☩「神の貴重な愛を探し求め、発見し、迎え入れよう」教皇、年間17日主日正午の祈り

(2023.7.30 Vatican News   Thaddeus Jones)

 教皇フランシスコは30日、年間第17主日の正午の祈りの説教で、主を探求し、主の無限の愛の宝を発見し、常に主を私たちの生活に迎え入れることの重要性について語られた。

 この日のミサで読まれたマタイ福音書13章44‐52節では、イエスが、高価な真珠を探し、見つけると、持ち物をすっかり売り払って手に入れようとする商人のたとえ話をされる。教皇は、この商人に倣って私たち生活の中で実践できる商人の3つの行動―高価な真珠を探し、見つけ、最後にそれを、買い入れる-に注意を向けられた。

 教皇は、「 出かけ、高価な真珠を捜し求める『進取の気性をもつ商人』の最初の行動は、「良い夢を育て」、何か新しいものを探そうとする、彼の強い熱意を示しています。その商人は、自分が既に持っている物に満足せず、もっと大きな可能性があることを知っているのです」と語られ、「このような探求心と意欲は、私たちが、主の新しさを探求する際に必要なこと。なぜなら主は、同じことの繰り返しでなく、常に『人生の現実」を新しくされるからです」と説かれた。

 次に「見つける」について、教皇は、「この商人は、高価な真珠を見つける 鋭い目を持ち、見分け方を知っていたので、探しているものを見つけることができたのです。彼は、さまざまな品物で満たされた魅力的な東洋の市場に出かけ、そこにあるすべてのものを注意深く調べ、識別する人にもたとえられます。私たちは、たくさんの何の役にも立たない物の中から、人生にとって価値のある宝石を見つけ出す訓練をする必要があります」と指摘。 「人生は、日々、神との出会い、他者との出会いとい”貴重な真珠”を私たちに与えてくれます。つまらない事柄や、心を空っぽにする娯楽に自分の時間と自由を無駄にしないようにしましょう!」と呼び掛けられた。

 そして、商人の最後の行動―持っている物をすべて売り払い、その真珠を買ったこと-について、教皇は、「その真珠が持つ計り知れない価値が、自分のただ一つの財産、自分の今と将来の人生の意味そのものだ、ということを理解しているからです。そして、この商人の行動は、主イエス-人生の高価な真珠、探求され、見つけられ、自分のものにされるべきもの-を、進んで受け入れるように、私たちが招かれている、ということを私たちに語っているのです」とされ、「キリストに出会うと、人生は変わります。神の愛を抱くことに、人生の究極の意味を見出します」と強調された。

 最後に教皇は、 この賢い商人の3つの行動を改めて振り返り、「私たちは、自分の人生で本当に何を求めているのか。神を探求し、善を行う努力をしているのか」を自問するよう、信徒たちに求められ、「本当に善いもの、神から来るものは何か、自分の心を空っぽにするのは何か、脇に置く必要があるのは何か、を識別する訓練をする」よう勧められた。さらに、「自分の人生を見つめ、主―今もいつも、私たちの最も偉大な善―を人生の中心に置くために、すべてを犠牲にするかどうか」を考えるよう示唆された。

 そして、聖母マリアに、心を込めて主を探し、見つけ、私たちの生活に迎え入れることができるよう、助けを願われた。

 また、正午の祈りの後で、教皇が、「世界青年の日」リスボン大会出席のため8月2日からポルトガルを訪問されることに関連して、 「あらゆる大陸から来た非常に多くの若者が、神と兄弟姉妹との出会いの喜びを経験すること」への期待を表明され、大会参加者と世界のすべての若者を、キリストの道を導く輝く星である聖母マリアに託された。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年7月30日

☩「高齢者祈願日とWYD大会が世代間の絆を強める機会となるように」教皇、日曜正午の祈り

教皇フランシスコ 2023年7月23日(日)「祖父母と高齢者のための世界祈願日」のお告げの祈り教皇フランシスコ、「祖父母と高齢者のための世界祈願日」の正午の祈り  (Vatican Media)

