「”駐車”したままでは駄目、希望をもって前進しよう」

 (2017.1.17 バチカン放送) 教皇フランシスコは1月17日、お住まいサンタ・マルタ館のチャペルでの早朝ミサ中の説教で、キリスト者は希望に根差し、どんな困難にも対処する勇敢な者であれ、と強く勧めた。教皇は「怠惰なキリスト者は前進せず、立ち止まりあたかも教会を一種の駐車場にしてしまう」と次のように語られた。

 「兄弟姉妹の皆さん、キリスト教生活とは勇敢な生活であるべきです。このミサの聖書朗読の中で使徒聖パウロも強調しているように、キリスト者の持つべき熱意とは決して立ち止まらずに常に前進する勇気のことであり、私たちが毎日の生活の中で持つべき特質です。それはあたかも勝利に向かってまい進する競技場での競技者のようなものです。.パウロは同時に怠惰にもついても語っています。怠惰は勇気の正反対の性質です。それはあたかも『何の変化もなしに物をそのままの状態で保存する冷蔵庫』のようなものです。

 怠惰なキリスト者は前進する気力を持ちません。怠惰なキリスト者は物事を変えていこう、皆に善をもたらすだろう新しいことをこころみようとのチャレンジ精神を放棄します。彼らはあたかも駐車場に駐車されたままになっている車のようなものです。私がキリスト者という時、それは信徒も神父も司教もすべてを指します。しかし残念ながら、これらのキリスト者たちの中には『駐車場に駐車したままのキリスト者』が少なからずいることも事実です。彼らにとって教会は 生活の安定、保障をもたらす駐車場です。しかし、このようなキリスト者たちは、わたしが子供のころおじいさんやおばあさんたちからよく聞かされた『気をつけなさい、流れず止まっている水はやがて腐ってしまうよ』という言葉を思い起させます。

 キリスト者を勇敢にするのは希望です。そして怠惰なキリスト者は希望を持たないキリスト者です。『長い年月働き続け、未来に何の希望も持たない退職者』のようです。長いお勤めの後、年金生活に入ることは素晴らしいことですが、何もせずに年金生活を送るのはつまらないことでしょう。

 希望は、新たな困難にも雄々しく立ち向かう勇気を、いつも私たちに与えてくれます。

 今日のミサが私たちに提供するメッセージはこれです。決して裏切ることのない希望、この希望が私たちを常に前進させてくれるのです。希望は私たちの生活の錨であり、しっかりした安全性と安定性をも与えてくれるものでもあるのです」。

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2017年1月19日