(2023.1.1 Vatican News Christopher Wells )
教皇フランシスコは新年の始まり、1日に行われた「神の母聖マリア」の主日のミサの説教で、羊飼いたちが行ったように、この世を真に新しくすることのできる秘密の所に行こうとする「熱意」と、それを目の当たりにする「驚き」を再発見するよう、信者たちに促された。そして、マリアが母であることは、「信仰の基本的な所与」であるとともに、「驚くべき事実」であり、「神には母がおられ、そうして私たち人間と永遠に結ばれているのです」と語られた。
そして、「この真実は、心から愛された『アベマリアの祈り』を通して、聖なる神の民の心と知性にほとんど入っているもの。この祈りに、神の母はいつも応えてくださいます… 私たちの切なる願いを聞いてくださいます。御子を腕に抱き、私たちを祝福し、肉体となられた神の優しい愛を私たちにもたらてくださいます」と説かれた。
教皇はさらに、「一言で言えば、マリアは私たちに希望を与えてくださいます」とされ、「神の母と私たち自身の祝祭で始まる年は、希望への鍵はマリアであり、希望の交唱は「神の聖母」という祈りだということを教えてくれます」と述べられ、「今日、私たちは聖母に、私たちの最愛の名誉教皇ベネディクト16世を託し、名誉教皇のこの世から神への旅を、聖母が共にしてくださるように願います」とされた。
また教皇は信者たちに対して、「苦しみの中にあり、祈る力を失った聖母の息子たち、娘たちのために、そして、紛争と戦争に苦しんでいるすべての人たちのために、特別に祈るように」と求められた。「平和を手にしていないすべての人たちのために、平和の君をこの世にもたらされた女性、マリアに祈りを捧げましょう」と呼びかけられ、私たちの中に神ー貧しくなられ、貧しい人たちと共にいることを喜びとされる神ーを見つけたベツレヘムの羊飼いたちに導かれるように、勧められた。
続けて教皇は、朗読されたルカ福音書の箇所に登場する羊飼いたちの、お生まれになったイエスの所に「急いで行って」「探し当てた」という、二つの極めて単純な行為に注目され、まず、彼らが「急いでいった」ことについて、「もし私たちが神を歓迎し、神の平和を歓迎したいなら、ぼんやり立っていたり、もっと状況がよくなるまで待つようなことはしないでしょう」と指摘。それよりも、「奉仕する謙虚さ、他者の世話をする勇気をもって、他者をどのようにして助けるか、を考えるようにしましょう」と信者たちに勧められた。
もう一つの羊飼いたちの行為、飼い葉桶の中に寝かされているイエスを「探し当てたた」ことについて、教皇は「重要なのは、彼らがイエスを探し当てたこと… 探すこと、周りを見回すこと、そして母が抱いて飼い葉桶に寝かせた幼子の前で足を止めること、です」とされた。
説教の最後に教皇は、「今日、主が私たちの間に来られ、神の聖母が主を私たちの目の前に置かれました.」とされ、羊飼いたちがしたように、私たちも「急いで行くことの熱意」と「探し当て、目の当たりにすることの驚き」をもって、今年を真に「新しい」ものにする秘密を再発見するように、と信者たちを促された。.
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)