☩「中東での即時停戦を!国連平和維持軍を尊重するように」教皇、正午の祈りで

レバノンとイスラエルの国境地帯を監視する国連レバノン暫定軍 写真:2023年10月レバノンとイスラエルの国境地帯の「UN]と大書した監視所に立つ負傷した国連軍兵士 

(2024.10.13 バチカン放送)

 教皇フランシスコは13日の正午の祈りで、中東情勢に深い憂慮を示し、即時停戦を改めて呼びかけるとともに、国連平和維持軍の活動を尊重するよう願われた。

 「中東での出来事を憂慮をもって注視し続けています」とされた教皇は、「あらゆる前線での即時停戦と、平和のための外交と対話の道に努めるよう、関係国・組織の指導者たちに改めて訴えられた。

 そして、パレスチナ、イスラエル、レバノンで、紛争に巻き込まれている全て人々に精神的な寄り添いを示すとともに、国連平和維持軍の活動を尊重するよう願われた。

 さらに、紛争のすべての犠牲者、避難民、すぐに解放されるべき人質たちのために祈りつつ、「憎しみと復讐がもたらしている、この大きな無用の苦しみが早く終わること」を強く希望された。

 教皇は「戦争は人を惑わすものであり、戦争とは敗北です」と改めて強調。「それが平和をもたらすことも、安全をもたらすことも決してなく、すべての人、特に『自分を無敵だ』と信じている者にとっての敗北です」とされ、関係する指導者たちに「お願いです。もう止めてください」と訴えられた。

 また、ロシアによる侵略が続き、間もなく厳冬を迎えるウクライナ情勢にも憂慮され、「ウクライナの人々を凍死の危険から守り、無実の市民に対する攻撃を止めるように」と、関係国指導者たちに嘆願された。

 暴力に苦しんでいるハイチ国民についても、あらゆる形の暴力が止むよう祈り、人間の尊厳と権利を守りつつ、平和と和解の構築が行われるように、国際機関や関係国指導者たちに努力を促された。

(編集「カトリック・あい」)

2024年10月14日

☩「真の富は、神に愛されることにある」教皇、正午の祈りの説教で

Pope Francis at the AngelusPope Francis at the Angelus

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2024年10月13日

☩「目を上げ、両手を挙げ、裸足でいるように」教皇、新枢機卿たちに書簡で注文

Image from a previous consistoryImage from a previous consistory 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2024年10月13日

☩「キリスト教の一致は、シノダリティ(共働性)と証しを共にする旅」第二バチカン公会議を記念し新たな一致運動の時代を告げる祈祷会で

(2024.10.11  Vatican News   Linda Bordoni)

   さまざまな宗派のキリスト教の指導者たちが11日夜、バチカンの殉教者広場で教皇フランシスコ、そして世界中の何千人もの信者とともにキリスト教の一致を願う祈祷会を開き、今から62年前の10月11日に始まった第二バチカン公会議を記念するとともに、新しいキリスト教一致への取り組みの時代の始まりを祝った。

教皇は祈祷会の説教で、キリスト教の団結と殉教について考察され、イエスが語られた言葉―「あなたがくださった栄光を、私は彼らに与えました」(ヨハネ福音書17章22節)を取り上げて、「これは、キリストを証しすることで神の栄光をもたらした殉教者たちに特に当てはまる言葉です」とされた。

聖ペトロが殉教したと伝承されている聖ペトロ大聖堂に隣接する広場で行われた祈祷会では、多くのテキストと祈りが第2バチカン公会議の主要な文書と教えから引用する形で典礼が進められたが、教皇は「教会が殉教者たちの血の上に築かれた」ことを強調され、「それがキリスト教徒の間の一致への永続的な呼びかけの証しであり続けています」と述べられた。

また、教皇は、第2バチカン公会議のエキュメニズムに関する教令 Unitatis Redintegratioの教えから、「キリスト教徒は、キリストに近づくほど、互いに近づく」ことを思い起こされ、「この深いつながりは、教会のキリスト教一致の旅に付き添い続ける聖人と殉教者の祈りによって維持されているのです」と説かれ、第二バチカン公会議の開会にあたって聖ヨハネ23世が「最後の晩餐でのキリストの祈りが、全ての人のために成就される日の夜明けのために働き、苦しみたい」と切望された言葉を繰り返された。

教皇はさらに、「キリスト教の一致とシノダリティ(共働性)は深く絡み合っており、シノダリティは第三千年紀に神が教会に期待する道です」とされ、キリスト教一致への取り組みのシノダル(共働的)な側面を強調。「それはすべてのキリスト教徒が歩むべき道です… シノダリティ(共働性)の旅は… キリスト教一致への旅であり、そうでなければなりません」と強調。

そして、「この旅は、何か新しいものを作ることではなく、聖霊によってすでに与えられた一致の賜物を歓迎すること… 統一は恵みです… (今開かれている)世界代表司教会議(シノドス)総会は発見の”プロセス”であり、その結果を前もって知ることはできません。それは、私たちが求められている一致がどのようにして完全に実証できるか予測できないのと同じです」と語られた。

 

教皇は、これまでの”シノドスの道”の歩みで学んだ教訓を振り返り、信者たちに、「キリスト教の一致は、”均一化”ではなく”調和”」であると指摘。「一致とは、全てのキリスト教徒の利益のために、聖霊によってもたらされた、多様なカリスマの間の調和です… この調和は人間の努力からではなく、聖バジルが『調和そのもの』と表現した聖霊から来るのです」と説かれた。そして、困難が一致への旅を阻むことはない、との確信をもって、愛と奉仕の道を歩むよう信者たちを促され、「多面的な多様性の調和の中で私たちを一致へと導く聖霊を信頼しましょう」と訴えられた。

