
☩「中東での即時停戦を!国連平和維持軍を尊重するように」教皇、正午の祈りで




さまざまな宗派のキリスト教の指導者たちが11日夜、バチカンの殉教者広場で教皇フランシスコ、そして世界中の何千人もの信者とともにキリスト教の一致を願う祈祷会を開き、今から62年前の10月11日に始まった第二バチカン公会議を記念するとともに、新しいキリスト教一致への取り組みの時代の始まりを祝った。
教皇は祈祷会の説教で、キリスト教の団結と殉教について考察され、イエスが語られた言葉―「あなたがくださった栄光を、私は彼らに与えました」(ヨハネ福音書17章22節)を取り上げて、「これは、キリストを証しすることで神の栄光をもたらした殉教者たちに特に当てはまる言葉です」とされた。
聖ペトロが殉教したと伝承されている聖ペトロ大聖堂に隣接する広場で行われた祈祷会では、多くのテキストと祈りが第2バチカン公会議の主要な文書と教えから引用する形で典礼が進められたが、教皇は「教会が殉教者たちの血の上に築かれた」ことを強調され、「それがキリスト教徒の間の一致への永続的な呼びかけの証しであり続けています」と述べられた。
また、教皇は、第2バチカン公会議のエキュメニズムに関する教令 Unitatis Redintegratioの教えから、「キリスト教徒は、キリストに近づくほど、互いに近づく」ことを思い起こされ、「この深いつながりは、教会のキリスト教一致の旅に付き添い続ける聖人と殉教者の祈りによって維持されているのです」と説かれ、第二バチカン公会議の開会にあたって聖ヨハネ23世が「最後の晩餐でのキリストの祈りが、全ての人のために成就される日の夜明けのために働き、苦しみたい」と切望された言葉を繰り返された。
教皇はさらに、「キリスト教の一致とシノダリティ(共働性)は深く絡み合っており、シノダリティは第三千年紀に神が教会に期待する道です」とされ、キリスト教一致への取り組みのシノダル(共働的)な側面を強調。「それはすべてのキリスト教徒が歩むべき道です… シノダリティ(共働性)の旅は… キリスト教一致への旅であり、そうでなければなりません」と強調。
そして、「この旅は、何か新しいものを作ることではなく、聖霊によってすでに与えられた一致の賜物を歓迎すること… 統一は恵みです… (今開かれている)世界代表司教会議(シノドス)総会は発見の”プロセス”であり、その結果を前もって知ることはできません。それは、私たちが求められている一致がどのようにして完全に実証できるか予測できないのと同じです」と語られた。
教皇は、これまでの”シノドスの道”の歩みで学んだ教訓を振り返り、信者たちに、「キリスト教の一致は、”均一化”ではなく”調和”」であると指摘。「一致とは、全てのキリスト教徒の利益のために、聖霊によってもたらされた、多様なカリスマの間の調和です… この調和は人間の努力からではなく、聖バジルが『調和そのもの』と表現した聖霊から来るのです」と説かれた。そして、困難が一致への旅を阻むことはない、との確信をもって、愛と奉仕の道を歩むよう信者たちを促され、「多面的な多様性の調和の中で私たちを一致へと導く聖霊を信頼しましょう」と訴えられた。
また教皇は、キリスト教の一致が、私たちが使命を果たすため、「皆一つとなり、世が信じるようになるため」(ヨハネ福音書17章21節)に欠かすことができない、とされ、キリスト教徒間の分裂は「世を混乱させ」、福音を宣べ伝える教会の使命を損なう、という公会議の教父たちの確信を強調された。
そして、ローマでの先がけとなる殉教者や、今日世界の多くの地域で信仰のために命を捧げている様々なキリスト教徒に代表される「血のキリスト教一致」を思い起こされ、「彼らの証言はどのような言葉よりも力強く語ります」と述べ、「一致はキリストの十字架から生まれること」を信者たちに示された。
Reflecting on the lessons learned from the synodal process, the Pope reminded the faithful that Christian unity is not uniformity, but harmony.
He said that “unity is harmony among the diversity of charisms”, brought to life by the Holy Spirit for the benefit of all Christians. This harmony, he explained, does not come from human efforts but from the Spirit, whom Saint Basil described as “harmony itself.”
Urging Christians to move forward in love and service, confident that difficulties will not stop the journey toward unity, Pope Francis appealed: “Let us trust the Holy Spirit, who draws us to unity in the harmony of a multi-faceted diversity.”