 教皇フランシスコは、23日の正午の祈りの集いで、この日記念された「祖父母と高齢者のための世界祈願日」に言及された。

 教皇は、今年の同祈願日が、若者たちが「世界青年の日(WYD)大会」に参加の準備をする中で記念されたことを指摘。

 バチカン宮殿の書斎の窓辺に共に立つ若者と若者の祖母である女性を紹介されながら、「祖父母と高齢者のための世界祈願日」と、これに続いて開かれるWYD大会が、「今、強く求められている世代間の絆」を強める機会となることを願われた。

 そして「未来は、若者と高齢者の経験の分かち合いと、相互のいたわりの中で共に築くもの」とされた教皇は、「お年寄りたちの存在を忘れることがないように」と強調され、聖ペトロ広場に集まった巡礼者たちと共に、世界のすべての高齢者たちに励ましの拍手をおくられた。

(編集「カトリック・あい」)

2023年7月24日

☩「北アフリカ砂漠で、世界で相次ぐ熱波や洪水で、ウクライナで、苦しむ人たちに緊急の支援を」教皇が訴え

Migrants from sub-Saharan Africa on the Libyan borderMigrants from sub-Saharan Africa on the Libyan border  (AFP or licensors)

(2023.7.23 Vatican News  By Thaddeus Jones)

 教皇フランシスコは23日、年間第16主日の正午の祈りに続く説教の中で、世界の指導者たちに対し、北アフリカの砂漠に取り残された移民たちの緊急援助に努めるよう求められるとともに、ロシアの軍事侵攻が続くウクライナの和平実現に、世界中で熱波や洪水を起こしている異常気象現象と地球温暖化への対処に、全力を挙げるよう呼びかけられた。

 教皇はまず、数千人が数週間にわたって砂漠に閉じ込められたり、置き去りにされたりしてひどい苦しみを味わっているアフリカ北部の移民の悲惨な状況がますます悪化している問題を取り上げ、 「特に欧州、アフリカ各国政府首脳の方々に、苦しみの極みにある兄弟姉妹に対する緊急の救済と支援をお願いします」と訴えられた。

 そして、「地中海が再び『死と非人間性の劇場』とならないように。主がすべての人の心を照らし、友愛、連帯、進んで迎え入れる気持ちを呼び起こしてくださいますように」と祈られた。

 また、熱波や洪水など異常気象に苦しむ人々にも思いをはせられ、「多くの国が壊滅的な火災を伴う異常な熱波、大雨や洪水を経験しています」としたうえで、特に現在、大洪水で打撃を受けている韓国を例に挙げ、苦しんでいる人々、被害者や被災者を支援している人々への親密さを表明された。

 また、 「各国指導者に対し、汚染の排出を制限するためにより具体的な対策をとるよう、改めて訴えます。これは緊急の課題であり、先延ばしはできません。すべての人に関わることです。私たちの共通の家を守りましょう!」と呼び掛けられた。

  最後に、教皇は、ウクライナ南部オデッサで23日未明、ロシア軍による大規模なミサイル攻撃があり、ウクライナ正教会(モスクワ聖庁)の大聖堂などが破壊され、子供を含む多数の死傷者が出ていることに心を痛められ、「苦しみを続けるウクライナに一日も早く平和が戻るようを祈り続けることを、世界のすべての人々に求められた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年7月23日

☩ 「祖父母・高齢者は若者との実りある交流の中で成長する」ー「祖父母と高齢者のための世界祈願日」のミサで

(2023.7.23 Vatican News  By Devin Watkins)

 教皇フランシスコが年間第16主日の23日、聖ペトロ大聖堂で「祖父母と高齢者のための世界祈願日」のミサを主宰され、イタリア全土などから参加した約8000人の高齢者たちを前にした説教で、「人生の素晴らしさを学び、教会活動を強める手段としての『世代間の交流』」の重要性を強調された。

 説教で教皇は、この日のミサで読まれたマタイ福音書の箇所でイエスがなさったたとえ話を取り上げ、今年の祈願日のテーマ「その憐れみは代々に限りなく」(ルカ福音書1章50節)、つまり「共に成長する」という共通点に注目された。

 まず、教皇は、このたとえ話の最初にある「麦と毒麦は同じ畑で隣り合って生えている」という描写は、「私たちキリスト教徒に、現実の人生を思い起こさせます」とされ、 「人類の歴史には、私たちの人生と同じように、光と影、愛と利己心が混在しています…善と悪は、切り離せないように見えるほどに絡み合っています。 そのような現実は、自分の『外』だけでなく、『内』にも存在する悪に立ち向かう必要があることを、私たちが認識するのに役立ちます」と説かれた。

