明会では、B神父が母国でも「聞き捨てならない行状を残している」という情報も複数出されている。

 

 

 

2025年1月18日

・全米のカトリック教会、修道会の聖職者による性的虐待被害申し立てで”信ぴょう性あり”は過去20年間で1万6276件、補償や弁護費用に50億ドル

(2025.1.16 Crux staff)

 米ジョージタウン大学の付属研究機関、使徒職応用研究センター(CARA)が15日に発表した米国のカトリック教会における性的虐待に関する報告によると、過去20年間で、聖職者の未成年者への虐待の申し立てで「信憑性あり」と判断されたものは1万6276件。虐待被害者に対する補償や弁護費用などに50億ドル(円換算7800億円)以上が支払われている、としている。

 この報告は、2004年11月に全米カトリック司教協議会(USCCB)が、国内のすべての教区および司教区を対象に、年次調査を行うようCARAに委託して以来、続けられているもの。

 15日発表の報告では、過去20年間で全米の教区および修道会などが、司祭、助祭、修道者による未成年者への虐待の申し立て1万6276件を「信憑性あり」と判断した、としている。これらの申し立ての5件中4件は教区によって信憑性があると判断され(1万3331件、82%)、残りの1件は男子修道会によって信憑性があると判断された(2945件、18%)。ただし、「こうした虐待行為の信憑性のある行為は、調査対象の20年間に起こったものではなく、80年以上前のものも含まれている」としている。

 また、虐待被害者の5人にうち4人は男性(80%)、1人が女性(20%)。虐待がなされた、あるいは始まった被害者の年齢は、10歳から14歳が56%と半数以上を占め、15歳から17歳が24%、9歳以下が20%だった。

 報告によると、申し立ての対象となる性的虐待は90%以上が1989年以前に発生しており、1990年代に5%、2000年以降は3%だった。虐待の疑いをかけられた加害者の86%が「死亡、すでに聖職から解任、すでに還俗、または行方不明」と特定された。残りの14%は「その特定の調査の『1年間に聖職から永久に離れた、あるいは聖職から引退した』」としている。

 また、全米でこうした聖職者による虐待が明らかになった教区および修道会は、調査対象となった20年間に、被害者などに総額50億2534万6893ドルを支払った。その71%は被害者への和解金、4%が被害者へのその他の支払い。その他の主な費目としては、総額の17%が弁護費用、6%が容疑者である聖職者に対する支援費用、2%はその他の費用、となっている。

 加害者ないし、所属する教区、修道会が自らを弁護、支援するための費用が11.5億ドル(約1800億円)にも上っていることになるが、「20年間の平均で、申し立てに関連する費用の16%は、教区、修道会が契約している保険会社が負担した」という。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

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2025年1月18日

(評論)日本の司教団は「木で鼻をくくる」対応しかできないのかー性的被害に関する監査報告

 日本の古来からの慣用句に「木で鼻をくくる」というのがある。昔、鼻水を拭く際に木の端を使うことがよくあったが、木で鼻をこすると痛いため、顔が歪んで不愉快な顔になることから、「無愛想に振る舞う、冷淡にあしらう」という意味になったと言われている。12月27日に日本の司教団が発表した「2023年度日本の教区における性虐待に関する監査報告」の第一印象は、まさにこの慣用句どおりではなかろうか。

 事務的で、形式的で、そもそもこの報告をまとめたのは「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン運用促進部門」とあるだけで、責任者もスタッフも誰だか分からない。もちろん、この報告に対する司教団のトップ、あるいは保護担当司教のコメントも皆無だ。被害者に対する思いやりも、性的被害を根絶しようとする意気込みも、誠意も全く感じられない。ただの「報告」でしかない。

 その報告内容のわずか数行にも満たない「各教区から提出された確認書」の中身は、2023年3月までに出された性被害の申し立ては2教区、3件とあり、「性虐待の申し立てのあった各教区には、監査役から提出された調査報告書に記載された所見を通知し、ガイドラインに基づいてさらなる対応をするよう求めた」とあるのみ。

 具体的にどの教区でどのような申し立てがあったのか、説明は皆無。「所見の通知」に対して当該教区はどのように対応し、加害者とされている者に対し、申立者に対してどのような措置を取ったのか、それを司教団の運用促進部門はどのような判断をしたのか、など、社会一般の常識からしても当然、明記されてしかるべき内容も全く見られない。

 また、被害申し立てに続く、各教区の性的虐待防止への対応については、日本の全15教区のうち、「教区内における性虐待防止に関する行事・研修会を実施した教区」は6 教区、司祭・修道者の研修を実施した教区」は7教区と半分にも満たない。しかも、具体的な教区名は明らかにされず、各教区に対する取り組み強化の要請もない。

 性的虐待は、ほとんどが”密室”で行われるため、第三者の証言はまず得られない。「証拠物件」も大きなショックを受けた被害者が、保存しておくことは考えられない。したがって、教会を敵に回してまで訴え出ても、適切な対応がどこまで期待できるか不安があり、まして重い財政負担をし、長期にわたって自分を人前にさらすような訴訟は、よほど勇気と犠牲をいとわない被害者でなければ不可能だ。司教団や担当者は、そのことを承知で、対応に手を抜き、バチカンから批判されない程度に、形ばかりを整えておけばいいと考えているのではないか、とさえ思いたくなる。

 

*「監査報告」は何のために、誰のためになされているのか?札幌教区の調査結果とあまりの落差

 

 当該教区も、司教団も、これで説明責任を果たした、と思っているのだろうか。そもそも、この「監査報告」は、何のために発表されたのか。はた目には、「聖職者などによる性的虐待の根絶」をうるさく言ってくるバチカンに対して、「やっています」という言い訳、もっと明確に言えば”アリバイ”作りにしか見えない。

 「カトリック・あい」では、世界の聖職者による性的虐待など教会でのハラスメント行為は、教会への信頼を失墜させるものとして深刻な問題になり続けているが、日本の教会の取り組みは、隠ぺいを容認する従来からの体質もあって緩慢。日本のカトリック教会における性的虐待を含めたハラスメント意識調査の実施は15ある教区の中で、「カトリック・あい」が確認できたのは札幌教区のみだ、と指摘してきた。