また教皇は、キリスト教の一致が、私たちが使命を果たすため、「皆一つとなり、世が信じるようになるため」(ヨハネ福音書17章21節)に欠かすことができない、とされ、キリスト教徒間の分裂は「世を混乱させ」、福音を宣べ伝える教会の使命を損なう、という公会議の教父たちの確信を強調された。

そして、ローマでの先がけとなる殉教者や、今日世界の多くの地域で信仰のために命を捧げている様々なキリスト教徒に代表される「血のキリスト教一致」を思い起こされ、「彼らの証言はどのような言葉よりも力強く語ります」と述べ、「一致はキリストの十字架から生まれること」を信者たちに示された。

 説教の最後に、教皇は、今開かれている世界代表司教会議(シノドス)総会が、「キリスト教徒が共通の証しを妨げ続けている分裂を克服する機会」となることへの期待を表明され、「世界は、私たちの共通の証しを必要としています… 私たちはキリストの弟子として共通の使命に忠実であるよう求められているのです」と強調。十字架にかけられたキリストの像の前で使命を受けたアッシジの聖フランシスコを振り返り、「キリストの十字架が、キリスト教徒を導き、互いとすべての被造物との完全な一致と調和へと向かう日々の道を共に歩んでくれるように」と祈られた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

A journey toward harmony, not uniformity

Reflecting on the lessons learned from the synodal process, the Pope reminded the faithful that Christian unity is not uniformity, but harmony.

He said that “unity is harmony among the diversity of charisms”, brought to life by the Holy Spirit for the benefit of all Christians. This harmony, he explained, does not come from human efforts but from the Spirit, whom Saint Basil described as “harmony itself.”

Urging Christians to move forward in love and service, confident that difficulties will not stop the journey toward unity, Pope Francis appealed: “Let us trust the Holy Spirit, who draws us to unity in the harmony of a multi-faceted diversity.”

Unity for the sake of mission

Turning his attention to Christian witness, the Holy Father stressed that Christian unity is essential for mission.

Quoting the Gospel of John, he said, “That they may all be one… so that the world may believe” (Jn 17:21), highlighting the Council Fathers’ conviction that division among Christians “scandalizes the world” and harms the Church’s mission to preach the Gospel.

He pointed to the “ecumenism of blood,” exemplified by the Roman protomartyrs and by Christians of various traditions who, in many parts of the world today, lay down their lives together for their faith.

“Their witness speaks more powerfully than any words,” he said, reminding the faithful that unity is born of the Cross of Christ.

“The witness of martyrs speaks more powerfully than any words.”

A call to overcome division

In conclusion, Pope Francis expressed his hope that the ongoing Synod would provide an opportunity for Christians to overcome the divisions that continue to hinder their common witness.

“The world needs our common witness,” he said, “and we are called to be faithful to our common mission as missionary disciples of Christ.”

Reflecting on the example of Saint Francis of Assisi, who received his mission before an image of the Crucified Christ, Pope Francis prayed that the Cross of Christ would guide Christians in their daily journey toward full unity and harmony with one another and with all creation.

“For in him all the fullness of God was pleased to dwell, and through him to reconcile to himself all things (Col 1:19-20).”

2024年10月12日

◎教皇連続講話「聖霊について」⑧「聖霊は福音を広め、教会を一致させる」

Pope Francis during his weekly General AudiencePope Francis during his weekly General Audience  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

 2つ目は、「聖霊の働きが、一致を創り、守ること」。その例として、教皇は「エルサレムの使徒会議」(使徒言行録15章)を挙げた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2024年10月9日

☩「バチカンは女性の役割を高める努力を進めている」教皇、ブリュッセルのイエズス会士たちとの会合で

In Brussels, Pope Francis meets with Jesuits from Belgium, Luxembourg, and the NetherlandsIn Brussels, Pope Francis meets with Jesuits from Belgium, Luxembourg, and the Netherlands  (Vatican Media)

 

*「教会は女性。女性はカリスマに恵まれている」

 

 「教会は女性です」-教皇は、イエズス会士の一人の「教会において女性にもっと公正で適切な地位を与えることの難しさ」に関する質問に答えた。教皇は、「私は女性がカリスマに恵まれていると考えており、『教会における女性の役割』についての議論を『聖職』というテーマに限定したくはありません」と明言。

 そして、「一般的に、男性主義とフェミニズムは『市場』におけるテーマになっている… 今、女性をバチカンに迎え入れ、より責任ある役割を引き受けてもらう努力を一層、進めています」と強調され、さらに「状況は変化しています… それは実際に見て、感じることができます」と語られた。

 

*「バチカンでは女性を責任あるポストに就ける努力を強めている」

 

 教皇は、バチカン市国の次官が女性(シスター、ラファエラ・ペトリーニ)であること、人間開発省の次官も女性(シスター、アレッサンドラ・スメリッリ)であること、そして「司教任命チーム」には女性3人(シスター・ペトリーニ、シスター・イヴォンヌ・ルンゴート、シスター・マリア・リア・ゼルヴィーノ=2022年に司教省のメンバーに任命)がいることを挙げ、「彼女たちが候補者の選考を担当しているので、状況はずっと改善されています」とされ、「彼女たちの判断力は鋭い」と評価。

 奉献・使徒的生活会省でも次官は女性(シスター、シモーナ・ブランビッラ)であり、財務評議会でも副議長は女性(シャルロッテ・クロイター=キルヒホーフ)だ。「要するに、バチカンで、女性たちは高い責任を担う役職に就くようになってきています。私たちはこの道を歩み続ける。そして、物事は以前よりもうまくいっています」と女性たちの貢献を保証された。