  さらに、福音のこの箇所で「主人」が僕に注意しているように、キリスト教徒は「衝動的で攻撃的な」態度で毒麦を根こそぎ掘り起こすことで、良い麦まで引き抜こうとするべきではない、とされ、 「私たちは、『純粋な社会』や『純粋な教会』を実現しようとする誘惑を、よく目にします。その一方で、この純粋さを実現しようと努力するとき、私たちは短気になり、強硬な態度をとり、過ちに陥った人々に対して暴力的になる危険さえあります」と指摘。 悪に直面したときに私たちがとるべき正しい態度は、『忍耐』です。自制することで、他者に敬意を持って接することができるようになる。そして、悪に対する最終的な勝利は、本質的に神の業によるのだ、と認識することです」と強調された。

 また教皇は、「高齢者は、懐かしさと『過去の間違いをやり直したい』という気持ちを持って、自分の人生を振り返ることが多い。 しかし、イエスは祖父母や高齢者たちに、『人生の神秘を静けさと忍耐をもって受け入れ、判断を神に委ね、後悔や自責の念に満ちた人生を送らないように』と勧めておられます」と語られ、「老年というのは確かに、祝福された時期なのです。なぜなら、それは和解すべき季節であり、影があるにもかかわらず、輝いている光を優しく見つめ、悪魔が私たちの心を悩ませようとしている『毒麦』に、神がまかれた『良い麦』が勝つのだ、という希望を確信する時期だからです」と説かれた。

 続けて教皇は今日の福音の箇所の2番目のたとえ話に目を向けられ、「天の王国は、人類の歴史の中で小さなからし種のように成長していきます。 人が成長し、年を重ねることは、からし種が大きな木になり、そこに他の人が木陰や安らぎを見つけるのに似ています」とされ、同じように、「 祖父母は、子どもや孫たちが家庭の温かさを学び、思いやりや優しさを体験する場を提供しています」と指摘。「そのような実りある交わりの中で、私たちは人生の美しさを学び、友愛に満ちた社会を築き、教会でお互いに出会い、伝統と新しさの間の対話を可能にすることができます。」と語られた。

 さらに、 パン生地を膨らませるために酵母と小麦粉を混ぜるという3番目のたとえ話に目を向けられ、「世代間の交流への誘い」として「混ぜる」という動詞を強調された。「そうすることで、個人主義と利己主義は克服され、高齢者が疎外されたり、孤独に見捨てられたりすることはなくなります」とされた。

 最後に教皇は、若者と高齢者に対し、「それぞれの賜物を分かち合い、お互いの意見に耳を傾け、話し合い、支え合うことで共に成長するように」と呼び掛けられた。そして、ミサの終わりに、祖父母のグループが教皇の言葉に倣って、8月1日から6日にかけてポルトガルの首都リスボンで開催される「世界青年の日」大会に参加する若者代表に、世界青年の日の十字架を手渡した。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年7月23日

☩「イエスに倣い、良い種をまくのを諦めないで」教皇、年間第15主日の正午の祈り

(2023.7.16 Vatican News  By Francesca Merlo)

 

*子供たちの信仰継承に不安を持つ親たちに

 

若者たちへの招待状

 次に世界の若者たちに向けて、「御言葉の種は、目には見えないような小さな種かも知れませんが、あなた方が、自分の生きるすべてをイエスに託すことで、イエスはそれを熟させて下さいます」と語られた。そして、「他の人たち、最も助けを必要としている人たちに捧げる時間」を作るように促され、「それは無駄のように思われるかもしてませんが、実際には、それは神聖な時なのです。消費主義と快楽主義にひたることで得られる見かけ上の満足感は、何の成果ももたらしません」と説かれた。

 

2023年7月17日

☩「人類は戦争による悲劇の歴史の記憶を失ったのか」教皇、ローマ、サン・ロレンツォ地区爆撃80周年を前に

Pius XII after the Rome bombings on 19 July 1943Pius XII after the Rome bombings on 19 July 1943 