 その札幌教区のハラスメント対応デスクは、札幌教区ニュース4月号で、新たな体制づくりと今後の啓発活動のため2023年7月1日から11月30日にかけて教区の全信者を対象とした調査結果の「前編」を公表している。それによれば、「教会内で、いじめ、いやがらせ、ハラスメントがあると思うか」との問いに40.6%が「あると思う」と答え、「人格否定や差別的な言葉による叱責」「悪質な悪口や陰口」「宗教的な経験年数や知識量での叱責や避難」「奉仕の強要」「私生活・プライバシーへの過度の介入」がいずれも20%を超えている。

 さらに、「教会内で、いじめ、いやがらせ、ハラスメントがあると思う」と回答し、事前に用意された選択肢以外に「その他」として、回答者が書き込んだ具体的経験で、「セクシュアル・ハラスメント」として、司祭・聖職者から「セクハラすれすれの行為を受けた」「ハグされる感じで抱かれて嫌な気持ちになった」「子宮摘出手術を受けた信徒に、聖職者が『じゃあ、もう女じゃないんだ』と言った」、信徒からは「教会で手伝いをしている時に、尻をつかまれた」「『元気をもらいたいから』と手を握られた」「酔った勢いで個人的に連絡された」、あるいは「児童に対する性的虐待」として、「少年期から青年期にかけて、聖職者から児童性的虐待を受けた」「体を触る、服の中に手を入れるなど性的行為をされた」や、「児童虐待」として、「侍者教育は児童虐待だった」「暴力を振るわれた」との回答があった。

 日本の教会の聖職者を含めた信者数は、今年8月のカトリック中央協議会発表で外国人も含めて41万8101人、うち札幌教区は1万4331人で、4%にも満たない。その教区でこのような現状であれば、全日本の教区で年間の被害申し立てが2教区、3件といういことは、”安心”していい数字とは思われない。

 

*教区、修道会への訴えもまともな対応なく、裁判に持ち込んでも…

 

 実際、被害者が加害者が関係する教区や修道会に訴えても、何ら適切な対応がなされず、「教会を敵に回してしまうかもしれない」という悲痛な思いのなかで正義を求め、多額の弁護士費用にも甘んじて、裁判に進む例が、「カトリック・あい」で確認しただけで4件ある。

 うち、長崎教区と仙台教区の裁判は、担当判事の指導で和解となったが、教区側は和解金は払ったものの、被害者への精神的ケア、教会に温かく迎える措置もとったとは聞かない。教区として、新たに再発防止の具体的措置を取っているとも聞かない。それどろこか、仙台教区のケースでは、教区側から酷い対応を受けたうえ、和解後にも教会関係者から被害者への心無い言葉が出るなど、二次被害、三次被害に遭い、被害者は「教会に行くのは怖い。一人では行けない」といまだに聖堂に足を踏み入れないでいる、という。

 東京地方裁判所では、2025年1月29日に、司祭から告解を利用した性的虐待を繰り返し受けた女性信徒が、その司祭が所属していた修道会、神言会を訴えた裁判の7回目の審理が予定されているが、原告被害者側は弁護士1人なのに対して、修道会側は加害者とされている人物の代理人も含めて3人の弁護士を立て、飽くまで知らむ存ぜぬ、さらには原告の主張は嘘、そして、加害者とされ、すでに実名が公表されている人物の実名を出さないように、との主張をしている。原告女性は、苦しみを抑えて毎回出廷しているが、被告側は代理人弁護士のみ、当の神言会からは誰も出廷していない。

 また前述の札幌教区でも、帯広教会の主任司祭をしていたパリ外国宣教会の司祭が、外国人男性を繰り返し性的虐待したとして被害者が訴えているが、修道会司祭ということで、教区は、パリの修道会本部などへ問題を指摘しただけで、パリの本部の対応待ち、という状態だという。

 神言会のケースも修道会だから、ということで教区は無反応のように見えるが、司教協議会の会長で東京大司教の菊地枢機卿も、新潟教区の成井司教も神言会のメンバーだ。一般社会的常識からすれば、被害者をこれ以上苦しめないような対応を働きかけて然るべきと思うが、そうした常識は通じないのだろうか。

 

 

*札幌教区のハラスメント調査で明らかになった性的虐待被害者の悲痛な訴え、東京など他教区は調査もしない

 

 前述の札幌教区のハラスメント調査結果では、ハラスメントの中で最もひどい『性的虐待』についての経験も寄せられ、『私(男性)は少年期から青年初期のころ、ある司祭から性的虐待を受けた。自分の中に封印して生きてきたが、辛く耐えられなくなり、限られた何人かに打ち明けた…多くの被害者は教会から離れていると思われるが、教会が本当に被害者に真摯に向き合おうとするなら、被害者の声を聴く努力をしてほしい』『教会で…男性信者からいきなりお尻をつかまれた。男性信者がいきなり女性信者に覆いかぶさるのを見たこともある… 教会が祈りの場であり、神聖なところであることを忘れないでほしい』との訴えもある」と指摘。

 さらに、「二次被害、宗教ハラスメント」について、「傷つく思いをし相手に伝えると、否定される。周りに相談しても否定される。『あなたの思い過ごし、あなたの考えが間違っている、相手を非難している』・・といわれる。奉仕を強要され、断ると、『傲慢』『自信過剰』と非難され、聞き入れてもらえない…信者をやめることができない、という思いに苦しめられる」という悲痛な声もあり、「司祭は、なんでもご注進、ご注進と報告する信徒や役員の告げ口を信じ、自分の目でしっかり見ずに一方的に言葉を発し、対応するのは、すごく危険。司祭や信徒の言葉で教会から離れてしまった方がいるのは事実。心にとめておいてほしい」との批判を込めた、司祭への要望も出されている、と述べている。

 どうして、日本で最大の信徒を抱える東京教区はじめ他の教区は、このような信徒の率直な声を積極的に聴こうとせず、そこから適切な対応を識別し、実行しようとないのか。不思議でならない。日本全体での取り組みができない、というなら、司教協議会の機能を抜本的に高めるよう、必要ならバチカンの担当部署とも協議して改めていくべきではないのか。そうした問題意識も、能力もないのか。

