(2017.8.2 バチカン放送)教皇フランシスコは8月2日、バチカン・パウロ6世ホールでの一般謁見のカテケーシスで「希望の扉としての洗礼」をテーマに取り上げられた。信者たちが洗礼の意味を再び捉えることができるよう、教皇は次のような講話をされた。(以下、要約)
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かつて、教会は東を向いて建てられた時代がありました。人々は西に設けられた扉から入り、本廊を歩き、祭壇のある東に向かって進みました。それは昔の人々にとって重要なシンボルでしたが、その意味は次第に忘れられていったのです。
西は日が沈む方向、すなわち光が没する場所であり、東は日の出が闇に勝利する場所、すなわち世を照らす太陽、キリストを象徴しています。古代の洗礼式では、洗礼志願者らは信仰宣言の初めの部分で、あらかじめ顔を西側に向け、「悪魔を退けますか」との問われ、彼らは声をそろえて「退けます」と答え、祭壇側、光が生まれる東側を向きました。そこで再び「御父、御子、聖霊を信じますか」と問われ、「信じます」と答えました。
現代ではこの洗礼の儀式の魅力は部分的に失われましたが、信仰宣言は残り、今も変わらない意味を保っています。キリスト者であるとはどういうことでしょう。それは光を見つめ、世界が夜の闇に包まれている時にも、光の下で信仰を宣言し続けることなのです。
キリスト者は、その内側も外側も、闇とは無縁ではありません。キリスト者は世から離れて生きているわけではありませんが、洗礼を通して受けたキリストの恵みによって、闇ではなく、夜明けの光を信じるように「方向づけ」られています。死に打ち負かされることなく、復活を熱望し、悪に曲げられることなく、善の無限の可能性に信頼する人たちなのです。これが私たちのキリスト教的希望。キリストの光が私たちを闇から救うのです。
私たちは父なる神を信じる者です。間に降りて来られ、私たちと同じ道を歩み、特に貧しい人や弱い人に寄り添われたイエスを信じる者です。人類と世界に善をもたらすために絶えず働き続ける聖霊を、信じる者です。これらのすべてが光なのです。
洗礼式の終わりに、受洗した子どもの両親に、受洗した大人に、ろうそくが渡されます。そこに灯される火は、復活の大ろうそくの火。教会生活とは、光に触れ、それに自分も染まっていくことなのです。
洗礼を受けた日を互いに思い出すのは、素晴らしいこと。私たちは2回生まれています。一回目は、自然の生命としての誕生。二回目は、キリストとの出会いによる洗礼盤における誕生です。そこで私たちは神の子として生きるために、死に対して死にます。私たちの中には、イエスの霊が生き、働いているのです。
キリスト者が「イエスを伝える者」となることは大きな恵み。特に喪や失望、闇や憎しみの中にある人々にイエスを伝えることは大切なことです。キリスト者が目の奥にたたえている光や、困難にあっても失われることのない心の平安、多くの失望にあっても再び愛そうとする態度から、人々はイエスを知ることができるのです。私たちが自分の洗礼に忠実であるなら、未来の世代に、生きることの意味を伝えることができるでしょう。
Dear Brothers and Sisters:
In our continuing catechesis on Christian hope, we now consider the sacrament of baptism as the gate to eternal life. In the early Church, those about to be baptized made their profession of faith facing eastward, seeing the rising sun as a symbol of Christ. Even if our modern world has lost contact with such cosmic imagery, this symbolism retains its power. For what does it mean to be Christian, but to confess our faith in the light, a light that casts out gloom and darkness? In putting on Christ at baptism we become children of light. This light gives us new hope, helps us to know God as Father, and enables us to recognize Jesus in the weakest and poorest. When we were baptized we received a candle that was lit from the Paschal Candle, as a sign of Christ’s victory over the darkness of sin and death. This is also a sign of the life of the Church: to be ablaze with this new light! As Christians, let us remind each other that we have been reborn as children of the light, and, faithful to our baptismal calling, let us share the new hope that Jesus brings.