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年7月16日

☩「祈りや著作を通し広大な霊的・人文的叡智を分かち合った『教会の人』」ー聖トマス・アクィナス列聖700年

聖トマス・アクィナス聖トマス・アクィナス  (© Biblioteca Apostolica Vaticana)

 教皇フランシスコが11日、聖トマス・アクィナス列聖700年記念行事に、列聖省長官セメラーロ枢機卿を派遣されるに伴い、同枢機卿に書簡を送られた。

 『神学大全』の著者、ドミニコ会士、聖トマス・アクィナス司祭教会博士(1226-1274)が、1323年7月18日に列聖されてから、今年で700年を迎える。列聖700年を記念するミサが18日、イタリア南部プリヴェルノにあるフォッサノーヴァ修道院で捧げられる。

 教皇フランシスコは、この記念ミサに教皇特使として、列聖省長官マルチェッロ・セメラーロ枢機卿を派遣されるが、この任命に伴い、セメラーロ枢機卿に書簡を送られた。

 書簡で教皇は、司祭、神学者として、祈りや著作を通して「広大な霊的・人文的叡智」を分かち合った聖トマス・アクィナスを、「教会の人」と形容。「知識によっておごることなく、常に愛に感化された」と、その人となりを思い起こされた。まれにみる文化教養にあふれた「天使的博士」聖トマス・アクィナスは、多くを著し、教え、特に哲学・神学の分野で才能を示しながら、「その知性と明晰さで際立つ一方で、熱心な信仰をもって神の神秘を求め観想していた」と述べられた。

 教皇はまた、聖トマス・アクィナスに関して、2024年に帰天750年、2025年には生誕800年の記念を控えていることに言及しつつ、「聖性と神学で知られる、この教会博士の熱心さを称えるための教会の様々なプロジェクト」に大きな喜びを表された。

 そして、聖トマス・アクィナスが帰天した場所であるフォッサノーヴァ修道院で行われる同聖人列聖700年の記念ミサの参加者たちが、これを機会に「キリストとその福音を生きるための新たな力を得ることができるように」と祈られた。

(編集「カトリック・あい」)

2023年7月12日

☩「”小さな者”だけが、どうすれば神の愛を喜んで受け入れられるか知っている」年間第14主日正午の祈り

(2023.7.9 VaticanNews  Lisa Zengarini)

  教皇フランシスコは9日、年間第14主日の正午の祈りの説教で、神が成し遂げた偉大な事柄や、静かに世界を変える善行に「感動」するよう、信徒たちに勧められた。

 教皇は、この日のミサで読まれた福音の箇所(マタイ11章25-30節)に記された、「御業のすべてを、喜んで受け入れる方法を知っている”小さな者たち”に明らかにされた主に感謝されるイエスの御父に対する言葉」を深く味わうように、すべての信徒に促され、さらに、「私たちの周囲の神の働きに、子供のように驚嘆しているか。それとも、ただ見過ごしているのか」を自問するように求められた。

 また教皇は、このイエスの御父への言葉の直前の箇所で、「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、規定の病を患っている人は清められ、…貧しい人は福音を告げ知らされている」(マタイ11章5節) )としつられているのに注目され、「主がご自分の業のいくつかを思い起こされ、それらが、この世で神が働いておられるしるしであると語られ、その意味を明らかにされたのです」と指摘された。

 そして「ですから、福音のメッセージは、はっきりしています。神は、無償の愛によって人を解放し、癒すことによってご自身を現されるのです」とされ、 「イエスは父に感謝しておられます。なぜなら、イエスの偉大さは愛にあり、愛を離れては決して働かないからです。だが、神の愛と働きの偉大さは、自分が『偉大だ』と思い込み、『頑固で、融通が利かず、執念深い自分の姿』に似せて神を捏造する人々には理解されません」と指摘。

 さらに、「自分のことを考えることで頭がいっぱいで、自分を誇り、自分の利益だけを考え、『自分には誰の助けも必要ない』と思い込んでいる人は、神を『父』として受け入れることはできません。 イエスは、当時反映していた3つ都市、コラジン、ベツサイダ、カペナウムの住民の名前を挙げましたが、これらの都市は、神の偉大な業を、どのように歓迎すればよいかを知らなかった」とされた。

