「キリスト者の一致は、信仰に本質的に求められるもの」

(2016.11.10 バチカン放送)  

  教皇フランシスコは、11月10日、教皇庁キリスト教一致推進評議会のメンバーとお会いになった。教皇は、同評議会(議長:クルト・コッホ枢機卿)が8日からバチカンで開いていた「キリスト者の一致:フル・コミュニオン、どのような形で?」をテーマにした定例総会参加者への挨拶で、キリスト者の一致を「わたしたちの信仰に本質的に求めらるもの」とされた。 「わたしたちが一致を願うのは、キリストが願うからである。わたしたちが一致を生きたいのは、キリストに従い、その愛を生き、キリストと御父の一致の神秘に与りたいからなのです」「福音の理解に関する合意に留まらず、キリストを信じるすべての人が、キリストと、キリストのうちに一致する必要があります。わたしたち個人と共同体の回心、キリストに似た者となり、よりキリストにおいて生きることこそが、わたしたちの間の一致を成長させてくれるのです」

 さらに「キリスト者の一致は、人間的努力や教会外交の成果ではなく、神からの賜物です」と述べた教皇は、「わたしたちに与えられた課題は、この賜物を受け入れ、すべての人に見えるものとすること」と説かれた。そして第一に「一致とは、歩みの中になされるもの」と強調。一緒に歩む時、すなわち兄弟として出会い、共に祈り、共に福音を告げる時、わたしたちはすでに一致していることを忘れてはならないと話された。

 また、「一致とは、一様性ではありません」と教皇は指摘。キリスト教世界に発展した神学・典礼・霊性・教会法的な違いは、それらが純粋に使徒的伝承に根を下ろしている時、教会の一致の脅威ではなく、一つの豊かさとなると述べられた。さらに「一致とは、吸収ではありません」と語り、キリスト者の一致が「逆行するエキュメニズム」となって信仰の歴史を否定したり、エキュメニカルな歩みの妨げとなる改宗活動を認容することにならないように、と注意を促された。

 そして、エキュメニズムとは関心の対象を「自分自身から神のみ言葉」に移し、それが世界に受け入れられ、証しされるように願うことであり、そのためにもキリスト教の諸共同体は、「競合」ではなく「協力」に召されていると、教皇は話された。

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2016年11月11日