 そして、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長と会われた時のことを振り返り、「私たちは特定の問題について話していた。私は彼女に『でも、あなたはこうした問題に、どう対処しているのですか?』と尋ねました。すると彼女は『私たち母親全員がやっているのと、同じやり方です』と答えました。彼女の答えは、私に多くのことを考えさせてくれたのです」と語られた。

 

*「移民・難民の悲劇は、『統合』の欠如の結果だ」

 

 教皇は、移民・難民に対する対応を明確に表現するために4つの動詞を挙げた。それは「歓迎」「寄り添い」「促進」「統合」だ。これが欠けていると、「深刻な」問題になる。

 「移動先の人々と一緒にならない移民・難民は悲惨な結末を迎えるが、彼らが暮らす社会も同様です」と指摘された教皇は、2016年にベルギーのザベンテム空港で起きたISIS所属のテロリスト2人による襲撃で16人が死亡した事件を振り返り、「この悲劇も統合の欠如の結果です」と注意された。

 そして、「教会は移民・難民に対する取り組みを真剣に受け止めねばならない」と付け加えた。

*「少子・高齢化する欧州に、移民が必要、それは生き残りの問題」

 

 また教皇は、「私の心の奥底にある一つのこと」として、「欧州では、子供がいなくなり、高齢化が進んでいます。(活気を失った)社会生活を一新するために移民が必要。今やそれは生き残りの問題となっている」という現実を繰り返し指摘された。

*「司祭の召命は少ない、だがそれよりも教会共同体が重要だ」

 

 子供が少ないだけでなく、司祭の召命も少ない。ある会士は、「司祭のいない教区コミュニティの将来をどう見ていますか?」と聞いた。教皇は、「教会共同体は、司祭よりも重要です。司祭は教会共同体の奉仕者ですから」と答えられた。

 そして、ペルーの修道女会のように「『司祭がいない所に行く』という独自の使命」を持つ、世界の一部で指導的役割を担う修道女たちの例を挙げ、「彼女たちは説教をし、洗礼を授け、あらゆることを行っています。司祭がそこに派遣されたら、彼女たちは別の場所に行きます」と語られた。

*「イエズス会士は何も恐れてはならない」

 

 福音宣教に関して、教皇は、欧州で最も”世俗化”された国の一つであるベルギーの状況を見て、「イエズス会士は何も恐れてはなりません… 『祈りの中で神を求める勇気』と『国外に出て行く勇気』という2つの勇気の間で緊張感をもつのがイエズス会士です」と強調され、見習うべき「師」として、マテオ・リッチ神父、ロベルト・デ・ノビリ神父、その他の偉大な宣教師たちを挙げ、彼らは「勇敢な行動で教会の一部の人々を怖がらせた」が、「文化融合の限界を設けていた」と語られた。

 そして、「この限界は『識別』によって探求せねばなりません。そして、それは祈りによって識別されます」とされ、イエズス会は、「限界ぎりぎりの困難な状況で、限界を探求して発展した。これが私たちの精神性の素晴らしさであり、リスクを冒すことです」と述べられた。

 

*「『聖職者主義』が教会における対話を妨げている、『聖職者主義』のあるところに『奉仕』はない」

 

 また教皇は、”世俗化”という「複雑な現象」、「異教の形態」について次のように語られた。

 「異教について語るのに、『異教の神の​​像』は必要ありません。私たちが呼吸する環境、空気そのものが”異教”なのです。私たちはこの文化に、証し、奉仕、信仰という観点から説教をせねばなりません。そして、内側から祈りをもって説教せねばなりません」と説かれた。

 そして、「『奉仕』は『対話」を実りあるものにしますが、対話は教会の強力な『聖職者主義』によって妨げられることが多い。聖職者主義があるところに『奉仕』はありません。どうか、『福音宣教』と『布教』を混同しないでください!」と注意された。

*「『知的使徒職』も重要、イエズス会士の使命の一部だ」

 

「知的使徒職」も重要であり、イエズス会士の使命の一部であり、「学問、研究、そしてコミュニケーションに存在感を発揮せねばなりません」と注文。「はっきりさせておきましょう… イエズス会の総会が『人々の生活や歴史に介入する』と宣言するとき、それは『カーニバルをやる』という意味ではない。『最も制度的な分野にさえも介入』するという意味です。良い意味で、ある程度の『厳格さ』をもって。そして、常に非公式なものを求めるべきではありません」と注意された。

*「シノダリティ(共働性)は恵み、それによって、シノドス総会で物事が明らかにされる」

  進行中の世界代表司教会議(シノドス)総会のテーマであるシノダリティ(共働性)についての質問に対して、教皇は「シノダリティ(共働性)は容易ではありません。対話の側面に注意を払う”権威者”がいるからです」と述べ、「指導者は自分で決定を下せるが、”諮問機関”と共に決定を下すことができます。司教もそうであり、教皇もそうなのです」と強調。

 そして、このシノドス総会で「物事はまさにシノダル(共働的)な仕方で明らかにされる」ことを確信している、と語られ、「教会におけるシノダリティ(共働性)は恵みです!権威はシノダリティ(共働性)の中で遂行されるのです」と期待を表明された。

 

 

 

*「アルぺ神父の列聖問題は”未解決”、ボードアン国王の列福作業開始は自分で判断した」

 最後に、教皇は、1965年から1983年までイエズス会総長を務め「神のしもべ」と宣言されたスペイン生まれのペドロ・アルペ神父の列聖問題は”未解決”であることを確認。「問題は彼の著作群の評価です…非常に多くの著作を残しており、その分析・評価には時間がかかります」と説明した。