 そのうえで、「 神の偉大な業を受け入れることができるのは、”小さな人たち”幼い子供たち”。彼らは、どうやって神の業を受け入れたらいいか、を知っている。そのことをイエスは御父に感謝し、彼らを『心に思い上がりや自己愛がない純朴な人々』であり、『神に心を開き、神の御業に驚くことができる人々』と賛美されたのです」と説かれ、「このような人々が取った振る舞いこそ、「神の業の前に正しい行動なのです。神の業に『感銘』し、それが、多くの『善行』を通じて、私たちの生活の中で育っていくようにすることです」と強調された。

 説教の 最後に、教皇は世界の信徒たちに対して、「ニュースの洪水に圧倒される昨今の状況の中で、私たちは、世界を静かに変えていく善行に、どうしたら子供のように驚嘆できるか知っているだろうか」「神の恵みに、日々、感謝しているだろうか」と自問するように勧められた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2023年7月9日

・教皇、改めてウクライナと聖地の速やかな和平実現を訴え

A view of the damage following an Israeli military operation(イスラエル軍の攻撃で破壊された建物 )

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年7月9日

☩「全人類的対応が求められる巨大な挑戦を前に、争いや対立の余裕はない」FAO総会に教皇がメッセージ

教皇フランシスコ、国連食糧農業機関(FAO)の第43回総会にメッセージ

 メッセージで教皇は、紛争や、気候変動、またその影響としての自然災害のために、「無数の人々が貧困と栄養失調に苦しみ続けている状況」に目を向けられ、貧困や不平等、食糧・飲料水・医療・教育・住居など生活の本質的要素へのアクセスの欠如を、「人間の尊厳に関わる重大な問題」として、改めて提起された。

 そして、「持続可能な開発目標(SDGs)」の一つである「2030年までに世界の飢餓をゼロに」という目標の達成が難しくなっている、という専門家たちの見通しを挙げ、「この共通責任を果たせないために、当初の意図を人々の真の必要を理解しない新しい計画に変えてまうことがないように。助成や計画が上からの押し付けではなく、人々の声を尊重するものとなるように」と希望された。

 そして、国連食糧農業機関をはじめとする国際機関、また政府、企業、学会、市民社会、個人が力を合わせ、皆が恩恵を受け、誰も取り残されないために、この問題に一致して取り組む必要がある、と強調された。

(編集「カトリック・あい」)

2023年7月5日

☩「ウクライナなど紛争の苦しみの中にある人々のために、平和の祈りを絶やさないように」

Praying for peace in UkrainePraying for peace in Ukraine 

(2023.7.2 Vatican News   Linda Bordoni)

 教皇フランシスコは2日、年間第13主日の正午の祈りで、世界のキリスト教徒に対し、「世界中で、死、苦しみ、被害をもたらしている多くの紛争や衝突を忘れないように… 祈りは世界を守り維持する優しい力です」と強調。「この夏の間も、決して、平和の祈りを絶やすことのないように」と訴えられた。

 そして、その祈りの中でも、特に「試練にさらされているウクライナの人々」のために祈るよう求められるとともに、「多くの人が忘れられがちな、地球上の多くの場所で流血をもたらした多くの紛争や衝突」なども見逃がしてしまわないように、と注意された。

 「戦争がたくさんあります」とされた 教皇は、すべての善意ある男女に「世界中で何が起こっているのか」に関心を持つよう促され、「苦しんでいる人たちを助けましょう。 祈りましょう。なぜなら祈りは、世界を守り、支える優しい力だからです」と締めくくられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年7月3日

☩「互いの話に耳を傾け合うことで紛争は避けられる」教皇、年間第13主日の正午の祈り

Pope Francis during the AngelusPope Francis during the Angelus  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

 

 

*互いの話に耳を傾け合おう

 続けて教皇は、「今日の日の福音で、主は、預言者たちを喜んで受け入れるように求めておられます」とされ、「重要なのは、それぞれが置かれた状況と与えられた使命に応じて神の言葉を伝える者である私たちが、互いを喜んで受け入れること。 自分が生活している場、家族、小教区、修道会、教会や社会の他の場で。そして聖霊は、神の聖なる民に預言の賜物を配っておられます。ですから、皆の声に耳を傾けるのは良いことなのです」と説かれた。