*「教会は、有毒で伝染性のある新たな形の無関心”を身に着けてしまった」

 世界的な有力カトリック・メディアLaCroixは11月の評論で、世界中で収まることのない聖職者による信徒などへの性的虐待、それがもたらす教会への信認低下が続いている現状を述べたうえで、「この長くて多様なリストは、不完全であるがゆえに衝撃的であり、2024年も、ここ数年の状況と特に変わらない。私たちは、ほぼ毎日のように虐待危機に関するニュースを少量ずつ目にしているため、ある種の”危険な免疫”と、”有毒で伝染性のある新たな形の無関心”を身に付けてしまった」と慨嘆。「虐待の根深い問題や広がりを理解し、把握するには、まだ多くのことがなされねばならない。制度としての教会にも、まだ多くのことがなされる必要がある」と訴えている。

*教皇は「正義、癒し、和解に対する教会の関心の表れとして、苦しみを抱えた人々に慰めと援助を提供」を促しているが

 

 教皇フランシスコは11月、バチカン未成年者・弱者保護委員会主催の「欧州のカトリック教会における保護」をテーマにした会合に集まった約25カ国100人の司教、司祭、一般信徒からなる代表たちにメッセージを送られ、虐待被害者保護の効果的で持続可能なプログラムを提供するため、情報を共有し、互いに支え合うことを目的とした 「人々と優れた実践 のネットワークの構築」へ期待を表明され、「正義、癒し、和解に対する教会の関心の表れとして、苦しみを抱えた人々に慰めと援助を提供」する促進策を生み出すよう促された。

 日本の司教団は、このような教皇の声さえも、聴く耳を持たないのだろうか。あるいは、持とうとしないのか。

(「カトリック・あい」代表・南條俊二)

2024年12月28日

・日本の司教団が2023年度の「日本の教区における性虐待監査報告」発表

(2024.12.27 カトリック・あい) 日本カトリック司教協議会の「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」運用促進部門が27日、「2023年度日本の教区における性虐待に関する監査報告」を発表した。全文以下の通り。

2023年度日本の教区における性虐待に関する監査報告 2024年12月27日 

 日本カトリック司教協議会は、未成年者の保護に関する教会法、関連する教皇庁文書、教皇庁未成年者保護委員会のガイドライン、児童福祉法、児童虐待の防止等に関する法律等を参考に、2021年2月、「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」、2022年2月「『未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン』監査細則」を作成した。
 

  日本カトリック司教協議会は、ガイドライン「9.監査」の規定に従って、2024年3月、全16教区に対してガイドラインの遵守状況を調査し、確認書を司教協議会会長宛に提出するよう依頼した。
 同年9月、監査細則第2条に基づいて選出された2名の監査役による監査を実施。
  各教区から提出された確認書によれば、2022年4月から2023年3月の間に性虐待の申し立てがあったのは2教区、3件であった。
 司祭・修道者の研修を実施した教区は7教区、性虐待被害者のための祈りと償いのミサを実施した教区14教区、教区内における性虐待防止に関する行事・研修会を実施した教区は6 教区であった。
  性虐待の申し立てのあった各教区には、監査役から提出された調査報告書に記載された所見を通知し、ガイドラインに基づいてさらなる対応をするよう求めた。

2024年12月27日

・教皇、複数の未成年(当時)虐待事件でアルゼンチン人神父の司祭職はく奪

(2024.12.16 Crux Eduardo Campos Lima)

 サンパウロ発 – 教皇フランシスコ教皇は11日、1990年代からこの司祭を告発していた被害者たちに安堵をもたらす驚くべき措置として、ブラジルのトゥクマン州サンティシマ・コンセプシオン教区のアルゼンチン人司祭フスト・ホセ・イララズの司祭職をはく奪する決定をされた。

 サンティシマ・コンセプシオン教区が発表した声明によると、「本教区は、未成年者に対する第6戒律違反の罪により、この教区に所属するフスト・イララズ神父に対して行政上の処罰手続きが実施されたことを発表する。(中略)被告の控訴が 被告の訴えが信仰教理省に持ち込まれた後、同省は(…)この件を教皇に提出することを決定し、教皇は前述の司祭を聖職者から追放するよう命じた」としている。

 イララズ神父は、1984年から1992年の間、パラナ市の神学校で勤務していた際に、12歳から14歳までの50人以上の未成年者に性的虐待を加えたとして告発されている。

 この事件はあまりにも悪質であったため、米国のボストン大司教区における数多くの児童虐待事件を暴いた記者たちのチームを描いた映画『スポットライト』(2015年)でも取り上げられている。

 この神父の被害者とアルゼンチン教会虐待サバイバーネットワークの活動家たちは、イララスの事件における教会法と民事裁判の長期にわたる待ち時間について、数年にわたって苦情を訴えていた。

 最初の告発は、1990年代に元神学生のヘルナン・ラウシュ氏と2人の同僚によって行われた。ラウシュ氏「虐待は1990年から1991年にかけて行われた。私は9人兄弟の末っ子で、父親はすでに亡くなっていた。私は最も弱い立場にあったので、選ばれたのだ」とCruxに語っている。同氏には同じく神学生だった兄弟がおり、現在は司祭となっているが、イララズから暴行を受けたことはなかった。

 イララス神父は、規律を担当する一方で、多くの少年たちの告解聴聞者であり霊的指導者でもあった。 カリスマ的な指導者である彼は、「その立場を利用して犯罪を犯した」とラウシュ氏は説明する。「私たちは神父と『親しい』と感じたかった。神父と友達になりたかったのです」。そのような立場にあることで、被害者たちはいくつかの特権も得ていた。例えば、神学生にはあまりないことだが、近くの町を訪れる機会などがあった。

 イララズは少年たちの感情を巧みに操った。例えば、ある時、彼はラウシュ氏に近づこうとしたが、拒否され、「これが我々の友情の行き着くところだ」と言って立ち去った。被害者が彼の行為に抵抗できないでいると、彼はその行為を「自分たち二人の『信頼』と『友情』の証拠だ」と言った。「私は今でも、彼が犯罪を犯しながら、皮肉な笑い声をあげ、喜んでいたのを覚えている」。

 イララスのスキャンダルを含む教会内の虐待に関する本を書いたジャーナリストのダニエル・エンツ氏によると、イララスはパラナ大司教(当時)のエステンサロ・カルリッチ枢機卿に自らの行為を告白し、教会法に基づく調査が行われた。だが、ニュースサイト『Infobae』によると、イララスは神学生に近づかないよう命じられただけで、ローマに留学することになった。「彼は有罪とみなされたが、実際には何の処罰も受けなかった」とラウシュ氏は言う。