 また、もう一人の「偉大なイエズス会士」、アンリ・ド・リュバック神父については、「彼の件が(検討対象として)紹介されたかどうか知らない」とされ、ベルギー訪問中にボードアン国王の列福のための作業開始を宣言されたことについては、「私が自分で判断しました。なぜなら、私たちがその方向に進んでいるように思えるからです」と述べた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2024年10月8日

☩「私はいつも、あなたがたのそばにいる」と教皇、イスラエル、ハマスの戦闘開始から1年、「血と涙が流れ続ける聖地」の信者たちへ手紙

(2024.10.7 Vatican News   Linda Bordoni)

    イスラエルに対するハマスの攻撃で聖地が全面戦争に突入して1年を迎えた7日、教皇フランシスコは、この地域のカトリック教徒に宛てた手紙で「国際社会と大国が戦争を終わらせることができない恥ずべき無力さ」を非難されるとともに、「大国が他者に課す破壊に苦しんでいる人々」のそばにいることを強調された。

 教皇はこの手紙で、「憎悪の導火線に火が点き、暴力の渦に巻き込まれた悲しい日」から1年、「血と涙がまだ流れ続けている聖地」のカトリック教徒に、「私はあなたがたのことを思い、あなたがたのために祈っています」と語りかける一方で、国際社会と最も強力な国々が武器を沈黙させ、戦争の悲劇に終止符を打つことができない「恥ずべき無力さ」を非難。

 「怒りは増大し、復讐心が高まる一方で、最も必要とされ、最も望まれている『対話と平和』に関心を持つ人はほとんどいない」と嘆かれ、改めて「戦争は敗北です」と繰り返され、「武器は、未来を築くのではなく、破壊します。暴力は、決して平和をもたらしません。歴史がこれを証明しているにもかかわらず、長く続く紛争は、私たちに何も教えてくれなかったようです」と語られた。

 教皇は、そうした中で、「平和を渇望して」聖地に住み、あらゆる困難にもかかわらず祈り、愛し、自分たちの土地に留まりたい、と願う「小さく無防備な群れ」に感謝され、聖地のカトリック教徒を「神に愛された種」と表現された。

 そして、「周囲の闇に飲み込まれることなく、実を結び命を与える方法を見つけるように。聖なる土地に植えられたあなたがたは、希望の芽となりなさい。信仰の光は、憎しみの言葉の中で愛を、対立が深まる中で出会いを、敵意が増す中で団結を、あなた方を導きます」と励まされ、さらに、「私はこの手紙を、『父親の心』をもって書いています… 今、『真の殉教』を経験している子供たちに『戦争の冬の中で、平和の種をまき』、そして『非暴力の平和の力の証人』になるように」と願われた。

 また教皇は、「今の人々は平和を見つける方法を知りません」と指摘したうえで、「キリスト教徒として、私たちは神に平和を懇願することを、あきらめてはなりません… そのためにこそ、私は今日7日、すべての人に祈りと断食の日とするよう促したのです」とされ、これを「歴史を変える愛の武器」「戦争を煽る悪の精神という私たちの唯一の真の敵を打ち負かす武器」と呼ばれた。

 手紙の後半は、呼びかけと「私はあなたのそばにいます、私はあなたのそばにいます」という言葉の応答で構成され、教皇は、兄弟姉妹に、そして中東で戦争の狂気に苦しんでいるあらゆる宗派や宗教の男女に、次の言葉をかけられている。

 毎日思い、祈っているガザの人々へ。

 死んだり傷ついたりした子供たちを見て「イエスを見たマリアのように」泣いている母親たちへ。

 「空から火が降り注ぐのを恐れて見上げるのを恐れている」あなたがたへ。

 「計画や戦略についてあれこれ語られても、権力者が他人に押し付ける戦争の荒廃に苦しむ人々への関心がほとんどないため、声を上げられない」あなたたちへ。

 「平和と正義を渇望し、悪の論理に屈することを拒み、イエスの名において「敵を愛し、迫害する人々のために祈る」あなたがたへ。

 そして手紙の最後に、教皇は「平和の息子と娘」、世界中で苦しむ人々を援助する人々、そして、孤独で見捨てられたと感じている人々に、「神の慰めをもたらす司教と司祭たち」に感謝の言葉を述べられ、次のように祈られた。

 「キリスト・イエスの兄弟姉妹の皆さん、私は皆さんを祝福し、心からの愛情をもって抱きしめます。平和の女王である聖母が皆さんを見守ってくださいますように。教会の守護聖人である聖ヨセフが皆さんを守ってくださいますように」

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2024年10月8日

☩「危機に瀕している世界に平和が実現しますように」-教皇が「平和のためのロザリオの祈り」

(2024.10.6  Vatican News    Devin Watkins)

「憎悪を煽る者の心を変え、死をもたらす武器の騒音を静め、人類の心に渦巻く暴力を消し去り、国家を統治する者の行動に平和のための計画を鼓舞してください」「悲しむ人々の涙をぬぐってください」-教皇フランシスコは6日夕、聖マリア大聖堂で「平和のためのロザリオの祈り」を先導され、暴力と憎悪が人間の心から消え去るよう祈られた。

この祈りには、バチカンで開催中の「シノダリティ(共働性)」に関する世界代表司教会議(シノドス)総会参加者たちも加わった。

教皇は祈りの中で、古い聖母子画「サルス・ポプリ・ロマーニ(ローマ人の救い)」の足元に座られ、戦争の被害に遭っている人々の悲しみと希望を聖母マリアに伝えられた。「私たちはあなたに眼差しを向け、あなたの瞳に浸り、あなたの心に身を委ねます」と祈られ、マリアが地上での人生でマリアが苦しむ人々に寄り添われたことを思い起こされた。

