「1人1人の命は聖なるもの。そして私たちは『地の塩』」

(2017.2.5 バチカン放送) 教皇フランシスコは5日正午のお告げの祈りの後の説教で、イタリアの「命の日」に合わせて、すべての信徒たちに「命の文化」を優先し、促進することで、「浪費の論理と人口減少」に対応するよう呼びかけた。

  教皇は「1人1人の命は聖なるもの」と述べ、中絶の危機にある幼子たちと人生の終わりを迎えつつある人々のために祈り、「誰一人として、孤独のまま放っておかれたりしないように。愛が命の価値を守るように」祈るように求められた。マザー・テレサの「命は美。讃えなさい。命は命。そのために戦いなさい」という言葉を引用し、「これは、生まれようとしている幼子にとって、死を迎えようとしている方にとって、真実の言葉です」とし、「1人1人の命は聖なるものなのです!」と強調された。

  また、説教の中で、主日の福音―山上の説教―を取り上げ、信徒たちに、腐敗と無駄なうわさ話から共同社会を守るように促した。そして「私たちは『地の塩』」であり、社会におけるキリスト教徒の使命は、信仰とキリストが私たちに下さった愛をもって、命を讃え、自己愛と妬みやゴシップなどの腐敗をふりまく病原菌を排除することだ、としたうえで、「このような菌は、人々を迎え入れ、連帯し、和解する場となるべき共同体社会の特質を台無しにします」と念を押された。

  さらに、キリスト教徒はこのような使命を達成するために「キリストと福音に反する世俗的な影響力のもつ腐敗に満ちた退化現象に影響されないようにする必要があります」とされ、警戒を怠ることなく、日々の暮らしの中で福音の精神を絶え間なくよみがえらせ、心を清めていくように、と勧められた。

 「行動の中で、私たちキリスト教徒は、真のキリストの弟子として認められるのです」とし、「信仰の光によって私たちが受けた賜物は、自分の中にしまっておかず、世の中で輝かせ、慈しみの業を通して他の人々に渡すようにする義務と責任があります」と強調された。そして、「この世は、生き方を改め、癒し、救いを与える福音の光を強く求めています」と語り、私たちが信仰の光を惜しみなく分かち合う時、光は消えず、明るいものになるが、それで気を抜かず、「愛と慈しみの業によって育てていかねばなりません」と警告を付け加えられた。

 

 

 

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2017年2月6日