♰「イエスは『自分自身のために』から『分かち合う』へ発想の転換を促される」-キリストの聖体の祝日に

(2019.6.23 Vatican News Devin Watkins)

    教皇フランシスコは23日の正午の祈りの説教で、キリストの聖体をテーマに取り上げられた。

 教会は復活祭前の聖木曜日に聖体の制定を祝い、復活節終了後に再度、聖体を祝う。その日は、教会の伝統では聖霊降臨後の第二木曜日だが、日本を含む多くの国のように、日曜日に移して祝うことも認められている。

 教皇はこの日のミサで朗読された、多くの群衆の飢えを満たすためにパンと魚を何倍にも増やした奇跡(ルカ福音書9章11-17節)を通して、「イエスは、弟子たちの発想を『それぞれが自分自身のためにする』から、『分かち合う』に転換するように促されています」。私たちは、このような神の意志が自分たちにも当てはまる、ということにほとんど気が付かないが、この奇跡こそ、「救世主の力と人々への深い思いやり」を示している、と指摘された。

 イエスがわずかなパンと魚で奇跡的に、多くの群衆の飢えを満たした時、ご自分の犠牲の記念-聖体祭儀-となるであろうことを予測されており、「聖体祭儀は、イエスの実存すべての統合であり、御父とご自分の兄弟姉妹ための愛と同一の行為なのです」と説明され、最後の晩餐でなさったように、イエスはパンを取り、御父に祈り、パンを裂き、そして弟子たちにお与えになったが、「ご受難の前夜、イエスは、この行為の中に、新しい、そして永遠の契約の約束、ご自身の過ぎ越しの死と復活の永遠の記念、をとどめておくことを望まれたのです」と強調。

 そして、キリストの聖体の祝いは、「主からの素晴らしい賜物への驚きと喜び」を新たにすることへの、毎年一度の招待であり、「喜びをもってイエスを迎えましょう。受け身の、惰性にしないで…、ご聖体をいただくために、祭壇に近づく時、私たちはいつも、キリストの体に対して”アーメン”という言葉を新たにせねばなりません」と促された。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

 

 

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2019年6月24日