そして教皇は、「人類は今、マリアの愛情深い眼差しを強く必要としており、その眼差しは私たちに、息子であるイエス・キリストを信頼するよう呼びかけています」と語られ、「不正義に抑圧され、戦争で荒廃したこの時代に、私たちを助けに来てください」、 「愛する人の死を嘆く人々の苦しむ顔から涙をぬぐい、私たちの道を暗くする昏迷から私たちを目覚めさせ、暴力の武器から私たちの心を解放してください」と祈られた。

また教皇は、私たちが「平和の喜びと友愛の感覚」を失っているために世界が危険に瀕していることへの懸念を表明。「人類が、命を大切にし、戦争を拒否し、苦しむ人々、貧しい人々、無防備な人々、病人、苦しんでいる人々を思いやり、私たちの共通の家を守ることを学べるように」と祈られた。

最後に教皇は、「ロザリオの女王」であるマリアに、「利己主義の結び目を解き、悪の暗雲を払い」、彼女の優しさで私たちを満たしてくれるように、願われた。

*教皇の「平和を求める祈り」の英語公式訳全文以下の通り。

Pope Francis’ prayer to invoke peace

O Mary, our Mother, we come again here before you. You know the sorrows and struggles that weigh heavily on our hearts in this hour. We lift our gaze to you, immerse ourselves in your eyes, and entrust ourselves to your heart.

You, too, O Mother, have faced difficult trials and human fears, but you were courageous and bold. You entrusted everything to God, responded to Him with love, and offered yourself without reservation. As the intrepid Woman of Charity, you hurried to help Elizabeth, promptly addressing the needs of the couple during the Wedding at Cana; with steadfastness of heart, on Calvary you illuminated the night of sorrow with the Easter hope. Finally, with maternal tenderness, you gave courage to the frightened disciples in the Upper Room and, with them, welcomed the gift of the Spirit.

And now we beseech you: heed our cry! We have need of your loving gaze that invites us to trust in your Son, Jesus. You who are ready to embrace our sorrows, fly to our aid in these times oppressed by injustices and devastated by wars, wipe the tears from the suffering faces of those who mourn the loss of their loved ones, awaken us from the stupor that has darkened our path, and disarm our hearts from the weapons of violence, so that the prophecy of Isaiah may quickly be fulfilled: “They shall beat their swords into plowshares and their spears into pruning hooks; one nation shall not take up sword against another, nor shall they train for war again” (Isaiah 2:4).

Turn your maternal gaze upon the human family, which has lost the joy of peace and the sense of fraternity. Intercede for our world in danger, so that it may cherish life and reject war, care for those who suffer, the poor, the defenseless, the sick, and the afflicted, and protect our Common Home.

We invoke you for the mercy of God, O Queen of Peace! Transform the hearts of those who fuel hatred, silence the din of weapons that generate death, extinguish the violence that brews in the heart of humanity, and inspire projects for peace in the actions of those who govern nations.

O Queen of the Holy Rosary, untie the knots of selfishness and disperse the dark clouds of evil. Fill us with your tenderness, uplift us with your caring hand, and grant us your maternal caress, which makes us hope in the advent of a new humanity where “… the wilderness becomes a garden land and the garden land seems as common as forest. Then judgment will dwell in the wilderness and justice abide in the garden land. The work of justice will be peace…” (Isaiah 32:15-17).

O Mother, Salus Populi Romani, pray for us!

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2024年10月7日

☩「子供たちは神がくださる最も素晴らしい賜物」ー教皇、年間第27主日の正午の祈りで

   教皇フランシスコは6日、年間第27主日の正午の祈りの説教で、キリスト教徒のカップルを、愛、結婚を固く守るよう、そして、命の素晴らしい賜物を望まれ、価値あるものとして歓迎さするよう励まされた。

 「配偶者たちにとって、命という贈り物、つまり愛の最も美しい果実、神からの最大の祝福、すべての家庭と社会全体にとって喜びと希望の源である子供たちを受け入れることが不可欠であることを忘れないようにしましょう」-聖ペトロ広場に集まった何千人もの信者に語りかけた教皇は、この日のミサで読まれたマルコ福音書でイエスが語られている夫婦愛の箇所(10章2~12節)を取り上げられた。

 教皇は、一部のパリサイ人が主に「物議を醸す問題」、つまり夫と妻の離婚について挑発的な質問をしたことを思い起され、「彼らはイエスを口論に引きずり込もうとしていたが、イエスはそれを許しません… 代わりに、主はこの機会を利用して、神の計画における男女間の愛の価値に関する重要な議論に人々の注意を向けています」と指摘。

 そして、「イエスの時代、結婚生活における女性の立場は男性に比べて非常に不利だった。夫は妻を追放したり離婚したりすることができ、些細な理由であっても、聖書の律法主義的な解釈によって正当化された。そうした中で、主は対話の相手を愛の要求へと連れ戻します」と語られた。

 また教皇は、「イエスが彼らに、創造主によって女性と男性は尊厳において平等とされており、多様性において補完し合う存在として意図され、お互いが『相手の助け手』、仲間となることを可能にしたことを、彼らに思い起させます」とされ、「このことを実現するために、互いの贈り物が中途半端なものでなく、完全で魅力的なものである必要性をイエスは強調し、結婚は『新しい人生の始まりとなること』(マルコ福音書10章7節、創世記2章24節参照)。それは『私が望む限り』ではなく、永遠に続く運命にあり、お互いを受け入れ、『一体』として結ばれて生きること(マルコ10章8節、創世記2章24節参照)」であると言われています」と説かれた。