 この事件がアルゼンチンの裁判所に持ち込まれたのは2012年のことだった。50人以上の被害者がいたが、証言したのは、そのうちの7人だけだった。調査には6年もの歳月がかかったが、その間、時効の問題が何度も議論された。「私たちの努力で、時効に関する法律は最終的に改正されることになった。

 そして2018年、イララズはついに裁判所で25年の実刑判決を受けた。彼は控訴し、現在、最高裁の判断を待っており、自宅軟禁下にある。 「個人的には、最高裁が年末までにこの件を判断してくれることを願っている。もしイララズの70歳の誕生日を過ぎてから判決が下された場合、アルゼンチンの法律により、彼は引き続き自宅軟禁となるだろう」とラウシュ氏は語った。

 だが、教皇の今回の決定はラウシュ氏に大きな安堵をもたらした。「本当に心が癒やされました」と語った。

 ラウシュ氏は、イララズに対する刑事訴訟において、「教会の代表者たちが、事件の全容を知りながら、沈黙を保ったことで、教会が自分に対して背を向けたように感じた」と言う。そればかりか、教会当局は、「この事件は、すでに過去に審理済みだ」と言うことを認める宣誓書への署名を彼に迫った、という。そのような中で、「教皇が自らイララズの司祭職はく奪を決断された、という事実は、教皇が被害者の声を聞き、私たちと直接対話することを選んだことを示しています。これは教皇からの重要なメッセージだと思います」とラウシュ氏は語った。

 虐待の後、ラウシュ氏が信仰を保ち続けるには長い年月と複雑な心の癒しのプロセスが必要だった。「あまりにも長い時間がかかりましたが、真実が勝ったのです。教皇は私に理由を与えてくれました」と語った。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2024年12月17日

*聖職者による性的暴力被害者が神言会に損害賠償求める裁判・第6回ー加害者とされた司祭(当時)、「実名を出さないで」と申し立て

(2024.12.10 カトリック・あい) 聖職者による性的暴力被害者が加害者とされる男(元司祭)が所属していた修道会、神言会日本管区(本部・名古屋市)に損害賠償求める裁判の第6回が11月27日、東京地裁第615号法廷で開かれ、被告・神言会の補助参加人となっている加害者とされる男の代理人が新たに「本訴訟において、(補助参加人)は自分の氏名が公表されないよう望んでおり、訴訟記録の閲覧を制限してもらいたい」と申し立てた。

 性犯罪の加害者とされる人物が匿名で、被害者が実名の裁判というのは、これまであまり例がなく、しかも、すでに実名が第三者にも明きからにされ、報道もされているにもかかわらず、公判の途中でこのような申し立てをするという、被告側の不誠実を上塗りするような行為の意図を、原告側も測りかねている。

 次回は2025年1月29日、午後1時30分から東京地裁第615法廷、次々回は2025年3月19日、午後3時30分から同じ法廷で予定されている。

 この裁判は、神言会に所属し、当時、長崎大司教区内の小教区司牧を委嘱されていたチリ人神父が女性信徒に対し不同意性交を強いていたとして、被害信徒が神言会日本管区の監督責任を問い損害賠償を求める訴えを起こしたことから始まった。

 被害者の主婦・田中時枝さんが裁判所に提出した訴状によれば、長崎・西町教会で助任司祭を務めていたB神父は2012年、「ゆるしの秘跡」を受けた田中さんの告解内容を聴くと「やり直さなければだめだ」と性交を迫り、以後約4年間にわたり被害者女性をマインドコントロール下に置いて、不同意強制性交を重ねていた。
マインドコントロールを脱した田中さんは、加害司祭を「不同意強制性交の罪」で刑事告訴したいと考え、まずその司祭を監督・指導する立場にある神言修道会の上長に事情を打ち明け相談した。修道会
側では加害者とされるB神父から事情を聴き、本人を派遣先の長崎から引き上げさせた後、母国に送還したものの、「被害者には謝罪など誠意のある対応を見せず、何の救済措置も取らなかった」という。

 これまでの審理では当初、神言修道会側は準備書面と代理人弁護士の弁明で、「(自会所属・B神父による性虐待という)そんな話は知らない(不知)… 知らなかった事案については監督しようがない」と主張していた。だが、その後、前回審理までに「B神父が不同意性交をした事実はない」と全面否定し、「原告が修道会の監督責任を問うことはできない」と否認に踏み込んだ。

 その一方で神言会は、母国送還から1年も経たないうちにB神父を日本に呼び戻したうえ、本人の司祭職をはく奪して修道会から事実上追放した。そして、第3回審理までの準備書面のやり取りを通じて、B神父(正確には『元神父』)は首都圏で、田中さん以外の女性信者と一緒に暮らしていることが、判明していた。そして第4回目の審理に、B神父が「補助参加人」となり、その代理の弁護士2名が、被告側に加わった。

 これまでの法廷では原告・被告ともに、この被告補助参加人を実名で呼んでおり、傍聴者にもその氏名は知られており、本件の取材に当たる報道機関の間にも、既に広く本名が知れ渡っている。今ごろになって「本名を知られたくない」と申し立てる理由について、代理人弁護士は説明していない。

 11月27日の第6回審理はわずか10分足らずで終わり、その後開かれた原告側の「説明会」では、出席した田中さんの支援者たちから「B神父の申し立ては『裁判公開の原則』にも反する」「身に覚えがないなら、名誉棄損で田中さんを訴えればいい。それをせずに『氏名公表を止めさせたい』というのには、知らぬふりをしてこのまま日本に居座りたいという意図があるのではないか」などと、批判の声が相次いだ。

 田中さんの代理人弁護士を務める秋田弁護士は「『神父が与えられた権能(本件の場合は〔ゆるしの秘跡〕)を悪用して女性信徒を性虐待していた』という被害者の訴えを受けながら、ろくに事情聴取もせずにその神父を放置し続けてきた神言会、ひいては日本の教会全体の在り方を問いたい。そこに踏み込んで元を絶たねばなりません」と言明。

 さらに、「修道会上長や教区裁治権者が『神父が勝手にやったこと』という話にして、責任を回避するようなことになれば、(聖職者による性的虐待で苦しむ被害者たちの)現状は何も解決されず、抜本的な教会刷新など期待できません。それでいいのでしょうか」と、問いかけた。