Turning his attention to Christian witness, the Holy Father stressed that Christian unity is essential for mission.
Quoting the Gospel of John, he said, “That they may all be one… so that the world may believe” (Jn 17:21), highlighting the Council Fathers’ conviction that division among Christians “scandalizes the world” and harms the Church’s mission to preach the Gospel.
He pointed to the “ecumenism of blood,” exemplified by the Roman protomartyrs and by Christians of various traditions who, in many parts of the world today, lay down their lives together for their faith.
“Their witness speaks more powerfully than any words,” he said, reminding the faithful that unity is born of the Cross of Christ.
In conclusion, Pope Francis expressed his hope that the ongoing Synod would provide an opportunity for Christians to overcome the divisions that continue to hinder their common witness.
“The world needs our common witness,” he said, “and we are called to be faithful to our common mission as missionary disciples of Christ.”
Reflecting on the example of Saint Francis of Assisi, who received his mission before an image of the Crucified Christ, Pope Francis prayed that the Cross of Christ would guide Christians in their daily journey toward full unity and harmony with one another and with all creation.

2つ目は、「聖霊の働きが、一致を創り、守ること」。その例として、教皇は「エルサレムの使徒会議」(使徒言行録15章)を挙げた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

「教会は女性です」-教皇は、イエズス会士の一人の「教会において女性にもっと公正で適切な地位を与えることの難しさ」に関する質問に答えた。教皇は、「私は女性がカリスマに恵まれていると考えており、『教会における女性の役割』についての議論を『聖職』というテーマに限定したくはありません」と明言。
そして、「一般的に、男性主義とフェミニズムは『市場』におけるテーマになっている… 今、女性をバチカンに迎え入れ、より責任ある役割を引き受けてもらう努力を一層、進めています」と強調され、さらに「状況は変化しています… それは実際に見て、感じることができます」と語られた。
教皇は、バチカン市国の次官が女性(シスター、ラファエラ・ペトリーニ)であること、人間開発省の次官も女性(シスター、アレッサンドラ・スメリッリ)であること、そして「司教任命チーム」には女性3人(シスター・ペトリーニ、シスター・イヴォンヌ・ルンゴート、シスター・マリア・リア・ゼルヴィーノ=2022年に司教省のメンバーに任命)がいることを挙げ、「彼女たちが候補者の選考を担当しているので、状況はずっと改善されています」とされ、「彼女たちの判断力は鋭い」と評価。
奉献・使徒的生活会省でも次官は女性(シスター、シモーナ・ブランビッラ)であり、財務評議会でも副議長は女性(シャルロッテ・クロイター=キルヒホーフ)だ。「要するに、バチカンで、女性たちは高い責任を担う役職に就くようになってきています。私たちはこの道を歩み続ける。そして、物事は以前よりもうまくいっています」と女性たちの貢献を保証された。
そして、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長と会われた時のことを振り返り、「私たちは特定の問題について話していた。私は彼女に『でも、あなたはこうした問題に、どう対処しているのですか?』と尋ねました。すると彼女は『私たち母親全員がやっているのと、同じやり方です』と答えました。彼女の答えは、私に多くのことを考えさせてくれたのです」と語られた。
教皇は、移民・難民に対する対応を明確に表現するために4つの動詞を挙げた。それは「歓迎」「寄り添い」「促進」「統合」だ。これが欠けていると、「深刻な」問題になる。
「移動先の人々と一緒にならない移民・難民は悲惨な結末を迎えるが、彼らが暮らす社会も同様です」と指摘された教皇は、2016年にベルギーのザベンテム空港で起きたISIS所属のテロリスト2人による襲撃で16人が死亡した事件を振り返り、「この悲劇も統合の欠如の結果です」と注意された。
そして、「教会は移民・難民に対する取り組みを真剣に受け止めねばならない」と付け加えた。