 さらに、結婚生活においては、困難の中でも忠実であること、敬意、誠実さ、単純さ、そして「対立を受け入れ、時には必要なときには議論を受け入れること、そして常に相手を許し、和解する用意があること」が必要、と強調され、配偶者たちに、「あなたがた口論したり、意見が食い違ったりしても、決して和解せずに一日を終えることのないように」と助言された。

 また、米国の教会が今日、10月の第1日曜日を「生命を尊ぶ日曜日」と定めているが、「子供たちは神の『最大の祝福』、夫婦にとって、命という賜物、子供たちを受け入れる心構えが不可欠だです」と教皇は述べ、子供たちを「愛の最も美しい実り」、「神からの最大の祝福」、「すべての家庭と社会全体にとっての喜びと希望の源」と呼ばれた。

 そして、キリスト教徒の夫婦に子供を持つことを受け入れる心構えをもつよう促され、愛は「要求が厳しいこと」を認めながらも、美しいものであり、「愛に身を委ねれば委ねるほど、真の幸福を見出すことができます」と強調され、次のように自問することを求められた―「私たちの愛はどうなっているだろうか?それは誠実か?寛大か?私たちの家族はどうなっているだろうか、彼らは命、子供たちという贈り物を受け入れているだろうか?」

 説教の最後に教皇は、キリスト教徒の配偶者たちを助けてくださるよう聖母マリアに祈られ、「ポンペイの聖堂に集まった信者たちと精神的に一体となって、聖母マリアにより頼みましょう… 伝統的なロザリオの祈りを聖母マリアに捧げましょう」と呼びかけられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2024年10月6日

☩教皇フランシスコ、改めて中東地域での即時停戦を強く訴え

War in the Middle EastWar in the Middle East  (AFP or licensors)

(2024.10.6  Vatican News   Deborah Castellano Lubov)

教皇フランシスコは6日の正午の祈りの最後に、中東地域での戦争の即時停止を改めて強く訴えるとともに、さらに大きな戦争に拡大させないよう警告された。また、人質の解放、そして戦争で困窮する人々への人道支援促進の必要を強調された。

 教皇は「明日7日は、イスラエルの人々に対するテロ攻撃から1年になります。私は彼らに改めて同情の意を表します」としたうえで、「ガザにはまだ多くの人質がいることを私たちは忘れてはなりません」と訴え、彼らの即時解放を求められた。

 そして、「中東地域はこれまで以上に大きな苦しみに陥り、破壊的な軍事行動がパレスチナ人や他の国・地域の人々に影響を与え続けています」と述べ、「彼らはほとんどが罪のない民間人であり、必要な人道支援をすべて受けなければならない人々です」として、関係各国、国際機関に人道支援の促進を呼びかけた。

 また教皇はレバノンを含むすべての戦闘が行われている国・地域での「即時停戦」を関係国指導者たちに強く求め、世界中の信者たちに「村を離れざるを得ないレバノンの人々、特に南部の住民のために」祈るよう呼びかけた。

 さらに、「私は国際社会に、復讐の連鎖を終わらせ、今回のような攻撃をこれ以上止めるよう呼びかけます… 数日前にイランが実行したイスラエルへの攻撃は、この地域をさらに大きな戦争に巻き込む可能性がある」と警告。「すべての国家には、平和と安全の中で存在する権利があり、その領土は攻撃されたり侵略されたりしてはなりません。国家主権は対話と平和によって尊重され、保証されねばならない。憎悪と戦争はあってはなりません」と訴えられた。

 教皇はこのことに関連して、6日午後にローマのサンタ・マリア・マッジョーレ聖母マリア大聖堂を訪れ、平和のためのロザリオを祈ることを思い起こした。

 先週水曜日、シノダリティ(共働性)に関する世界代表司教会議(シノドス)総会第2会期の開会ミサで、教皇は7日を「平和のための断食と祈りの日」とすることを発表されている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2024年10月6日

☩教皇、世界平和のため6日に「ロザリオの祈り」、7日を「祈りと断食の日」とすることを世界の全信者に呼びかけ

(2024.10.3バチカン放送)

 教皇フランシスコは2日、世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会の第2会期開会ミサの宣教の中で、世界の平和を祈るため、6日にローマの聖マリア大聖堂でロザリオの祈りをすることを発表された。また翌7日を「世界平和のための祈りと断食の日」とすることも同時に発表され、世界の信者たち参加を呼びかけられた。

 教皇はこれらの決定をされた理由として、世界に目を向けつつ、「人類に奉仕し、福音の喜びを伝える、キリスト教共同体の務め」を強調されたうえで、「戦争の嵐が吹きすさび、暴力の火が人々や国々を愕然とさせている、この歴史の激動の時、私たちキリスト教共同体が務めを果たすことが強く求められているのです」と説かれた。

(編集「カトリック・あい」)

2024年10月3日

☩教皇、帰国途上の機上会見で、女性の役割、ヒズボラ攻撃激化、聖職者の性的虐待などについて語る

(2024.9.29 Crux   Senior Correspondent Elise Ann Allen)

 4日間のルクセンブルク・ベルギー訪問を終えられた教皇フランシスコは29日、ローマ帰途の機上で記者会見をされ、ルーベン・カトリック大学を訪問された際の女性に関する発言が反発を受けていること、イスラエスのヒズボラ攻撃の激化、聖職者による性的虐待問題などについて、質問に答えられた。