 また、この説明会では、B神父が母国でも「聞き捨てならない行状を残している」という情報も複数出された。その件については裏付けが取れ次第、別途ご報告したい。

(取材執筆・山内継祐、編集・南條俊二)

2024年12月10日

・教皇、ペルーの性的虐待事件を追及したジャーナリスト3人と会見、”決着”を約束(Crux)

Pope Francis meets with journalists Pedro Salinas (left), Paola Ugaz (center right), and Elise Ann Allen (right) inside the library of the Apostolic Palace on Dec. 9, 2024. (Credit: Vatican Media.)
(2024.12.9 Crux   Elise Ann Allen)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2024年12月10日

・修道会から追放処分を受けたペルー人の神父、性的虐待と隠蔽で訴えられる(Crux)

 (2024.10.28  Crux  Senior Correspondent  Elise Ann Allen)

 ローマ発 – ペルーを拠点とする団体から最近除名された神父が性的虐待の疑惑を否定したことを受け、元団体のメンバー2人が、「神父は虐待を行っただけでなく、児童ポルノの隠蔽工作で司法妨害も行った」と語った。

 ハイメ・バートル神父は、ペルー在住の信徒ルイス・フェルナンド・フィガリ氏を含む15人のメンバーとともに、過去2か月間でペルーを拠点とするSodalitium Christianae Vitae(SCV)から除名された。

 バチカンは1年以上にわたり、Sodalitium Christianae Vitae(SCV)に対する徹底的な調査を実施してきた。SCVは過去10年にわたり、未成年者に対する性的虐待や財務上の不正行為など、さまざまな虐待疑惑が取り沙汰される中、さまざまな改革に取り組んできた。

 バートルとSCVの同僚フアン・カルロス・レンは、木曜日にSCVから共同で除名された。バチカン大使館からの声明では、SCVの事業体および組織内での「不適切かつ違法」な資金活動と、性的虐待の疑惑が1件指摘された。

 これに対し、2人はリマのバチカン大使館に公証人の証明付きの書簡を送り、性的虐待の申し立ては「完全に虚偽である」と述べ、また「虚偽かつ中傷的」な情報が含まれているとして、声明の訂正を求めた。

 しかし、この虐待行為の被害者とされる人物は、Crux誌の取材に対し、その事実を認めただけでなく、「虐待行為自体はバートル神父が霊的指導者として行ったものであり、SCVは一度もそれを認めていない」と語った。最終的に調査委員会は、その虐待行為は「ありそうもない」と判断した。

 1978年から2008年まで様々な形でSCVのメンバーであったマーティン・シューク氏は、先月10人のメンバーの1人として除名された自身の兄弟エルヴィン・ショイヒ氏とともに、Cruxの取材に対し、16歳の時にバートル神父から「霊的指導として、服を脱ぎ、椅子を使って性的行為を行うよう命じられた」と語った。

 彼はその約1年前にSCVに参加し、神聖さを高め、最終的にはグループのメンバーになる希望から、バートルの霊的指導を受けるようになっていた。1979年の霊的指導のセッションで、「バートルは私に服を脱ぐよう、2度命じた。なぜなら、最初は自分が聞いたことを疑い、そうすることをためらったからです」と彼は語った。

 シューク氏は、最終的にその命令に従い服を脱いだと言います。「なぜなら、私はバートルを精神的な指導者として信頼しており、『彼がやっていることは、私のためになることだ』と信じていたからです… しかも、彼は、下着を脱ぐように命じました。下着を着けたままでも、命令に従っているつもりだったのです」と言った。

 そして、完全に裸になった後、バートルは彼に部屋の反対側にある大きな椅子を「犯せ」と命じた、という。それを聞いて「最初は自分が何を命じられているのか信じられず、自分には馬鹿げたことのように思えた」が、バーテルが2度目に命じたとき、「従いました。背もたれに自分のあごが届くまで体を後ろに倒し、背もたれと座面の間の隙間に自分の[陰茎]を通しました。性交がどんなものなのかを真似しようと、不器用に何度か動いてみました。性交の経験などこれまでの人生で一度もありませんでしたから。ただ、不快感から動きが不自然になり、身体が硬直してしまい、バートルの命令通りにすることはできませんでした」。

 エロティックというよりも「性的なリビドーを抑制するもの」と表現したこのエピソードは、1分も続かなかった、とシューク氏は言う。その後、再び服を着るように言われた。バートルは「性的な優位に立とうとはしなかった」が、その間、彼は部屋の向こう側に座り、顔に手を当てながら、目線をそらしながら、居心地が悪そうにしていた、という。

シューク氏によると、その命令を出す前に、2人の会話が途切れたため、バーテルは彼に待つように言い、その間にGermán Doig修道院長(当時=現在は故人)に話した。院長も未成年者への性的虐待の容疑で告発されている。部屋に戻ってから、バートルは、会話が行き詰まった理由は、「過去のトラウマに関連する『内面の障壁』が多すぎたからで、それらの障壁を打ち破る必要がある」と告げたという。

服を着直した後、シューク氏は「内なる暴力を受けたと感じた」と語った。「当時、私はこれを悪いことや非難されるべきこととは考えませんでした。なぜなら、ソダリティウムでは、自分自身や他人に対する心理的暴力を正常なこととして受け入れるよう精神的に訓練されていたからです」と述べた。

そして、「年月が経って、世の中をより良く知るようになり、現実と向き合うようになって初めて、過去の特定の経験を『虐待』として認識するようになった。同時に、そうした経験が自分の精神に与えたダメージにも気づくようになりました」と語った。「ほかの機会にも、同じことが起こりました。誰からも強制されたわけではありませんが、『霊的指導者』の言いなりになっていたのです」。

 シューク氏によると、SCVの虐待を調査する任務を負った正義と和解のための倫理委員会は、当初は、この事件に関する彼の告発を信憑性のあるものと判断していたが、2回目の委員会では「信憑性がない」と判断した。SCVの過去2人の総長も、この事件を「信じがたいもの」と判断して、まともに対応しなかった。そして、現在のホセ・ダビッド・コロア総長は、シューク氏の主張の信憑性を疑いながらも、他の被害者が過去に受け取った金額よりも高いドル建ての補償金を提示した。

 「バートルは、私の話を専門家たちが『信憑性がない』と判断したことを喜んでいるでしょう。しかし、その喜びは脆く儚いものです。なぜなら、もし彼がまだアルツハイマー病になっていないなら、起こした出来事の記憶は墓場まで彼に付きまとうことになるからです」とシューク氏は断言する。