また教皇は、「私の心の奥底にある一つのこと」として、「欧州では、子供がいなくなり、高齢化が進んでいます。(活気を失った)社会生活を一新するために移民が必要。今やそれは生き残りの問題となっている」という現実を繰り返し指摘された。
子供が少ないだけでなく、司祭の召命も少ない。ある会士は、「司祭のいない教区コミュニティの将来をどう見ていますか?」と聞いた。教皇は、「教会共同体は、司祭よりも重要です。司祭は教会共同体の奉仕者ですから」と答えられた。
そして、ペルーの修道女会のように「『司祭がいない所に行く』という独自の使命」を持つ、世界の一部で指導的役割を担う修道女たちの例を挙げ、「彼女たちは説教をし、洗礼を授け、あらゆることを行っています。司祭がそこに派遣されたら、彼女たちは別の場所に行きます」と語られた。
福音宣教に関して、教皇は、欧州で最も”世俗化”された国の一つであるベルギーの状況を見て、「イエズス会士は何も恐れてはなりません… 『祈りの中で神を求める勇気』と『国外に出て行く勇気』という2つの勇気の間で緊張感をもつのがイエズス会士です」と強調され、見習うべき「師」として、マテオ・リッチ神父、ロベルト・デ・ノビリ神父、その他の偉大な宣教師たちを挙げ、彼らは「勇敢な行動で教会の一部の人々を怖がらせた」が、「文化融合の限界を設けていた」と語られた。
そして、「この限界は『識別』によって探求せねばなりません。そして、それは祈りによって識別されます」とされ、イエズス会は、「限界ぎりぎりの困難な状況で、限界を探求して発展した。これが私たちの精神性の素晴らしさであり、リスクを冒すことです」と述べられた。
*「『知的使徒職』も重要、イエズス会士の使命の一部だ」
「知的使徒職」も重要であり、イエズス会士の使命の一部であり、「学問、研究、そしてコミュニケーションに存在感を発揮せねばなりません」と注文。「はっきりさせておきましょう… イエズス会の総会が『人々の生活や歴史に介入する』と宣言するとき、それは『カーニバルをやる』という意味ではない。『最も制度的な分野にさえも介入』するという意味です。良い意味で、ある程度の『厳格さ』をもって。そして、常に非公式なものを求めるべきではありません」と注意された。
「憎悪を煽る者の心を変え、死をもたらす武器の騒音を静め、人類の心に渦巻く暴力を消し去り、国家を統治する者の行動に平和のための計画を鼓舞してください」「悲しむ人々の涙をぬぐってください」-教皇フランシスコは6日夕、聖マリア大聖堂で「平和のためのロザリオの祈り」を先導され、暴力と憎悪が人間の心から消え去るよう祈られた。
この祈りには、バチカンで開催中の「シノダリティ(共働性)」に関する世界代表司教会議(シノドス)総会参加者たちも加わった。
教皇は祈りの中で、古い聖母子画「サルス・ポプリ・ロマーニ(ローマ人の救い)」の足元に座られ、戦争の被害に遭っている人々の悲しみと希望を聖母マリアに伝えられた。「私たちはあなたに眼差しを向け、あなたの瞳に浸り、あなたの心に身を委ねます」と祈られ、マリアが地上での人生でマリアが苦しむ人々に寄り添われたことを思い起こされた。
そして教皇は、「人類は今、マリアの愛情深い眼差しを強く必要としており、その眼差しは私たちに、息子であるイエス・キリストを信頼するよう呼びかけています」と語られ、「不正義に抑圧され、戦争で荒廃したこの時代に、私たちを助けに来てください」、 「愛する人の死を嘆く人々の苦しむ顔から涙をぬぐい、私たちの道を暗くする昏迷から私たちを目覚めさせ、暴力の武器から私たちの心を解放してください」と祈られた。
また教皇は、私たちが「平和の喜びと友愛の感覚」を失っているために世界が危険に瀕していることへの懸念を表明。「人類が、命を大切にし、戦争を拒否し、苦しむ人々、貧しい人々、無防備な人々、病人、苦しんでいる人々を思いやり、私たちの共通の家を守ることを学べるように」と祈られた。
最後に教皇は、「ロザリオの女王」であるマリアに、「利己主義の結び目を解き、悪の暗雲を払い」、彼女の優しさで私たちを満たしてくれるように、願われた。
O Mary, our Mother, we come again here before you. You know the sorrows and struggles that weigh heavily on our hearts in this hour. We lift our gaze to you, immerse ourselves in your eyes, and entrust ourselves to your heart.
You, too, O Mother, have faced difficult trials and human fears, but you were courageous and bold. You entrusted everything to God, responded to Him with love, and offered yourself without reservation. As the intrepid Woman of Charity, you hurried to help Elizabeth, promptly addressing the needs of the couple during the Wedding at Cana; with steadfastness of heart, on Calvary you illuminated the night of sorrow with the Easter hope. Finally, with maternal tenderness, you gave courage to the frightened disciples in the Upper Room and, with them, welcomed the gift of the Spirit.