 そして、「重要な決断をする必要があるとき、まず祈り、聖霊を呼び求めるのは良いことですが、そのうえで、相手がどんなに”小さな人”であっても、誰もが語るべき重要なこと、分かち合うべき預言的賜物を持っていることを信じて、相手の話を聴き、言葉を交わすことです」と強調。

 説教の最後に、信徒たちに、「自分は相手から喜びをもって受け入れられている」と、人々に感じてもらえるようにすることを勧められ、「それは、相手に私たちが喜ぶようなことを言ってもらうためではなく、相手が『自分は受け入れられており、賜物として大切にされているのだ』と感じてもらえるようにするためです」と念を押され、「互いに理解し合いたいという心からの願いを持って、互いの話に耳を傾けることが、どれほど多くの紛争を回避し、解決できるかを、皆でよく考えましょう」と訴えられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年7月2日

☩「教理省長官の役割は、希望の信仰を源とする教えを守ること、誤りを断罪することではない」新長官に書簡

Archbishop Víctor Manuel Fernández Archbishop Víctor Manuel Fernández  

 

*教理省にとって重要な「未成年者の保護」の役割

 そして、未成年者保護に特化した部門が教理省内に置かれたことを強調され、新長官に対して、「キリスト教の信仰を守る」という教理省の主たる目的を個人的にも、直接的にも固守するよう求められた。さらに、福音宣教において信仰を伝えることに強い勢いを与え、特に科学の進歩と社会の発展によって起される様々な問題に直面する中で、その光が、存在の意味を理解するための規範となるようにすることを願われた。

 

 

*人類にとって前例のない状況の中で世界の人々の対話ができるように

 また教皇は、福音のメッセージを新たな形で宣言するよう促され、教理省が福音宣教の道具となり、人類史上前例のない事態が起きている中で、カトリック教会が世界の人々と対話できるように助けることを求められた。

 続けて、教会は、掲示された御言葉の解釈と心理の理解において成長する必要があり、その際、一つの決まった表現の仕方だけを押し付けないようにすることが大事である、と指摘。「 尊敬と愛によって育まれる調和のとれた成長は、いかなる”管理メカニズム”よりも効果的にキリスト教の教義を保つことにつながります」と述べられた。

 

 

 

*”机上の神学”や冷酷で厳格な論理に満足しない神学者が必要だ

 さらに教皇は、”机上の神学”やすべてを支配しようとする冷酷で厳格な論理に満足しない神学者が求められている、とされ、「 私たちに必要とされている神学は、神の無限の力、そして特に神の慈悲に究極的な疑問を投げかける、いかなる神学的な概念を不適切とみなす根源的な規範を大切にする必要があります。 私たちに必要とされている考え方は、人々を愛し、赦し、救い、自由にし、前進させ、彼らに兄弟姉妹愛に満ちた奉仕を促す神を提示することです」と説かれた。

 そのうえで教皇は、新長官に対して、最も素晴らしく、偉大で、魅力的で、同時に最も必要とされる本質に焦点を当てた意向を勇気をもって言明するよう求められると同時に、中心的な課題を二次的なもので覆い隠することが無いよう、警告された。

  書簡の最後に、教皇は新長官に、教理省や教皇庁の他省の諸文が十分な神学的裏付けを持ち、カトリック教会の長年にわたる教えの豊かな蓄積と調和していることを常に確認し、同時に、近年の教導権を受け入れることを求められた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年7月2日

☩「私たちは今、彼らのような強さも弱さもある『本物の人間』を必要としている」-「使徒聖ペトロ・聖パウロ」の祭日 に

教皇フランシスコ  2023年6月29日「使徒聖ペトロ・聖パウロ」の祭日のお告げの祈り教皇フランシスコ 2023年6月29日「使徒聖ペトロ・聖パウロ」の祭日のお告げの祈り 

  祈りの前の説教で、教皇はこの日のミサで読まれたマタイ福音書の「あなたはペトロ。私はこの岩の上に私の教会を建てよう」(16章18節)というイエスのペトロに向けた言葉を観想された。