 この一件に加え、バートルは、2007年10月に半裸の子供とホテルにいたところを警察に発見され、また、(それを撮影したと思われる)デジタルカメラを所持していたとして逮捕された元SCVメンバーのダニエル・マルギア・ウォードによる虐待を隠蔽したとして告発されている。警察に没収されたそのカメラには、その未成年者と他の2人の露骨な写真が入っていました。

 マルギアはリマで逮捕されたものの、当時、サンティアゴ・デ・チリのSCVのコミュニティハウスに住んでいた。Cruxの取材に対し、当時マルギアと同じチリのコミュニティハウスに住んでいた元SCVメンバーのレンゾ・オルベゴソ・ベンベヌート氏は、「ムルギアはコミュニティを出ることを考えていたが、バートル神父から『ムルギアの不祥事の騒動が収まるまで待つ』ように言われたのです」と語った。

 

2024年12月10日

・聖職者による性的暴力被害者が神言会に損害賠償を求める裁判・第6回口頭弁論が11月27日午後3時から東京地裁第615法廷で

(2024.11.24 カトリック・あい)

 カトリック信者の女性が「外国人司祭からの性被害を訴えたにもかかわらず適切な対応をとらなかった」として司祭(加害当時)が所属した修道会、神言会(日本管区本部・名古屋市)に損害賠償を求めた裁判の第6回口頭弁論は11月27日午後3時から東京地裁の第615法廷で行われる。終了後、隣接の弁護士会館で支援者集会が開かれる予定。

  これまで5回にわたる口頭弁論で、 神言会側代理人弁護士は(神言会司祭だった男による被害者への性的虐待行為について)あくまで、「否認」を貫こうとするばかりか、追加の準備書面に「虐待行為があったとする原告の主張は虚偽」と言明。途中から、この元司祭を「補助参加人」とし、その代理人弁護士2名が加わる3人体制で、原告代理人1人に対し、あくまで被告の性的虐待を認めず、「私的な事。修道会は関係しない」で押し通そうとしてきた。

 被告側当事者である神言会の代表は裁判当初から今回に至るまで出廷せず、代理人弁護士のみの出廷が続き、誠実さを欠いた対応を続けているが、第6回口頭弁論で、どのような主張をするのか注目される。

 

【解説】神言会も加害者司祭(当時)もあくまで「性的虐待」を認めず、教皇やバチカンの意向も無視するのか

 10月の前回の口頭弁論の後、原告代理人の秋田弁護士は、支援団体との会合で、被告の神言会側の代理人弁護士は「司祭としての立場で、『告解』を受けなければ知りえなかった(幼少期に受けた性的虐待によるトラウマでPTSDを患い続けているという)被害者の秘密を利用して、PTSD患者の弱点を使ってマインドコントロールをし、『救いの一環なんだ』とだまして性被害を加え続けた、という点はまさに司祭の犯罪」と強調。「今回の訴訟は、ある意味で、カトリックの教義の正当性、信仰生活の妥当性を問うものだ」と言明している。

 原告被害者の田中さんは「元司祭が所属していた修道会に打ち明ければ真摯に対応してくれる、加害司祭に罪を認めさせ、更生するようにしてくれる、と信じて神言会の日本管区の本部に訴えたところ、「神言会の責任で対応します」と返事しながら、いまだに何の対応もない このような司祭や修道会が大手を振って歩くの目の当たりにせざるを得ないのは、『教会の危機』『信仰の危機』だと感じています。東京大司教の菊地功さんは知っているはずです。神言会の会員で、日本管区長でしたから。現在の管区長、事務局長の司祭も、3人が全員、こういう事を知っていて、代理人弁護士と打ち合わせをして、こういう事を主張しているのか、と思うと、本当に情けない」と苦しみを打ち明けている。

 バチカンの未成年者・弱者保護委員会は10月29日、世界5大陸にまたがる教会に対する広範な調査報告書を発表した。その調査・分析結果によると、国や教区によって対応にバラつきがあり、特に、教皇が2019年5月に出された、虐待や暴力を届け出るための新しい手続きを定め、司教や修道会の長上らにとるべき態度を周知させる自発教令で指示された「虐待被害の報告体制や被害者に対するケアの体制」を欠いているところもある、と批判。

  同委員会のトップ、オマリー枢機卿は記者会見で、「教会は『正義』について強い関心を持たねばならない」とし、被害者に対する『正義』がなければ『癒し』はない。ひどく不当な扱いを受け、傷つけられた人々は、『耳に心地良い言葉』を聞いたり、『文書』を見たりしたいわけではない。話を聴いてもらい、自分たちになされた悪に対して、『教会が償いをしようとしている』」と感じる権利がある」とし、まだ対応にバラつきのある世界中の教区に、そのための具体的取り組みを求めた。

 教皇フランシスコも11月13日、バチカン未成年者・弱者保護委員会主催の「欧州のカトリック教会における保護」をテーマにした会合の約25カ国100人の司教、司祭、一般信徒の代表たちへのメッセージで、「正義、癒し、和解に対する教会の関心の表れとして、苦しみを抱えた人々に慰めと援助を提供する促進策」を立案、実施するよう促されている。

 このような教皇やバチカンの委員会の要請にも、加害者とされる元司祭も、神言会も、聴く耳を持たないのだろうか。あくまで、被害者の訴えを否定し、自分たちが教会の信頼を失う原因を作っているという自覚も、被害者への思いやりもないまま、裁判を続けるのだろうか。

 (「カトリック・あい」代表・南條俊二)

2024年11月24日

・スペインで独立調査・監視機関が、教会と政府に対し性的虐待の被害者への補償実施を要請

アンヘル・ガビロンド(写真:Prensa Defensor del Pueblo/CC BY-SA 4.0)

(2024.11.22  La Croix (with AFP)

Angel Gabilondo (Photo by Prensa Defensor del Pueblo/CC BY-SA 4.0)

スペインの独立調査・監視機関、オンブズマン代表のアンヘル・ガビロンド氏が21日、同国議会下院で、聖職者による性的虐待に関する調査結果を説明するとともに、性的虐待被害者へ補償実施に、政府とカトリック教会が協力するよう求めた。