And now we beseech you: heed our cry! We have need of your loving gaze that invites us to trust in your Son, Jesus. You who are ready to embrace our sorrows, fly to our aid in these times oppressed by injustices and devastated by wars, wipe the tears from the suffering faces of those who mourn the loss of their loved ones, awaken us from the stupor that has darkened our path, and disarm our hearts from the weapons of violence, so that the prophecy of Isaiah may quickly be fulfilled: “They shall beat their swords into plowshares and their spears into pruning hooks; one nation shall not take up sword against another, nor shall they train for war again” (Isaiah 2:4).
Turn your maternal gaze upon the human family, which has lost the joy of peace and the sense of fraternity. Intercede for our world in danger, so that it may cherish life and reject war, care for those who suffer, the poor, the defenseless, the sick, and the afflicted, and protect our Common Home.
We invoke you for the mercy of God, O Queen of Peace! Transform the hearts of those who fuel hatred, silence the din of weapons that generate death, extinguish the violence that brews in the heart of humanity, and inspire projects for peace in the actions of those who govern nations.
O Queen of the Holy Rosary, untie the knots of selfishness and disperse the dark clouds of evil. Fill us with your tenderness, uplift us with your caring hand, and grant us your maternal caress, which makes us hope in the advent of a new humanity where “… the wilderness becomes a garden land and the garden land seems as common as forest. Then judgment will dwell in the wilderness and justice abide in the garden land. The work of justice will be peace…” (Isaiah 32:15-17).
O Mother, Salus Populi Romani, pray for us!
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

教皇フランシスコは6日の正午の祈りの最後に、中東地域での戦争の即時停止を改めて強く訴えるとともに、さらに大きな戦争に拡大させないよう警告された。また、人質の解放、そして戦争で困窮する人々への人道支援促進の必要を強調された。
教皇は「明日7日は、イスラエルの人々に対するテロ攻撃から1年になります。私は彼らに改めて同情の意を表します」としたうえで、「ガザにはまだ多くの人質がいることを私たちは忘れてはなりません」と訴え、彼らの即時解放を求められた。
そして、「中東地域はこれまで以上に大きな苦しみに陥り、破壊的な軍事行動がパレスチナ人や他の国・地域の人々に影響を与え続けています」と述べ、「彼らはほとんどが罪のない民間人であり、必要な人道支援をすべて受けなければならない人々です」として、関係各国、国際機関に人道支援の促進を呼びかけた。
また教皇はレバノンを含むすべての戦闘が行われている国・地域での「即時停戦」を関係国指導者たちに強く求め、世界中の信者たちに「村を離れざるを得ないレバノンの人々、特に南部の住民のために」祈るよう呼びかけた。
さらに、「私は国際社会に、復讐の連鎖を終わらせ、今回のような攻撃をこれ以上止めるよう呼びかけます… 数日前にイランが実行したイスラエルへの攻撃は、この地域をさらに大きな戦争に巻き込む可能性がある」と警告。「すべての国家には、平和と安全の中で存在する権利があり、その領土は攻撃されたり侵略されたりしてはなりません。国家主権は対話と平和によって尊重され、保証されねばならない。憎悪と戦争はあってはなりません」と訴えられた。