*教会における女性の役割―「私が保守的だ、という批判は馬鹿げている」

 

 機上会見で教皇は、ベルギー訪問中の女性についての自身の発言に対する批判に関して、「女性を”男性化”することは『キリスト教的』でなく、『誇張されたフェミニズム』の産物です」と反論。アルゼンチンにおける古典的な比喩である「タンゴ」(注:アルゼンチンタンゴがヨーロッパに渡り、全く別の踊りとして変化した、いわゆる”コンチネンタル・タンゴ”を「厄介な友人」の比喩として使う)に言及し、女性やカトリック教会における女性の役割に関して保守的な考え方を持っているという主張は馬鹿げたこと、とほのめかした。

 また教皇が、1990年に中絶を合法化する法律に署名する代わりに1日だけ辞任したベルギーのボードアン元国王に言及し、「彼は『ズボンをはいた政治家』を求めたのです」と元国王の勇気を称えたことも、女性を中心に反発を呼んだ。

教皇はこの機上会見で、「女性を特徴づけるもの、真に女性らしいものは、合意やイデオロギーによって規定されるものではありません。尊厳自体が紙に書かれた法律ではなく、私たちの心に書かれた本来の法律によって保証されるのと同じです」とも語った。そして、「女性らしさには、独自の強さがあります… 女性は、男性よりも重要。なぜなら教会は女性であり、女性はキリストの花嫁だからです」と言明。

「女性たちにとってこれ(私の発言)が保守的に見えるなら、私はカルロ・ガルデルだ」と有名なフランス系アルゼンチンタンゴ・ミュージシャンの名をあげ、そうした考えが馬鹿げていると考えていることを示唆した。さらに、「女性は男性と平等であり、平等なのです… 女性らしさを”男性化”することを望む誇張されたフェミニズムは機能しない。『機能しない男性主義』と『機能しないフェミニズム』があり、機能するのは、司祭の奉仕よりも偉大な女性教会です」と語った。

 

 

*元国王の列福推進―死刑法案への署名拒否、退任は勇気ある行為だった

 

ボードアン元国王の列福を推進するという自身の決断について尋ねられた教皇は、「国王は勇敢でした。死刑法に直面したにもかかわらず、署名せずに辞任したからです。これには勇気が必要だった。これを実行するには、政治家としての自信が必要でした。勇気が必要です」と答えた。この発言は一部から批判を受ける可能性が高い。

*イスラエル軍のヒズボラ攻撃―“均衡”を欠いている、他の戦争を含めて即時停戦を

 また、イスラエル軍が週末にレバノン全土でヒズボラを標的とした数十回の空爆を実施し、ヒズボラの指導者など多数を殺害する事態となっているが、こうした行為を「やりすぎ」と感じているか、との問いに対しては、現在の状況に心を痛めていることを示すように顔に手を当て、「ガザのカトリック教区に毎日電話をかけ、約600人が避難していること、『そこで起きている残酷さ』について説明を受けています」と説明。

「防衛は常に攻撃に比例していなければならない。今の状況は不均衡で、道徳を超えた支配的な傾向が見られます」とし、「軍隊を駆使してこのようなことをこれほどまでに卓越したやり方で行っている国、つまり私が話しているのはどの国でも同じですが、これは不道徳な行為です」と批判され、戦争自体が不道徳だが、戦争のルールは「守られなければならない」道徳を示すものであり、「そのルールが守られない場合、これら行為に『悪意』があることは明らかです」と言明された。

教皇は29日のブリュッセルでの主日のミサ後の正午の祈りでも、この問題に触れ、「寛容と平和共存の地域的メッセージ」として常に称賛されてきたレバノンが、今や「苦悩のメッセージ」となっていると嘆かれ、「この戦争は国民に壊滅的な影響を及ぼしている。中東では毎日、あまりにも多くの人々が亡くなり続けています」として、関係国、組織の指導者に即時停戦を求めている。

 

*聖職者の性的虐待―被害者のケアだけでなく加害者の処罰が必要、司教は隠ぺいしてはならない

 聖職者による性的虐待スキャンダルについて、また28日夜にベルギーの被害者たちと面談し、その際に要請リストを渡されたことについて尋ねられた教皇は、「虐待の被害者の声に耳を傾けることは義務です」と答えた。さらに、「家庭や教育機関と教会の虐待の割合がどうであろうと、私にとって問題ではない… 私たちには虐待を受けた人々の声に耳を傾け、彼らをケアする責任があります。被害者の中には、心理療法が必要な人もいる」とし、「被害者のケアだけでなく、加害者も処罰されなければならない」と強調。

「虐待は、『今日は罪でも、明日は罪ではないかもしれない』というものではない。それは心理的な傾きであり、精神的な病気であり、私たちは、(性的虐待をした)彼らを治療せねばなりません… 教区や学校に責任を負わせながら、虐待した者を普通の生活の中で自由にしておくことはできません」と、主日のミサの説教での言葉からさらに踏み込み、さらに「司祭が告発され有罪判決を受けた後、司教の中には教区や子供たちから離れた図書館で働く任務を与える者もいます。このような行為は改めねばならない。教会の恥は『隠蔽すること』です。私たちは隠蔽してはならない」と強い言葉で司教たちの”隠蔽体質”を批判した。

 

 

*中絶問題―女性には子供たちの命に対する権利がある

 教皇はまた、中絶の問題にも触れ、女性には「生きる権利、自分の命、そして子供たちの命に対する権利があります」と述べた。

これまでも教皇は、中絶を「殺人」と呼び、「人間を殺している」と述べ、中絶を行う医師を「ヒットマン」と呼んているが、会見では、「女性には命を守る権利があります。ただ、『避妊』は別の話です。混同しないでください。今、私は『中絶』についてのみ話しています。これについては議論できません。申し訳ありませんが、これが真実です」と語った。