 ガビロンド氏は、2002年から2010年までマドリード自治大学学長、2011年までの2年間は社会労働党内閣で教育相を務めたのち、オンブズマン代表になっている。

 同氏が説明した調査結果によると、スペインでは1940年以降、20万人の未成年者がカトリック聖職者による性的暴行の犠牲になっており、教会に所属する信徒による暴行を含めると、その数は40万人に上ると推定されている。

 ガビロンド氏は「私は(性的虐待の)被害者のために、教会と国家が共通の制度を採用することが不可欠だと考えている」と語り、「イデオロギーや宗教の違いよりも、被害者への補償を優先させる」ことが必要だと強調。フランス、ドイツ、アイルランド、アメリカ、オーストラリアなどの国々と違って、「スペインはこの問題に対してまだ意味のある行動を起こしていない」と批判した。

 スペインの左派政権は4月、被害者への補償のための公的基金の設立など、報告書の勧告を実施する計画を承認した。 だが、「教会はこの事業への財政的拠出を拒否している」とカトリック教会を非難している。

 教会のリーダーであるスペイン司教協議会(CEE)は公的基金への参加を拒んでいる理由として、「教会内で虐待された未成年者だけでなく、スペインで性的虐待を受けたすべての被害者に、基金による補償をしようとしていない」ことを挙げている。

 スペイン政府はこれに対し、カトリック教会が提案した「いかなる一方的な制度も受け入れない」と表明。いくつかの被害者支援団体も「教会が賠償計画の策定プロセスから自分たちを排除している」と批判している。

 スペインのカトリック教会は、聖職者による性的虐待について否定を続けてきたが、2022年になって、教会内の性的虐待を調査することに同意。 オンブズマンの報告書に引用された数字に異議を唱える一方で、CEEは法律事務所に監査を依頼し、約2056人の被害者を特定。今年7月に独自の補償計画を発表したが、いまだに実行に移していない。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。

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2024年11月23日

・カトリック札幌教区が「教会におけるハラスメント意識調査総括編

ハラスメントのない教会共同体をめざして~教会におけるハラスメント意識調査まとめ【総括編】

(「カトリック札幌教区ニュース」47号 2024年11月より)

 前回までの教区ニュースで、札幌教区のハラスメント調査報告が終わりましたが、まとめの最後となる総括編では、その分析と社会学的見地からの考察と提案をお伝えしたいと思います。

 

(1)ハラスメントの定義

ハラスメントは「嫌がらせ」など「相手に不快を与える言動」によって起こります。自分の思いではなく、相手の主観による受け止めによって発生します。客観的な事実(常識的な業務命令、地域の習慣)があったとしても、そのアプローチの仕方によっては、ハラスメントは起こり得ることがあります。つまり、受け手による傷つきがハラスメントのスタートになることを肝に銘じておく必要があります。

 

(2)なぜハラスメントが起きるのか

ハラスメントの原因を確認してみましよう。あらゆるハラスメントは、2種類の関係性を土台として行われているように感じます。

①変えられない事実

 性別・年別・国籍などの事実にもとづく価値観や文化・習慣・歴史により、日本文化の中で固定化されたルールとして、悪気なく行われるものです。代えられない事実を根拠に、相手を指摘(無意識の攻撃)することは、避けられない痛みとなります。

②個人の倫理観

 育った環境や変化する体験、家族構成・経済・地位・学歴・性格・疾病・障がいなどによるものです。本人にとっては重要な深い体験を、他者が簡単に指摘(無意識の攻撃)することは、大きな痛みを与えます。このような無意識の攻撃は、自分が知らないこと・知り得ないこと・気づかないことに対し、自分が踏み込んだ対応により、知らないうちに人間関係を壊す行為となります。もし最初から知っていたなら、また良い関係を構築出来ていたら、そして深い交わりの中で生きていたら、信頼関係の内に避けられたのかも知れません。

 

 

(3)日本の社会と教会におけるハラスメント

 ここでは、日本の社会と教会におけるハラスメントの起こり得る文化的背景と男女別の考察を説明します。第二次世界大戦後の復興時、戦争という苦難を乗り越えた人々は社会の復興に一丸となって向き合ってきました。「仕事第一」「24時間働けますか」など、企業戦士と共に働くことが日本の成長であり、日本経済社会への貢献であるとされました。犠牲をいとわず家族を顧みず働いた方々もいたかもしれません。

 育児は女性に任せていた時代もあったかも知れませんが、そのおかけで今の日本があることは間違いありません。そして当時それを支えてきたのは家や子どもを守るお母さんたち、すなわち専業主婦の存在でした。役割が明確に分かれており、大黒柱とそれを支える家族という関係が昭和の時代を進んできた家庭・社会環境であったと言えます。その関係は教会での活発な動きに連動していきました。

 教会活動の中で最も強かったのは婦人会であったというのは、日本全国の教会の現状を見ても明らかです。それは教会活動に割く時間の割合が、女性には多かったからです。このように信仰の伝達は女性の数に比例していきました。専業主婦の存在が減ってきたという事が、新しい教会の歩みを振り返る為に欠かせない視点です。

 その時代は、現代とは違い、発展途上の日本の教会の歩みの中で、内部に向けて力を蓄え、教会は多くの課題に向き合うよりも、教会員が家族のようになり、元気になるため、信仰を深める時間に重点がおかれていました。しかし現代は多様な課題が私たちに与えられています。特に「命」 「人権」に向けた社会的な動きがあり、日本のキリスト教研究の発展に伴い、振り返るべき「典礼」 「歴史」 「聖書」 「教会制度」など、新たな課題も出てきており、教会は祈り、働き、考えるのに忙しくなりました。次から次にやって来る課題に、だんだんゆとりがなく、配慮するのに疲れが生じてきました。教会の能力的キャパオーバーというのが適切ではないでしようか。

 そんな中、「昔の教会の方が教会らしかった」という声も聞こえますが、いつの時代も教会は福音宣教を中心に据え置いてきたので、比較はできません。また現代は更に一人一人が「考える時代」です。しかしノスタルジーに溺れてしまうキリスト者は思考停止となり、今ある頭の中の器だけで対応するようになり、それを超えることにより自然に自己本性が表れ始める。すなわち限界を迎えると、思考停止し開き直ってしまうのです。「