 教皇の説教の要旨は次のとおり。

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 今日、使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日、福音の中でイエスは十二使徒の一人、ペトロに言われます。「あなたはペトロ。私はこの岩の上に私の教会を建てよう」。ペトロという名前は、岩、石、また、単なる小石、といった様々な意味合いを持っており、ペトロの生涯を見つめる時、そこに、これらすべての意味を見出すことができます。

 ペトロは岩。多くの場面で、彼は強く堅固で純粋、かつ寛大な姿を見せます。ペトロは、すべてを捨ててイエスに従い( ルカ福音書5章11節参照)、イエスを「メシア、生ける神の子」と認め(マタイ福音書16章16節)、復活したイエスに会うために急いで湖に飛び込み(ヨハネ福音書21章7節参照 )、逮捕される前と、鞭で打たれる前に、神殿で、勇気をもってイエスを告げ知らせました(使徒言行録3章12-26節、5章25-42節参照 )。さらに、伝承はペトロの殉教を前にした時の毅然とした態度について語っています。

 ペトロは、他の人々を支える石でもありました。その石はイエスの上に据えられ、教会を築くために兄弟たちを支える役割を負います(ペトロの手紙1・2章4-8節、エフェソの信徒への手紙2章19-22節参照)。兄弟アンデレと、そしてヤコブとヨハネと共に、イエスの召し出しに従い(マタイ福音書4章18-22節参照 )、「主に従いたい」という使徒たちの意志を確認し(ヨハネ福音書6章68節参照 )、苦しむ人を癒し(使徒言行録3章6節参照 )、共なる福音宣教を推進し、励ましました(同15章7-11節参照)。

 しかし、ペトロは単なる小石でもあり、しばしばその「小ささ」を表に出しました。イエスのなさっていることをしばしば理解せず( マルコ福音書8章32-33節、ヨハネ福音書13章6-9節参照)、イエスの逮捕を見て恐ろしくなり、イエスと共にいたことを否定し、その後に後悔し、激しく泣いた(ルカ福音書22章54-62節参照 )ものの、イエスの十字架の下に立つ勇気はありませんでした。逮捕を恐れ、他の使徒たちと高間に閉じこもります(ヨハネ福音書20章19節参照)。アンティオキアでは、入信した異邦人たちと共にいることをためらい、パウロから非難されます(ガラテヤの信徒への手紙2章11-14節参照 )。最後に、伝承では、ペトロは殉教を逃れようとしましたが、途中でイエスと出会い、道を引き返す勇気を得た、とされています。

 ペトロの中には、岩の強さ、石の信頼感、小石の小ささのすべてがあります。彼は超人ではなく、私たちと同じ一人の人間として、不完全さの中で、寛大さをもって、イエスに「はい」と答えたのです。パウロや諸聖人たちの場合もそうであったように、ペトロのこのような人間性の中に、「私たちを、恵みによって強め、愛によって一致させ、慈しみをもって赦してくださる神の働き」を見ることができるのです。そして、聖霊は、このような本物の人間たちと教会を築きます。ペトロもパウロも、本物の人間でした。私たちは今日、まさに本物の人間たちを必要としているのです。

 自分自身に問い掛けましょう。「主と福音に対する、岩のような熱意と情熱を、私たちは持っているか。それとも、持っているのは、すぐに砕けてしまう脆い石か」「教会を築くための石であるはずの私たちは、つまずきの石になっていないか」「私たちは小石のような自分の小ささを知り、その弱さの中で主に信頼しているか」。

 使徒の女王、マリアよ、私たちが聖ペトロと聖パウロの強さと寛大さと謙遜に倣うことができるよう、お助けください。

(編集「カトリック・あい」=聖書の引用の翻訳は「聖書協会・共同訳」による)

 

2023年6月30日

◎教皇 連続講話「使徒的熱意について」⑰豪州で現地の教育に尽くした聖メアリー・マッキロップに学ぶ

教皇フランシスコ 2023年6月28日の一般謁見 バチカン・聖ペトロ広場教皇フランシスコ 2023年6月28日の一般謁見 バチカン・聖ペトロ広場  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

(2023.6.28  バチカン放送)

 教皇フランシスコは28日、バチカンの聖ペトロ広場で水曜恒例の一般謁見を行われ、「使徒的熱意について」をテーマとした連続講話を再開された。一般謁見は、教皇が手術のため入院された7日以来、3週間ぶり。また、7月1か月の謁見休止期間に入る前の最後の謁見となった。

