♰「神による人類の救いは女性の体から…女性への暴力は神への冒涜」-元旦、神の母・聖マリアの祝日に

 

  2020年元日、教皇フランシスコはバチカンの聖ペトロ大聖堂で「神の母聖マリア」の祭日のミサを捧げられた。また、この日は、カトリック教会の「世界平和の日」を記念し、今年の第53回「世界平和の日」のテーマには「希望の道である平和――対話、和解、エコロジカルな回心」が選ばれた。

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 「時が満ちると、神は、その御子を女から生れた者… としてお遣わしになりました」(ガラテヤの信徒への手紙4章4節)。

 教皇はミサの説教で、神の御子が「女から生まれた」、「マリアの胎内に宿られた」(ルカ福音書2章21節)という神秘を観想。

 「一人の女の胎内において、神と人類は二度と離れることのないように一致したのです」、「新年の最初の日、私たちは一人の女性の胎内において始まった、この神と人類の結びつきを祝います」と話された。

 マリアの「女性」であり「母」であるという本質を強調しながら、「女性であるマリアから救いが生まれ、この女性なしでは救いはありませんでした」とされ、「それゆえに、私たちは一年を聖母のしるしのもとに始めるのです」と語られた。

 そして、「人類の再生は女性から始まり」、「女性は命の源」であるにもかかわらず、「彼女たちは、絶えず感情を害され、痛めつけられ、強姦され、自ら身体を売り、子宮に宿す命を圧迫するように仕向けられます。女性に加えられる暴力は、女性から生まれた神を冒涜するものです。人類の救いは女性の身体からもたらせれたのです」と強調。

 さらに、「人類の救いは、女性の体からもたらされました。ですから、女性の体をどのように扱うかによって、人間性のレベルが測られます。消費されるための外見としての広告、利潤、ポルノ画像など女性を冒涜する祭壇の上で、女性の体が何回犠牲にされているのでしょうか。女性の体は、消費主義から解放されねばなりません。尊重され、敬意を払われねばなりません」と念を押された。

 「女性の体は、この世で最も高貴な肉体であり、私たちを救われた『愛の神』を身ごもり、生んだのです!今日、母性は侮辱されています。なぜなら、私たちの関心を引く唯一の『成長』は『経済的な成長』だからです。自分の子宮に宿した存在がより良い未来を迎えられるようにと必死に望み、困難な旅をする危険を冒す母親たちがいます。しかし、彼女たちは、飽食し愛の心を欠いた人々によって余計者と見なされています」と現状に対する反省を求められた。

 教皇はまた、「マリアはこれらのことをすべて心に留めて、思い巡らしていた」(ルカ福音書2章19節)という、聖母の態度にも注目された。

 そして、「マリアのように、心で物事をしっかり見ることのできる人だけが、人や物事の内部を見通すことができ、人々をその過ちや弱さで判断せず、困難にも希望を見出し、すべてを神に委ねることができるのです」と説かれた。

 最後に教皇は、新年を始めるに当たり、「自分は物事を心でしっかり見ているか」「一緒にいる人々のために心を砕いているか」を問い直すよう招かれた。そして、この一年、私たちが人のことを心にかけ、世話をする気持ちを持てるよう、その恵みを願うよう求められた。

 

(編集「カトリック・あい」=聖書の日本語の引用は「聖書協会 共同訳」を使用)

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2020年1月2日