♰「兄弟愛はイラクと全世界にとっての挑戦的課題」教皇、一般謁見で Pope Francis in Mosul, Iraq during his Apostolic Journey (2021.3.10 Fr. Benedict Mayaki, SJ) 教皇フランシスコは10日のバチカンでの水曜一般謁見の講話で、イラク訪問を振り返られ、訪問中にお感じになった悔悟の意識と共にキリストの歓迎のメッセージに接したイラクの人々の喜びを、特に強調して語られた。 ・・・・・バチカン放送日本語版による講話の概要は以下の通り。 教皇はまず、今回のイラク訪問の意義について、「聖ヨハネ・パウロ2世が果たせなかった計画を実現することであり、これまでアブラハムの地を訪れた教皇はいませんでしたが、神の御摂理は、長年の戦争とテロ、パンデミックの試練の中に、希望のしるしとしてこの訪問が行われることを望まれた」と話された。 そして、この訪問の実現を神に感謝すると共に、イラク大統領と政府および教会関係者、そして、ナジャフで会見したイスラム教シーア派の大アヤトラ(最高位聖職者)シスタニ師をはじめとする諸宗教代表者たちに、心からのお礼を述べられた。 訪問を振り返って、「悔い改めの心のもとに行ったこの巡礼で、イラクの人々が長年背負ってきた大きな十字架を、カトリック教会の名のもとに、私自身が背負うことなくしては、迫害に苦しんだこの民に近づくことはできないと思っていました… 実際に、破壊の跡や、暴力・迫害・避難を体験した人々の証言を聞くことで、その思いは、さらに深まりまった」とされる一方、「キリストのメッセージを受け入れる喜び、また『あなたがたは皆兄弟なのだ』(マタイ福音書23章8節)というイエスのメッセージに要約される『平和と兄弟愛へと開く希望』を人々の間に見ることができました」と話された。 そして、「イラクの人々には平和に生きる権利があります。自分たちの尊厳を取り戻す権利があります」とされ、「文明の揺り籠」であるメソポタミアの数千年にわたる歴史、宗教・文化的ルーツを振り返り、「時代は変わっても、都市や文明を破壊し、人類を蝕んでいくのは、いつも戦争です。戦争に対する答えは、別の戦争ではありません。武器に対する答えは、別の武器ではありません。答えは、兄弟愛です… これはイラクだけが挑戦を受けている課題ではなく、全世界が挑戦を受けている課題なのです」と強調された。 さらに、「この兄弟愛のために、私は、アブラハムの地、ウルで諸宗教代表者たちと集い、父祖アブラハムがおよそ4千年前に神の声を聞き旅立った、その同じ天の下で祈りを共にしたのです」と語られた。 バグダッドでは、シリア典礼カトリック教会のカテドラルでイラクの教会関係者との出会いが行われた。カテドラルは2010年にミサ中のテロ攻撃で、司祭2人を含む48人の犠牲者を出した場所だが、このカテドラルに象徴されるように、「イラクの教会は殉教者の教会ですが、私を迎える中で人々が再び取り戻した喜びを感じることができました」とされた。 モスルとカラコシュでは、イスラム過激派ISによる武力占拠で、キリスト教徒や、ヤジディ教徒を含む数万人の住民が避難を余儀なくされ、これらの都市の古くから人々が大切にしてきたものが破壊されたが、「今、困難のうちにも復興が進められる中で、イスラム教徒がキリスト教徒に帰還を呼びかけ、教会やモスクの修復に力を合わせていること」に注目され、「兄弟姉妹たちが再出発の力を得ることができるように、私たちも祈り続けましょう」と呼びかけられた。 最後に教皇は、バグダッドとアルビルで捧げられたミサを振り返り、「アブラハムとその子孫たちの希望は、神の御子イエスの神秘の中に実現されました。イエスはご自身の死と復活を通し、私たちに約束の地への道、新しいいのちへの道を開かれました。そこでは、涙は乾き、傷は癒され、兄弟は和解します… イラクでは、破壊と戦争の轟音が響く中でも、イラクのシンボルであり希望のシンボルである椰子の木は、静かに育ち、実をつけました。同じように、兄弟愛もに、音を立てることなく、しかし豊かに実り、私たちを成長させます」と語られ、平和そのものである神に、兄弟愛に満ちた未来を、イラクに、中東に、そして全世界のために祈られた。 (翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二) ツイート