教皇はこのことに関連して、6日午後にローマのサンタ・マリア・マッジョーレ聖母マリア大聖堂を訪れ、平和のためのロザリオを祈ることを思い起こした。
先週水曜日、シノダリティ(共働性)に関する世界代表司教会議(シノドス)総会第2会期の開会ミサで、教皇は7日を「平和のための断食と祈りの日」とすることを発表されている。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
機上会見で教皇は、ベルギー訪問中の女性についての自身の発言に対する批判に関して、「女性を”男性化”することは『キリスト教的』でなく、『誇張されたフェミニズム』の産物です」と反論。アルゼンチンにおける古典的な比喩である「タンゴ」(注:アルゼンチンタンゴがヨーロッパに渡り、全く別の踊りとして変化した、いわゆる”コンチネンタル・タンゴ”を「厄介な友人」の比喩として使う)に言及し、女性やカトリック教会における女性の役割に関して保守的な考え方を持っているという主張は馬鹿げたこと、とほのめかした。
また教皇が、1990年に中絶を合法化する法律に署名する代わりに1日だけ辞任したベルギーのボードアン元国王に言及し、「彼は『ズボンをはいた政治家』を求めたのです」と元国王の勇気を称えたことも、女性を中心に反発を呼んだ。
教皇はこの機上会見で、「女性を特徴づけるもの、真に女性らしいものは、合意やイデオロギーによって規定されるものではありません。尊厳自体が紙に書かれた法律ではなく、私たちの心に書かれた本来の法律によって保証されるのと同じです」とも語った。そして、「女性らしさには、独自の強さがあります… 女性は、男性よりも重要。なぜなら教会は女性であり、女性はキリストの花嫁だからです」と言明。
「女性たちにとってこれ(私の発言)が保守的に見えるなら、私はカルロ・ガルデルだ」と有名なフランス系アルゼンチンタンゴ・ミュージシャンの名をあげ、そうした考えが馬鹿げていると考えていることを示唆した。さらに、「女性は男性と平等であり、平等なのです… 女性らしさを”男性化”することを望む誇張されたフェミニズムは機能しない。『機能しない男性主義』と『機能しないフェミニズム』があり、機能するのは、司祭の奉仕よりも偉大な女性教会です」と語った。
ボードアン元国王の列福を推進するという自身の決断について尋ねられた教皇は、「国王は勇敢でした。死刑法に直面したにもかかわらず、署名せずに辞任したからです。これには勇気が必要だった。これを実行するには、政治家としての自信が必要でした。勇気が必要です」と答えた。この発言は一部から批判を受ける可能性が高い。
また、イスラエル軍が週末にレバノン全土でヒズボラを標的とした数十回の空爆を実施し、ヒズボラの指導者など多数を殺害する事態となっているが、こうした行為を「やりすぎ」と感じているか、との問いに対しては、現在の状況に心を痛めていることを示すように顔に手を当て、「ガザのカトリック教区に毎日電話をかけ、約600人が避難していること、『そこで起きている残酷さ』について説明を受けています」と説明。
「防衛は常に攻撃に比例していなければならない。今の状況は不均衡で、道徳を超えた支配的な傾向が見られます」とし、「軍隊を駆使してこのようなことをこれほどまでに卓越したやり方で行っている国、つまり私が話しているのはどの国でも同じですが、これは不道徳な行為です」と批判され、戦争自体が不道徳だが、戦争のルールは「守られなければならない」道徳を示すものであり、「そのルールが守られない場合、これら行為に『悪意』があることは明らかです」と言明された。
教皇は29日のブリュッセルでの主日のミサ後の正午の祈りでも、この問題に触れ、「寛容と平和共存の地域的メッセージ」として常に称賛されてきたレバノンが、今や「苦悩のメッセージ」となっていると嘆かれ、「この戦争は国民に壊滅的な影響を及ぼしている。中東では毎日、あまりにも多くの人々が亡くなり続けています」として、関係国、組織の指導者に即時停戦を求めている。
聖職者による性的虐待スキャンダルについて、また28日夜にベルギーの被害者たちと面談し、その際に要請リストを渡されたことについて尋ねられた教皇は、「虐待の被害者の声に耳を傾けることは義務です」と答えた。さらに、「家庭や教育機関と教会の虐待の割合がどうであろうと、私にとって問題ではない… 私たちには虐待を受けた人々の声に耳を傾け、彼らをケアする責任があります。被害者の中には、心理療法が必要な人もいる」とし、「被害者のケアだけでなく、加害者も処罰されなければならない」と強調。
「虐待は、『今日は罪でも、明日は罪ではないかもしれない』というものではない。それは心理的な傾きであり、精神的な病気であり、私たちは、(性的虐待をした)彼らを治療せねばなりません… 教区や学校に責任を負わせながら、虐待した者を普通の生活の中で自由にしておくことはできません」と、主日のミサの説教での言葉からさらに踏み込み、さらに「司祭が告発され有罪判決を受けた後、司教の中には教区や子供たちから離れた図書館で働く任務を与える者もいます。このような行為は改めねばならない。教会の恥は『隠蔽すること』です。私たちは隠蔽してはならない」と強い言葉で司教たちの”隠蔽体質”を批判した。
教皇はまた、中絶の問題にも触れ、女性には「生きる権利、自分の命、そして子供たちの命に対する権利があります」と述べた。
これまでも教皇は、中絶を「殺人」と呼び、「人間を殺している」と述べ、中絶を行う医師を「ヒットマン」と呼んているが、会見では、「女性には命を守る権利があります。ただ、『避妊』は別の話です。混同しないでください。今、私は『中絶』についてのみ話しています。これについては議論できません。申し訳ありませんが、これが真実です」と語った。