注*ベルギーでは、聖職者による性的虐待スキャンダルをめぐり、カトリック教会が政府当局から強い批判を受けており、カトリック大学の指導者たちも、女性の司祭叙階やLGBTQ+の人々のさらなる教会行事などへの開放など、進歩的な改革を求めている。

 訪問中、教皇は教会の虐待危機を恥じ、改革を実施する必要性について率直に発言しており、最終日の主日のミサの説教でも、性的虐待とその隠蔽について司教、司祭、一般信徒の区別なく厳しい態度をとるべきことを強調され、参加した信者たちから強い支持を受けた。

 だがその一方で、その日に先立つルーヴァン・カトリック大学での教会における女性の役割についての教皇の言及について、同大学は声明を出し、「理解できず、非難する」としたうえで、教皇の姿勢を「決定論的で単純化している」と批判、「いかなる差別もなしに」さらなる包摂を推進するよう求めた。29日のミサでも、参加した女性の何人かが教皇が女性の司祭叙階を否定していることに対して、白い服を着て抗議している。

注*フランシスコ法王は9月26日から29日までルクセンブルクとベルギーを訪問された。主な目的は、ルーヴェン(Leuven)大学とルーバン( Louvain)大学の創立600周年を祝うこと。ルーヴェン大学とルーバン大学の起源は1425年で、現在のベルギーに1つの大学が法王マルティン5世によって設立されたが、1960年代に分裂し、オランダ語圏のルーン・カトリック大学(KU)とフランス語圏のルーバン・カトリック大学(UCL)という別々の大学となって現在に至っている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。
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2024年9月30日

☩「レバノン、ガザ、パレスチナ、そしてイスラエル、即時停戦を!」教皇、ブリュッセルでの主日の正午の祈りで

(2024.9.29 Vatican News   Linda Bordoni)

    ベルギー訪問最終日の29日、教皇フランシスコは首都ブリュッセルのボードアン国王スタジアムで3万人が参加したミサ後の正午の祈りの最後に、中東での戦争の激化に深い懸念を表明、すべての当事者に対し「レバノン、ガザ、パレスチナ、そしてイスラエルで即時停戦」をするよう、強く訴えられた。

 「私はすべての当事者に対し、これらの地域での即時停戦するよう要請します… 人質は解放されねばならず、人道支援は認められねばなりません」とされた教皇は、特に、「レバノン紛争の激化を、引き続き苦痛と大きな懸念をもって見守っています… レバノンは”メッセージ”です。しかし今、そのメッセージは引き裂かれつつあります」と強い危機感を表明された。

 教皇がこのように訴えられたのは、イスラエル軍が29日、レバノンでヒズボラのさらなる標的を攻撃し、さらにヒズボラ指導者を殺害した、と発表した直後だった。前日には過激派グループがハッサン・ナスララの死亡を確認し、より広範囲な戦争への懸念が高まっている。攻撃で数百人が死亡し、数千人が負傷した。11か月にわたる容赦ない爆撃でガザを壊滅させたイスラエル軍は、昨年10月7日のハマスによるイスラエルへの大規模攻撃に続く数か月にわたる致命的な国境紛争に続いて、レバノンへの攻撃を開始している。

 教皇は、「この戦争は、国民に壊滅的な影響を及ぼしています。中東では毎日、あまりにも多くの人々が亡くなり続けています」と嘆かれるとともに、犠牲者とその家族のために祈りを捧げるよう求め、善意を持つすべての人々に、ロシアの攻撃で苦しみ続けるウクライナも忘れることのないように求め、「平和のために祈りましょう」と呼びかけられた。

 教皇はまた、29日が「神はその民と共に歩む」をテーマにした「世界移民・難民の日」であることを思い起こされ、「これまでも、そして今も、多くの移民の目的地となっているこの国、ベルギーから、私は欧州諸国と国際社会に対し、移住という現象を友愛の中で共に成長する機会として捉えるよう、改めて訴えます… そして私は、すべての移民の兄弟姉妹の顔に、私たちの間で客人、巡礼者となったイエスの顔を見るよう、すべての人に呼びかけます」と語られた。

 また、この日、ベルギーを発ち、ローマに戻った後、「信仰の人としての模範が指導者たちを照らすであろうボードアン国王の列福手続きを開始する」意向であることを明らかにされ、「ベルギーの司教たちに、この大義を推進するようお願いしたい」と求められた。

 最後に教皇は、平和と友愛の努力を改めて全ての人に訴え、ベルギーで受けたもてなしと、企画したすべての人々の働きに感謝するとともに、この日を共に過ごすためにオランダ、ドイツ、フランスからやって来た多くの信者にも感謝された。そして、聖母マリアに平和の賜物を託され、「マリアのとりなしを通して、戦争で荒廃したウクライナ、パレスチナ、イスラエル、スーダン、ミャンマー、そして戦争で傷ついたすべての土地のために、神に平和の賜物を願いましょう」と信者たちを促された。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2024年9月29日

☩教皇連続講話「聖霊について」⑦「イエスは私たちを悪魔の欺瞞から守ってくださる」

2024年9月25日

☩「レバノン情勢悪化は容認できない、転落阻止へあらゆる努力を」ー教皇、水曜一般謁見で

A residential building in southern Beirut with upper floors hit by an Israeli strike on 24 SeptemberA residential building in southern Beirut with upper floors hit by an Israeli strike on 24 September  (AFP or licensors)

 

2024年9月25日