 自分にとっての当たり前」 「自分の思うこと」 「言いたいこと」を言う。もちろん嘘は良くない事ですが、それは楽な対応です。そこに向けた「欲求が抑えられない」。それを否定されることに許せなくなり、他者を優先できす「自己本位な動き方」などが起こります。結果、違う文化環境で育った人は、口に出して反論できない傷ついた他者が生まれ、泣き寝入りの中で過ごす人が生まれます。

 今の社会は性別に関係なく、全ての人が働かなければ生きていけない時代に入り、子どもたちは教会よりも学校を優先しなければならなくなり、青年たちは自立した生活のために働かなければなりません。人々は教会の外で生きる時間が増えました。それはある意味教会人が社会の中に溶け込んでいったともいえるかもしれません。

 しかし教会に残された人は新しい風が入らず、今まで教会に来続けてきた人たちは世代交代できず主流となっています。時代とともに変わりゆく教会は、新しい風が入らない中で発展を目指さなければなりません。しかし、同じ人が活躍せざるを得ない状況は、かつての教会文化がそのまま維持継続せざるを得ない環境を残し続けています。

 

 

(4)教会からハラスメントは無くなるか

 答えは、残念ながらNO、つまり現段階のままでは無くならないでしよう。今回のハラスメント調査を見ると、信徒も修道者も司祭も今までの教会の流れのまま、気が付くと加害者(すでに加害者になっている人もいる)となり、被害者が訴えて初めて驚くことが明らかとなりました。どのように乗り越えたらよいのでしょうか。

 まず、「自分はハラスメントを行っているのでは?」という反省の土台が要求されます。これは自己否定ほどではないが、自分と向き合う作業であり、かなきつい振り返りです。そのためにも過去ではなく今を見ること、変えられない現実と向き合うこと、事実からスタートすること、自分以外の価値観に目を向けること、自分を変える事に挑戦すること、自分の価値観をシビアに振り返ること、新しい風を受け入れ理解することが求められます。

 教会は分かち合い(シノドスを含む)など素晴らしい方法を持ち合わせていますが、その場と日常は必ずしも一致しないという弱さを人は持ち合わせています。信仰と生活の遊離と同じなのです。ですから、真剣に回心に向かう姿勢が求められています。

 

 

(5)打開策はあるのか

 解決はかなり難しいですが、考えていかなければなりません。これは私たちにとって大きな課題です。前提として、適切な人間関係とコミュニケーションがあれば、多くは解決するでしょうが、いったん崩れてしまうと、転がり落ちるように関係性は壊れます。そこで打開策に向けて数点、指摘します。

①教会において権利と義務は誰もにある

 「聖職者中心主義」は便利なシステムですが、責任がすべての人にあるという自覚が必要です。しかもその責任は同等にあります。権利と義務は、教会内において誰もが持ちうるものであることに気づかなければなりません。聖職者の役割、修道者や信徒の役割はそれぞれ明確に分かれています。しかし、かけがえのない一人の人間であるという役割はすべての人にあること、これが愛の掟に基づいて見直されなければなりません。

②「普通」とは何かを考える

 「普通のこと」が通用していないことに気づく必要があります。「普通」ということは「あなたの普通」であり、「みんなの普通」 「教会の普通」とは違います。普通を語る場合、「間違ったあり方」であり、「自分は間違っているのかもしれない」という視点が前提になけれは、気づくことすらないし、ハラスメントは一生なくなりません。

③何よりも他者を尊重する

 他者に対する尊敬と、相手が望む関わり方を考える、という歩みが無ければ、ハラスメントはなくなりません。また、その関わり方も時代とともに変わっていることを受け入れねばなりません。TPO(時・場所・状況)が変わると、その都度、変化するものであり、常にリセットせねばなりません。

④表現方法を見直す

 たとえ相手が間違っていたとしても、それに対する関わり方、修正の仕方はあります。教会は民主主義ではないので、少数が間違っているとは限らないことも重要です。その認識がずれるとハラスメントが起きます。コミュニケーション方法の感性を磨くことは大切です。自分の意見を通すことに専念するのは、論外です。

 

(6)最後に

 
 ハラスメントはあらゆる確度から起こり得ます。だから大切なことは、感情(特に怒り)や人との心理的距離感をどうコントロールできるかです。キリスト教的な対応は、シノドスでも大切にされている対話、特に聞くことと誤解を生まないように尋ね合う事です。

 そして、互いに信頼を裏切らない関係づくりこそが、乗り越えるための課題です。具体的には伝えずらいが、日常のささやかな対話の積み重ねを通して、自分を知ってもらい、相手を知っていく作業です。信徒と修道者と司祭という立場や役割は変えることができませんが、人と人との間では、たとえ立場があったとしても、主従関係ではなく兄弟姉妹の関係がそれらを乗り越えていけるはすです。

 本来、社会では作りづらいが、教会では最も適した環境のはずです。だからこそ教会から初めてハラスメントの無い社会を示していかねばなりません。逆に兄弟姉妹の関係を壊す態度が、ハラスメントを増長させるのです。

 イエス・キリストは誰も涙する人を作りたくない。そう信じることで、自分発信ではなく常に他者を通して作る関係性によって神の国の実現を目指したのではないでしょうか。

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 「ハラスメントのない教会共同体をめざして~教会におけるハラスメント意識調査~(2023年実施)」について、3回のシリーズでお伝えしました。お伝えできたのはまだ一部にすぎません。今後、札幌司教区ハラスメント対応デスクが行う啓発訪問などを通して報告を継続し、ハラスメントのない教会共同体をめざして、皆様と共に分かち合い歩んで行きたいと思います。

 

(カトリック札幌司教区ハラスメント対応デスク 担当司祭 松村繁彦)

(編集「カトリック・あい」… 聖職者による性的虐待を受けた信徒など被害者への日本のカトリック教会では、形はともかく、ほとんどまともな取り組みがなされていない。そうした中で、札幌教区は、信者に対する意識調査やそれにもとずく対応の検討など具体的な努力が見られる。教区内で小教区の主任司祭が信徒に性的虐待を働いていたという被害者からの訴えに、その主任司祭が修道会会員だという理由からまともな対応ができていない事案も起きており、まだまだ教区長や担当司祭に努力の余地があるようだ。だが、それでも、日本の他教区が見習うべき点も少なくない。そのような判断から、「カトリック・あい」では、これまで「札幌教区ニュース」に3回にわたって掲載された特集「ハラスメントのない教会共同体をめざして~教会におけるハラスメント意識調査まとめ」を転載した。)

2024年11月22日