 連続講話で教皇は、2010年に列聖されたオーストラリア生まれで初めての聖人、メアリー・マッキロップ修道女(1842-1909)を取り上げられ、聖ヨセフ聖心修道会を創立し、オーストラリアの地で、恵まれない人々の教育に尽くした生涯を振り返えられた。

 連続講話の要旨は次のとおり。

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 様々な時代と場所で使徒的熱意を模範的に証しした人々を取り上げるこのカテケーシスで、今日はオセアニアに目を向けましょう。オセアニアに欧州からの多くの移民たちによって伝えられたキリスト教信仰は、根を張り、豊かな実りをもたらしました。その実りの間に、聖ヨセフ聖心修道会を創立し、恵まれない人々の知識教育・宗教教育に尽くした、聖メアリー・マッキロップ修道女(1842-1909)がいます。

 メアリー・マッキロップは、メルボルンのスコットランド系移民の家庭に生まれました。早くから、言葉だけでなく、特に神の現存に変容された生き方を通して、神に仕え、神を証しする召命を感じていました。また、復活されたイエスと出会い、そこから弟子たちにそれを告げるようにとイエス自身から派遣されたマグダラのマリアのように、彼女自身も福音を宣べ伝え、人々を生ける神との出会いに導くように召されていることを確信していました。

 時代のしるしを賢明に読み取りながら、メアリー・マッキロップは、「自分にとって、召命を生きる最良の方法は、若い人たちへの教育を通してだ」と知りました。それぞれの聖人は神が計画された独自の使命に召されていますが、メアリー・マッキロップは、カトリック教育が一つの福音宣教の形であることを認識し、召命は、学校の創立を通して実現されていったのです。

 メアリー・マッキロップの福音への熱意は、特に貧しい人々や疎外された人々への世話に表されました。重要なことは、恵まれない人々、見捨てられた人々は聖性への道における主役であり、聖人たちは何らかの形でこれらの人々に人生を捧げる、ということ。貧しい人々への奉仕のために、メアリー・マッキロップは、他の人たちが行こうとしない場所、行くことができない場所に、自ら赴きました。1866年3月19日、聖ヨセフの祭日、彼女はオーストラリア南部の小さな町に最初の学校を開きます。そして、彼女と仲間たちによって、オーストラリアとニュージーランドの農村地帯に次々と学校が創立されていきました。

 メアリー・マッキロップは、教育の目的は、個人、また共同体の一員としての統合的な成長にあると確信していました。それは、教育を受ける一人ひとりに知恵と忍耐と愛を要求するものです。教育とは、頭を考えでいっぱいにすることではなく、生徒の人間的・霊的成長の歩みに寄り添い、励ますことにある、と。

 貧しい人々の間で福音を宣教するというメアリー・マッキロップの情熱は、アデレードに開いた、見捨てられた高齢者や若い女性を受け入れる「御摂理の家」をはじめとする、様々な事業につながっていきました。彼女はあらゆる状況において神の御摂理に信頼していました。使徒職にまつわる様々な不安や困難は尽きることなく、後には健康問題も重なりましたが、彼女は十字架も使命の一部として忍耐をもって受け入れ、常に落ち着いていました。

 十字架称賛の祝日に、メアリーは仲間の修道女に「長い年月を通して、十字架を愛することを学びました」と語っています。試練や暗い日々において反対や拒絶が喜びをかき消そうとする時も、彼女は屈することはありませんでした。主が「災いのパンと苦しみの水」(イザヤ書30章20節)を与えられる時も、主ご自身が彼女の叫びに答え、彼女を恵みで包んでくださることを疑いませんでした。

 聖メアリー・マッキロップの宣教的使徒職、当時の教会の必要に対するその創造的な回答、若者たちの統合的育成への努力が、今日、急速に変化する社会において福音のパン種になるよう召されている私たちにも、霊感を与えてくれることを、また、若者たちの善とより人間的で希望ある未来のために、彼女の模範と取次ぎが、保護者や、教育者、カテキスタたちの日ごろの仕事を支えてくれることを祈りましょう。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2023年6月29日